OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼『霧の王国』防衛戦・主戦線(2)

 ほんの一瞬、ジーロスは全ての感情と打算を忘れて、呆けた。

 ――理解できん。狂った矮人(レッサーマン)の戯言とはいえ、この女は何を言っているのか。

 人類の一員としての提案? 人類の輪に加わる? まったく無意味(ナンセンス)だ。

 巨人こそが()()()()。既にして()()の頂点にあるというのに。

 

 呆然とするジーロスに、何を勘違いしたものか、鎧の女は詳しく踏み込んで話を続けようとする。

「わたしたちが『人類』と呼ぶものについては、この世界では新しい考え方となりますので、おそらく説明が必要でしょう。

 これは種族や国家に従属する枠組みではなく……むしろその上部構造となるべき、合意に基づく共有原則です。最も基本的な概念としては、『()()』の()()()()を核とする、一種の社会契約に――」

 

「ン、ンン! ……待て待て。よくわからんが、話が大きすぎる。私にそんな権限はないのだ。政治の領分なら、いったん持ち帰らせてはくれんかね」

 いかにも交渉の余地があるかのように、愛想笑いを作ってみせるジーロス。猫撫で声に魔力を忍ばせ、提案を受け入れたくなるよう誘導もしている。

 そんな小細工を、鎧の女は一蹴した。

 

()()()()。巨人国において中位将軍という地位は、まつろわぬ異種族に対し、国家意思の代行者として振る舞うことが許されているはずです。……かつて、アーレス・アルペイガース将軍がその権限を存分に行使していたように。

 あなたがこの場で首を縦に振ってくれるなら、こちらはひとまずそれを、巨人国の()()()()()()として受け止める用意があります」

 

 巨人国(ブロジンラーグ)において、中位以上の将軍には、国外勢力との戦闘や外交交渉に関する一定の独自裁量権が認められている――確かにそれは事実だ。

 しかし当然、その権利は有限のものである。国の在り方を大きく変えるような要求を、いち将軍が勝手に安請け合いしたからといって、それで実際に巨人国が動くことはあり得ない。子供でも劣等種でも解るはずのことではないか。

 

 であるなら、この〝交渉〟とも呼べぬ厚顔無恥な放言の数々は――あえて、()()()()()()()吹かしているのか?

 中位将軍の職権を拡大解釈し、巨人国の総意として要求を拒絶させる。それを大義名分として内部統制の強化に使うなり、新たなテロ行為のお題目に掲げるなりするのであろう。

 

 仮にジーロスが、命惜しさから脅しに屈して、その場凌ぎの承諾を口にするならそれもよし。あの巨人国に要求を呑ませたと戦果を喧伝でき、当然の帰結として本国が要求を棄却すれば、それを裏切りと糾弾して被害者意識を煽り立てることもできる。

 どう答えても、奴らの解放軍(レジスタンス)ごっこに利用できるよう仕組まれている。

 

 ――舐めおって、矮人(レッサーマン)ごときが……この私を茶番のダシに使おうなどと!

 

 相手の魂胆を読み切った、という一瞬の精神的余裕。

 自分が劣等種族の小賢しい策略に利用されようとしている、という屈辱。

 だが何より直接的にジーロスの精神を打撃したのは、数ヶ月前に行方不明となった同僚、アーレス・アルペイガースの名であった。

 

 偉大なる賢人将軍、アーレス・アルペイガース!

 整った顔貌。鍛え上げられた肉体。彼は優れた戦士であり、卓越した魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、学堂でも尊敬を集める不世出の魔法学者であった。

 天が二物三物を与えた火巨人(ファイアー・ジャイアント)の英雄。そんなアーレスに、ずっと劣等感を募らせていたのがジーロスだった。

 

 肥満(デブ)のジーロス・タラホピオース。見目麗しからず、戦士の適性もなく、華々しい攻撃魔法も使えない。できるのは、自分よりも弱い者を操り、戦わせることだけ。

 将としての能力でいえば、〈支配の呪言〉という破格の権能を持つジーロスも、決してアーレスに劣るものではなかった。だがカリスマというものは、能力や実績だけに宿るのではない。

 兵たちがアーレスを信奉する傍ら、引き比べるように自分を蔑んでいたことを、ジーロスは知っている。陰険な戦法。卑劣な術。そのようなレッテルを貼られ続けた。

 

 アーレスが消えたと聞いたとき、これで理不尽な相対評価からやっと解放されると、内心狂喜したものだった。

 だというのに、何故。

 奴が消えて一年近く経つというのに、戦場で、敵の口から、何故その名が出るのだ。

 

 〝かつて、アーレス・アルペイガース将軍がその権限を存分に行使していたように……〟

 

 まるで〝アーレスにできたことが、お前にはできないのか〟と比べるような問いを、何故矮人(レッサーマン)ごときに投げられねばならないのだ。

 ――奴も、私も、同じ中位将軍であろうが……!

 

 己の精神のどこかで、縄か鎖のようなものが弾け飛ぶ音を、ジーロスは聞いた。

 

「ふ、フフ……なるほどそうであったわ。中位将軍とは、必要ならば国家の代弁者となるべき、選ばれし個人。その職責と職権を共に与えられた存在よ。ああ、確かにそうだとも……。

 ならば望み通り、巨人国の総意として答えてくれよう――否! 否だ! ()()()()

 矮人(レッサーマン)ごときが、わが国と対等に交渉しようなど片腹痛い。我らこそ()()()()()()! 他のあらゆる人型種族は、巨人の不格好な模造品、出来損ないに過ぎん!

 天分を自覚せよ! きさまら矮人(レッサーマン)は神の手で、我らの奉仕種族として創造されたのだ。何が不可侵か、何が奴隷廃止かッ! 栄誉ある奴婢として生きられることを感謝できぬなら、今すぐ死ね! この世に生まれたことを悔いながら!」

 

 地獄の噴火口のごとく罵言を吐き出しながら、ジーロスは僅かな残存兵力に目を走らせている。

 彼の〈支配の呪言〉は、巨人国でも他に使い手のいない希少(レア)スキルだ。ゆえにその詳しい性能は、ジーロスしか知らない。

 社会的な面倒事を避けるため、公には「異種族にしか効果を発揮しない」と説明してあるが……実際には、自分より格下の相手であれば、()()()()()()()()()()のだ。

 その切り札を、ここで切る。

 

「我が兵たちよ! 『私の撤退を援護せよ』! 『死ぬまで戦え』ィ!」

 

 ジーロス自身の周囲と、窪地の外に待機させていた、巨人の残兵およそ八十。それが一斉に、狂気じみた勢いで、この場へ殺到した。

 

「将軍!? なんで……」「俺たちには効かないはずじゃあ!?」

「おやめください将軍! あっ足、足ィが勝手にィィ!」

「うっ上だ、上から鎧の奴らが!」「あぼォアアア!」「やめェエエエ!」

 

 白鎧を守るように、幾体かの黒鎧が降下してくる。

 瞬く間に、乱戦となった。

 

 黒鎧は傷口を爆裂させる魔剣を持っていながら、それを鞘に納めたまま、肉盾とされた奴隷ごと巨人兵を殴りつけている。あの鎧どもの尋常ならざる膂力を考えれば、鞘打ちとて脆弱な人間種を挽肉にして余りあるはずだが――どういうわけか奴隷も、諸共打たれた巨人兵も、血の一滴すら流さず意識だけを刈り取られていく。

 

 呪言で操り、捨て駒とした兵たちの戦いを、ジーロスは暢気に止まって見物していたわけではない。

 もはや重石にしかならない肉盾は放り捨て、贅肉を揺らしながら後方への逃走を開始する。折を見て振り返る僅かな間に、指揮官としての洞察力で戦況を見渡している。

 そして、数名の巨人兵たちに守られながら走るジーロスを、白鎧は付かず離れずの距離で飛行しながら、追ってくる。

 

「――気になりますか? この剣、納刀状態だと〝非致死ダメージ武器〟になるんです。

 いくら殴っても相手を殺さず、〝ひっとぽいんと〟がゼロ以下になっても気絶させるだけなので、人質を取られていても安心して攻撃できるんだとか」

 

 ときおり接近してきて、護衛の兵たちと打ち合う白鎧の動きは、黒鎧よりもさらに数段上の機敏なもの。手にした得物は黒鎧たちの直剣と比べて刃渡りの短い三日月刀(シミター)だが、ジーロスの見るところ、武器としての格はむしろこちらの方が高い。

 槍をかいくぐる。大剣を装甲で逸らす。斧槍(ハルバード)を魔剣の鞘で受け止め、押し返し、そのままの勢いで相手の側頭を叩き打つ。

 鎧の性能だけではない。近接戦闘の、確かな技術がある。体格に勝り、間合い(リーチ)に優越するはずの巨人兵たちが、一人また一人と昏倒させられていく。

 

「何なのだ、こいつらは!? 何なのだ、この小娘は……矮人(レッサーマン)の分際で……!」

 

 

 数十分も走り続けたような気がした。

 実際のところは、わずか数分の敗走であった。

 たったそれだけの時間で護衛は全滅し、いまやジーロスは独りきり。小さな崖のようになった地形を背にして、白鎧に追い詰められている。

 

 鎧の女の声は冷めて、息を切らす様子さえない。

「別に、どっちでもよかったのは確かですが……実のところを言うと、わたしはあなたが提案を蹴ってくれて、ほっとしています。

 ――それと、少しばかりの感謝も」

「何だと?」

 

 頭部全体を覆う白鎧の(かぶと)は、どうやって視界を確保しているのか不思議なほど狭い細隙(スリット)しか開いておらず、表情は見えない。

 それでもジーロスは、どうしてか鎧の女が笑っている気がした。

 

「正直、わたしには……いまでも巨人国を、巨人という種族を、憎む心があります。

 でも、あなたの言いようを聞いて、やはり真に憎むべきものは()()()()()()()()()のだと、再確認できました。

 わたしたちを〝奉仕種族〟と呼び、自分たちを〝人類の完成形〟だと驕る。いわばその、巨人中心の〝人類〟観こそ、わたしがほんとうに絶滅させたかったものではないか、と……。

 だからこれは、そう――あなた方の〝人類〟と、わたしたちの『人類』との、未来を賭けた対等な――()()です。ずっと前から始まっていた戦いに、神様が形を与えてくれただけなんですよ」

 

 ジーロス・タラホピオースは、その声に心底から怖気付いて、震えた。

 己の死さえ超越した恐怖だった。

 この女は、巨人という種でもなく、ブロジンラーグという国でもなく――巨人族の誇り高き魂そのものを、根こそぎ滅ぼそうとしているのだ。そう、悟ってしまったから。

 

 これまでずっと精神の支柱にしてきた絶対的な価値観――あるいは、()()()――が、それを相対化し得る外なる観念によって侵蝕され、呑み込まれようとしている。

 これまで生きてきた歳月、信じてきたすべての尊いものが、無意味な迷妄、無価値な虚構であったことにされてしまう。

 ()()()()()()()()恐怖に心砕かれ、彼はついに眼前の現実と向き合うことをやめた。

 

「きさまはッ――きさまらは狂っているッ! こ、こんなことがあってはならない――そうだ、巨人こそ至高の種族なのだ。巨人国(ブロジンラーグ)は無敵ッ、私は英雄! それがこの世の真理! そうでなければおかしい! それ以外は認めぬ、嘘だ、非現実に決まっておるのだァァ……!」

 

「――〈幻想の殺し屋(ファンタズマル・キラー)〉」

 

 支離滅裂な絶叫のさなか、頭上から降ってくる()()()()の声。

 その瞬間、ジーロスの目の前に忽然と、黒い怪物が出現した。

 人と蠍を悪夢の中で混ぜ合わせ、さらに無数の翼と触手を意味もなく増設したような、狂った造形の生き物。その冒涜的な異形を、直視したのは初めてだが――ジーロスはこれが()であるのか知っている。

 

「は? なッ……何故()()が私に!? ――そんな、まっ、お待ちあれ上位将軍! 私はまだやれエ゙、ア゙ア゙ア゙ ア゙ オ゙オ゙」

 

 漆黒の怪物は、敗者の弁解を待たなかった。

 顔に向かって飛び掛かってくると、それは鋭い針のついた尾を一振りし、ジーロスの口腔内へ突き入れた。

 黒い槍のような尾針が口蓋を貫き、脳を攪拌する――衝撃も痛みも、血の匂いさえも生々しくリアルであるのに、どこか現実感を欠いた終わりの感覚。

 

「あが。エヘ」

 恐怖に歪んだ顔の中、口角だけが跳ね上がって痙攣的な笑みを象り、肥えた頬伝いに涙が流れた。

 そして、巨体が傾き、倒れる。

 中位将軍ジーロス・タラホピオースの、英雄性の欠片もない最期だった。

 

 

 

 純白の強化鎧、『夕星(イーヴンスター)』に身を包んだメイラス・レッドゴールドは、追い詰めた敵が不可解な変死を遂げる様を、油断なく注視していた。

 彼女の目に見えていたのは、自棄になって叫んでいたジーロスが突然悶え始め、()()()()()()()()を見ているような狂笑を顔に貼りつけたまま、唐突に死んだ――という一部始終だけである。

 外傷も、流血もない。恐怖の痕跡だけが、凄惨な死相に刻まれて残った。

 

 もっとも、その死が()()()()()起きたかは解らずとも、()()成したかは解っている。

 メイラスの視線が、小断崖の上へ向けられた。

「……いまのは、あなたが?」

 

 異様な体型の、巨人であった。

 巨人というのは、一般に太い体格をしている。筋肉質か、肥満体かは生活習慣によるが、細い巨人というものは滅多に見ない。

 しかし崖の上に立つその巨人は、細長かった。手足も、腰も、首も。すべてが縦に引き伸ばされたかのように、巨人としても並外れた長身を、黒ずくめの軍服に包んでいる。

 

「――兵や奴隷を小賢しく動かすだけが能の、肉達磨であった。

 それが五百の兵を悉く失うとなれば、もはや単なる無能。捕らえられて余計なことを吐く前に、上官たる(ワレ)が責任もって、始末せねばならぬ」

 

 ジーロスの骸を見下ろす痩躯の巨人。双眸に宿るものは、零度の虚無。

 この巨人は……アーレスとも、ジーロスとも違う。異質な精神性、異質な悪意を感じる。

 メイラスの本能が最大の警鐘を鳴らしている。生物としての格が違いすぎる、と。

 事実なのだろう――『量器の魔眼』が映すオーラの巨大さを鑑みれば。

 

 ――神様たちに教えてもらった尺度でいえば、レベル……五十前後? 間違いなく、これまで見てきた巨人の中で、いちばん強い。

 

 むろん、隠蔽を解いた神々のオーラに比肩するものではないが――いまのメイラスでは本来、立ち向かおうと考えるのもおこがましい強大な存在には変わりない。

 

 どうする。……神に、助けを乞うか。

 本当に無理だと判断したら、そうしてもよいことになっている。事前に決めた合言葉を一声上げれば、どこかで見守っている従属神の一柱が介入し、瞬く間にこの戦いを終わらせてくれるだろう。

 

 今回メイラスが率いる選抜兵たちには知らされていない、最終手段である。これを知るメイラスこそが、ある意味この戦場で最も緊張感を欠いていると言えた。自分たちが負けても、国が滅びることはないのだ。

 

 ……それで。そんな甘えた心意気で。

「いったい『人類』が、何を守れる……!」

 

 いつか『人類』にこの世界を託す、その日のために神々は暗躍しているという。

 メイラスを救い、多くの人々を救い、国を造った。西方にある別の国も、神々の計画において『霧の王国(ミスティラント)』とは異なる役割を果たすべく、従属神の力添えを得ているという。

 

 だのに、御方々に第一の使徒として見出された自分が。

 戦いもせず、「わたしは弱いから勝てません」と両手を上げて、ただ神に縋るのか。

 

 ――冗談じゃない。

 

 せめて、神のために()()()()()()()()()()()はできると、証明しなければ。

 

「陛下。精神支配されていたと思しき巨人兵、および彼らの防具にされていた従軍奴隷、ともに制圧完了しました。味方の脱落者はありません」

「S弾頭で眠らせた巨人兵たちの拘束も、完了しております」

 

 窪地周辺の戦いに残してきた黒鎧――『黒装束(ナイトシュラウド)』部隊が続々と、メイラスに合流してくる。

 エルフの射手部隊やドワーフ工兵部隊、特殊装備の亜人部隊も、互いにマジックアイテムで通信しながら陣形を再編してゆく。

 

 一方、巨人の側にも動きがある。

 異常長身の巨人の背後、木立から続々と姿を現す巨人兵たち。後衛に残されていた百人だろう。数の上では先ほど倒した部隊の数分の一だが、全軍の指揮官を守る精鋭ということなのか、メイラスの目に映る個々のオーラはいずれも大きい。

 

 百対百。頭数は互角。平均レベルもおそらく大差ない。練度も互角と言いたいが、軍歴の長い巨人側がやや有利かもしれない。

 体格や筋力、耐久力といった種族的基礎能力では、言うまでもなく巨人が圧倒的に上。

 神々に与えられた装備ならば、それらの差も覆せるはずだが……絶対とまでは言い切れない。

 

 なにより――こちらの全軍を一人で相手にできてもおかしくない、あの黒衣の巨人を止められるか。

 

「敵の指揮官は、わたしが抑え……いえ、()()()()。皆さんはその間に周囲の敵兵を制圧してください」

「大丈夫ですか? あの化物を一人でなんて……無理しないでくださいね」

「陛下、また口調が普通の女の子になっちゃってますよ。

 こういうときはビシッと、女王様らしく決めないと」

「あ、そうですね。ごめんなさい……はわ、また言っちゃった! 今のなしで!」

「尊い……」「ちびっこエルフ女王様いいよね……」「いい……」

 

 メイラスと選抜兵たちは、ケイスが課す地獄の訓練を共に潜り抜け、同じ釜の飯を食った、いわば戦友である。このような臨戦の崖縁に立って、軽口を叩き合えるだけの絆があった。

 後年、この百人隊を中核として、レッドゴールド王家の親衛隊が組織されるのだが――このときは兵たちも、女王自身も、目前の死闘以外のことを考える余裕などなかった。

 

「聞こえておるぞォ、白い鎧の小娘ェ! 我を倒すとは大きく出たものよ。

 我が名はソーン・カタピエスティス! 巨人国ブロジンラーグ、上位将軍が一翼にして、〝摩天(スカイスクレイパー)〟王家の血脈に連なる者!

 この名を聞いて、なお怖じぬというならば……名乗れ、小娘!」

 

 黒衣の巨人が吼える。ジーロスのように、魔力を乗せた呪言というわけでもない。ただ威圧的なだけの大音声。

 それでも、立ち向かってみせなければ、こちらの士気が挫ける。

 そう直感したから、敵に情報を渡すべきでないという理性の判断を無視して、メイラスは叫び返した。

 

「わたしは――我が名は、メイラス・レッドゴールド!

 『霧の王国(ミスティラント)』の女王にして、『人類』第一の使徒!

 ――そして、()()()()()()!」

 

 名が知られたから、何だというのだ。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 戦友たちと一緒なら。この『夕星(イーヴンスター)』があれば。いまの自分なら。

 戦える。勝てる。――これ以上、神様の助けを借りなくても。

 きっと、『人類』が勝つとはそういうことだ。

 

 メイラスの不敵な名乗りを受けて、痩躯の巨人、ソーンは翳の深い笑みを浮かべた。

 

「潰せェい、我が兵どもォ!」

「迎え撃て、我が民よ!」

 

 互いの前衛が同時に突撃し、矢弾が放たれ――主戦場、第二局が始まる。

 










[memo]

■〝『人権』の相互承認を核とする、一種の社会契約〟

・リアルと違い、人間と同等以上の知的文明種族が多数存在する異世界で、最大多数を包括可能な『人類』の実装形式として考案されたモデルの一つ。
 現在はこれをメインプランとして長期計画が練られているが、他にもサブプランとして伝統やカリスマ、宗教、イデオロギー等を連結軸とした諸種の『人類』モデルが検討され、『霧の王国(ミスティラント)』および法国の一部で並行秘密裏にデータ収集用の社会実験が行われている。

・カレルレン個人は『人権』を〝人類史上の偉大な発明物のひとつ〟と評価しているが、それはあくまで人工の道具(ツール)としてであり、『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』の事業における運用もその定義に準ずる。
 曰く「天賦でも神聖不可侵でもない、人と人とが結んで守り合う、ただの約束」。また、とあるNPC曰く「大衆が自発的に信じたくなる、感染力に優れた思想。よく出来たミーム兵器」。

・走り書きのメモが残っている。
 「他人の権利を尊重しない者は、他人からも権利を尊重されない」
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