OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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今日が『人類』の独立記念日

 エルスワイズの開いた〈転移門(ゲート)〉を通り、俺たちが出現した先は国の北東部にある基地。

 夕暮れの空の下、訓練場と()()スペースを兼ねる広大な空き地には、百人の選び抜かれた戦士たちが整列していた。

 

 種族は混成。人間、森妖精(エルフ)山小人(ドワーフ)、それに少数ながら蜥蜴人(リザードマン)兎人(ラビットマン)といった亜人種も混ざっている。

 彼らは『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』のNPCではない。

 この『霧の王国(ミスティラント)』を守るべく、募兵に応じた国民たちである。

 

 彼らの前には、跳ねた赤髪と朱いコートが特徴的な男。軍事教練を担当した防衛部門統括NPC・ケイスだ。

 彼がハードな訓練で鉄の規律を叩き込んでくれたおかげで、兵たちは種族間の確執や遺恨に拘泥することなく、さながら一個の群体となって連携できるほどの練度に達しているとか。

 

 少数精鋭の選抜部隊とはいえ、一年に満たない期間でよく鍛え上げたもんである。ケイスの指揮官系スキルに、配下のモンスターを時間経過で強化していく〈練兵〉ってのがあったが、あれが現地人向けに何らかの作用を及ぼしているのかもしれない。

 

 俺たちの関係性を彼らに悟らせないよう、テレパシーでこっそり会話。

「おつかれケイス。準備は万端かな」

「へい。作戦通り、こいつらには敵の主軍を担当させやす。平均レベルはまだ二十もありやせんが、そこは装備の力で補うってことで」

 

 見れば精鋭兵たちの武装は、この世界の技術水準だと大量配備などあり得ない品質のものばかり。

 人間部隊の背後には駐機状態の黒いパワードスーツが膝をついており、エルフ部隊は上下非対称のカーブを描く長大な魔法弓を担いでいる。ドワーフ部隊が抱える、魔力を帯びた筒や箱は……魔導迫撃砲に自律機銃(セントリーガン)? うっへェー。

 

 パワードスーツは低位の量産モデルとはいえ四十レベルくらいの戦闘能力を装備者に与えるし、あの和弓みたいなロングボウは弦を引くだけで無限に属性エネルギー弾が生成されるやつだ。迫撃砲と自律機銃(セントリーガン)に至ってはアイテムレベル五十以上、どっちもユグドラシルのお手軽パワーレベリングに悪用されまくった由緒ある殺戮兵器。

 亜人兵たちも、アダマンタイトよりずっと硬い魔法金属の全身鎧とか、負のエネルギーをパチパチさせるHP吸収つきの鉤爪(ハーケンクロー)とか、ユグドラシルでいう上級~最上級ぐらいの魔力(データ)量はありそうな装備で身を固めている。

 

 これ相手のレベルが想定通りなら、やり方次第で百倍くらいまでの兵力差はひっくり返せるんじゃねーかな???

 と思ってリーギリウムにもテレパシーを送り、〝敵軍〟の編成を詳しく訊いてみる。質問を予期していたのか、思った以上に細かいデータがぞろぞろ出てきた。

 

「えっとなー、まず主力は東から来る巨人国(ブロジンラーグ)の正規兵――当然みんな巨人(ジャイアント)――しめて八百十三人。これは将軍とかの指揮官ユニットも含んだ数字な。

 兵科は普通の歩兵、弓兵、砲兵相当の魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)、衛生兵相当の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)、あとはトラップ解除とか陣地設営をやる工兵に……後方の本陣には何台か戦車もある。まあ流石に森の中まで乗り入れては来ないだろ。……いちおう言っとくけど、()()()()()()()()だぞ? ()()()じゃなくて」

「巨人国の軍隊が近代戦車(タンク)出して来たらぶったまげるわ、そりゃ」

 

 つってもユグドラシルには()()()()()()()存在していたので、プレイヤーの遺産とかを考慮に入れるならあり得なくもないのが怖い。

 しかし意外とバランスの取れた兵科構成というか、ちゃんと軍隊らしい組織化された戦闘集団を持っているようだ。流石は大陸中央で覇を競う強豪の一角。魔法大国であるのみならず、軍事大国らしい面も併せ持っている。

 

 諜報部門によれば、この世界の文明種族は基本的に、大型であるほど軍の兵員数は少なくなる傾向にある。

 単純に一人一人が強いのもあるが、兵站への負荷や陣地の空間占有率を考慮するとそうなるのだろう。人間みたいに戦争で千や万の兵を動員するのが当たり前の中型種族と同じ感覚では、巨人(ジャイアント)妖巨人(トロール)といった大型種族の兵力規模を語ることはできない。

 

 だから軍人として訓練され武装した巨人(ジャイアント)が八百人以上というのは、巨人国の基準でも充分に()()と言えるし、人間種でいえば一国が壊滅する規模の戦力である。

 

 彼らがそんな大部隊を送り込んできたのは、再三にわたる調査部隊の敗走から得た情報で、ここに強大なモンスターの巣窟が形成されつつあるという確信を得たから……ってのが理由の一つ。

 巨人国は建国当初から、この森の領有権を主張してきた立場だ。実効支配は元々していなかったとはいえ、そこがいつ溢れるかもわからんモンスターの発生源になってしまうのは、安全保障的にも外交的にも都合が悪い。

 

 加えて、周辺地域で窮状にある弱小種族をこの森へ集めるため、財務部門統括NPC・キーレンバッハが意図的に噂をバラ撒いている。

 内容は敢えて統一していないものの、「〝大雲嶺〟の下の樹海に、難民や脱走奴隷の理想郷(ユートピア)があるらしい」みたいな情報が陰に陽に含まれているのは共通だ。

 

 もちろん現時点では国家として形成途上のわちゃわちゃした隠れ里でしかなく、女王メイラスお好みの神話的理想郷(ユートピア)に近づけるかどうかは今後の為政にかかっているが――実態がどうあれ、そもそもこんなのは信じる方がどうかしている話だ。

 でもそんな胡散臭いCMじみた伝聞に縋って、実際いくつかの小集団が森へ辿り着いていたりする。亡命者だったり、調査隊だったり、使節団だったりと内容は様々。

 巨人国もそういう動きをある程度察知したからこそ、前年から続く奴隷の集団失踪事件との関係性を疑っているのだろう。これが派兵の理由二つ目。

 

 いちおうキーレンバッハにとってはこの展開も想定内だったらしいが、しかし積極的に攻撃を誘引しようとまで思っていたわけではない。巨人国(ブロジンラーグ)の捜査能力や判断力がもっと低ければ、いつまでも放置していてくれる可能性だってあった。

 

 結果的に、そうはならなかった。巨人国上層部は真偽不明の怪しい情報をきっちり精査し、幾度も調査隊を送り込んだ結果をさらに吟味して、「理想郷うんぬんは劣等種族の妄想だとしても、この森に()()()()ことは確かであろう」と結論づけた。

 今回の大遠征にしたって、実態としては侵攻というより、規模を拡大した強行偵察に近い。

 彼らは情報の重要性を理解している。土地でも食料でも労働力でもなく、()()()得るために大兵力を投射するという決断ができる。

 

 テンプレ異世界ファンタジーだとパワー系人喰い種族はオツムが足りないかのように描写されがちだが、この世界で高度に文明化された国を築くような巨人たちは、決して馬鹿ではない。油断ならぬ相手だ。

 もっとも、そういう内情をうちの諜報部門に悉くすっぱ抜かれているあたり、情報系魔法や変身能力者への対策はまだまだ発展途上なんだろうけど。

 

巨人国(ブロジンラーグ)はうちの奴隷解放作戦でいちばん痛手を受けた国のひとつだからなー。いなくなった奴隷たちがこの森に集まってるかもしれないってんで、今回の探索は〝不当に奪われた財産を取り戻す〟ための遠征でもあるらしいぜ。

 まあ実際あいつらもそこまで確信を得てるわけじゃねーんだけど、そういう名目で軍の士気を保って、ついでに状況調査やら訓練やらも兼ねてるってトコ」

 

 現地では先進と言っていい大国を諜報戦で手玉に取りながら、リーギリウムはそれを誇るでもない。こいつにとってその程度は〝できて当然のこと〟でしかないからだ。

 敵の進軍ルートを事前に押さえ、一般兵の士気水準から軍上層部の政治的思惑まで看破し、具体的な兵数や兵科構成も完璧に割り出している。軍事的に見たら悪夢どころではないチートだが、おかげでこっちは余裕をもって迎撃の算段を練ることができる。情報的優位がそのまま戦略上の優位に直結するという良い見本である。

 

「で、巨人国(ブロジンラーグ)とは別に、北の方から妖巨人(トロール)国の軍勢も来てる。こっちは全部で四百四人、戦士メインだけど投石手もそこそこ居る感じ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)はいるけど少なくて、戦闘要員じゃなく後方支援役っぽい」

「あ、ふーん、へー。マジで妖巨人(トロール)も来てんのか……」

 

 文化的洗練度では巨人国(ブロジンラーグ)に遠く及ばないものの、厄介な種族特性のおかげか軍事力では引けを取らないと評される妖巨人国――現地語の国名は〝オログルシュ〟というらしい――が、なんと今回は巨人国の侵攻と呼応するようにして軍を送ってきている。

 いちおうあそこも樹海に隣接する国の一つではあるが、巨人国(ブロジンラーグ)とは歴史的にそれほど仲が良いわけではなかったはずだ。それが共同作戦となると、考えられる原因はメイラスを助けたときの会談襲撃事件くらいだろうか?

 

 あのとき両国の軍高官を殺害・()()した証拠は何一つ現場に残さなかったと思うが、そもそも証拠を残さず人が消える事件を周辺国で起こしまくっているのは俺たちである。大国の将軍クラスが二人揃って行方不明になり、時を同じくして勃発し始めた奴隷種族の集団失踪事件。こちらも近い時期から急速かつ不自然なダンジョン化を遂げつつあるこの森が、何らかの形で関わっている……と妖巨人国が疑うのはわからんでもない。

 

 しかし巨人国(ブロジンラーグ)と違ってこの森の領有権を主張するでもなく、確証もない可能性だけで動かすにしては、妖巨人(トロール)四百人あまりの部隊はいささか大規模に過ぎる気もする。

 こちらも数だけ見れば大したことはないようだが、襲われるのが普通の人間種国家だったら、軍装した妖巨人(トロール)が四百体というのはやっぱり国を滅ぼせる戦力規模になる。まさに進撃の妖巨人。それを〝ちょっとした小手調べ〟程度の感覚で送り込んでくるか? 畑で兵士が採れる国じゃあるまいし、諜報部門の調べだと妖巨人国(オログルシュ)の総兵員数もそこまで莫大じゃなかったはずだが……。

 

 まあいいや。軍事的必然性がないなら政治的な暗闘かなんかの産物かもしれんし、これは多分いま考えてもわからん類の疑問だろう。

「んじゃ、巨人(ジャイアント)妖巨人(トロール)合わせて千二百人ちょいが敵さんの総戦力?」

「まだあるぜ。輜重、肉盾、非常食を兼任する、人間種と小型亜人種が主体の奴隷部隊だ。巨人国(ブロジンラーグ)の主軍に随行する形で、総勢三百人ばかりが動員されてる」

「……ほーお」

 

 なるほど? 荷物運びを奴隷にやらせる、これは解る。

 弾除け、トラップ犠牲要員、特攻役として使い潰す、これも解る。異種族の奴隷なんてこの世界での扱いはそんなもんだ。俺だって召喚モンスターや傭兵NPCに似たようなことをやらせている。

 が、荷物持ち兼鉄砲玉である人間種を()()にもできる、という点に彼らの独創がある。食人種族ならではのスマートソリューション。なんなら敵も食料に加えられるので兵站負荷はさらに軽減可能。

 

 そりゃ人間種は大陸の隅っこに追い詰められもするだろう。

 捕食者と戦争をするということは、個体能力差以前の大きなペナルティを一つ負ったまま戦わなければならないということでもあるのだ。負けたら()()()()()()になってしまう。こっちはこっちで相当ハードモードの動物園ってわけだ。

 

「でもさぁリーギリウム、あいつらせっかく夜戦仕掛けてきたのに、人間とか連れてたら足手まといにならんかね? 他の人間種とか、亜人種ならわかるけど」

 

 亜人種はだいたい種族特性で〈夜目(ナイトヴィジョン)〉か〈闇視(ダークヴィジョン)〉を持っているので、夜でも平気で活動できるし襲撃してくる。人間種でも、エルフやドワーフはこれらのどっちかを持っている。だから彼らは大量の照明を必要とせず、森の中やら地下やらで生活できるわけだ。

 でも普通の人間だけはマジでなんも無い。別途照明を用意するか、魔法やマジックアイテムで視覚を強化してやらない限り、人間は夜戦に対応できないのだ。

 

 敵はこっちに相当数の人間がいると見込んだからこそ、そういう種族的優位を活かすために夜戦を仕掛けてきたんじゃないのか? なのにわざわざ人間の奴隷を連れて来ちゃってどうすんの。

 そんな疑問に、リーギリウムは俺の想定以上の悪辣な戦法を考察している。

 

「実際あいつらの従軍奴隷、けっこう人間も多いぜ。足手まといでも、わざわざ照明を持たせて運用するだけのメリットがあるって判断だろーな。

 たとえばさ、向こうの想定通りこっちが人間メインの編成だったとして、敵戦力でいちばん見えやすいのは照明持ってる人間の奴隷なわけだろ? そうすると、自然と注意も攻撃もそっちに集中するから……向こうはその隙に、夜目が利く種族の戦奴や、本命の巨人兵なんかが仕掛けやすくなる」

 

「あー。単純な照明役、兼、明かりで目立たせて損害担当をね……」

 ついでに、あからさまな捨て駒にされている同族との殺し合いを強要させることで、こっちの人間兵の動揺・士気低下を誘う意図もあるかもしれない。人間という種の心理をしっかり読んだ、高度かつ無慈悲な戦術。

「使い捨てていい駒の運用が徹底してんな。この割り切りっぷりはユグドラシルに近いわ」

 プレイヤーの痕跡というより、これは種族特性の優越を活かした異世界なりの軍事的合理性に基づく戦術と見るべきだろう。

 

 けれども残念、こっちも人間の視覚的脆弱性は対策済みだ。

 今回うちの人間兵たちは、パワードスーツの機能で〈闇視(ダークヴィジョン)〉相当の視覚強化を得ている。なんなら光源ゼロでも視界が利く分、多少の光は必要な〈夜目(ナイトヴィジョン)〉しか持たない巨人(ジャイアント)妖巨人(トロール)よりも森の中の夜戦では自由に動ける。初心者救済装備(パワードスーツ)は伊達じゃない。

 

 じゃけん異世界の強豪種族にも……ユグドラ動物園の脅威を教えてあげようねぇ!(マジキチスマイル)

 

 などと倉藤フェイスで顔芸をやっている俺に構わず、メイラスは隊列の前に据えられていた一機のパワードスーツへ近づいていく。

 

 金色の浮彫(レリーフ)に縁どられ、白く輝く装甲を纏う、細身の機体。

 メイラス・レッドゴールド専用機、名は『夕星(イーヴンスター)』。

 基本設計は部隊の人間兵に割り当てられた量産タイプ『黒装束(ナイトシュラウド)』と共通だが、そこにうちのNPCどもがあれやこれやと魔改造を加えた結果、六十レベル相当の戦闘性能を持つに至った変態兵器である。

 

 無茶な強化のおかげでだいぶピーキーな機体バランスになり、性能を引き出すには装着者(スーツアクター)の技量と熟練を要求する。つまり「初心者でも簡単に強くなれる」というパワードスーツ本来の強みを完全に潰してしまっており、ぶっちゃけ兵器としては欠陥品でしかない。

 メイラスはその問題を、長時間の訓練による強引な習熟という力業で解決した。やっぱ寝てないんじゃねーかなあいつ。『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』の非人道的活用法を目にしている気がしてならない。

 

 なおケイスが指導したというメイラス向けの特別訓練メニューは、選抜兵たちの通常訓練と同時並行で行われた。

 結果――自分たちより遥かに厳しい目標を設定され、血反吐を噛みながら護国の力を掴み取らんと足搔く幼い女王の姿に、兵士たちの忠誠心は庇護欲込みの爆上げストップ高を記録。今日ここに並んでいる連中は、すっかりメイラスに心酔した狂信者の軍勢と化している。当然すべてエルスワイズのシナリオ通り。人の心とか無いんか?

 

 もっともメイラス当人は、不眠不休の労働に病んだ様子もなく、兵たちの前で幼くも凛々しい声を張り上げている。

 

「……こんばんは、諸君。もうすぐ敵が来る。わたしたちを再び捕らえ、奴婢に、食肉に、貶めんとする敵どもが!

 この国の民のほとんどは、未だ生々しく記憶しているだろう。無慈悲な強者に支配される恐怖を。檻の中に囚われ、飼育される屈辱を。

 あの日々に戻りたい者はいるか? ……戻りたくないならば、立て! 諸君らの愛する者を、あの地獄に送り返したくないならば、戦え!

 わたしたちは、かつて奴隷だった。家畜だった。それは、わたしたちが何らの罪を犯したからでもない。

 断言する。諸君も、その祖先らも、あのような尊厳なき扱いを受けるに値する咎など、負ってはいなかったと。

 では、何故わたしたちは()()()にされたか? ――弱かったからだ。戦う術を持たなかったからだ。力がなければ搾取される。それが、この残酷な世界で我らの上に布かれた、唯一真実の法だったからだ。

 ()()()()()。神の遣わしたる使徒たちが、我々に力を貸し与えたもうた!」

 

 ここで、メイラスがちらりと俺たちの方を見やる。

 賢者エルスワイズ。鬼教官ケイス。ついでによくわからんスーツ姿の男・倉藤に扮した俺。

 この国の繁栄と発展を導く、謎めいた半神的存在たち。兵士たちも薄々只者ではないと察していたそれらに、メイラスが女王として敬意を示し、隠然たる権威を与えていく。

 

「諸君らの纏う、武具のきらめきを見よ。鍛えられ、見違えた技の冴えを思え。

 これは恩寵である。わかるか! ()()()()()()。然るにわたしたちも、賜りものの力を正しく振るい、天意に報いなければならない。

 わたしたちは国も、民族も、種族さえもバラバラに、迫害と圧政を逃れて集った亡命者の群れに過ぎなかった。にもかかわらず、わたしたちは今、皆ひとつの『人類』である。生存のために団結し、自由のために戦う同胞である。

 戦え、諸君……! そして己の肉体と意志で以て、勝利せよ! さすれば侵略者どもは、わたしたちがもはや無力な餌ではないと知るだろう!

 この世界に、『人類』が……わたしたちが、生きて在り続けるという決意を! これから始まる一戦で、天に示せッ!」

 

 メイラスが小さな拳を突き上げ、叫ぶように演説を締めくくる。

 崇敬する女王の鼓舞を受けた精鋭兵たちの士気は、一瞬で頂点に達した。それはほとんど暴騰、狂奔とも言うべき感情の爆発だった。

 

「ウオオオォォッ! 万歳!」

「メイラス・レッドゴールド、我らの女王陛下! 万歳!」

「『霧の王国(ミスティラント)』に栄光あれ!」

「聖戦を! 勝利を! この世界に、『人類』の神話を!」

「我ら『人類』ここにあり! 戦わずして滅びることなし!」

「巨人どもォ……一匹残らず駆逐してやる……!」

 

 オイなんかイェーガーさんちの息子みたいになってる奴いるけど大丈夫か。ここ調査兵団じゃねえぞ。

 そんな戦意に燃える彼らの耳目を、軽く手を叩いただけで、ケイスは引き付ける。

「へい、んじゃァ心臓があったまってきたところで、作戦を説明しやすよ――」

 

 ケイスの調練で鍛えられた兵たちは、彼の言葉や合図を無視できない。見落とし・聞き逃しがあれば()()()()に遭う、と叩き込まれているからだ。

 精鋭部隊は一斉に姿勢を正し、傾聴の構えを取った。マスゲームめいた機敏な同時行動。このワンアクションからも彼らの練度の高さが窺える。

 

「敵さんは大きく三つの隊列に分かれて進軍して来やがりまして、北から妖巨人国(オログルシュ)の全軍およそ四百。東から巨人国(ブロジンラーグ)の本隊およそ六百と奴隷三百。さらに巨人国(ブロジンラーグ)の連中は少数の別働隊、だいたい二百人ぐらいを分けてるもんで、これが南東から、戦況に応じて遊撃的に突入して来る。

 それぞれの軍団は、まァ奴隷は士気も底値で烏合の衆としても、主力の図体デカい連中はなかなかの練度。編成も合理的だ。舐めてかかったら死にやすぜ」

 

 ごくり、と唾を呑む兵士たちの顔に、油断や慢心はない。彼らはあたかも神話の軍勢の如きマジックアイテム(※現地基準)で武装しているが、()()()()()()()ということは、ケイスが日々の模擬戦で散々叩きのめして分からせている。

 

「敵の頭数は十倍以上。しかも主力は、てめえらにとって恐怖の象徴である格上の捕食者たち。奴らにとってこれは戦争でも侵略でもねえ、()()だ。

 でも悲観するこたあねえ。訓練通りの実力が出せりゃあ、てめえらは勝てる。

 ビビったらあっしとの模擬戦を思い出しなせぇ。デカブツどもはあっしより強いと思いやすか? ん?」

 

「いやそんなわけ……」「ケイス教官より強い奴とか、いたらその国がとっくに大陸を征服してるよ……」「空を埋め尽くす弾幕……全弾が必中……うっ頭が」「なんであんな無造作に飛ばした(つぶて)ひとつで『黒装束(ナイトシュラウド)』がバラバラになるんだ……おかしいだろ……」「壊れた強化鎧をハンマーひと打ちで元通りにしちまうミリアベルさんも大概おかしいと思う」「あれは鎚神様じゃから仕方ない」「誰だよ??」

 

 程よく緊張を弛緩させた兵たちを、今度は強めのハンドクラップ一発で、ケイスが黙らせる。

「へいへい、てめえら静かにしなせぇ。まださわりの部分しか話してねえでしょうが。

 基本方針として、従軍奴隷と投降者は殺さず捕縛。やり方は教えた通りでござんす……忘れてねえでしょうね? 戦意を喪失せず向かってくる者は、生死問わず倒してよし。

 妖巨人国(オログルシュ)の軍は、ちと再生能力が厄介なんで、あっしが引き受けやしょう。女王様とてめえらには、いちばん数が多い巨人国(ブロジンラーグ)の本隊を迎え撃ってもらいやす」

 

 ざっくりしすぎた作戦説明でも、欠けた部分があるのは明らか。パワードスーツを背にした人間兵の一人が手をまっすぐに挙げ、当然出るべき疑問を投げかける。

「教官! 先ほどの説明ですと、もう一つ――巨人国(ブロジンラーグ)の別働隊が侵入してくるとのことでしたが、これは誰が対処するのでしょうか?」

 

 三方から分進してくる敵軍に対し、選抜部隊百人とケイス一人でそれぞれ一方面を担当するのでは、戦線が丸々一画足りない計算になる。誰でも分かる簡単な算数。

 なんでそんな布陣になるのかといえば、これは俺の我儘を聞いてもらったからだ。

 

巨人国(ブロジンラーグ)の別働隊は……こちらにいなさる倉藤氏が止めてくれやす」

「どうもどうも。倉藤です」

 ケイスの紹介に応じ、ぺこりとジャパニーズお役人式のお辞儀をひとつ。名乗ったならお辞儀をするのだポッター。古事記にもそう書いてある。

 

 別に、ストレス解消のために雑魚を蹴散らして無双ごっこがしたいとかそんな話ではない。いろいろ実戦で検証しておきたいことがあるから、モルモットとして敵軍の一部を()()()もらっただけである。

 

 エルスワイズには「またそういう危険なことを……」と苦言を呈されたが、樹海周辺はリーギリウムと配下の警戒網があるから、カンストプレイヤー級の強キャラが気付かれずに侵入してくることはまず考えられない。仮にそれを可能とする奴が実在するなら俺をいつでも殺せるわけだが、そんなもんは警戒するだけ無駄だ。

 

 で、神人もプレイヤーも竜王もいない現地勢力だけなら、いくら俺が直接戦闘向きでない指揮官ビルドとはいえ、不覚を取ることはあり得ない。

 そもそもお前の諫言を容れて第零臓区から()()引っ張ってきたんやろ――と勢いに任せた説得でエルスワイズの首を縦に振らせ、今に至る。

 

 しかし〝倉藤〟はエルスワイズや八重樫リナほど有名ではない。ケイスのように彼らの絶対的信頼を獲得しているわけでもない。

 そんなポッと出の新キャラが、たった一人で敵の一軍を請け負うという常軌を逸した作戦に、不安や不満を口にする兵の一人くらいは居るのではないか?

 

 そう思っていたのだが、どうやら杞憂だった。みんな「ケイス教官がそう言うなら大丈夫だろう」みたいな顔で当然のように納得している。お前らそれでいいのか。

 なぜかドヤ顔で「倉藤さんなら大丈夫です!」と太鼓判を押すメイラスの容姿相応なお子様感に、場の空気が和んでしまったせいかもしれない。凛々しく語り切った演説とのギャップがひどい。女王様よ、おめーもそれでいいのか。

 

 ちなみに同じ単騎突出でも、ケイスがひとりで妖巨人(トロール)四百人の相手をする方に関しては誰も疑義や不安を表明しなかった。当たり前だ。ケイスに()()()()()()()ができないと思っている奴はこの場に一人もいない。

 

 

 その後も敵の出方に応じた戦術分岐パターンや、〈伝言〉および通信アイテムを利用した連携手順の確認など、細々したブリーフィングが行われた。

 それを聞きながら、さてこいつらは初陣で勝利を収めることができるのだろうか、と俺は考えている。

 

 彼らに担当してもらう巨人国(ブロジンラーグ)の主軍は、巨人兵およそ六百、加えて従軍奴隷およそ三百からなる大部隊である。それをたった百人で止めろというのは、常識的に考えれば玉砕命令と取られても不思議はない。

 

 もちろん、勝てるようには計算している。平均レベルはこちらがやや上、そこに武具の性能差を合わせれば、奴隷を抜きにしても六倍の兵力差をひっくり返すことは充分に可能だろう。

 しかしこの戦いは、平野で互いの軍勢を真正面からぶつけ合うようなゲーム的・映画的会戦とはいろいろ条件が異なる。

 

 敵の戦法に()()()()()しまえば不覚を取ることもあり得るし、さすがに大陸中央は層が厚いというべきか、英雄級以上の武将も何人か参戦している。とくに今回の敵戦力で最強の一人は、圧倒的な性能(※現地基準)を誇るメイラスのパワードスーツですら楽勝とは行かない相手だ。

 

 もっとも、仮にこの種族混成百人隊が敗れるようなことがあれば、その後ろに展開された()()()()()()()が敵軍を止める手筈になっている。こっちが突破される可能性は万に一つもない。

 そもそも街中に配備されてる警官代わりのモンスターだって、死の騎士(デス・ナイト)級からそれ以上の連中までいるわけで、仮に市街地まで侵攻できても現地勢力が落とすのは無理な話。

 だから実際のところ、『霧の王国(ミスティラント)』の安全はバッチリ確保されている。

 

 でも兵士たちには危機感を持って国土防衛戦の経験を積んでほしいし、早いうちに「自分たちの国を自分たちで守った」という成功体験を与えておきたい。

 そのため後詰めの存在については伝えていないし、街の治安維持モンスターどもの実力も正確なところは教えていない。もし防衛線を突破して国内に侵入されたら、宰相エルスワイズが死ぬ気で頑張って君らの家族や友人を逃がすよ、程度の気休めを言ってあるだけだ。

 

 気休めどころでなく、実際はエルスワイズも一人で侵攻部隊を全滅させられるし、なんなら本国へ逆侵攻をかけて丸ごと焦土に変えてしまえるのだが……まあそんなことは誰も知らなくていい。永遠に。

 

 かくして様々なる意図、様々なる覚悟、様々なる虚実を呑み込んで状況は動き。

 俺たちにとっては茶番の、しかし他の全員にとってはシリアスな――『霧の王国(ミスティラント)』が経験する、初めての戦争が始まる。

 

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