OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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※純然たる情勢説明回。飛ばしてもさほど問題はありません。





▼幕間:時は流れ、世は移ろう(1)

 大陸中央は長きにわたり、亜人の強豪種が覇を競う領域として知られてきた。

 群れてなお弱い人間種ではなく、個や小群で社会が完結してしまう異形種でもなく。優れた個の力と、大規模な集団を形成する社会性――その両方を併せ持つ亜人種こそが文明の主導権を握るのは、歴史の必然であったのかもしれない。

 

 むろん百年前に起きた〝八王禍〟や、その暴威を免れて現存する竜王(ドラゴンロード)など、亜人の大国でさえ抗えぬ力というものは実在する。しかしそんなものは、天災と同じだ。対抗しようと思うこと自体間違っている。

 

 そうした怪力乱神の類を除けば、今後の世界を席巻する勢力は間違いなく、大陸中央で競り合う亜人列強諸国の中から台頭するであろう――

 というのが、どこの国なんの種族であれ、情勢に通じた識者たちの共通見解であった。()()()()()()

 

 雲行きが怪しくなってきたのは、列強含む亜人種の勢力圏を無差別に襲った、奴隷の集団失踪事件の頃からだ。

 事件の発生開始時期にやや先んじて出現した、不可解な雲塊。その直下の森に、攫われた奴隷たちが集められ、国を築いている――そんな出元不明の噂が、いつからか広く流布していた。

 

 やがて、列強の一角として知られる巨人国ブロジンラーグが、噂の真偽を確かめるべく――そしてあわよくば、奪われた奴隷労働力を取り返すべく――霧深き『無明樹海(ナグド・フィガイ)』に大兵力を送り込んだ。

 これに触発されたのか、はたまた最初から示し合わせていたのか、隣接する妖巨人国オログルシュも同時期に兵を出した。

 

 消えた奴隷の大半は人間種である。もし本当に、彼らがその森に潜んでいたなら、巨人(ジャイアント)妖巨人(トロール)の軍勢に挟撃されてはひとたまりもないはずであった。

 

 結果――二大国の派遣軍はどちらも、そのほとんどが森に呑まれて消えた。

 

 

 

 巨人国の兵で生還したのはわずか数名。伝令役として森の外に待機していた魔法通信兵のみ。

 森へ踏み込んだ部隊が定時連絡で寄越すはずの〈伝言(メッセージ)〉は、ある時点から途絶えてそれきりとなった。王家の血を引く半神的魔法詠唱者(マジック・キャスター)、上位将軍ソーン・カタピエスティスまでも消息を絶ち、命を長らえた通信兵たちは何の情報も持って帰ることができなかった。

 

 巨人兵八百と、中位以上の将軍三名を失う大損害。責任の所在を巡って軍部と宮廷が激しくやり合ったが、作戦の総責任者たるソーンが現地で討死(推定)してしまっているのでは、総てを彼の失策ということにする以外に丸く収まる道もなく。

 その損害を補填すべく、また適当な人間種の国にでも()()して、資源や労働力を搾り取ってはどうか――そんな議論が交わされていた矢先、情勢はそれどころではなくなった。

 

 攻め込んでいたはずの前線から齎された、連戦連敗の報。

 属国、属領の各所で多発し始めた反乱。

 その両方に、所属不明の武装勢力が関与していた。名乗って曰く、『国境なき騎士団』――全貌は不明ながら、凄まじい戦力を持った少数精鋭の、傭兵団のようなものであるという。

 

 巨人国がこの傭兵団との交戦で受けた被害は、甚大にして多彩である。

 あるときは、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)()()という恐るべき布陣から放つ、〈火球(ファイヤーボール)〉の猛爆撃で戦線を崩壊させられ。

 あるときは、強固な鎧で覆われた()のようなものが()()()()を回転させて走り回り、歩兵を撥ね飛ばし、魔法詠唱者を轢き潰した。

 次の週には、別の戦場で前述の〝箱〟が()()()()()おり、投石も矢も届かぬ空中から「爆発する光弾」やら「見えない矢」やらの面妖な飛び道具を撒いてきて。

 またあるときは、大量の魔法罠が敷設された陣地に偽装後退で誘い込まれ、千人単位の巨人兵が足元で炸裂する攻撃呪文の餌食となった。

 

 武器も、魔法も、戦術も。すべてが強力無比でありながら、未知の奇妙なものばかり。彼らがわざわざ同じ意匠の旗を掲げていなければ、とても同一勢力の攻撃とは思えなかっただろう。

 同じ戦法を二度使うことさえほとんどなく、まるで何かの()()でもやっているようだ――と勘のいい者は気付いたが、さりとて巨人国がどうすればこれに対抗できるのか、という喫緊の課題には答えを出せず。

 

 

 巨人国の情報機関は優秀である。時が経つにつれ、さらに詳報が集まってくる。

 謎の傭兵集団に掻き回されているのは、巨人国だけではなかった。列強と称されるいくつかの大国と、周辺で離合集散を繰り返す中小国群……それらの間で戦われる紛争に、『国境なき騎士団』の武力介入が確認されたのだ。

 

 特定の国家、特定の種族などに肩入れして立ち回っているふうではない。強いて傾向を見て取るならば、攻め込む側より攻められる側、強い勢力より弱い勢力の、味方をしているように思われた。

 これだけなら、義賊気取りの国際テロ組織という解釈も、一応できる。

 しかし一方で彼らは、ときに侵略する側・支配する側に雇われ、紛争をあっという間に終わらせたりもしていた。

 

 少なくとも、積まれた金の額や恫喝に屈する類の輩ではないことが知られている。彼らは何らかの確固たる基準を以て、傭兵として参戦するか否かを判断している。

 だがその基準が、余人には推し量れない。

 彼らはいつも雇い主と見定めた者の前にふらりと現れ、毎回異なる――まるで一貫性のない――条件で契約を結び、戦場で圧倒的な力を示して、何処へともなく去ってゆく。

 

 何を基準に敵味方を定めているのか。何を利益として活動する団体なのか。強力な魔法の武具を持つというが、その出所はどこか――

 結局そのバックボーンや行動方針には未だ不可解な点が多く、先進国たるブロジンラーグの頭脳をもってしても、『国境なき騎士団』が何を目的に動き回っているのか全容は知れず。

 

 結果だけが、徐々に形を成しつつあった。

 

 中原(ちゅうげん)、と呼ばれる領域がある。

 豊富な水源と、肥沃な土地。それゆえ大陸中央でも特に激戦区として知られ、諸国諸族の栄枯盛衰が連綿と続いてきた、広大な平野部の通称である。

 

 かつては〝永世戦国〟とも称された群雄割拠の中原だが、百年前の〝八王禍〟と、同時期に起こったいくつかの怪現象――会話言語の()()()()や、位階魔法の出現など――以来、有力亜人種族が主導権を握り、いくつかの大国へと収斂してゆく傾向が続いてきた。

 巨人国ブロジンラーグも、その激動の中で台頭した強豪国の一つである。

 

 むろん数多の征服があり、虐殺があり、支配と抑圧があった。

 が、それら個別の悲劇を呑み込んで歴史は流転し、おおむね混沌から秩序への指向性を獲得しつつあった、とも言える。

 

 その流れが、『国境なき騎士団』の暗躍によって掻き乱され――短い歳月の内に、新たな相が現れ始めた。

 大国に呑まれて消えるはずだった小国がいくつも生き残り、また『国境なき騎士団』のせいで嵩む戦費に弱体化した大国が、別の大国に攻められて『国境なき騎士団』を雇う側に回るといった珍事も起きた。

 外交手段としての武力が相対的に価値と信用を減じ、『国境なき騎士団』の介入という不確定のリスクを避け得る代替手段が模索された。

 

 強も弱も、大も小も、人も獣も。

 中原の情勢は次第に、神出鬼没の『国境なき騎士団』がいかに動くか、意識せざるを得なくなってゆく。

 

 まさにかくのごとく存在感(プレゼンス)を発揮し、大陸中央のパワーバランスを調()()することこそが、彼らの目的であり機能の一部であったのだが――

 地に足つけて思考する者ほど、そのような陰謀論を一笑に付してしまうものだから、中原の人々が『国境なき騎士団』の正体についぞ迫り得なかったのも、致し方なき仕儀ではあろう。

 

 

 

 一方、『無明樹海(ナグド・フィガイ)』への出兵後、妖巨人国(オログルシュ)には別の問題が()()した。

 こちらの軍勢は二十名超の生還者を得たが――同時に彼らは、大いなる禍も持ち帰ってしまったのである。

 突入から数日後、錯乱状態で樹海から逃げ帰ってきた残存兵。その背を追うようにして現れたのは、妖巨人(トロール)()()()()()()だった。

 

 目も鼻も耳もなく、不揃いな牙を生やした巨大な(あぎと)だけの頭部。

 両腕の代わりに肩口から生えた、棘と眼球と牙むく口に覆われた触手の束。

 三本の指と鋭い爪を持つ、猛禽めいた巨大な足。

 

 明らかに異形でありながら、しかし皮膚の質感や胴体の形状などに、妖巨人(トロール)の面影があった。ご丁寧に、戦死したと思われていた兵たちの装備までも身に着けていた。

 妖巨人(トロール)は平均知能の高い種族ではないが、それでも誰もが一目で悟った。樹海に潜む何かが、同胞を()()()()()姿()に変えて寄越したのだ、と。

 

 のちに似非妖巨人(スードゥトロール)と呼ばれるようになった怪物は、全部で五体出現し、妖巨人国に甚大な被害と恐怖をもたらした。

 彼らの最大の特徴は、()()()()()()()()()という恐るべき食性である。

 

 似非妖巨人(スードゥトロール)が徘徊するようになった地域は、妖巨人国が〝放牧場〟として管理する人間種の小国家群近辺。

 当然、妖巨人(トロール)よりも人間を襲った方が狩りは容易なはずだったが、怪物たちは人間種にまったく興味を示さなかった。

 

 食肉の入荷あるいは娯楽的狩猟のために訪れた妖巨人(トロール)たちを、彼らは狙いすましたように襲撃し、圧倒的な戦闘能力で食い散らかしながら、しかし殺さず巣に持ち帰る。

 そして餌となった哀れな妖巨人(トロール)は、種族特性の強靭な再生能力ゆえに死ぬことも許されないまま、似非妖巨人(スードゥトロール)に血肉を貪られ続けるのである。次の犠牲者が連れて来られるまで。

 

 新たな餌が手に入ると、それまで食われていた妖巨人(トロール)は生かしたまま解放される。だが誰ひとりとして、この怪物たちに復讐戦を挑もうとする者はなかった。

 哀願しようと狂おうと聞き入れられず、ただひたすら食い千切られ血を啜られる日々に、彼らの心は例外なく破壊されていた。生還者たちはむしろ〝生きたまま食われることの恐ろしさ〟を訴え、誰も近づいてはならないと警告した。

 

 一人の〝餌〟が解放され、郷里に戻って語った言葉がある。

 ――あの化物は……我ら妖巨人(トロール)を、「()()()()()()()()()()()」としか思っていないのだ!

 有史以来、その体躯と再生能力により、妖巨人(トロール)という種はほとんど常に強者の地位にあった。それだけに、自分たちを純然たる()とみなす上位捕食者の出現は、彼らにとって看過し得ない衝撃であった。

 

 その衝撃が揺るがした妖巨人国に、()()()()()、また奇妙な噂が流れ始める。

 ――あの怪物たちは、我らがずっと食い物にしてきた弱小種どもの怨念が(こご)って、同胞の肉体に乗り移ったものではないか。

 ――奴らが餌を食い殺さないのは、肉を無限に供給させるためだけでなく、まさに〝貪り食われる恐怖と苦痛〟を知らしめるためではないのか……。

 

 オカルトである。陳腐な怪談話である。

 だがこの世界には魔法があり、アンデッドも実在していた。怨念そのものが形を取ったような死霊(レイス)幽霊(ゴースト)は、能力が物理(フィジカル)に偏りがちな妖巨人(トロール)にとって、古来苦手とする天敵のひとつでもある。

 ()()()()()()という迷信に、良くも悪くも愚直に向き合う余地が、彼らの文化にはあった。

 

 以降、「我々妖巨人(トロール)に近い知性を持つ種族は食わぬことにしよう」と唱える食肉制限論者の一派が現れたり、さらに過激な「動物食を完全に廃止しよう」なる主張を掲げた脱動物搾取主義者(ヴィーガン)の結社が暗躍したりと、妖巨人国の食肉事情は大いに荒れる。

 その間も似非妖巨人(スードゥトロール)の討伐は繰り返し失敗に終わり、〝食われる恐怖〟を刻み込まれた犠牲者と、その生々しい体験談を聞かされる市井の民は再生産され続けた。

 

 正体不明の怪物。出所不明の噂。

 それらの影響は国民意識の深くにまで浸透し、政治を動かし、やがて後世において下される〝ある歴史的決断〟へと繋がるのだが――こちらは未だ遠い、未来の話である。

 











[memo]

■巨人国 ブロジンラーグ
・大陸中央部にある巨人(ジャイアント)の王国。〝正史〟では原作開始時点までに滅んでいる。
・巨人種による連邦国家であり、聖地とされるヨグノス台地に座す王家のもと、支分国・属領等が連帯する。建築や服飾の文化は地球で言えば古代ギリシャ的。人間種は奴隷兼食料。
・八欲王以後に登場した新技術である位階魔法の研究をいち早く国策化し、魔法大国として勢力を拡大している。
・王家の名はスカイスクレイパー(摩天、天を擦る者)。人名としての〝イビルアイ〟などと同様、自動翻訳された結果プレイヤー(および地球人である読者諸氏)にはそう聞こえるというだけであって、現地語の発音・表記はまた別にある。
・建国神話によれば、スカイスクレイパー王家は遥か上古の世、竜と天地の覇権を争った神々の末裔であるという。

■妖巨人国 オログルシュ
・大陸中央部にある妖巨人(トロール)の帝国。大陸北西部の野良トロールに比べれば遥かに文明的ではあるが、人間から見ると悪鬼の国。
・人間種は基本的に食料。例外的に、ドワーフは住居や家具、武具などの作成を担わせる工業奴隷として劣等種なりに特権待遇。
・元が洞窟などを住処とする種族であるためか、首都にあたるオログンドゥムはカッパドキアめいた巨大な奇岩群をそのまま都市に改造したもの。『風穴』と呼ばれる自然形成の洞窟が無数にあり、ほか石工や石ドルイド、石シャーマンなどが奴隷ドワーフらを伴って日々都市を拡張している。
 地上に突き出ている岩山は一部に過ぎず、地下にはより巨大な岩塊が埋まっているとされる。
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