OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
床が脈打っている。
臓物めいた配管が、壁や天井に張り巡らされている。
そこは肉に覆われた小異界だった。
「ようこそお越しくださいました、カレルレン様。われら一同、心より歓迎申し上げます」
俺の目の前で、某ナザレの男めいた髭とロン毛のナイスミドルが跪いている。
彼の名はヘス。うちのギルド拠点で、
しかしうちのギルメン、こいつの外装デザイン宗教的にやべーぞって誰か突っ込まなかったのか。ローブの色がユダのシンボルカラーなのも輪をかけて危ない。キリスト教圏のプレイヤーとか来てたら見せらんないぞコレ。
ヘスの後ろには、彼の
こういうのを見ると俺は原作アインズの心労をちょっと追体験した気持ちになる。忠誠心が重いってこういうことか。なるほどね。
でも俺はNPCにさほど感傷的な思い入れを抱いていないので、いつも適当にあしらうことにしている。
「おー、ご苦労さん。ヘス以外はみんな仕事に戻っていいよ。俺が来るたびに業務を中断させてたら時間が勿体ない」
「勿体ないなどと、そのようなことは――」
「あるんだ、ヘス。俺は自分にできないことをさせるための
「――なるほど、そういうことでしたか。以後、配下の者たちにも徹底させましょう」
基本的に拠点NPCたちは全員知能を高めに設定してある。そのせいか、おそらく深い意味はないであろう受け答えまでデミウルゴス的な意味深リアクションに見えてしまうのがときどき怖い。何がなるほどなんだよ。主君から道具扱いされたのにどうしてちょっと恍惚とした顔になってんの?
そのうち原作よろしく深読みの暴走による勘違いコントが発生してしまうかもしれないので、いちおう普段から「お前らの方が俺より頭いいからね? 変な過大評価するなよ?」と予防線を張る努力はしている。しかし凡人の俺に天才的頭脳集団の考えることを逐一コントロールなんてできるわけはない。いざとなれば起こり次第対処していくしかないだろう。ああ今から気が重い。
「俺が今日ここに来たのは、いろいろ頼んでた実験とかデータ集めとか、そのへんの状況を吸い上げとこうと思っただけさ。めぼしい成果、今後の課題、話しておきたいことがあったら何でも聞くよー」
ヘス自身も、配下のNPCたちも、生物系モンスターの生産能力を持つ連中がこの臓区には揃っている。それらの能力で〝消えない兵隊〟を量産できるかどうか、がヘスに任せていた研究テーマだ。
ユグドラシルでは、設定上の表現が「創造」だろうと「眷属化」だろうと「出産」だろうと、基本的に味方モンスターを生み出す行為は「召喚」と同様の処理に従っていた。つまり顕現時間にはだいたい限りがあるし、同時に出しておける数も召喚枠拡張スキルとか合計レベルとか能力値とかの制約を受けるということだ。
顕現時間に制限がないだけなら
ともあれ、呼び出したモンスターは有限の時間で消えるか、維持できる数にも限りがある。これがユグドラシルの原則。
でも転移後の世界では、この制約が条件付きで外れる。
たとえば原作における「死体を素材とした〈アンデッド創造〉系スキルの生産物」がそう。ほかモンスターが生態系を形成していたり、プレイヤーの子孫なんてものが存在していたりする以上、自然な生殖活動の結果として生まれた子供も召喚物扱いではないということになる。
だったらアンデッド以外でも、材料やプロセス次第で永続かつ個体数制限なしのモンスターを安く作れるんじゃね? というのはオバロ読者の自然な発想だろう。
もし高レベルモンスターを安定生産できるようになれば、カンストプレイヤーだろうと真なる竜王だろうと物量戦ですり潰せる。そういうわけで、ユグドラシルプレイヤーでもある俺は戦力増強に役立ちそうなスキルや種族特性、アイテムなどを転移前に調べ上げておき、それらが期待通りの性能を発揮するかどうかの検証を分野ごとにNPCたちへ割り振っているのである。
まあでもそんなに都合よく事が進むとは思っていない。
事前に考えてきた勢力強化プランのうち、ぶっちゃけ一割でも当たれば大成功の部類だろう。できるとしてもこういうのは、強敵との戦いとか大きな問題の解決とかいったイベントをクリアしなければ解禁されないのがお約束だ。そもそも実現不可能な可能性の方がずっと高い。
しかしそれは織り込み済みだから別にいい。たとえヘスと配下のインスタント創造モンスターが永続化・無限量産できなくても、使い捨ての鉄砲玉を臨時生産できる奴が多数いるだけで有用な局面というのは山ほど……
「カレルレン様のご慧眼には畏れ入るばかりです。ご指示いただいた検証リストのうち、およそ
ウッッッソだろおい。ゲームバランスどうした? 死んだか?
「
この方法でモンスターを生産すると、母体が一定期間衰弱するなどの課題はございますが……原理不明ながら、これは現地素材の食事を摂ることで回復を早められるようです。
わたくしヘスが手慰みに作った新種の生体兵器なども、長いものでは一ヶ月以上生存しております」
「――は、何?
名前が挙がった連中だけでも〈
「
と言ってヘスが持ってきたガラス容器の中には、眼球でできた葡萄の房のようなものが浮かんでいる。一つ一つの目がぎょろぎょろと周囲を眺め回しておりたいへんキモい。なんじゃこりゃ。
「
おおぅ……稼働時間やコストにもよるが、普通に実用性ありそうだぞコレ。俺はもっと年単位でのんびり研究成果を出してくれればいいと思ってたのに、どうも見通しが甘かったようだ。
「戦力の増強につきましては、わたくしの担当範囲だけでもある程度の質と量をお約束できるかと存じます。ただ、わが配下は生物系のモンスターが多く、維持コストを無視できぬのが難点です。食糧生産、土地開拓の方も併せて拡大してゆく必要が出てくるでしょう」
「なるほどねえ。まあ、アンデッドや
もし作りすぎで持て余すようなら、
などと報告を受けたり、実験データを覗かせてもらったり、課題について議論したりしながら歩くこと小一時間。
七割ヒットが誇張でもなんでもないことを確認した俺は、フラフラする足取りをなんとかまっすぐに保ちながら、ヘス管理下の第二臓区を後にした。
どーしよ。やべぇぞ生物部門。転移から一年も経たないうちにレベル六十オーバーの魔獣とか蟲とか作れるようになっちまった。しかも必要なのは食い物だけで、ギルド資産からの直接的な金貨消費はゼロ。傭兵召喚より格段に安い。
どっちかというと兵力よりも
原作ナザリックの連中と同様なら心配無用かもしれない。しかしそうでない可能性もある以上、NPCの忠誠度管理にはいちおう気を配っておく必要がある。俺単体の直接戦闘能力はクソ雑魚なので、謀反なんぞ起こされたらレベル八十台の格下相手でも死にかねないのだ。