OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
・残酷な描写があります。
・主人公は善人でも聖人君子でも正義の味方でもありません。(二回目)
メイラス・レッドゴールドは
自分の憎しみが理不尽なものとは、とうに承知している――氏族の里を滅ぼしたのも、自分を奴隷に貶めたのも、この世界に生きる巨人族のほんの一部しか関与していない。
それでも、犠牲者の感情というものは合理的になど働かない。
憎い仇と同じ国、同じ宗教、同じ人種、同じ種族――共通点があるだけで、容易く憎しみは
だから、そう、メイラス・レッドゴールドは今も
そんな彼女の目からしても、眼前の光景は凄惨に過ぎた。
憎き巨人どもに憐憫めいた情を覚えるほどに。
「こ……こんなのは。こんなのは、いやだ。いやだーッ!」
ギルド拠点『
床には多重同心円を成す巨大な魔法陣。天井が霞むほど高い吹き抜けの空中には、用途不明の金属球や
広間の中央には台座があり、一本の杖が据え付けられている。
杖の傍らには、メイラスが主神と仰ぐカレルレンの、ぼやけた影のような姿。その脇には従属神ミハネと、同じく従属神リーギリウム。
そして、先の戦いで生け捕りにされた巨人兵の一人。
何らかの見えない力で拘束されたまま、杖と神々に向き合う形で立たされている。
「助けてくれ……許してくれ! 知らなかったんだ! お前たちがこんなに強いなんて!」
巨人は完全に恐慌を来していた。無理もない。自分より前に並んでいた者たちが
彼の後方の壁際には、魔法の鎖で繋がれた
巨人の命乞いに、カレルレンがまったく心外そうな声で抗議する。
「あの森の連中が思った通りに弱けりゃ、そのまま蹂躙してたんだろう? これまでずっとやってきたようにさ。
情けないことを言うなよ……〝劣等種の軍門に降るくらいなら死を選ぶ〟とかなんとか、言ってたのはあんたらじゃないか。俺はその、戦士の誇りってやつを尊重してるんだ。同じ『人類』としての、捕虜の扱いすらしなくていいってことだもんな。勇気あるよ。ホントに」
「こ、
戦士と認めた敵なら、礼儀正しく処刑するのが巨人流の戦場作法なのだろうか。メイラスにはそのあたりの
少なくともカレルレンは、「ぶわはは」と一笑に付すだけだった。
「リアルの宗教に、〝汝の敵を愛せよ〟って格言があってさ……あれをパワープレイヤー流に解釈すると、〝
なにしろ敵ってのは、金を落とす、アイテムも落とす、経験値もくれる。練習台にしてよし、ヘイトを押し付けてよし、
だから俺は、望んで『人類の敵』になってくれた連中を、無駄な犠牲にはしないよ。
……お前たちは
巨人たちも、メイラスも、カレルレンの言うことの半分は理解できなかった。
それでも、ぼやけた影の視座が異様な次元にあるということだけは、知れた。
家畜でさえなく、ただの燃料。屠殺さえ経ず、ただ消費される。
それが『人類の敵』に宣告される運命。
「狂ってる……こいつは狂っているッ! 離せ、嫌だァ! やめ――」
「〈
「服従します、我が絶対の主よ!」
一瞬前まで泣き喚いていた巨人が、不可視の戒めを解かれるや否や、膝をついてカレルレンに頭を垂れた。
入れ替わるように、その様を見ていた壁際の巨人たちが泣き出す。失禁している者もいる。
次は自分が
そんな巨人たちの、壊れゆく心を思うと――メイラスの中に小さな憐憫と、昏い愉悦が満ちてくる。
「さあ、我が臨時下僕第四号くん。『
〝我が魂を、杖に捧げ――〟」
「我が魂を……杖に、捧げ」
「〝――メイラス・レッドゴールドの、魂の器を拡げたまえ〟」
「メイラス・レッドゴールドの、魂の器を、拡げたまえ!
……ほォおア、アアアアアア!! あギギギィいゲアァアアアァアアアアーーーーッ!!!」
長い、絶叫が響いた。
ひとりの巨人の全生命、全魂魄、全存在が絞り尽くされ、ひとつの願いを叶えるための燃料として消費される、滅尽の声だった。
杖を中心に、輝く文字や紋様からなる球形の立体魔法陣が展開したかと思うと、すぐに霧散する。
カレルレンが説明してくれたところによれば……あの杖は〈
その
当人は「状態異常じゃなくて
そんな記憶を顧みた、次の瞬間。
どこか観念的な天上の方向から、精神でしか捉えられない光の塊が落ちてきて、メイラスを直撃した。
害のあるものではない。むしろ、これはメイラスを強くしてくれる力。自分の内にある無形の器、経験を湛える貯水池とも呼ぶべき領域が、ぐんと拡張される感覚がある。
また少しだけ、
同時に、バーン――と乾いた破砕音。杖に魂を吸い尽くされた巨人が、永久に生命を取り戻さない灰の塊となって、砕け散る音だった。
あとに残された塵の山さえも、まるでこの世に存在すべき一切の価値が残っていないかのように、みるみる小さくなって消えてゆく。
本来、この杖に込められた魔法は術者を死に至らしめるようなものではないらしい。
しかし願いが要求する最低限の魂量――カレルレン言うところの〝けいけんち〟――を持たぬ者が強いてこの杖を使えば、たちまち全生命力を呪文に吸い上げられ、蘇生すら叶わぬ形で滅びることになる。
これで
壁際で自分の番を待つ残りは六人。さらに、今日ここへ呼ばれた者以外にも、捕虜となることを拒んだ〝薪〟はまだまだいる。
その全員が、メイラスの
カレルレンは次の巨人を呼んだ。
狂ったように喚き、抵抗せんとする巨体を、見えざる力場が浮かせて運んでくる。無造作に。炉へ投じられる薪のように。
「さあ、そろそろ勝手は解ってきたよな? サクサク行こう!」
「ヒィ、ヒィァァ……お赦しを……こんなのはあんまりだ、酷すぎる……」
「〈
「ハイヨロコンデー!! 我が魂を杖に捧げ、メイラス・レッドゴールドの――」
バーン。巨人が灰になった。メイラスの
「ウオオオアアアーーッ! ヤメロー! ヤメロー! か……母ちゃん! 助け」
「〈
「幸せです!! 我が魂を、杖に、捧げ――」
バーン。巨人が灰になった。メイラスの
「お願いです……奴隷にでもなんでもなります……『人類』に一生仕えますからぁ……」
「〈
「ジョオウサマノタメニー!! 我が魂を――」
バーン。巨人が灰になった。メイラスの
バーン。巨人が灰になった。メイラスの
バーン。巨人が灰になった。メイラスの
バーン。巨人が灰になった。メイラスの
身の内に流れ込んでくる、莫大な可能性の力。憎き巨人たちの魂で購われたそれに、ぞくりと身震いしながら、メイラス・レッドゴールドは恍惚の息を吐く。
――ああ、神様。あなたは、なんて。
「お優しくて……恐ろしい御方……」
出会ったあの日、脳裏をよぎった考えは間違いではなかった。
やはり、カレルレンという〝ぷれいやー〟は……この世で最も邪悪な神、なのかもしれない。
それを再確認したところで、メイラスの忠誠心が揺らぐことはない。
善良に純朴に生きているだけでは、何ひとつ守れない。彼女は既にそれを知った。
神が示した『人類』による新世界は、無慈悲なまでの強き力で『人類の敵』から守っていかねばならない、尊い理想だ。
メイラス・レッドゴールドは信じる。『人類』の
人間種だけではない。亜人種も、異形種も。巨人たちを文化ごと飲み下し、名高き
いつか『人類』の世界は、大陸を覆い尽くすだろう。この大陸の次は、海の向こうへ。さらには空の彼方へ。きっと広がってゆく。その歴史の尖兵に、自分はなるのだ。
旧世界の全てを塗り替えんとする『人類』の戦いに、この世で最も邪悪な神が力を貸してくれるというなら――
それは、なんと心強く……なんと自分好みの、神話的な和合であろうか。
二大国の侵攻に対する防衛戦後、この恐るべき〝儀式〟は数ヶ月をかけ、繰り返し行われた。
戦場で生け捕りにされながら、捕虜の立場から『人類』に下ることを拒んだ、愛国心と種の誇りに満ちた巨人たち。総勢五百人以上――これは捕らえられた巨人のほとんど全員である――のうち二百人ほどが、メイラス一人を強化するための経験値資源として消費された。
これらの犠牲により、最終的に彼女の
カレルレンはこの結果に不服だったらしく、「二百人も使ったのにこれしか上がんないの? 経験値テーブルえぐいな」などと愚痴っていた。しかしメイラスにしてみれば、膨れ上がった己のオーラに慄くばかり。仮にこの〝器〟を満たすほどの
なぜ二百人を一気に願いの薪にしてしまわず、数ヶ月の期間をかけて小分けにしながら〝儀式〟を繰り返したのか?
メイラスは「神のなさることだから」と深く考えず、何らかの意味があるのだろうとだけ思っていたが――後日、その答えを意外な場所で知ることになる。
「えっ、かみさ――倉藤さん? こんなところで、何を?」
「おや女王様、ごきげんよう」
神殿併設の病院に、メイラスが慰問も兼ねた視察に訪れた日のことだ。
列なして並ぶ傷病人たちを診察し、適した魔法があれば治癒する。そのような作業に従事する医療神官たちの中に、〝倉藤〟ことカレルレンが混ざって働いていた。
業務の休憩時間に屋上へ連れ出し、話を聞いてみると。
「これはですねえ――
人間に身をやつした神が、語るところに曰く。
カレルレンの場合、この〝穢れ〟――負のカルマ、とも彼は表現していた――が溜まりすぎると、機密ゆえ詳細は伏せられたものの、
よって〝穢れ〟を浄化する必要があるのだが、そのためには
「
人聞きを憚り、テレパシーで補足してくるカレルレンの声は、剽軽とも思える普段の口調のまま。そのような思念を、物腰穏やかな〝倉藤〟の姿で投げてくる主神に、メイラスはふと可笑しさを覚える。
――それは
カレルレンが恩着せがましい物言いをしないから、メイラスもまた恩に着たような態度は取らない。彼女はこの奇妙な神との付き合い方に習熟しつつある。
それでも積み重なる恩に、心の中で感謝を忘れたことは一度としてなかった。
このちっぽけなエルフの子のために、己の魂を穢すほどの邪法を何度も行使してまで、力を授けてくれたのだ。
いったい自分は、彼に何を返せるだろう。
報いたい、と強く願う。どんなことをしてでも。
絡め取られているのかもしれない。もしかしたら、既に洗脳されているのかも。
構わなかった。だってメイラス・レッドゴールドはいま、こんなにも満たされていて。
無意味に死ぬはずだったあの日から、ずっと奇跡のような時間を生きている。
「……国民の前では、それ、やるなよ」
「はい……っ」
背中にしがみついて、みっともなく泣きじゃくる小さな女王を、カレルレンは叱るでもなくただ受け止めている。
この世で最も邪悪な神かもしれない。
けれど、少なくとも。
このひとは、こんなにも――『人類』にだけは、やさしい。
※ものすごく長いので特に読む必要はない補足説明↓
[memo]
■〈
・異世界にて、『
当初は「レベルキャップを無くす」あるいは「レベルキャップを一気に一〇〇まで引き上げる」方法が模索されていたが、これは〈
・後に確立された手法として、願いの文言を工夫することで、ユグドラシル時代には存在しなかった「効果の累積」を引き起こすことができる点を利用。
「成長限界を一レベル分拡張してくれ」のように固定値の結果を要求した場合、消費経験値量が足りなければ単に願いは失敗するだけである。これを「(消費する経験値量で可能な分だけ)成長限界を拡張してくれ」といった成果量可変の形式にすることで、消費経験値量が呪文の要求する最低値以下でも、対象者の蓄積可能な経験値量を僅かながら増やすことができる。
これを〝累積請願方式〟と呼称する。
・精神支配系の魔法等で操られた(状態異常としての支配下にある)人物に『
しかしテイム系
そのため上位者の命令を受けて『
・上記二つの〝裏技〟(累積請願方式&代行請願方式)を組み合わせることにより、〈
が、この過程で手下に自己犠牲的行為を強要するカレルレンのカルマ値が大きく低下することが判明。プレイヤーの精神に直接影響を与えるものではないが、カルマ値が悪側に傾きすぎるとカレルレンの能力構成上きわめて大きな不都合が生じるため、充分な安全マージンを取ってカルマ値回復作業を行う必要がある。結果として〝消費可能人材〟を使い捨てての〈
また研究が進むにつれ、『
・なお現地人ではなく自家製モンスターに『
ゲーム的な事情としては、PCはそれまでの冒険で積み重ねた経験値の全てを保有しているのに対し、モンスターが持つ経験値というものは「その個体を倒したときにプレイヤーが得る量」の分でしかないことからこのような格差が生じるものと思われる。
・一〇一レベル以上への拡張は、累積請願方式を使っても実現できていない。おそらく〈