OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼とある提灯持ちの走馬灯

 巨人国ブロジンラーグにおいて、提灯持ち(ランタンベアラー)は最下等の仕事の一つだ。

 奴隷として使役される弱小種族の中でも、夜目が利かないという大きな欠点を抱えた人間だけに与えられる軍属職。その使命は、照明を持って夜戦の陣頭に立ち、敵の目を惹きつける囮になること。

 

 使い捨ての被害担当である。傷ついても死んでも気にかけられぬ消耗品である。

 まだまだ使い手の希少な〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉を用いた提灯(ランタン)の方が、運び手の命より高くつく――などと揶揄される始末。事実、戦場で死ねば回収されるのは提灯(ランタン)だけで、死体はアンデッドにならぬよう焼き捨てられるのみ。

 

 これでも以前よりはマシな待遇と言えよう。奴隷の大量失踪事件で頭数が減る前は、いくらでも代えが利くからと、単なる憂さ晴らしのために殺されることさえあった。

 かといって、大事に扱われるようになったかといえば、そう都合のいい話はない。

 

 兵科として最も活きるのが()()()()の作戦であることから、同じ人間の奴隷にも憎まれる。他種族の奴隷はおろか、汚れ仕事を命じる側の巨人たちにまで蔑まれている。理不尽の極み。だが抗議したとて、誰が聞いてくれるでもない。何故か。彼らはそもそも()()()()()()だから。

 

 劣等種の中の劣等種。賤業の中の賤業。被差別階級の中に分断を生むべく設けられた、いくらでも貶めてよい最底辺の存在。

 それが提灯持ち(ランタンベアラー)という兵科であり、いま『無明樹海(ナグド・フィガイ)』を進む部隊の先頭に立つ青年、ファーノに課せられた生き方であった。

 

 

「止まれ。……前方やや右、骸骨(スケルトン)(いち)、武器なし!」

「手助けが必要か?」

「おれ一人で対処できる、問題ない。周辺警戒は頼む」

 

 木立の陰から現れたのは骸骨(スケルトン)。後ろをついてきている同僚たちに進軍停止の指示を出し、ファーノは片刃の山刀を抜く。

 呼吸を整え、気合を入れる。

「しィあッ」

 かしゃりかしゃり、と歩み寄ってくる骸骨(スケルトン)を、山刀の背で殴りつけた。

 

 一打、二打。組み付こうとする相手を蹴り飛ばして間合いを取り、更に山刀で殴打すること数回。横から入った峰打ちが頭蓋骨を砕くと同時に、骸骨(スケルトン)は偽りの生命を失い、動かぬ骨の塊に戻った。

 

 剣も盾も持っていない、無手の個体だった。この程度のモンスターなら、自分が弱兵だと自覚しているファーノでも、さほど苦労なく倒すことができる。

 とはいえこちらも全身鎧など支給されておらず、提灯(ランタン)と武器で両手が塞がっているため、盾も持てない。油断すれば死ぬことになる。人間というのは、それほどに弱い。

 

「片付いた。……行軍を再開する。()()()()()にケツを叩かれる前に、急ぐぞ」

 ちらり、と後方を見やる。

 こちらからでは暗くて見えないが、後続する本隊の方からは、提灯持ち(ランタンベアラー)たちの明るく照らされた隊列が丸見えのはずだ。あまり長く一か所に留まっていると、司令官の()()で無茶な突出を強いられかねない。

 

 しかし、この森にはただの骸骨(スケルトン)よりも強力なモンスターが数多く徘徊していると聞く。

 悪いことに実際、遭遇する敵がだんだん強くなっていると感じる。まるで、奥へと進むほど強力な種と遭遇するように、誰かが意図を持って配置したかのようだった。

 森への侵入者を追い返そうとしているのか。――それとも、誘い込もうとしているのか。

 

「……誰かが、森を要塞化している? となると、森妖精(エルフ)の……死霊術師(ネクロマンサー)でもいるのか? いや、だが魔獣も出るし……」

 ファーノが歩きながらブツブツ呟いていると、隊列の左側を警戒していた仲間が、奇妙に上ずった声を出す。

「さ、左方ッ! ()()()()()()()()()()(いち)! 正体不明!」

 

 なんだその報告は。いくら動揺したからといって、もう少し正確な情報を上げられないものか――そんな不満は、隊列の隙間から見えた敵の姿に吹き飛んだ。

 ()()()()()()()()()()。確かにそうとしか表現できないものがいた。サイズは人間とさほど変わらず、頭部と胴体の境は不明瞭だ。

 

 ()()は声を出した仲間の方へ、滑るように近づいてくると、大雑把に象られた腕らしき部位を振り上げ――

「ぎゃッッ」

 技も工夫もない殴打。ただ純粋な力だけがあった。

 避け損ねた兵士が真横へ吹っ飛び、太い木の幹に叩きつけられて崩れ落ちる。

 

 ――まずい。何だか分からんが、さっきの骸骨(スケルトン)の比じゃない!

 

 ここまでの行程では、日没前に遭遇した魔狼(ヴァルグ)が最強の敵だった。しかしあの〝人岩〟のパワーは、明らかにそれ以上だ。成獣の(ベア)並かもしれない。

 本隊の巨人兵ならば、熊など一人でも捻り潰せるだろう。だが人間にとっては、武装して徒党を組んで、死闘の末にようやく勝てるかどうかの難敵である。

 そのような猛獣に匹敵する存在。おまけに、あの岩のような体は明らかに硬そうだ。味方が叩き込んでいる武器攻撃も、あまり効果的でないように感じられる。

 

「左から隊列が崩されるぞ、どうする!」

 時間はかけられない。ファーノはリスク回避を第一に考え、己の決断を伝えようとする。

「この状態で、前や右から追加が来たら全滅しかねない。いったん後退して――」

 

 

「――根性なしの矮人(レッサーマン)どもめ。私が命令してやらねば何もできんのか?

 『後退は許可せぬ』……『死を厭わず戦え』」

 

 

 魔力を帯びた声が、森を走り抜けた。

 その命令は提灯持ち(ランタンベアラー)たちの精神を拘束し、命令への服従を肉体に強制する。

 ()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「う……おおあああアアッ!」「ひいッ、なんで足、俺動かしてないのにぃ!」

「やめっ、嫌だァアア! 中位将軍、どうかお慈悲をォ!」

「身体が、身体が勝手にっ」「とめて! この命令とめてェェ!」

「死ぬっ、あぁだめだ死、死ッおぼァ」

 

 己の意思ではないものに衝き動かされ、奴隷兵たちは〝人岩〟に突撃していく。

 振り回される岩腕。子供が蹴った小石のように撥ね飛ばされる人間たち。派手に血を流している者、明らかに骨が折れている者、みな苦悶の表情で助けを乞いながら、身体だけは迷いなく再度の突撃を敢行する。――自分か敵か、一方が動かなくなるまで、それが続く。

 

「フゥーム、動像(ゴーレム)とかいう奴かと思ったが……人の手で造られたという感じがせんなァ。自然発生の動像(ゴーレム)というのもあるのか? 魔法学会に持ち込めば、正体の見当はつくかもしれんが」

 

 仲間たちと同じように操られ、二度ほど〝人岩〟に殴り飛ばされたファーノは、朦朧とする意識の中でその声を聴く。

 地響きのような足音を立てて、近づいてきたのは肥満体の巨人。全身にじゃらじゃらと装飾品をぶら下げ、戦場にあっても地位を誇示することに余念がない。

 

「ほれ、どうした? 立て、矮人(レッサーマン)。捨て駒にさえならんようでは、きさまらの価値など()()以外に残らんぞ」

 ――この、鬼畜のクソ巨人が。いつか殺してやる。

 

 そんなことは不可能だと、誰よりもファーノ自身が知っていた。

 巨人国(ブロジンラーグ)が誇る英雄のひとり。中位将軍、ジーロス・タラホピオースに勝てる人間などいるはずがない。

 彼がひとこと『死ね』と発するだけで、自分たちは戦うことさえ許されず、全力の自殺を強要されるのだから。

 

 

 結局〝人岩〟との戦いは、提灯持ち(ランタンベアラー)七人を再起不能にしての玉砕戦法でどうにか制した。

 森に入ってからここまでの戦いと同様、幸運と呼ぶには不気味な理由で、死者は出ていない。敵が()()()()()()()()のだ。

 が、戦えなくなった人間を治癒したり、撤退させたりといった慈悲深い采配は、中位将軍ジーロスには期待できない。戦闘不能者の末路など、戦場に放置されるか、巨人たちの今日の夕食となるか、その程度の違いしかあるまい。

 

 ファーノ自身の傷は止血した。かろうじて骨は折れていない。まだ、提灯(ランタン)を掲げて歩くことはできる。

 岩に打ち付けられた右肩が痛む。戦えるかどうかは、正直怪しいところだ。索敵に専念して、戦闘は軽傷の味方に任せるしかない。

 

 自分の隊がこれ以上、新たな敵に出くわさないことを祈りながら、ファーノと同僚たちは行軍を再開した。

 背後にジーロスの視線を感じる。退路はない。

 樹海の奥は死地だと分かっていながら、前進するしかない。

 

 ――頼む。頼むから……もう……何も出てくるな。()()()()()へ行ってくれ。

 

 隊列は横に広く展開しながら前進している。自分たちのところに敵が来なければ、当然他の隊がそれを引き受けることになる。被害は出るだろう。誰かが死ぬかもしれない。

 それでも祈った。()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 当のファーノも、それがどんなに恥知らずな願いか承知していたから、せめて声に出さないことを最後の一線とした。

 

 だが当然、彼の祈りなどに世界は忖度してくれない。

 

「ぜ……前方……く、黒い全身鎧の、集団! 数はッ、十……いや二十、もっと居る!」

 

 ()()は霧の向こうに突然現れた。

 起伏に富んだ森の中で、武骨な黒い鎧を着た人型の何かが、横一列に等間隔で並んでいる。

 隊列は、巨人国軍の先陣たる提灯持ち(ランタンベアラー)隊と完全な平行。明らかに、こちらをここで止めるべく布陣された()であった。

 

「どこから出てきた!? こんな森の中だぞ!」

「待ち伏せ? ……この地形で、あんな重装鎧を着て、音も立てず……綺麗に並んで?」

 

 どんな練度だ。その脅威の一端を見ただけで感じ取れるからこそ、ファーノは悟った。

 あれは()()だ。勝てない。

 

 進軍ルートを完璧に読まれていなければ、このような会敵の仕方はしない。罠か、伏兵か、地の利か――確実に、敵には有利を取る策があるはずだ。

 誘い込まれた。自分たちは既に、死地の只中にいる。

 目立つ魔法の提灯(ランタン)を持ったまま、料理してくれと言わんばかり、立ち竦んだ間抜けな姿で。

 

「ほ……本隊、本隊に任せるべきだ。もう下がっていいよな!?

 俺たちは敵を見つけた。役目は果たした! あとは強い奴らの仕事だろッ、こんな、俺たちみたいな劣等種族じゃなくて!」

 

 ひび割れた声で喚く同僚を、ファーノは無様と思わない。自分も叫び出したかったのだから。

 足が震える。歯の根が骸骨(スケルトン)のようにカタカタ鳴っている。

 静かに立つ黒い鎧たちが、死そのものの具現に見えてくる。

「無理だ……無理だ、無理だ。あれは無理だ。やめてくれ」

 

 やめてくれ。退()()()()()()

 来ないでくれ、と敵に乞うのではなく、ファーノたちは後ろに向かって哀願していた。

 ()()()()()()()()()()()、と。

 

「グフハハハ! 援護とな? 後退とな? ()()()()。――『突撃せよ』」

 

 ただ一声、中位将軍の恐るべき力を以て、命じられただけで。

 人間たちは絶叫しながら、狂気の特攻を開始する。

 

 勝手に走り出す足に、前へ前へと運ばれながら、ファーノもまた意味を成さない喚き声を上げ続けた。

 

 ――何だったんだ。俺の人生は。

 

 ファーノの故国は既に亡い。勢威増す巨人国の〝人狩り〟に遭い、戦争とすら呼べない無造作な()()によって滅びた。

 愛し育ててくれた両親も、いつか想いを伝えたかったパン屋のあの娘も、故郷が滅びた日から消息を聞かない。

 

 提灯持ち(ランタンベアラー)。同族狩りの、忌まわしき光を掲げる裏切り者たち。

 何百人もの人間たちが、奴隷として捕らえられていくのを見てきた。ただの傍観者ではない。囮役とは言え、巨人たちの蛮行に加担してきた。

 解っている。この手はもう汚れてしまっている。だが、好きでこんな身分に堕ちたわけではない。強いられた罪だ。誰もが逆らえなかった。

 

 中位将軍ジーロスの権能がなくとも、巨人たちは容易く人間を支配できる。

 死と苦痛。尊厳の蹂躙。精神操作の魔法など必要ない。恐怖という鎖だけで、人は奴婢に成り下がる。あるいは家畜に。

 巨人は強くて、人間は弱いから。ただそれだけ。

 

 ――何だったんだ。俺の人生は。何のために……!

 

 弱さこそが罪で、それでも人間はどうしようもなく弱くて。

 弱いから何もかも奪われ、弱いからこうして敵の能力を探るための捨て石にされている。弱いから抗議も反乱もできない。弱いから命令通り突っ込んで、そのまま死ぬ。

 

 何だこれは? 何の意味があった?

 この世に生まれて、愛されて愛して……もう二度と戻らない、あの尊い日々は。そう感じていた心は。

 奪われ踏みにじられ、絶望で塗り潰され、誰にも顧みられず無価値に終わる――この日のためだけに在ったのか。

 

「俺たちはっ、何のために生まれて……! 無駄なのに、どうして」

 

 ほとんど錯乱しながら、ファーノは絶叫した。

 ああ、弱者がそれを願うこと自体が罪だと、世界が告げているのに。

 どうして、こんなにも。

 

「自由を……!」

 

 黒鎧の壁に、隊列が激突した。

 謎めいた鎧の戦士たちは微動だにせず、ただ立っているだけで、提灯持ち(ランタンベアラー)たちの突進を弾き返した。

 

 叩きつけた武器は砕け、体当たりした者は自ら打撲や脱臼をもらいに行っただけ。勝手に自滅した弱兵たちの無様を、味方であるはずの巨人たちが嗤っている。

 だが、敵であるはずの黒鎧たちは、笑わなかった。

 

「なんなんだよ……お前ら、何がしたくて、こんな……」

 鎧に傷ひとつ付けられず、半ばから折れた山刀を手放し、ファーノが呆然と呟く。返事があると思っての問いではなかった。次の瞬間には殺される、その諦念が無意味な愚痴をこぼさせたに過ぎない。

 意外にもその問いに、眼前の鎧武者は応えた。

 

「――我らは『人類』」

 

 無機質な装甲の奥から、厳かに告げる男の声。

 兜越しの視線が向かう先は、捨て駒の不甲斐なさを嗤いながら悠然と進軍してくる、巨人たちの本隊。

 ファーノは鎧の男の声に、冷たく抑制された怒りを聞いて取る。その感情は何故か、敵であるはずの存在を頼もしく思わせた。

 まるで彼らが――自分たちのために、怒ってくれているような。

 

「ゆえに、おまえたちを解放する」

 

 そして、漆黒の装甲歩兵たちが動き出す。

 

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