OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
「【凍空】」
すべての
まるで瞬時に凍らされたかのよう。だが凍っただけなら、空中には留まらず落ちるはずだ。この世ならぬ
……何だ? 足止め系の強力なバージョンか?
「リーギリウム、あれはどういう効果か、解析……」
我らが頼れる情報戦担当にテレパシーで呼びかけたとき、俺は異変に気付く。
「ウッソだろおい」
通信妨害? それともリーギリウムが気絶したか、死んだか……?
後ろで見ているギャラリーの様子を確認する。……こっちも何かがおかしい。
尻尾をぶらぶらさせているマハナを除くと、うちのNPCどもは四人しか動いていない。エルスワイズ、ミハネ、ケイス、キャロル……こいつら以外は全員固まっている。
俺と、動いている四人の共通点と言えば、それは――
「凄いな……
悪意の欠片もないトリシュの声に、今日いちばん、ぞっと背筋が冷えた。
こいつ……こっちのワールドアイテムの数と持ち主を、一発で特定しやがった!
同時に周囲が
とすると、リーギリウムも脳区で固まってる? 安全圏に居るからとワールドアイテムを装備させてなかったのが裏目に出たか? 次からは状況の観測役として一つは預けておくべきだろうか。
不意討ちで情報をすっぱ抜かれたのは痛恨だが、考えてみるとゴーレムを止められた方はそこまででもない。
確かに〈
だが時間停止中のクリーチャーにはダメージを与えられないので、文字通りの時間稼ぎにしかならないのも事実だ。
トリシュの【凍空】がどれくらい時を止めていられるかは不明だが、俺はその間逃げ回っていればいいことになる。相変わらず消費したHPは見えないものの、第十位階魔法の上位互換ともなればそれなりに大技だろう。俺のゴーレム大量展開戦法と消耗戦をやるには分が悪いはず。
問題は俺が停止時間中を逃げ切れるかどうか。なにしろ七十レベル台のゴーレムを一撃で破壊する火力だ。並の魔法職では、追い付かれた時点で秒殺されてもおかしくない。
しかし俺は物理主体の相手に極端な相性ゲーを押し付けられるタイプの尖りビルド。【冥氷】で強化された肉体武器が物理攻撃判定のままなら、どんなクソ威力だろうとこっちは種族特性で無効化できる。
代償として抱え込んでしまっている
「では、人形は邪魔なのでね。片付けさせてもらう」
たった一つの誤算が、前提を覆した。
大きく広げた翼と尾。黒く残光の円弧を描く薙ぎ払い。
竜の巨体を十全に活かした広範囲攻撃が、
「ちょwwwwwwwwおまwwwwwwwwwwww」
いやもうこれは草生やすしかないじゃん。
同族とワールドアイテム保有者以外は確定で固められて、
まあ見ての通り〝世界の守り〟があれば効かないから、いつもの
つーか大戦後に力を伸ばしたっぽいツアーはともかく、トリシュ先生はこれ当時でも八欲王のNPCくらいなら蹴散らせたんじゃなかろうか。対プレイヤー強硬派の連中は薄い本のゲスモブ竿役めいたムーブで彼女を自決に追い込む前に、まず三顧の礼で自軍へ迎える努力をすべきだったのでは? いまさら俺が言っても仕方のない話ではあるけれど。
「〈
とりあえずガン逃げを決め込みながらバフ積み。このスタンド攻撃……もとい【凍空】の停止時間が終わらない限り、いくらゴーレムを撒いても動き出さないカカシのまま。端から壊されるだけならMPの無駄だ。自力で乗り切るしかない。
などと意気込んでみても。
「――〈
凍りついた時間の中、暗黒の十枚翅を拡げ、恐ろしいほどの加速でトリシュが迫る。航空力学どころか慣性すら無視しているように見える、方向自在の空中機動。たぶんあの翼は空力的には何の仕事もしていない。純魔法的な飛行器官か、もしくは武器としての用途がメインか。
「んフ! 逃げの一手なんてつれないじゃないか……まだまだあるだろう? 隠し玉、奥義、切り札、なんでも出したまえ! 先っちょだけでもいいから!」
「言い方ァ!」
爪の一閃。紙一重で躱す。
翼の連斬。体捌きでの完全回避は不可能。〈
追撃。頭から斜めに回転しながら、袈裟斬りのテールアタック。届かないはず――だったが、なんと背を向けた状態のままトリシュが身体ごと
ファック。どんな運動性能だ。空中戦の練度が、ツアーやマハナと比べても明らかに高い!
躱し切れなかった尾が直撃――するも、そのまま互いに何の感触も残さず通り過ぎる。
……こっわ! 一回死ぬかと思った!
どうやら物理属性だったようだ。ダメージはない。だがこれで、俺の身体に何らかのギミックがあることには気付かれたはず。
「おや? ……非実体でもガス体でもなさそうだね。どうなっているのかな?」
「企業秘密でオナシャス!」
まだ
打開策が必要だ。……いちおう浮かぶ手はある。でもあれ精神的にキツいからあんまやりたくないんだよなあ。
などと日和ったことを考えていると、環境音がワッと戻ってくる。同時に空気が動き始め、斬り砕かれたまま止まっていた
ちゃんと計っている余裕はなかったが、体感だと余裕で一分以上は止められていたように思う。これは持続時間延長なしの〈
「ボス、聞こえるか!? どうなってる――いきなりゴーレムがバラバラになったと思ったら、〝
テレパシー回線に悲鳴のような声。リーギリウムが復帰したようだ。やはり脳区で【凍空】の効果を受けていたのか。
彼が認識できていなかった時間のうちに何が起きていたかを軽く説明しつつ、俺はまた
「〈
「はあああああ!!? ……くそ、それでか。でもそういうことだと、オレがワールドアイテム持ってなかったのは逆に正解かもな。
「ん? どういうこと?」
「〈
なるほど――さすがにリーギリウムは俺より着眼点が鋭い。
ユグドラシルだと、ターゲットを指定しない時間停止系の効果は複雑な範囲対象処理として実装されていた。術者含め〝止まった時間の中で活動するもの〟が一定距離内に入った時点で、抵抗可能な者も〝止まった時間〟を知覚し、動き出すことができるのだ。抵抗不能か、可能でも同期距離内にいないプレイヤーは、そもそも時間が止まったことを
このルールが【凍空】にも適用されるなら、この場に持ち込んでいないワールドアイテムの一つを持たせているサティアも、ついさっきまで(効果時間中に動いている俺たちから見ると)どこかで固まっていたのだろう。
厳密には止まる・固まると言うのも語弊があるかもしれない。たとえば〈
閑話休題。
トリシュは転移で逃げた俺を追うでもなく、着地したまま不気味な沈黙を守っている。だがゴーレムに多少殴られた程度じゃ
一方こちらは再び
さて、魅せ技としても何をお出しすべきか。〈
となると〈
竜王の目を楽しませるに足る攻撃魔法はどれがいいか、と考える俺の前で、トリシュが【冥氷】の黒い肉体武器強化を解除した。
「うん……どうやら
わたしは降参させてもらうよ。きみたちの力の一端は、確かに見せてもらった」
「えっ??????」
うそやろオイ。そんな不完全燃焼ある???
こっちはゴーレム撒いてチマチマ削ってただけで、ミハネのような大技を披露したわけでもない。力を見たいと言ったのはトリシュなのに、こんなんで満足しちまっていいのか。
素直にそう訊いてみると、彼女は特定科目だけ成績の悪い生徒を見るような目になり、白くけぶる冷気のため息をついた。
「気付いていないのかね? ワールドアイテムを持ち、我々の魔法を無効化できる上に……どういうからくりかは知らないが、物理攻撃がまったく通用しない。
きみはこれだけで、ほとんどの
……言われてみれば、その通りか?
対プレイヤー性能ばかり気にしていたから、弱点さえ衝けば瞬殺も容易い俺の直接戦闘能力なんてカスみたいなものとしか思っていなかったが、しかし
結果的に俺は対
まあこっちの手札をほとんど開示しなくて済んだと考えればプレイヤー的には儲けものだが、トリシュの方も
ともあれ向こうが白旗を上げているのだから、こっちがゴリ押しで続行するわけにもいかない。
「とりあえず、対戦ありがとうございました~。んじゃトリシュ先生、これどうぞ」
「んん? この
種族能力で超小型サイズまで縮小していたシズクが、転がりながらどんどん膨らんで大型サイズへ。
幼女フォームの人間態ではなく、種族本来の形態に戻ったシズクは直径四・五メートルほどの黒い粘体である。その表面は艶やかに丸みを帯び、覗き込めば遠い星々のような光と、宇宙めいた深淵を内包している。
「そいつ触ってるだけで傷とか癒してくれるから。しばらくクッション代わりに使っとくといいよ」
「ああ……それでマハナが頭の上に似たようなものを乗せているのか……」
シズクがレベルを積んだ種族の一つ、
別の分体を借りていたマハナは、ミハネとの激戦で負った傷をすっかり癒し終えており、いまは頭に乗せたシズクのもちもち触感を楽しんでいるようだ。ハマりすぎて中毒にならないか心配である。
「おぉ……この子も、凄いな。触れているだけで本当に、消耗した生命力が回復していく。
そしてこの感触だ。病みつきになりそうな……実に……もちもちしている」
「せやろ」
「……もちもち」
「語彙力喪失してない??」
「そうか……宇宙とは……進化とは……」
「ケンイシカワ的なトリップはやめるんだ先生」
さすが人を駄目にするクッション(一〇〇レベル)。さっそく
しかし実際のところ、真なる竜王に幼女スライムをくっつけておくのは結構凶悪な組み合わせかもしれない。
魔法を使えば使うほど自分の命を削ることになる
トリシュたちが今の世界を実見するべく旅立つ前に、護衛と監視ともちもちを兼ねて、シズク分体の随行を提案してみようか――
そんなことを考えていた矢先、リーギリウムから
「ボス、〝
最近は鎧としか会っていなかったツアーが、珍しくも竜の身体で駆けつけてきたようだ。そんなに同族の復活が嬉しかったのか、あるいは俺が何かの地雷を踏んでいて殴り込みをかけてきたパターンか……。
「ん。了解。第零臓区に通してくれ」
「いいのか? 外で待たせておく手もあるけど……」
「ここなら、話がこじれて殺し合いになっても――
「……ボスは相変わらず考えることがあくどいなー」
まあこの期に及んでツアーがこっちのホームでリターンマッチを仕掛けてくるとは思わんけど。しかし何事も最悪を想定しておくべきではある。
いまの俺たちなら、ツアーに加えてマハナとトリシュを同時に相手取ってもなんとかなるだろうが……それも地の利を得て、しっかり準備した上での話。逆にこっちが隙を見せれば、トリシュの【凍空】で数の優位を潰された上にツアーの【破界の吐息】が炸裂、なんて台パンもののガード不能連携であっさり全滅する可能性すらある。
恐ろしいシミュレーションを脳内で弄んでいると、リーギリウムの誘導で拠点外殻から直接転移してきたツアーが、第零臓区に姿を現した。
「マハナ。……トリシュ先生。どうして……」
[memo]
※本作での[時間]効果については、原作で詳述されていない部分をD&D等の設定も参照しつつ独自解釈で補ったチャンポン考証となっています。
■ユグドラシルにおける時間停止系効果の補遺
・個人を対象とした〈
・ターゲットを指定しない〈
1:効果の発動主体(術者自身)
2:術者から一定距離内におり、かつ[時間]耐性を備えるなどして
3:効果時間中、1または2から一定距離内に入り、かつ[時間]耐性を備えるなどして
4:1~3の活動の結果として生み出されたもの(物体、エネルギー、魔法など)
・上記2および3の判定で「(術者またはその他の運動体に対し)〝止まった時間〟の中で動き出すことが可能になる距離」は、俗に〝同期距離〟や〝追随可能範囲〟などと呼称される。
・なぜ時間停止効果への追随可能範囲が有限値として設定されているかというと、サーバへの負荷軽減のため、および「その効果が発動された状況に関与していないプレイヤー」に余計なストレスを与えないためである。
仮に距離による同期制限が無かった場合、たとえばワールド内のどこかでプレイヤーが〈
こんなことを秒単位で繰り返していては、まともにゲームが進行しない。そのため、実際には時間停止効果に抵抗可能な者であっても、充分に距離が離れていれば自動的に巻き込まれることはない――という形で影響範囲を制限している。