OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

50 / 94
▼『霧の王国』防衛戦・主戦線(3)

 メイラス・レッドゴールドは追い詰められていた。

 麾下の兵たちは善戦している。優れた装備の性能を活かし、戦士としての技倆や経験に勝る敵軍を押し込みつつある。あのまま行けば、兵隊同士の集団戦は『霧の王国(ミスティラント)』側に軍配が上がるだろう。

 問題は、大将同士の一騎打ち。

 

「どうした小娘? 腰が引けておるぞ。(ワレ)を倒さねばこの戦、きさまらの勝利などありはせんというのに!

 喰らえェい、〈影焔(シャドウフレア)〉!」

「ぐっ、あァッ!」

 

 夜闇そのものが燃えるような紫黒の炎に押し包まれ、『夕星(イーヴンスター)』が失速する。空中で体勢を立て直し、辛くも墜落は免れたが、身を灼く苦痛にメイラスの意識が飛びかける。

 強化鎧の腕部に備え付けられた魔法の弩から、立て続けに光の太矢(ボルト)を放って反撃。一本はソーンを貫いたかに見えたが、傷を負った様子もないあたり、あれは幻影だろう。実体とはずれた位置に姿を投影しているのだ。

 

 上位将軍ソーン・カタピエスティスの強さは、メイラスの想定を遥かに超えていた。

 多彩な呪文。彼我の得手不得手を瞬時に見抜く洞察力。魔法詠唱者(マジック・キャスター)とは思えぬ身体能力。六十レベル相当の力を与えるという『夕星(イーヴンスター)』に乗っているメイラスの方が、攻撃力・防御力・機動力の全てにおいて有利であるはずなのに、戦いの流れをコントロールしているのはむしろソーンの方だ。

 

 巨木の陰に回り込み、メイラスは魔法で追撃されぬよう視線を遮る。息を整えながら、必死に勝ち筋を探している。

 ソーンの強さはスペックの優越に任せた力押しではない。いわば、戦運びの巧さ。

 近接戦闘ならメイラスに分がある、と看破するや、彼は徹底的にこちらを近づけぬよう立ち回り始めた。幻術で位置を誤認させ、姿を消し、詰められた距離は短距離転移で開け直す。物理攻撃が強化鎧に通用しないと解れば、鎧では防げないエネルギー系の攻撃呪文を連発し、また非実体系のアンデッドを召喚して装甲無視の生命力吸収を狙いもする。

 

 己の強みを生かし、敵の強みを潰す――言葉にすればなんと簡単であることか。

 戦いの中で実践することは至難に違いなく、それができる相手というのはこれほどまでに手強い。

 

 どうすれば勝てる? メイラス・レッドゴールドに残された手札は何だ?

 敵は鎧の防御性能を迂回するような攻撃を選んで繰り出してきている。装甲の優位が失われた状況下で耐久力を競えば、二十レベル程度のエルフと推定五十レベルの巨人(ジャイアント)、まるで勝負にならない。すなわち削り合いの先に勝機は絶無。

 

 被弾を覚悟で突撃し、強引に近接戦闘へ持ち込む――これはもう試して、失敗した。ソーンの手札として、幻術による位置欺瞞と短距離転移による離脱がある限り、『夕星(イーヴンスター)』の格闘性能を押し付ける戦法は成立しない。

 

 現状のまま、機動性の優越を生かして逃げ回りつつ、まぐれ当たりを期待して弾数無限の光弩による射撃を続ける――これも堅実なようでいて、実は不利である。魔法弩の射線が通るということは、敵の魔法も効果線を通せるということだからだ。

 攻撃魔法の中には、敵の姿が見えてさえいれば必中の目標型効果や、遮蔽物ごと敵を巻き込める範囲型効果のものもある。距離を置いての撃ち合いとなれば、ソーンの方が攻撃機会はむしろ多い。

 メイラスがもっと頑強(タフ)なら、持久戦に持ち込んで魔力(MP)切れを狙うという戦術も採り得たが……現状ではそれをやっても、こちらの命数(HP)が先に尽きるだけだ。

 

 彼女も第三位階の森祭司(ドルイド)として、鎧を着た状態でも魔法を使うことはできる。しかし魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての力量は言うまでもなく、ソーンが圧倒的な格上。魔法戦を挑むのは自殺と何ら変わりがない。

 

「実力が装備に見合っておらんなァ、小娘! 劣等種が魔法の下駄を履いた程度で、巨人に並べると思うたか!

 その驕慢は死で償うがよい――〈氷嵐(アイス・ストーム)〉」

 

 ぞっとするような悪意が、ちりり、と空気を結晶させる。

 呪文が完成する寸前に魔力の励起を感じ取ったメイラスが、『夕星(イーヴンスター)』を全速力で前方へ飛翔させる。ほとんど同時に、頭上から渦巻く冷気と雹の嵐が落ちてきた。

 身を隠していた大樹は白く凍りつき、こぶし大の氷塊が岩をも砕く勢いで叩きつけられる。雹弾の打撃は装甲のおかげで防ぎ切ったが、鎧では防げない超自然の冷気が体力をごっそりと奪い去る。

 

 さらに、ソーンの召喚した死霊(レイス)が三体。息つく間もなく追いすがってくる。

「なんで、わたしは……こんなに弱い……!」

 

 木々の合間を縫って低く飛び、死霊に光箭(こうせん)を撃ち込んで一体ずつ破壊していく純白の鎧。背面飛行で障害物を避けながらの機動射撃――その絶技を披露する少女は、しかし鎧の中で震えて、泣いていた。

 強大な敵や、迫り来る死が恐ろしかったからではない。

 神器とも呼ぶべき武具を借り受け、勝てるはずの力は持っているのに、それを活かしきれない自分の弱さが。ただ不甲斐なくて、悔しくて、涙が止まらない。

 

「神様……ごめんなさい、せめて刺し違えるくらいのことは、できればよかったのですが……!」

「いやそんな捨て身になんなくても勝てるぞアレ」

「わあッ!?」

 

 突然、耳元で話しているかのように聞こえてきたカレルレンの声。

 慌てて周囲を見回してしまってから、強化鎧の通信機構を使って話しかけられているのだと、メイラスは気付く。

 

「神様!? ……もしかして、ずっと戦いの様子をご覧に……?」

「や、東側の敵が早めに片付いたんで、ついさっきウォッチし始めたところ。

 なかなか苦戦してるみたいだけど、助太刀いる?」

 

 是非に、と願い出てしまいそうな自分がいる。

 その声を強いて抑え込み、メイラスは気丈に聞こえるよう願いながら、笑ってみせた。

 

「いえ……神様が勝てると仰るのなら、勝ちます。この命に代えても!」

「頑張るねえ……まあそうは言っても、女王様はあんまりカジュアルに死んでほしくないんで、ちょっと助言するくらいは許してよ。

 あの黒ずくめ巨人の攻撃魔法、力術と召喚術に偏ってるようでいて、実はぜんぶ()()なんだよね」

「幻術……ですか!?」

 

 位階魔法には、魔力系や信仰系といった〝力の源〟による分類とは別に、〝どのように働くか〟で分けられた八系統の分野が存在する。

 名の通りモンスターや物体を呼び出す召喚術、主にエネルギーや力場を生み出す力術、霊魂やアンデッドを扱う死霊術……そうした魔法分野のひとつが、虚像や幻覚を操る幻術である。

 

 いまのメイラスでは、格上の術者が構成した幻術をそうと見破ることはできない。ゆえに、たとえばソーンの撃ってくる〈火球(ファイヤーボール)〉が本物であるのか、それとも虚像に過ぎないのかは判別不能ということだ。

 とはいえ――

 

「でっ、でも……あいつの召喚した死霊(レイス)に触れられたとき、確かに生命力吸収の効果を受けました! さっきの、冷気の範囲攻撃だって、ダメージは本物で!」

「幻術の副系統に〝操影〟ってのがあるんだよ。これで造られる像はただの幻と違って、半ば実体を持つ準現実の影だから、本物と同じように現世に干渉できる」

「そんな、無茶苦茶な! ()()()()出来るじゃないですか!」

 

 魔法的な通信回線の向こうで、表情というものがあるのかどうかさえ定かでないカレルレンが、にやりと笑ったような気配。

 

「位階魔法は所詮ゲーム用の玩具だ。バランスを無視した万能呪文なんてもんは作れない。操影幻術は高い汎用性と引き換えに、大きな弱点も抱えてる。

 影響を受ける側が精神レジストに成功すれば……つまり、それが現実だと()()()()()()……効果は半分以下に激減する」

「信じない? ……それだけ、ですか?」

「実際やってみると結構難しいぞ。ちょっとでもビビったら失敗すると思った方がいい。

 そら、ちょうど死霊(レイス)のおかわりが来た」

 

 再召喚された死霊(レイス)が新たに三体。怨嗟の声を(こだま)させながら、滑るようにして飛来する。メイラスの目にはそれが、苦悶の表情を永久に浮かべたままの、惨殺されたエルフの霊に見えている。

 声も、姿も、本物のアンデッドとしか思えない。だが、彼女の神(カレルレン)が言うにはこれも、影を編んで作られた紛い物に過ぎないという。

 自分の感覚と、神の言葉。どちらを信じるか。

 ――考えるまでもない。

 

 メイラスは二体の死霊(レイス)を光の矢で屠ると、敢えて一体だけを迎撃せず、間合いに入れた。

 そして一切の防御行動を取ることなく、突き入れられる幽体の腕をただ睨みながら、その胸で受けた。

 

「……わーお。いくら教わったからって、いきなりお試しノーガードで喰らってみるとか、そりゃ狂人寄りのプレイスタイルなんよ」

「わたしは……弱い、ので! 狂えば勝てるなら、そうもしますッ!」

 

 死霊(レイス)の一撃が、()()

 緒戦で一度触れられたときの、魂を引き剥がされるような痛みと寒気に比べれば、今回は数分の一の威力しかないように思える。

 その認識が、目の前の死霊(レイス)から現実性を完全に剥奪し……気付けばそれは、半透明な影の輪郭でしかなくなっている。

「なるほど――これが」

 

 ――操影幻術を、破るということ!

 

「強いねえ、心が。……憧れちゃうよ」

 抜き打ちに払った魔剣で三体目の死霊(レイス)――を模した幻影――を消し飛ばし、メイラスと『夕星(イーヴンスター)』は夜の闇を疾走した。カレルレンの声も頭に入らないほどの過集中が変性意識(トランス)状態を誘発し、主観時間を鈍化させてゆく。

 

「〈重傷治癒(ヘビーリカバー)〉……〈重傷治癒(ヘビーリカバー)〉っ」

 今のメイラスが使える最大の治癒魔法を二連発。受けた傷は凡そ癒えたが、魔力(MP)残量は心もとない。たとえ操影幻術によるダメージを軽減できても、光箭のまぐれ当たりを期待して撃ち合いを続けるだけでは、ソーンの魔力が切れる前に削り負けかねない。

 狙うべきはやはり、鎧の性能が活きる近接戦闘。勝つためには、リスクを取る覚悟が必要だ。先ほどまでに比べれば、成算はある。

 

「鼠のように逃げ回るのがきさまらの王か? 笑止、笑止! 笑止千万!

 王とは最強であるべき者! 王が弱者の戦い方をするとは即ち、国家の劣等を認めるも同義よ! そのような惰弱の種族にィ、独立なァぞ千年早いわッ!」

 

 ソーンは苔むした巨石の上に陣取り、視界を広く確保している。メイラスからすると、遮蔽物を利用できない距離まで近づいたら、あとはどの角度からでも迎撃の魔法を受けながら強行突入するほかない位置関係である。

 幻術の看破に失敗し、本物と同様の威力で受けてしまえば、近づくまで持たないだろうが……すべてを見破れたなら、鎧と自分自身の属性防御で、おそらく耐え切れる。

 

 そこまでしてなお、最後の壁が残っている。

 虚像による位置欺瞞と、短距離転移による逃走。これを破れるかどうかは賭けになる。

「作戦はあるのか?」

 再び聞こえる神の声。心強さを覚えながら、メイラスは頷く。

「はい。あの転移が、わたしの見立て通りの性質なら……」

 

 接近を試みては回避された、幾度かの攻防。その中で、メイラスはソーンの短距離転移能力について()()()()を立てていた。

 さらに、氏族の里と巨人国で身に着けた魔法学の知識。『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』の従属神らに教えを受けた魔法戦闘の機微。そのすべてを動員して、次の差し合いでソーンを仕留めるための戦術までも、考えている。

 

 己の読みと、次の一手。それらを説明すると、カレルレンは感心したような声を返してくる。

「へぇ~、やるな。たぶん正解だよ、それ。

 貴重な格上相手の実戦だ。やりたいように全力、ぶつけてみな」

 カレルレンの口調には日頃と変わらず緊張感がない。そのゆるさが、どうしてか今は嬉しかった。

 

 メイラスは差し向けられる幻影の死霊(レイス)を滅ぼしながら、障害物の合間を縫って低く飛んだ。ソーンの立つ巨石を中心に、大きく弧を描くようにして回り込み、かなりの距離を詰めることができている。

 だが召喚モンスターが迷わず向かってくるということは、あちらもメイラスの動きは捕捉できているということ。この先に魔法の効果線を切れる遮蔽物はない。ここからの接近には、決死の覚悟が要る。

 

 倒木の陰から、ソーンの様子を窺う。

 焦らず機を待つつもりであったが、ほんのひととき目を離した隙に、事態は動いていた。

 

「我らの女王を愚弄したな、デカブツ!」

「周りを見ろ木偶の坊! テメェがそこでイキってる間に、巨人どもは壊滅寸前だ!」

「その無駄に長ぇタッパを半分にしてやるよ……!」

 

 周囲の戦場で、巨人兵たちを相手に優勢を保っていた選抜兵たちの一部が、メイラスの苦戦を救うべく馳せ参じたのだ。

 魔弓を構えたエルフの射手が、樹上に一人。手持式魔砲(ハンドキャノン)を抱えたドワーフの砲手が、地上に一人。そして仄光る長剣(ロングソード)を掲げて空中から斬り込むのは、四十レベル相当の性能を有する漆黒の強化鎧、『黒装束(ナイトシュラウド)』が一機。

 

 厳しい訓練の成果か、三人の連携は完璧だった。ただの巨人なら確実に斃せていた。

 だがメイラスには解る。彼らでは勝てない。

 ソーン・カタピエスティスは理外の怪物。英雄の領域を遥かに超えた、闇の半神なのだから。

 

 元素の矢も、岩さえ砕く砲弾も、魔剣の一閃も。

 すべてが虚しく空を切る。死角なき立体攻撃とて、狙った標的がそもそも虚像では、当たる道理も無し。

「外した!?」「何だ……アレは!?」「また幻術なのか!?」

 

「駄目です、みんな! 逃げ……」

 少女が上げかけた悲鳴を掻き消すように、耳を貫く(カレルレン)の叱咤。

「言ってる場合かァ! ()()()()()()()()()()()()!」

 考えるより先に、弾かれるようにしてメイラスは飛んだ。

 前へ。敵を目掛けて。民を、仲間を救うため。

 

「主君の一騎打ちに横槍とはァ、哀れなほどの不忠よ、雑魚共ォ!

 〈魔法三重化(トリプレットマジック)黄昏の刃(エッジ・オブ・トワイライト)〉!」

 ソーンの手元に影が結晶し、暗く剣呑な三本の短刀を象った。

 影の刃は宙を自在に飛び、迎え撃つ矢弾をもかいくぐって、三人の乱入者たちに襲い掛かる。熟練の暗殺者が操るようなナイフさばき。あれがソーンの操作によるものだとしたら、その技術は尋常ではない。

 

 だが味方が翻弄される間に、メイラスはソーンとの距離を急速に縮めている。

「兵たちよ聞け、奴の攻撃は影の幻術! 実体と信じなければ、威力を失う!」

 鎧の通信機構越しに叫ぶ。これで少しでも兵たちの生存率が上がれば。

 僅かの間だけ持ちこたえてくれればいい。敵将を討つのは、自分の仕事だ。

 

「図に乗るな、畜人種の僭王めが!」

 ソーンが無造作に腕を振り、無詠唱化した〈灼熱の光線(スコーチング・レイ)〉を撃ち込んでくる。メイラスは『夕星(イーヴンスター)』を急上昇させ、三本の熱線を回避。一本は足を掠めたが、意志力でのダメージ減衰に成功する。これも操影幻術で再現された魔法だ。

 

 上昇軌道から反転、急降下。振り上げた三日月刀(シミター)を叩きつけるように、巨人の脳天へ。そのまま股下まで、一直線に斬り下ろす。

 手応えはない。当然だ。虚像なのだから。

 ()()()()()()()()()()()

「馬ァ鹿め、きさまの剣で(ワレ)を捉えることなど――」

「――念動爆散(キネティック・バースト)っ!」

 

 一日に三度しか使用できない、魔剣の最大出力解放。

 虚像を断ち割り、その下の滑らかな岩肌にするりと食い込んだ曲刀が、紫色に輝く。

 

 力場のパルスが解き放たれ、巨石が爆発した。

 

「ぬゥオッ」

 魔剣の衝撃波をまともに受け、さらに足場を崩されたソーンが、幻影ごと吹き飛ぶ。

 メイラスは幻影を追った。吹き飛んだ方向、その先に()()がいるはずだからだ。

 

 ソーンの位置を欺瞞しているあの虚像は、第三位階の幻術〈所晦まし(ディスプレイスメント)〉によるものであろう、とメイラスは仮定していた。光を屈折させ、実体よりも数歩離れた距離に対象の姿を投影する魔法である。

 確信はなかった。仮にあれが、メイラスの知らないもっと高位階の幻術なら――本体の姿を消しつつ、実体と全くかけ離れた位置に幻像を映し出せるなら――為す術はない。

 

 だが彼女は自分の知識に賭けた。そして今、賭けに勝ったことを知った。

 相手が虚像から()()()()の距離にいる、と仮定するなら。

 その空間全体を、範囲攻撃で吹き飛ばせばよいだけの話だ。

 

 砕けた岩から滑り落ちつつも、魔法詠唱者らしからぬバランス感覚で転倒を免れているソーンの姿。

 重さを持たぬその幻影の先で、誰もいない地面を覆う苔がひとりでに抉れるのを、メイラスは見た。

「……そこだッ! 〈妖精の炎(フェアリー・フレイム)〉!」

 

 明るい黄緑の炎が爆発し、虚像の後ろに隠れた見えざる巨人の輪郭を浮き彫りにする。

「ぬうッ!? この(ワレ)に……こんな低位階の魔法で!」

 

 第一位階魔法、〈妖精の炎(フェアリー・フレイム)〉――その炎は破壊力を持たない。人を火傷させるどころか、髪の毛一筋燃やすこともできない。

 だが、代わりにその光は隠れたものを暴き出す。

 闇に潜む怪物も、魔法によって透明化した術者も。呪文の影響を受けた者は全て、熱のない炎に輪郭を縁取られ、居場所を誤魔化すことができなくなる。

「魔法の強さは、位階じゃない! 使い方だ!」

 

 虚像による位置欺瞞は封じた。あと一手を封じれば、ソーンは()()

 メイラスが封じようとしたまさにその手を、歴戦の巨人は即断で発動する。

「〈影渡り〉――」

「〈太陽光(サンライト)〉!」

 

 ほとんど同時だった。

 暗所から暗所への瞬間移動、夜の森ならほとんど無制限に使用可能な、ソーンの短距離転移スキル〈影渡り〉と。

 その発動条件を見破っていたメイラスの、広範囲を眩い光で照らす第三位階魔法、〈太陽光(サンライト)〉による妨害と。

 

 メイラスが僅かでも遅れていれば、ソーンの転移は成っていた。距離さえ離してしまえば、彼には〈妖精の炎(フェアリー・フレイム)〉を解呪して仕切り直す手段もあった。

 だがそうはならない。メイラスは()()()()()。〈太陽光(サンライト)〉の強い光の範囲内では、〈影渡り〉は機能しない。

 結果、ソーンは転移に失敗して隙を晒し――そこへ、メイラスの『夕星(イーヴンスター)』が光弩を連射しながら突入してくる。

 

 光の矢が狙ったのは足元。腿に一発、足の甲に一発。

 その痛みがソーンの判断力に空白の刹那を生み、逃走も咄嗟の回避も不可能にする。

「お前の言う通りだ――わたしは、弱い!」

「こッ……小娘ェ!」

 

 強化鎧の爆発的な推力を、そのまま突進力に変えて。

 きらめく三日月刀(シミター)の刺突がまっすぐに、深々と、ソーンの胸へ埋め込まれた。

「だけどお前は! そんな弱い王に敗れて、死ぬんだッ!」

 心臓を貫く手応え(クリティカルヒット)。間違いなく致命傷。

「ふヴッ、ふざァァけるなァ……! そんなものは、世の理に、自然に反して……グヴ、フ、〈幻想の(ファンタズマル)――」

 

 失血と共に絶えゆく意識を、強靭な精神力のみで繋ぎ止め、最後の足掻きとばかり魔法を構成しようとするソーン。

 その怨嗟の声を、からからと笑い飛ばして。

 姿なき神が、どこか誇らしげに、メイラス・レッドゴールドへ命じる。

 

「お前の勝ちだ。――ぶっ潰せ、メイラス。

 〝強ければ何をしても構わない〟なんて(ことわり)は、『人類』が乗り越えるべき蛮性に過ぎない」

 

 小さな女王は微笑んで、神の声に従った。

 巨人の心臓を貫いたままの魔剣が、ふたたび輝く。

「……念動爆散(キネティック・バースト)!」

 

 黒衣の巨人。巨人国(ブロジンラーグ)が誇る、最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)のひとり。

 英雄を超えた半神。幻術の奥義を極めし魔人。上位将軍、ソーン・カタピエスティス。

 数多の名声と畏怖を背負ったその肉体が、内から膨れ上がり――

 紫色の閃光と共に、言葉成さぬ絶叫だけを長く残して、爆ぜ砕けた。

 

「敵将はっ! ……『霧の王国(ミスティラント)』の女王、このメイラス・レッドゴールドが討ち取った!」

 

 機を逃さず、上げた勝鬨。麾下の兵たちが、歓呼で応える。

 この瞬間、主戦線の勝敗は決した。

 










※また長いので特に読まなくてよいアレコレ。

[memo]

■パワードスーツの真価?
・一部パワープレイヤーたちの研究によれば、ユグドラシルにおいてパワードスーツという装備のポテンシャルを最も引き出せるビルドは、テック系装備の扱いに特化した純戦士……()()()()、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)である。
 なぜなら純戦士は素の肉体能力が高いために鎧のパワーアシストから受ける恩恵が少なく(着用者の能力に単純加算されるわけではなく、鎧のモデルごとに性能限界がある)、魔力系・精神系魔法詠唱者(マジック・キャスター)はパワードスーツが属する装備カテゴリの全身鎧を装備できない(厳密には、装備すると魔法発動能力が著しく制限される)。その他系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一部は全身鎧装備でも問題なく魔法を使えるが、それらは信仰系術者に比べ近接戦闘能力が貧弱であることが多い。斥候(スカウト)暗殺者(アサシン)は職業特性上全身鎧を装備できなかったり、装備できても汎用モデルのパワードスーツと能力の相性が悪かったりする(隠密性にペナルティがあるため)。
 総合すると、鎧に邪魔されず魔法を発動でき、全身鎧の高い防御力とパワーアシストによる身体能力値向上の恩恵を最大限に受けて近接戦闘もこなせる、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が最も上手くパワードスーツを扱えるということになるようだ。
 もっとも、前述の通りこれはあくまで一部プレイヤー間の独自研究であり、「パワードスーツを着込んだ聖職者が回復魔法と重火器で暴れ回る」というファンタジーらしからぬ絵面に、拒否感を示すプレイヤーも相応に多かったことは付記しておく。


■操影幻術について
・幻術の中でも特に優れた汎用性を秘めた副分野。他系統の下位呪文を複製する効果のものは、自身が修得していない呪文であってもコピーでき、戦術の幅を大きく広げる。

・が、本編中で言及されているように、相手が意志力による抵抗(レジスト)判定に成功すれば(=現実でないと信じることができれば)その効果は激減する。
 ソーンは操影幻術を強化する上位クラスを取得しており、看破された際の部分再現率にいくらかのブーストを得ていたが、力術や召喚術の再現に使用している魔法自体が第四位階程度のものだったため、効果再現率の基礎値が低かった。看破された相手に対しては、おおよそ三割程度の威力しか出せなくなっていたものと思われる。

・より高位階の操影幻術になると複製可能な呪文位階も上がり、効果再現率も基礎値が高くなる。
 現在の『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』においてはミハネが操影の第一人者であるが、彼女の創造主である(シエラ)・シェリーはさらに極まった操影特化幻術士ビルドであり、四分野第九位階までの呪文を()()()()()()()()()()複製することができた。
 シェリーの使う最高位操影幻術ともなると、(職業スキルによる強化が累積した結果)看破成功時の効果再現率が100%に達してしまっているため、レジストされようがお構いなしに原型呪文の効果を完全再現できるという無法きわまりない性能を誇った。誰が言ったか「高度に発展した幻術は現実と区別が付かない」。
 しかし低位の魔法を再現するときですら第十位階相当のMPを消費してしまうという高燃費が弱点であり、カレルレンがMPタンクとしてサポートしてやらないとあっという間にガス欠する。
 再現できる魔法の範囲こそ狭いものの、MP消費を抑える手段が豊富にあるため、燃費という面では〝娘〟であるミハネの方が圧倒的に優れている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。