OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼『霧の王国』防衛戦・東部迎撃点

 巨人国(ブロジンラーグ)の分遣隊二百人は東側から『無明樹海(ナグド・フィガイ)』に突入し、そのまま樹界深部へ向けて進軍を続けていた。

 主軍と違い、夜目の利かない人間の奴隷などを引き連れていないため、その歩みは早い。

 

 起伏のある地形を踏破し、倒木や崖が道を塞いでいれば、工兵隊が即興で道を作る。森に侵入した三つの集団のうち、人数が最も少なかったことも手伝って、彼らは他の二隊よりも格段に深い奥部まで進むことに成功していた。

 

 二百人の隊列は、前陣と後陣それぞれ百名ずつに分けられている。

 工兵や斥候系の技能に秀でた兵が前陣に多く配され、彼らが道を拓いた後を、重装備の後陣が進むという布陣である。

 

 人間兵なら死闘を強いられるような魔獣やアンデッドであっても、前陣の巨人(ジャイアント)兵たちにとってはさほどの難敵でもない。もし巨人であっても苦戦するような敵が出現すれば、前陣はいったん戦線を下げ、より戦闘に長けた後陣の重装兵が前に出て仕留める。そういう戦術が確立されている。

 

 しばらく敵や障害物に遭遇しなかったため、順調に進軍ルートを確保していった前陣は、知らず後陣との間に距離を生んでいた。

 それ自体は問題ではない。どうせ後陣は前陣の拓いた道を後から辿ってくるのだし、前陣が何らかの障害に行き当たれば、それを処理している間に後陣は追いついてくる。

 

 が、後陣の援護を受けられない状況で、()()()()()()遭遇(エンカウント)してしまった場合の対策については、十全に練られていたとは言いがたい。

 彼らは()()に気づいた時点で進軍を停止するべきであったし、さらに言えば即時撤退を選択すべきであった。――できたかどうかは、別として。

 

 無論それは結果論でしかなく、誰も()()の脅威を正しく判断できる材料など持たない。

 ゆえに彼らは前進してしまう。

 

 青白い光に照らされた、円形の空き地であった。

 光源となっているのは、地面から幾本も突き出した円錐形の物体。それらに囲まれて、空き地の中央に異様な存在が佇んでいる。

 ()()()()()()()()

 そうとしか表現し得ないものが、世間話でもするような口調で、巨人の軍勢に語りかけてくる。

 

「こんなにタケノコが光っている。タケノコは光りますか? おかしいと思いませんか、あなた」

 

「いやまずタケノコって何だ???」

 部隊の先頭にいたせいか、影に指さされた斥候(スカウト)の巨人が、思わず普通に疑問を返してしまう。

 おそらくこの発光している物体がそうなのだろうが、巨人国にタケノコなる照明器具は――もしかすると植物の一種かもしれないが――存在しないため、「実際光ってるんだからそうなんだろう」以上の感想などあるわけもない。

 

「あ、うん。そりゃそうだな。せめてキノコにしておくべきだったか」

 ぼやけた影はばつの悪そうな声で、どこかズレた反省を口にしている。

 その間に巨人兵たちは、伏兵や罠を警戒しつつ、陣形を戦闘用のものへと再編していった。

 油断はない。あの影が囮だとしても、むざむざと奇襲を許しはしない。

 影のサイズは人間大。巨人たちにとってその大きさの種族は、下僕でなければ敵である。

 

「北側、周囲に敵影はないようです。トラップの類も見当たりません」

「南側も同じく」

 斥候たちが口々に周辺索敵の結果を報告し合う。前陣を指揮する斥候隊長は、ぼやけた影から目を離さずに言う。

「ふぅむ? だとするとアレは、偽装投降で誤情報を掴ませるための決死要員か何かか……? わざわざ胡乱な外見の者を使うのは解せんが……」

 

 この森が人間種の巣になっているという事前情報からしても、影の正体はいずれかの人間種であろう。夜目が利き、森に配置するならエルフあたりが妥当か。

 何であれ、敵の思惑通りに踊ってやる必要はない。斥候隊長は淡々と命じた。

「奴を捕らえ、適当に締め上げて情報を吐かせよ。だが信用はするな。進軍ルートはこのまま、予定通りだ」

 

 巨人たちが空き地へ踏み込む。影を半包囲するように横隊で広がりながら、各々の手に武器を抜く。

 推定人間種の敵一人。軽装備の斥候が主体の前陣でも、まったく危ぶむべき要素のない戦い。

 そのはずだった。

 

「判断が速いな……んじゃ、タケノコは置いといて本題に入ろう。〈心蝕のオーラⅡ〉」

 

 

 かちり、と

 どこでもない場所で、何かが切り替わる音。

 

 

 その瞬間、巨人たちは目の前にいるぼやけた影が、己の()()()()()であることに気付く。

 

「おう……なんだ、お前か! もやもやの!」

「敵かと思ったではないか。紛らわしいことをするでないわ!」

「めんごめんご。みんな元気してる~?」

 影もごく自然に応じ、直前までの緊張から一転して談笑が始まる。

 

「ガハハ! 元気も元気よ! これから劣等種族どもの巣窟をな、焼き討ちにしてな! かっぱらわれた奴隷どもを、取り返しに行くのよ!」

「へ~そうなんだ。――でもさ、それって本当にやんないと駄目かな?」

 

 影が小首を傾げる。巨人たちは笑った。

 こいつが巨人国の事情に通じていないのは仕方がない。なにしろ身長からして……もやもやしていてよく判らないが……巨人ではないのだから。

 よく考えれば自分たちはこいつの名前も知らないし、どこから来た誰なのかも、どうやって知り合ったのかも思い出せない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「当たり前ではないか。どこぞのお節介が奴隷を盗みまくったおかげで、巨人国がどれほどの損害を受けたことか!」

「細かい作業なんぞは奴隷どもの仕事だったからのォ。劣等種とはいえ便利な連中であったわ」

「いなくなってみると不便よなァ。小腹が空いたらつまみにしても良かったことであるし」

「我ら巨人が正当な努力によって手に入れた財産だ。取り戻す権利は当然あろうよ」

 

 作戦への意気込みを語る前陣の兵たち。

 額に手をやるような仕草のあと、ぼやけた影は巨人たちを宥めるように言う。

 

「あー、まあ誰かが脱走に手を貸したんだとして……もと奴隷の彼らは待遇に不満があったからこそ逃げ出したわけだろ?

 これを機に、関係性を見直してみるって選択肢もあるんじゃないかな」

「見直すとは?」

 

「たとえば、そう……()()()()()として再出発するとかね。

 まずは、〝誰でも当然これは欲しいよな〟って最低限の権利を、互いに承認するとこから始めるのはどうかな。

 認め合った権利は侵犯しないって約束事を、人や国や種族の関係性の土台にするんだ。一定のルールに基づいて制限されるとこまで含めて、同じ種族や、同じ国の中でやってるようにさ。

 何もいきなり複雑な合意を結ぶ必要はない。最初はシンプルなとこからでいい。

 殺されたり傷つけられたりすることなく、生きる権利。

 自由を奪われることなく、住処や職業を選ぶ権利。

 財産を盗まれたり壊されたりすることなく、安全に所有する権利。

 同じ法のもとで差別なく、平等に扱われる権利。

 ――こういうの、俺が昔いたとこじゃ『()()()()()』って呼んでたんだけど」

 

 影があまりに奇妙なことを言うので、巨人たちはみな大声で笑い飛ばした。

 

「ぶわーッはっは! ()()()()そんなことを考えにゃならんのだ?」

「面倒、無駄、無意味、浪費! 弱者に合わせて何の得がある? それではむしろ強者が搾取されるばかりではないか。世の摂理に反することこの上ない、不合理の極みよ」

「奴らにはこれまで通りの扱いが分相応というものだ。人間種がなぜ、我ら巨人を矮小化したような姿をしていると思う? ()()()()()()()()()()()()だ! 奴らが生まれながらの奉仕種族である証拠だ!」

「だいたい、あんな貧弱な生き物には己の財産を守れもせん。自由など与えておいても、獣や他人種の餌になるだけであろうが。なあ?

 我々は奴らから何も奪ってなどおらん。むしろ与えているのだ。偉大なる巨人国の庇護下で生きる、という特権をな!」

「もやもやの、お前はやはり変なことを考える奴よなァ! 昔から……昔? とにかく……そういう奴よ、うむ!」

 

 影の言うことは、まるで脱走奴隷たちを擁護し、巨人国を批判しているかのようでもあったが……しかし何も問題はない。彼は親しい友人だ。

 

 うんうん、と人型の影は何かを納得するように頷いている。

「そっか~~~。まぁそうだよな。現時点じゃどこの国でも無理だろうとは思ってたけど、巨人国の文化だとこういうリアクションになるのか。

 まず力があると認めた相手でなけりゃ、対等の文明種族として付き合うより、一方的に搾取する方がメリットの面で勝っちゃうわけだな。思想的にも強者の支配が肯定される民族性っぽいし、そりゃ状況変わんねえわ。

 うん……課題は見えてきた。やっぱミリタリーバランスの調節は必要か……」

 

 ひとしきり呟いて満足したと思しき影が、ぱん、と手を叩く。

「……オッケー、わかった! とりあえずこの話はまたの機会にしよう。

 今日はみんなに、ちょっと頼みごとがあるんだ。聞いてくれるかな?」

 

「おう、なんだ、水臭いぞもやもやの! 我らと貴様の仲ではないか!」

「巨人族の戦士の誇りにかけて、友の頼みを無下にはしないと誓おう!」

「うちの嫁とヤらせてくれ、以外の頼みなら聞いてやるぞ!」

「てめーん家のカカアと寝たがる奴なんかいねーよ!」

「なにをゥ!」

 

 がははぐわははばっははは。軍隊式の猥褻ジョークで笑い合う巨人兵たち。

 ぼやけた影は手を合わせ、きっと満面の笑みであろうと伺わせる声で、言った。

「ありがとう、みんな! 〈心蝕のオーラⅢ〉」

 

 

 かちり、と

 再び、どこでもない場所で、何かが切り替わる音。

 

 

 その瞬間、巨人たちは目の前にいるぼやけた影の望みを、()()()()()()()()()()()()()()()()()と確信する。

 

「みんなの後ろからさ、もう半分の後陣って部隊が来るだろ?

 そいつらとさ……本気で、あらゆる手を使って、殺し合ってほしいんだ。全体として最大の被害が出るようにね」

 

 一瞬、巨人たちは何を言われたのか分からず。

 混乱する意識の空隙に、奇妙な思考が流れ込んで、混ざる。

 埋め尽くしてゆく。

 

 ――味方と殺し合え、だと? 何を馬鹿な、そのようなことをするわけが……しかし何も問題はない。彼は親しい友人だ。()()()()()()()()()()

 

「わ、私は。巨人国の、軍人で。誇り高き……戦士、で」

 何も問題はない。彼は親しい友人だ。従わなければならない。

 

「俺は味方殺しなんて……ああ、でも、もやもやの頼みだ。断れねえよ……!」

 何も問題はない。彼は親しい友人だ。従わなければならない。

 

「顔も名前も種族も分からねえけど、親友が困ってるんだ……俺はやるぞ。味方殺しを!」

「後陣を殺せェ! 誰だか分からん親友のために!」

 何も問題はない。彼は親しい友人だ。従わなければならない。何も問題はない。彼は親しい友人だ。従わなければならない。

 

「ああ、やろう! 巨人族の、戦士の誇りにかけて!」

「誇り高き味方殺しを!」「歴史に残る同士討ちを!」「中位将軍の首を獲るぞ!」

「我ら伝説となって、この地に不朽の(いさおし)を刻まん!」

「友情のために……友情を裏切るのだ! 全力で!」「ウオオオオォーーッ!」

 何も問題はない。彼は親しい友人だ。従わなければならない。何も問題はない。彼は親しい友人だ。従わなければならない。何も問題は問題。彼は親親。従わなけれわなら何。何問題彼親友人。友は従わしい彼人だ。友人だ。友人友人友人Δεν έχει τίποτα το κακό με αυτόν. Είναι στενός φίλος. Πρέπει να τον υπακούμε.従わなければならない。従わなければならない。従わなければならない。何も問題は

 

 

 巨人国分遣隊、前陣百人。

 全員が一斉に、雄たけびを上げながら、自分たちの切り拓いた道を逆走していった。

 味方であるはずの後陣百人と、全力で殺し合うために。

 

「んん~~~~~~、いいね☆」

 

 

 

 

 

 

 それから、さほど長くはない時間が経った頃。

 激しい戦闘の跡を残し、各兵の身体も装備もボロボロでありながら、なお半数以上を残した後陣の部隊が〝空き地〟に到着する。

 ぼやけた影は先陣を見送ったときと変わらず、空き地の中央に佇んでいる。

 

「貴様か……先陣の百人を、()()()()()有様にしてくれた悪鬼は」

「ようこそムーンサイドへ。あんたが中位将軍さん?」

 

 満身創痍の巨人兵たちの間から、一人の偉丈夫が進み出た。

 分厚い男だ。体格も、同胞の返り血にまみれた鎧も、掲げる盾も、担いだ大剣も。

 すべてが分厚く、計り知れぬ重量感を備えている。猛者の姿である。

 

「我が名はクラートス・ズィトーン。巨人国ブロジンラーグ、中位将軍が一翼(なり)

 我ら精強なる巨人軍の前陣を、いとも容易く支配してのけた魔技は恐るべきものよ。だが……戦士の尊厳を踏みにじるがごとき、邪悪な技だ。貴様は我らを怒らせたぞ!」

 

「精強なる、はいいんだけど、巨人軍っていうのやめない? こっちも猛虎とか出した方がいいのかなって思っちゃうからさ」

 

 意味不明の軽口を弄する人影に、中位将軍クラートスは理解を()()()()()()努める。幻術や心術の使い手というものは、口八丁で相手のペースを崩すことさえ戦術に織り込んでいることが多い。

 

 百名規模の巨人兵を死ぬまで操るという、人智を超えた精神操作の手管。同僚である中位将軍ジーロスの〈支配の呪言〉よりも、さらに高い領域にある技と推し量れた。ことによると、上位将軍並みの力を持つ半神的存在――ということも、あり得る。

 

 だが、それほどの力を持つ存在ならば、精神支配に極端なほど特化しているはず。

 一分野に特化した術者が、白兵戦でクラートスに勝てる道理はない。こちらはまさしく近接戦闘が専門分野であり、此度の遠征軍を指揮する上位将軍ソーンでさえ、純粋な戦士としての力量ではクラートスに及ばないのだから。

 

 ――速攻だ。

 こちらの装備を見て鈍重だと思っている敵へ、一気に間合いを詰めて、叩き潰す。

 

 クラートスは蛮人(バーバリアン)職業(クラス)を修めている。その職業スキル〈激怒〉を発動することで、筋力などを一時的に大きく強化しつつ、精神作用への強い抵抗力も得ることができる。

 理性が利かなくなるためコントロールに難はあるし、あのふざけた影の支配力を防ぎ切れるかは賭けになるが……わずかの間でも抗えれば、そのまま切り込んで勝てるはずだ。

 

「兵たちよ……私が嚆矢となる。被害を恐れるな。我が後に続け、我が先へ進め!

 〈能力向上〉、〈疾風加速〉、〈吶喊〉ッ! ……〈激怒〉!」

 

 基礎能力、移動速度を跳ね上げると共に、突進系の武技も併用しての直線最速攻撃。

 そこへ〈激怒〉の強化をさらに上乗せ。魔力を帯びた大剣の一撃は、成竜にさえ深手を負わせる威力となる。

 影が何事か言っている。詠唱か。聞く必要はない。

 ただ、荒れ狂う衝動に任せ、この刃を叩き込むのみ――

 

「実をいうと、こっち方面は俺だけで片付けるつもりだったんだけど」

 

 影の背後で、森が()()()()

 

「そうそう仕事ないだろうし、こんなときくらい活躍させてやろうと思ってさ。

 ――というわけでザイトルくん、やっておしまいなさい」

 

 大地が隆起する。深い森が鳴動する。

 轟音。まるで年経た竜の咆哮のような。

 なにか途轍もなく巨大な存在が、地面を割って現れようとしている。

 

「な……何だというのだ!? 〈流水加速〉、〈超回避〉!」

 薄れた理性に代わって直感が、クラートスに全力での回避を選ばせた。英雄として鍛え上げた肉体の耐久力も、魔法の重装鎧も、()()を受け止める役には立たないと悟ったから。

 

 森がうねる――否、そうではない。土石と木々を巻き上げながら左右から迫ってくるのは、大蛇のような……あるいは竜の首にも似た……。

「……木の根、だと!?」

 

 受け止められない。その判断は正しかった。

 回避を試みる。この判断も正しかった。

 

 だが無意味だった。

 

 遥かトブの大森林よりこの『無明樹海』に植樹され、森祭司(ドルイド)たちの術で豊富な栄養を与えられて急成長しつつある、魔樹ザイトルクワエ。

 その六本ある触手のうち二本を使い、敵の隊列を地形ごと()り潰すようにして繰り出された、領域破砕攻撃。

 物理的に回避し得るスペースすら残さぬ破壊の渦が、中位将軍クラートスと後続の兵たちを一撃のもと、十把一絡げに肉片へと変えた。

 

 大陸中央の軍事大国が誇る、精強なる巨人兵たち。

 中位将軍の中でも随一の近接戦闘能力を持つ、同国における英雄の一角。

 ()()()()()では、西方で〝世界を滅ぼす魔樹〟とまで呼ばれた災厄を前に、ただ生き延びることさえできない。

 

「あっ……生き残った奴がいたらテイクアウトしようと思ってたのに……。

 つーかこいつユグドラシル製モンスターっぽいのになんで普通に成長するんだよ……レベルも勝手に上がってるっぽいし……こわ……」

 

 かくして東部迎撃点の戦いは、一人と一体の前に大国の精鋭部隊が敗れ去る形で、幕を閉じる。

 何もかも、事前に想定された通りに。

 

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