OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
「うん……だいたい解った。整理しよう」
その竜の声は、成熟した女のものと聞こえた。
新雪のように白い鱗が、全身を滑らかに覆っている。骨格と皮膜からなる翼の代わりに、透き通った氷の刃が翅めいて幾対も背に浮かんでいる。
身じろぎするたび陰翳に深い青が差す、美しい竜だった。
「わたしが死んでからおよそ百度、季節が巡った。
あの戦いで古き竜族はほとんど死に絶え、しかしそれを成した〝ぷれいやー〟たちも――伝承を信じるなら――内輪揉めの末に全滅。
次の周期にやって来たきみたちは、過去の事情を知り、同郷の者たちとこの世界との間に立とうとしている。
そこにいるマハナと、わたしを蘇らせたのは……失伝した歴史について訊ねるため。そして、生き残った竜王たちへの伝手を得るため。
……要点は、こんな理解でいいかな?」
彼女は落ち着き払った声で、こちらの語った内容をまとめてみせる。
内容に不備はない。むしろ話があっちこっち脱線しまくっていた俺の説明より、遥かに簡潔でポイントを押さえている。相手の話を理解した上で、どこが重要か取捨選択できる知性がなければ成し得ない応答だ。
「すごいな。さすが〝先生〟なんて呼ばれるだけはある」
通称トリシュ先生。マハナと同じく、やはり竜族の中でも変わり者の部類だったらしく、人間の学士を
感性と才能だけで行使されがちな
幸いにして某Y先生のような「殴ってから考える」タイプではなく、その言動は思慮深く理知的。俺がプレイヤーだと明かしても、即座に襲ってくるようなことはなかった。
さすがに竜という種の現状には思うところもあったようだが、「事が終わった後に飛ばされて来たきみたちを恨んでも仕方あるまいよ」と大人の対応。初日のツアーにこの発想が出来ていれば……いや無理か。あいつはあいつで
「戦禍を逃れて生き延びた
あまりに
俺の取っ散らかった話を要約するに留まらず、さらに踏み込んだ考察まで展開しようとしているトリシュ先生。もう俺もこいつのこと〝先生〟って呼ぶのに抵抗ねーわ。
でもちょっと苦手なタイプという感じもする。何故だろう。別に知的な女は嫌いじゃないのだが。
「八欲王と竜たちの戦い……
「その〝八欲王〟という呼び名の時点で、わたしはどうかと思っていてね――
まるで彼らが一つの
「ぐえー」
伝承として語られる中で単純化されていったにしても、これはひどい。たった八人が四分裂? つーか内部対立抱えたままで竜王どもとの戦争にも勝ち切ったのかよ。
だが俺はまだ頭の中で構図を単純化してしまうという凡人の悪癖に囚われていた。トリシュ先生はさらに続ける。
「
それが何百年も続いていたものだから、大戦以前の竜王にとって最大の脅威と言えば、〝ぷれいやー〟ではなく派閥を
結局は、彼らもほとんどが戦乱の狂気に呑まれて、滅びていったがね……」
……グダグダじゃねえか! 何だこのカオスは。地獄か?
八欲王(内部分裂)VS竜王勢力(群雄割拠)が基本構図で、そいつらが入り乱れて戦ってるところに竜以外の現地種族やらスルシャーナ存命の法国やらも介在したってことぉ? どう考えても、おとぎ話に語られるような二極のシンプルな大戦争だったとは思えない。
トリシュの語る歴史がいったん真実と仮定するなら――まだ百年も経っていない現時点で、大戦についての
たとえば神を喪った法国や、同族を狩られまくった残存の竜王たちにとっては、けっきょく全滅した八欲王に〝己の欲深さゆえ滅びた愚かな暴君〟という悪役像を押し付けてしまえば都合がよかったのかもしれない。彼らにしてみれば八欲王を擁護すべき理由もないわけだし。ツアーは真実を知っているかもしれないが、やっぱりあいつにも八欲王の名誉を回復してやる義理はない。
まあ歴史研究なんてのはもともと多角的な視点でやるべきものだ。今後はトリシュたちの話も詳しく聞かせてもらいつつ、さらに広い範囲で現地種族の記憶と記録を収集していくことにしよう。
そして時機が来ればエリュエンティウにも突撃取材を敢行したい。「ギルマスの知り合いでーす!」って申告したら顔パスで通してくれねえかな。種族的に顔ないから駄目か。
「……とかくあの戦争は、かように複雑で、混沌としていたわけさ。
ツアー以外の現存する竜王が、大戦に参加しなかった者たちだというなら、それはあの八人と深く関わりもしなかった口だろう。正体を
なにしろ結果だけ見ていれば……いわゆる〝八欲王〟は異界から突然現れ、あっという間に同族の大半を殺し尽くした、理解不能の
実際は彼らにだって、それぞれの願いや嘆き、大義さえもあったというのにね……」
トリシュの語り口はどこかしんみりとしていて、意外なほど八欲王に同情的な響きを帯びて聞こえる。いくら関わりがあって人となりを知っていたとはいえ、これが自分を殺した相手に向ける態度だろうか?
「トリシュ先生、なんか……俺の勘違いかもしんないけど……あんま八欲王のこと恨んでないね?
白竜が首を傾げた。
「種の在り方が変わるほど同族を殺戮したことや、世界の理を無断で改変したことには思うところもあるがね。個人的な恨みは、さほど持っていないよ。
そもそも、仇というが……
「んあ?」
想定外の角度から情報をぶち込まれて、俺は間抜けな声を出してしまう。
法国の記録じゃ、確かに
「先生、それ初耳やで……?」
「マハナはわたしより先に死んでしまったからね。大戦中期以降の泥沼ぶりは知らないだろう。
例の八人のうち、戦いを望まなかった二人と、わたしは連絡を取り合っていたんだよ。どうにか、あの悲惨な乱闘状態を収拾できないかと……だが、これを
気付けばわたしは同族の強硬派に囲まれて、自害するか卵を産むか、なんとも俗な二択を強いられていた。
とんとん、と鋭い爪で自分の首筋を叩いてみせるドラゴン先生。
卵を産むってなんぞや、と思ったが……そういやこいつら卵生か。えっ?
死ぬか、産む機械になるか! って薄い本みたいな選択肢を突き付けられたんですか? 雌性の
それで「くっ殺せ」などとは言わず即決自害を選ぶ先生も、もと人間の感覚だとだいぶネジが飛んでいる。竜族の女性の価値観についてはまだよく解らんことが多い。みんなそういう女傑めいた精神性をお持ちなのだろうか。
ともあれそんな経緯だから位階魔法での蘇生にも応じたし、八欲王にも批判的ではあれど復讐心は薄い、と。
プレイヤーへの憎悪MAXで復活されるより全然マシな状況ではあるけど……なんだかなあ。
思った以上にひどいぞ戦時の竜王連中。「最初から一丸となって挑んでいれば八欲王にも勝てたはず」みたいなことを言ってたのは原作web版のツアーだったか? トリシュの話を聞いた後だと、追い詰められるまで連携しないどころか内ゲバやってた図しか想像できん。
八欲王の方もバラバラだったって話だが、同じ拠点を共有できる程度には折り合いをつけていたのなら、勝敗を分けたのは同族間の足の引っ張り合いだった可能性すらある。
なんでそう駄目な方向に人間臭いんだてめーらは! ファンタジー異世界の
実際ガチで悟り開いてそうな神話級
勝手な期待を裏切られて勝手な失望に打ちひしがれる俺に、トリシュは生暖かい視線を注いでくる。
「――ま、そういうわけで。わたしの仇と言えば同族か
この世に呼び戻してくれた恩義もある。昔話をしたり、他の竜王に渡りをつける手助けも……ある程度こちらの要求を呑んでもらえるなら、善処しようじゃないか。
ただその前に、二つほど、確かめなければならないことがあるね」
交渉可能な相手が欲しいのは向こうも同じなのだ、と気付いて俺は少し安心する。生き残りの
気が緩んで先走ったことを考えていた俺は、まったく深い考えもなしに安請け合いしてしまう。
「二つ? とりあえず、できることなら協力するよ。何を確かめたいって?」
「一つは、実際に今の世界がどうなっているのか、自分の目で見て確認したいということさ。
手を結ぶなら、長い付き合いになる。マハナも含め、わたしたちには考える時間が必要だ。何年か、大陸の状況を見て回って……ついでに、知り合いの同族が健在かどうかも、その間に情報を集めようと思う。どうかな」
ふむ?
こっちの話を鵜呑みにしないのは、まあ当然の対応なので別にいい。むしろこの段階で全面協力の約束なんぞされたら裏があると疑うところだ。
急ぎの話でもないので、何年か間が空くのも構わない。人間の時間感覚だと幅を取り過ぎに思えなくもないが、長命種だったらこんなもんだろうという気もする。
問題があるとしたら、彼女が真意を隠していて、実は俺たちに敵意を持っていた場合。
ここまで敵意や嘘の魔法的感知に反応はなかったが、あれらは高位の探知防御で遮蔽できるため、頼り切るわけにはいかない。もしトリシュが俺たちを出し抜くつもりなら、数年間フリーハンドで活動させるのは敵に塩を送るだけの行いだ。
百年前の死者でも蘇らせる術があること、これだけでも強硬派の竜王勢力に俺たちの危険性を訴えるには充分な情報となる。なにしろ彼らからすれば、俺たちが同じプレイヤーである八欲王を復活させない保証はどこにもない。実際は蘇生に必要な情報が足りないので無理だが、それを伝えたとて敵対的な竜王たちが信じるかと言えばNOだろう。
他にもこれまでの経緯を説明する中で、俺たちの活動方針やら求める情報やらをある程度明かしてしまっている。
もちろん致命的な秘密なんかは教えていないが――それでも敵対勢力へ
そこまでやらないにしても、単純に行方を晦まして、契約不履行の高飛びを決め込む……という可能性も、無いわけではない。
実をいうと、『
対処はできる。が、そのためには結構な大規模工作を打つことになり、多大なコストと事業計画の遅延を許容しなければならないだろう。
そういう諸々のリスクを承知の上で、彼女たちを一旦リリースするかという判断。
俺は即答した。
「いいよー。連絡は取れるようにさせてほしいけど」
だって断ったらここでドンパチ不可避だもの。「お前ら外に出すと危ないので監禁します」なんて宣戦布告と取られても何ら不思議はない。
また仮にトリシュとマハナがバックレたり敵対勢力に加わったりしたところで、時間さえ稼げば生産力に勝るこっちが物量で圧倒できるようになる、という計算もある。
結局のところ――戦力強化の体制を整えた俺たちにとって、単純暴力しか手札を持たない相手なら、よほど逸脱した化物でもない限りはあんまり怖くない。
こちらの懸念を読んだように、トリシュは声色をそれとなく和らげる。
「思い切りのいい返事をありがとう。反〝ぷれいやー〟感情の強い同族には、あまり機微な情報を渡さないよう配慮しよう」
「わお。気遣いのできる竜王だね、先生……で、二つ目は?」
「
ん?
「
けれど、決して平和的には共存できない者たちもいる。きみたちの言う〝八欲王〟……中でも最悪の一人と、それに続いた二人などは、
今後ああいう〝ぷれいやー〟が来たとき、実力行使で止められないようでは、どんな理想も儚い絵空事だ。だからこそ測っておきたい……きみたちに、果たしてその大望を成すだけの力があるのか」
こっちの実力を疑うような科白にNPCたちが機嫌を損ねやしないかと、両脇の二人に意識を向けてみる。ヘスもシズクも泰然として静かなもの。内心は愉快でないのかもしれんが、少なくともそれを表に出すようなヘマはしていない。流石うちの連中は優秀だ。
「なるほど。口だけじゃないことを証明しろ、ってのはもっともな話だ。
どうやって見せたらいい? うちの武力要員に、召喚モンスター相手の
嫌な予感に圧迫されつつ、それでも角が立たない方法で実力の一端を見せようかと提案してみる。
しかしこれは
「ふ……遠慮がちな提案だ。優しいのか、臆病なのか……。
迂遠なことをする必要はない。お互い死なない程度に、
わたしもマハナも、あまり戦いを得手とする方ではないが……逆を言えば、わたしたちを相手に苦戦するようでは話にならない、ということでもある」
「先生、うちもやるんかそれ?? まーええけどぉ」
心なしか楽しそうなトリシュに、勝手に参加を決定されながら乗り気に見えるマハナ。二体の竜王から臨戦の気配とも呼ぶべき威圧感が放たれ、シズクとヘスが身構える。
殺意や憎しみのような感情は伝わって来ない。期待と好奇心を交えたポジティブな戦意、といったところか。俺の勘も、これは本当にただの腕試しを挑んできてるだけだろうなあ、と告げている。
それで納得してくれるなら別にいいけどよぉ……こちとら戦わずに話し合いでなんとかしようとアレコレ頭捻ったんですよ。ねえ。
交渉が上手く行こうと行くまいと、結局バトルイベントやんのかよ!
[memo]
・この世界線の八欲王は、小さなきっかけから〝正史〟よりも穏健な形で現地勢力との接触に至った。
・しかし結末としては〝正史〟と同等か、それ以上に凄惨な爪痕を世界に遺している。