OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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[notice]
盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』きっての問題児・キャロルにスポットを当てた閑話がこの辺に入る予定でしたが、完全な下ネタ回になってしまうため、お蔵入りしました。
 代わってまじめな話をお送りします。









▼幕間:君よきけ、聖なる谺

 明け方の荒野を、風変わりな一団が往く。

 

 隊列の中心は六台の馬車。幌を備えた荷台の内側では、それぞれ数名の司祭(クレリック)が座席に腰かけている。

 種族は、みな人間である。

 不安げな者、車の揺れを意に介さず瞑想する者、聖印を握りしめて祈る者……その表情は様々であり、年齢も性別も一様ではない。

 

 馬車の周囲を取り巻くのは、長征に適した軽装の歩兵たち。

 やはり、みな人間である。こちらは男が多い。引き締まった身体つきに、精悍な面差し。訓練を受けた戦士の出で立ちである、と知れた。

 

 それだけなら何の変哲もなかった。ありふれた人間の国が持つ、ありふれた軍の一部隊。希少なはずの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を潤沢に揃えた編成は珍しくこそあったが、特にそのような部隊を組織しようと思えば、力ある大国にできないことではない。

 

 異様だったのは、馬車と歩兵の頭上を飛ぶ()使()()()である。

 

 一般的に、天使という種族は自然界に生息していない。魔法もしくは類似の超常的作用によってのみ、現世に()()される存在として知られている。

 しかし、この隊列を空から守る天使たちは、馬車の中の司祭(クレリック)たちが魔法で召喚しているものではない。

 

 彼らは物質界に()()していた。

 顕現時間の制限を持たず、殺されぬ限りは永遠に存在し続けることができる個体群である。

 

 それを可能としたのは、〝転生の秘法〟と呼ばれる謎めいた儀式だ。

 スレイン法国を総本山とする六大神教の一角、光の神殿が見つけ出した秘儀。『人類』のために尽くし、善く生きた義人を、高次の霊性たる天使へと変生せしめる神の御業。

 

 地上で馬車を守る歩兵の一人、若きジャン・セイス・アロンの祖父が天使に()()()のは、もう十年前のことになる。

 

 

 

「俺はもういいんじゃねえか、と思うんだよ」

 

 そう言って笑ったジャンの祖父、アンリ・バージルス・アロンは当時九十四歳。

 人間種の平均寿命が五十年に満たないこの世界では、既にいつ身罷っても大往生と呼べる、長寿の人であった。

 

 若き日のアンリは法国の兵士として戦場へ出て、恐るべき八欲王の力を目の当たりにしたこともあったという。

「遠目とはいえアレを見て、生きて帰れたのは運が良かっただけだ」

 かく語る祖父は、幸い退役まで五体満足に勤め上げたものの、際立った武功を挙げる機会にはついぞ恵まれなかった兵である。

 それでも、(ジャン)にとっては無二の英雄だった。

 神話の戦いの生き証人から父が生まれて、その子供が自分であるという血の繋がり。遠い伝説との些細な接点は、ただそれだけで幼いジャン・アロンの誇りとなる。

 

 いつか祖父のように、立派な兵士になって。

 守るのだ。家族を、国を、人界を。大切なもの、尊きもの、すべてを。

 

 そう夢見て、武芸に励んだ。祖父にも教えを乞い、剣を学び、槍を修めた。

 彼が編み出したという必殺の武技も、血の滲むような特訓の末、なんとか基礎は会得できた。

 神学校を出るや軍の門戸を叩き、さらに数年の練兵課程を経て、ようやく一人前の兵士として前線へ出られるようになった。

 

 喜び勇んで祖父のもとへ報告しに行ったとき、ちょうど彼はジャンの父母と……すなわち自分の息子とその妻に……()()()殿()()()()話をしているところだった。

 

 秘法の祝福を受け、天使へ転生することは、法国人にとって名誉である。

 しかし当然、それは()()()()()()を伴うものであるのだから、ただ信仰心に篤いというだけで、未来ある若者たちの()()を許すわけにもいかない。熱烈な信徒がこぞって天使に生まれ変わり、守るべき人の居なくなった法国だけが残るのでは本末転倒である。

 

 そこで光の神殿は、儀式の対象者を一定の有資格者に絞った。

 当人に意思表示能力があるなら、まずは当人の合意が必須。

 法的責任能力を有する家族がいるなら、半数の同意が必須、できれば全員の同意を得ていることが望ましい。

 

 これら共通条件に加えて、当人の境遇や功績に基づく個別条件を、最低一つは満たしていなければならない。

 たとえば、一定以上の年数を生きた高齢者。

 あるいは、国や『人類』に多大な貢献を成したと認められる者。

 神殿でも癒せぬ病や呪いにより、著しい苦痛を受けているか、死が避けられぬ者。

 特に強力な天使となる素養がある、と判定された者。

 エトセトラ、エトセトラ――

 

 アンリ・アロンは九十四歳。老体なりに健康とはいえ、人外の頑健性を有するわけではない。病気の一つでもすれば、あっという間に命を落とすだろう。

 すなわち、天使化を志願するための個別条件は満たしている。

 

 またアンリ自身、もはや充分に生きて、ただ死を待つだけの日々を過ごしているという自覚があったらしい。「俺はもういいんじゃねえか」と語ったのはそういう次第であり、彼には光の神殿へと不帰の礼拝に出かける動機がある。

 そのことを、息子夫婦に説明しているところへ、ちょうど(ジャン)が帰ってきたというわけだった。

 

 ジャンは当然反対した。

 泣き喚いて、転げ回って、若いとはいえ軍人にはあるまじき見苦しい駄々も捏ねた。困惑する両親をよそに、幼き日の英雄である祖父に縋りついて止めようとした。

 父母の説得も、祖父が語る心境も、ジャンは聞こうとしなかった。ただ否、否、否だけを叫び続けた。

 

 そうまでしても、アンリ・バージルス・アロンを翻意させることはできなかった。

 

 ぶらりと散歩でもするように、神殿への道を歩いてゆく祖父の後ろ姿。

 大好きだった〝じいちゃん〟の、最後の背中を目に焼き付けながら、ジャンは狭い世界の何もかもを恨んだ。

 

 生涯『人類』に尽くした人を、天使に変えてまで働かせ続ける、国や神殿を。

 祖父を安らかに眠らせてやらなかった、父と母を。

 自分を置いて、ひとりこの世から去ってゆく祖父を。

 祖父がこの世に留まりたいと願う、(よすが)であれなかった自分を。

 

 むろんこれは一過性の感情であって、ジャンはその後も敬虔な六大神教の信徒であり続けたし、法国の善き一兵卒として忠勤を捧げてきた。

 だが、平時の市中から軍務の前線に至るまで、見かける機会の増えてきた天使兵に対する苦手意識だけは、消えずに残った。

 

 天使になった者は、生前の人格を残さない。

 一部の強力な天使に転生した者以外は、言葉を話すことさえできない。

 機械のように黙々と、指揮権を持つ者の命令に従い、働くだけ。秘法に課された魔術的な制約として、積極的な攻撃命令は受け付けないらしいが、それ以外なら自殺的な指示さえ忠実に実行する。

 

 善き目的のため、『人類』存続のために用いられるのだとしても。

 あの優しかった祖父が、こんなにも無機質で、非人間的なものになってしまうのか――

 そんな思いが、ジャンの中で天使兵を疎んじる感性となって燻り続けた。

 

 

 

 そして十年後の現在。

 二十代も半ば、それなりに場数を踏んで一端の兵となったジャンは、カッツェ平野を横断して北東へ向かう隊列の中にいる。

 

 

 本作戦の発端は二週間ほど前。『人類』文明圏を周回するスレイン法国の医療巡礼団が、北東方面から逃げてくる難民の一団と行き会ったことに始まる。

 難民たちは複数の村から個別に焼け出され、着の身着のまま逃げてくる過程で合流し、総勢百名を超える大所帯に膨れ上がった集団だった。

 

 彼らの村を滅ぼしたものは、野盗の類ではない。尋常の魔物ですらない。

 百年以上の昔、大陸に覇を唱え、闇神スルシャーナを放逐したとされる大罪者――八欲王がこの世に撒き散らした災禍の一つ。自然界には生まれ得ない、汚らわしき異形の魔物たち。

 ゆえに〝八欲王の残穢(ざんわい)〟と、それは呼ばれる。

 

 人間種が集住するこの北西部だけでなく、大陸各地であらゆる種族に被害をもたらしていると噂される〝残穢〟ども。難民たちの話から、彼らの村を襲ったのはその小集団であろうと推定された。

 これに対し、即座に士気旺盛な討伐隊を編成できたのは、『人類』の守護者たる法国の面目躍如であろう。

 

 当地は法国の領土を遠く離れ、強いて言えばエスティーゼ統一王国の末端に位置する地域である。中隊規模の小兵力とはいえ、本来なら法国の正規軍がそう易々と侵入してよい場所ではない。

 

 しかし()()王国はその名に反し、王家のもとに統一された集権体制を構築できているわけではない。古代の英雄・豪族・聖人などにルーツを持つ(と主張する)貴族たちの、寄り合い所帯というのが実態である。

 所領ごとに法さえ異なる有様で、名目上は貴族らを束ねる立場にある王家も、領主の判断を覆すのは簡単なことではなかった。

 

 然るに法国が迅速な戦力派遣のために根回しをすべき相手は、あくまで統一王国の中枢たる王宮ではなく、当地へ駆けつけるために通らねばならない領邦の主たちに限られた。

 領主たちにしても、信仰系魔法の使い手がいなければ苦戦必至の〝残穢〟を討伐するには、法国の支援を求めるのが最適だと理解している。次回の巡礼団には多額の()()を渡さねばならないだろうが、結果的に領民の犠牲も自家の支出も抑えられるとなれば、総計(トータル)ではその方が安上がりに済むのだった。

 

 後世、周辺国が法国への依存から脱却しようと動く時代になると、このような堂々たる正規軍の投射はやりにくくなってゆく。

 そこで法国の直接介入に代わり、()()()()()()()()()()()()()の枠組みが要請されるようになってくるのだが……これは〝正史〟ならば百数十年は先の話であるから、むろんジャン・アロンの知る由などない。

 

 彼はただ馬車の中の司祭(クレリック)たちを護衛し、国是と教義に従って、『人類』守護の使命を果たすべく戦うだけである。

 そうあることに迷いはなかった。ジャンの世界は単純で、白黒がはっきりと分かれている。

 

 無辜の民を傷つけるものは、悪だ。

 苦しむ民を救う行いは、正義だ。

 悪を退け、正義を貫く。そうして戦い続けた先に、祖父が体現したような〝立派な兵士〟の人生を、自分もまた振り返って誇れるのだと信じた。

 

 

「斥候から報告があった。進行方向上にある次の村が……()()に襲われている」

 

 その声に、ジャンは行軍中の物思いから目覚めた。

 隊列前方から逆走してきた伝令役の歩兵が、馬車の中とその周囲の護衛たち全員に呼びかけたのだ。

 

 ジャンの上官にあたる分隊長が、伝令と話している。

「村を襲撃しているのは……例の、〝残穢〟か?」

「わからん。が、斥候も素人ではない。彼が一目で正体を判別できなかった時点で、()()の可能性は高いだろう」

 

 ばさり、と分隊長が地図を広げる。

「次というと、ボンノ村あたりか? 連絡を受けた時点では無事だったはずだが……敵も移動しているということか」

 

 二週間前の時点で複数の村が襲われていたのだから、時が経てば更に被害が拡大するのは自明である。

 領内にむざむざ魔物の跳梁を許す統一王国への苛立ちと、自分たちがもっと早く駆けつけていればという後悔。傍聴するジャンの胸に焦燥が募る。

 

 しかしスレイン法国の戦力派遣は、これでも破格の迅速さで行われている。

 対応を統一王国側に任せておけば、情報伝達や戦力の招集に時が費やされ、実際に敵を叩けるのは数ヶ月後などということにもなりかねなかった。

 

「そうだ。放置すればそれだけ、奴らは暴れ続ける。だからこそ、ここで叩く。

 歩兵隊は今のうちに装備を整えておけ! 魔法部隊は持続の長い支援(バフ)から配布を!

 準備ができ次第、最大行軍速度で現地へ急行する!」

 

 伝令はさらに隊列後方へと走って、同じ内容を車両ごとの小隊に伝えていく。

 各隊が馬車を停め、荷台から歩兵らの装備と司祭(クレリック)たちを下ろし始めた。

 

 歩兵たちはナイフ程度の小物を除けば武器さえ持たずに走っていたが、それは長距離移動のための最軽装状態であって、当然そのまま敵との戦闘に突入するわけではない。鎧や長柄武器といった重量物は馬車の荷台に積載され、必要が迫った段階になって初めて装着される。

 

 このような装備の切り替えは、行軍速度を上げ、兵士の疲労を抑える上で有効である。反面、移動中に奇襲を受けるようなことがあれば、まともな反撃さえできず壊滅するリスクもあった。

 が、法国の部隊に関して言えば、その心配は少ない。

 人間たちが非武装状態で移動に専念していても、疲れを知らぬ天使たちが輝く武器を携え、常に空より隊列を見守っているからだ。

 

 

 戦闘準備を万全に整えた〝残穢〟討伐隊がボンノ村へ到着したとき、当地は惨劇の渦中にあった。

 家が燃えている。人が死んでいる。悲鳴を上げて逃げ回る生存者に、火を吐く痩せ犬や、有翼の歪んだ小人が襲い掛かる。

 

 地獄だ。地上の地獄がここにある。

 陳腐な表現だが、ジャンにはそうとしか思えなかった。

 

地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)小悪魔(インプ)、ともに多数!」

「未確認の種もいます! 左右非対称の四肢と肥大した頭部が特徴、右腕部の触手で攻撃してくるもよう! ひどい悪臭だ……ッ」

地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)の炎の吐息(ブレス)と、小悪魔(インプ)の尾の毒に注意せよ! 未確認種は情報を集積し、適宜共有!

 分隊単位で散開し、生存者を救え!」

「どれもこれも悪魔(フィーンド)……やはり、〝八欲王の残穢〟……!」

 

 悪魔という種族は、天使と同じく自然界には生息しない。異界種(アウトサイダー)と呼ばれる怪物(モンスター)の一種であり、名の通り本来は異界に棲むとされる生命体である。

 つまり、何者かが()ぶか生み出すかしなければ、この世に存在するはずのない生き物たち――ということになる。

 

 伝承によれば、八欲王はこの世のどこかに地獄の門を開いた。

 その門は百年以上を経た今なお、日々悪魔を吐き出し続けているのだという。

 

 悪魔だけではない。不死者(アンデッド)、魔獣、蟲、粘体(スライム)――八欲王は数多の眷属を世界にばら撒き、それらは王たちが滅んだ後も現世に残り続けた。

 世界を汚した力の、残穢に過ぎないもの。

 それでも、人の世を脅かすには充分すぎるほどの、圧倒的な魔の力。

 

「この化物どもがッ! 地獄の住人なら、地獄に還れよッ!」

 

 ジャンは走った。

 槍を突き込み、振り回し、懐に入る敵あらば剣を抜いて応じた。

 一人でも多く救うために。生存者を探して、燃える家の間を駆け抜け、飛び出してくる悪魔どもを蹴飛ばしながら、村の奥へ。

 

 無我夢中だった。陣形などを意識している暇はない。

 自分が一歩遅れれば、それだけ助けられたはずの命が消える。

 若き日の祖父がここに居れば、きっとそんな無様は見せない。

 英雄のように戦うのだ。アンリ・アロンがそうしたように。

 

 気付けばジャンは味方の戦列から一人突出して、共にあるのは天使兵が一体のみ。

 客観的に見れば、それは蛮勇であり、軍規を乱す愚かな行いですらあったが――専守防衛の魔法的制約に縛られた天使兵を、結果的には最もよく活かす戦い方となった。

 

 光の神殿が生み出した天使たちは、『人類』を守るためにのみ戦う。

 原則として、単独で敵に突っ込ませたり、先制攻撃を命じたりはできない。法国軍の戦闘教義(ドクトリン)においても、天使兵の運用は防御的戦闘を前提に考えられている。

 だが、たとえば……守るべき人間の兵士が、勝手に敵陣へ突っ込んでいってしまうときは?

 

 ジャンが体現したのはそのような戦い方であった。最前線に飛び込み、天使が己の身を守らざるを得ない状況を作り続ける。

 むろん、天使兵を疎む彼が、そんな戦法を狙って実践したわけではない。若者の感情に任せた吶喊を、守護者として作られた天使がそうあるべくしてカバーしているだけの話。

 

 仮にジャンが初めから、天使を利用して実力以上の戦功を挙げようなどという下心を持っていれば……天使はそれを見抜いて、彼を守らなかったかもしれない。

 しかし彼の無謀な前進は、悪魔に蹂躙される民草を救おうという、純然たる誠心の所産であった。

 それゆえ物言わぬ天使は忠実な守り手となって飛翔し、前しか見ていないジャンの側面背面から迫る悪魔どもを、炎の剣で黙々と斬り払ってゆく。

 

 

 何人の生存者を逃がし、どれほどの悪魔を――不本意ながら天使の力も借りて――屠った頃だったか。

 ジャンが楔となって切り拓いた道を、後続の歩兵や司祭(クレリック)たちが追ってくる。その中にはジャンの直属の上司にあたる分隊長もいた。

 

「アロン! きさま、この馬鹿者がッ! 己の力量も弁えずに猪突しおって!」

「ハッ、申し訳ございません! しかし分隊長、あれを――」

 

 ジャンが指さす先、村の中央にある広場では、一体の悪魔が待ち構えていた。

 身長は三メートルほどあるだろうか。筋骨隆々たる肉体が、厚く角ばった鱗の鎧で覆われている。

 手にする武器は巨大な大金槌(モール)。のたうつ蛇のような尾。蝙蝠の翼。山羊の頭骨に似た頭部。眼窩に燃える青白い炎が、視線など読めるはずもないのに、()()()()()()()()――と、法国の兵たちに感じさせた。

 

 これまでに倒してきた悪魔とは、明らかに格が違う。おそらくは、この群れを支配する個体。

 名づけるとするなら――『鱗の悪魔』とでも呼ぶべきか。

 討伐隊の中に、これと戦って勝てる兵はいない。〝聖典入り〟の打診を辞退したと噂される中隊長でさえ、単独では無理だろう。

 

 だが誰も絶望しない。彼らは知っている。

 自分たちは独りではない。部隊(チーム)であり、軍団(レギオン)であり、協働こそが『人類』の力である。

 そして――天使たちが付いている。神々の加護は此方にある。

 ならば、どうして敗北があり得よう。

 

「……討ち取るぞ! 対悪魔戦術連携、L1からL6まで順に仕掛ける!」

「〈第二位階天使召喚(サモン・エンジェル・2nd)〉!」「〈第二位階天使召喚(サモン・エンジェル・2nd)〉!」「〈第一位階天使召喚(サモン・エンジェル・1st)〉!」

 

 光の神殿謹製の天使兵がいるにもかかわらず、司祭(クレリック)たちが貴重な魔力を割いてまで追加の天使を召喚したのは、有翼の悪魔に「飛んで逃げる」という選択肢を与えないためである。

 新たな天使たちは大槌を持った悪魔の頭上、攻撃の届かない高度に陣取る。天使たち自身も攻撃に参加できない位置だが、彼らの仕事は上からプレッシャーをかけ続けることであるから、これでいい。

 実際に攻撃するのは、地上の兵たちの仕事だ。

 

「ハアアアッ! 武技――〈吶喊〉!」

「〈貫通〉!」

「〈斬撃〉――!」

 

 飛び掛かる戦士たち。司祭(クレリック)隊の魔法で善なる力を帯びた武器が、次々と鱗の悪魔に傷を刻む。

 効いている。悪魔が持つ非魔法武器への耐性を貫けるよう、事前に備えておいた成果だ。

 

 悪魔とて案山子ではない。大金槌を振りかぶり、煩わしく非力な人間どもを一薙ぎにしようと、巨体ごと半回転する――

 ――その動き出しの瞬間を、かつて人であった天使たちが押し留める。

 攻撃の要が人間の兵であるなら、今日という日に生きて戦う彼らを守るのが、秘法による転生を遂げた天使兵の役目である。

 

「オオオッ!? グオオオォォォオン!」

 槍で、剣で、次々に傷つけられ、怒りに吼え猛る鱗の悪魔。大槌が滅茶苦茶に振り回され、地面を砕き、揺るがす。

 雄弁な暴力。兵たちは怯まない。強大な魔物と相対することになるのは、敵が〝残穢〟と見定めたときから覚悟している。ゆえに恐怖対策も万全に整えてきている。

 人が容易に力を恐れ、悪に怯える生き物だとしても。

 叡智と勇気を以て、それらを克服することはできるのだ。

 

「戦術L4! 今ッ!」

「〈傷開き(オープン・ウーンズ)〉!」

「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉!」

「〈聖なる光線(ホーリーレイ)〉!」

「〈魔法の石弾(バレットストーン)〉、喰らえッ!」

 

 前衛の兵と天使たちが一斉に後退し、そこへ魔法部隊からの遠距離攻撃が殺到する。たまらず、鱗の悪魔の巨体が傾き――さらに、一呼吸置いた前衛の再突撃。

 完璧な波状攻撃。このまま犠牲なく倒し切れるか。

 法国の兵たちがそう思った瞬間、悪魔が翼を広げた。

 

「飛ぶ気か!? だが――」

 頭上は魔法で召喚された天使たちが塞いでいる。大半が第二位階以下の非力な天使であるから、倒すことまではできまいが……追撃を掛け、地上へ叩き落すのに充分な時間は稼いでくれるはず。

 

 決戦を指揮する中隊長はそう考えたのであろうし、包囲の一角に加わるジャンも同じだった。

 その楽観を、付け入るべき油断と見たのか。

 鱗の悪魔は地を蹴ると、空へ逃れるのではなく地上すれすれの高度を滑空し、包囲網の一点を穿ち抜けるべく逆突撃を仕掛けてきた。

 振り上げた槌の先には……表情が抜け落ち、硬直するジャン・アロンの無防備な姿。

 

「えっ?」

 時間が、粘り気を帯びたように鈍化する。

 

 なぜ自分に? もっと強く、脅威度の高い目標は他にいくらでも。

 いや違う。弱いから……弱そうだから、狙われたのだ。簡単に蹴散らして通れる障害物と、侮られた。

 避ける? 攻撃範囲が広すぎる。間に合わない。

 迎え撃つ? 不可能だ。敵の方が速い。捨て身のカウンターを狙える威力でもない。

 防ぐ? 無理に決まっている。盾も鎧も、あれが直撃すれば肉体もろとも、飴細工のように砕けるだろう。

 

 

 死――

 

 

 幻視した終わりの瞬間は、訪れなかった。

 一体の上位天使(アークエンジェル)が、ジャンと鱗の悪魔の間に割って入り、その身を盾として大金槌の一撃を防いだのである。

 それは、ひとり敵中に無謀な突撃を敢行したジャンに付き従い、その背を守り続けたあの天使であった。

 

 光の神殿が秘法によって生み出す天使は、全ての個体が特別な強化を得ており、通常の魔法で召喚できる同種の天使よりも遥かに強い。

 近年、試験的に運用され始めた数値による戦力評価基準――〝難度〟に照らし合わせれば、おおよそ三十近い上昇幅がある。

 

 それでも、元が難度五十前後の上位天使(アークエンジェル)では、強化されたとて鱗の悪魔には及ぶべくもない。この悪魔の推定難度は百に近いのだ。

 悪魔の剛力で振り抜かれた大槌は、ジャンの眼前で天使を粉々に砕いた。

 天使が居なければ、ジャンがそうなっていたであろう姿だった。

 

 だが、渾身の力で得物を振り切った悪魔は、無防備な脇腹を晒す形になる。

 ほんの一瞬の隙。ジャンの技倆では反応できるはずのない好機。

 

 何故か、身体は自然と動いた。

 在りし日の祖父にせがんで教えてもらった、()()の一撃――

 

「――武技、〈針勁〉」

 

 もとは、〈発勁〉という修行僧(モンク)の技である。

 脚、腰、肩、腕。全身運動の速度と質量を一点に集中し、助走を得た突撃のごとき破壊力を、静止状態から叩き出す。極めれば零距離で、接触状態から放つことさえできるという。

 

 ジャンの技は当然そのような極みにはない。が、祖父の教えた〈針勁〉には、修行僧(モンク)が素手で扱うオリジナルにはない利点がある。

 この技が力の集約点とするのは武器の先端。正しく術理を掴んで撃つなら、剣でも槍でも発動できる。

 すなわち、〈発勁〉の威力を維持したまま、射程に()()()()()()()()()()()()()

 いま、ジャンの手には槍があり……丁度その間合いに踏み込む形で、隙を晒した敵がいた。

 

 他のいつでもなく、まさにその瞬間、生涯最高の技を繰り出すことができたのは。

 きっと奇跡だったのだろうと、後にジャンは述懐する。

 

 

 鱗の悪魔は死んだ。

 弱敵と侮ったジャン・アロンの〈針勁〉を受け、胸を斜めにぶち抜く大穴を開けられて、血を吐きながら地に沈んだ。

 

 力量差を考えれば、途轍もない大物殺し(ジャイアントキリング)である。

 仲間たちが駆け寄ってきて、ジャンの英雄的活躍に喝采を送った。日頃は厳しいことばかり言う分隊長も、このときばかりは部下の手柄と生存を手放しに喜んだ。

 

 ジャンはというと、己が挙げた大戦果を素直に喜べないでいる。

 自分があの一撃を繰り出せたのは、天使兵の一体が犠牲になってくれたおかげだ。

 確かに天使兵のことは苦手である。が、それは祖父とのことに端を発する個人的な感情でしかないと、もう幼くないジャンには解っている。天使兵が、法国と『人類』に尽くした義人の魂から生まれしものであるのも、事実だ。

 

 人として生きた歴史があるのだと意識してしまえば、魔法で呼び出されるモンスターのように、道具と割り切って使い捨てにするのも気が引ける。

 せめて、あの天使のもととなった見知らぬ誰かに、感謝を捧げたい――

 光の粒となって消えてゆく天使の残骸に歩み寄り、ジャンは識別票(ドッグタグ)を探した。

 

 神殿製の天使兵には、転生元となった人物が存在する。

 人格も、記憶も、技能さえも、生前から受け継いではいないが――それでも転生した天使の姿は、その人が『人類』のために魂を捧げた証である。

 ゆえに全ての天使兵は識別票(ドッグタグ)を持つ。いつか戦場に散ったとき、あの人の天使は最後まで立派に戦いましたと、遺族や友人、あるいは愛した人のもとへ帰されるために。

 当代を生きる法国人にとって、それは一つの誉れであった。

 

 ほどなくして識別票(ドッグタグ)は見つかった。

 銀色の金属板に、人としての生年と、没年――天使への転生を果たした日が刻まれている。生きた兵士のタグとは様式が異なる、小さな墓標めいた白銀の碑。

 生没年の下には、生前の名が彫られている。ジャンはその人の名を見た。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

 ジャンのただならぬ様子を訝しんで、中隊長が歩み寄ってくる。

 壮年の男である。歴戦の兵だけが持つ、硬質な武の気配。あと十年若ければ聖典入りを断らなかっただろう、と隊内で噂されていたのも頷ける。

 中隊長はジャンの手の中の識別票(ドッグタグ)を見て、事情を察したようだった。

 

「……身内か」

「祖父……だった、ようです。…………はは、こんな偶然、あるんですね……」

 

 乾いた笑いを無理矢理に絞り出すジャン。そんな彼の肩に手を置き、中隊長はかぶりを振る。

「偶然じゃあるまい。上層部はたまにこういう采配をする。気を利かせたつもりか……生身の兵士と、天使になった身内を同じ部隊に配属して、共に戦えるようにするんだ」

 

「気を利かせた、って。私は今の今まで、祖父の天使が同じ隊にいたことを知りませんでしたよ」

「これは本人にも、上官にも通知されないものだ。それで士気が上がるならいいが、逆に下がってしまうこともあるからな。あくまで(げん)担ぎの類と捉えておくのがいい。

 貴官はどう思う? 知らせてほしかったか?」

「いえ、私は……」

 

 同じ隊に、祖父の天使がいると知っていたら――

 ジャンはきっと、それが気になって任務に集中できなかったことだろう。先ほどのように、目の前で天使が破壊されてしまえば、動揺して反撃どころではなかったに違いない。

 知らなくてよかったのだ。……幸運だったと、思わなければ。

 

 天使兵は生前の人格を残さない。記憶も、感情も、なにひとつ。

 だから、祖父の天使がジャンを特別扱いしていたということは、無いはずだ。

 

 ひとり敵中へ突出する危ういジャンを、甲斐甲斐しく護衛し続けたのも。

 鱗の悪魔が振るう致命の一撃から、身を挺してジャンを守ったのも。

 ただ天使としてそうあれと生まれたから、そうしたに過ぎない……はずだ。

 

 それでも。

 かつて幼い心に英雄と慕った、祖父だったものが。

 いま、死を超えて孫の命を繋ぎ……祖父の技で勝つための一瞬を稼いで、果てた。

 そこに因果を見出してしまうのは、若きジャン・アロンのつまらぬ感傷であろうか。

 

 このときになって思い出す。祖父が天使兵になった日、最後の会話。

 いかないで、と泣いたジャン少年に、古兵(ふるつわもの)アンリは何と言い遺したのだったか。

 

 ――戦うしか能がなかったのに、もう戦えん俺が、この歳まで平穏無事に暮らせた。

   ありがたいことだ。神様と、国のおかげだ。

   まだまだ恩返しがしたい。お前たちの生きる未来を守る、盾の一枚になりたい――

 

 ああ、たとえこれが偶然でも、感傷に過ぎぬとしても。

 祖父はやはり英雄だった。

 言葉の通り、孫を守り抜いたのだ。一枚の盾のごとく。

 

 役目を終えた天使が光となって、空へ還ってゆく。

 

「……じいちゃん」

 

 いかないで、と泣き喚いたあの日の少年はいない。

 代わりに、ありがとう、と伝えられないことが悲しくて。

 大人になったジャンは、堪えられない嗚咽を噛み殺して、ひとり静かに泣いた。

 

 

 

 この日、法国より派遣された〝残穢〟討伐隊は、隊員から一人の犠牲者も出すことなく、魔群の殲滅を成し遂げる。

 その陰に、率先して損害を引き受け、兵と民を護るために散っていった天使たちの活躍があることは、論を俟たない。

 

 神の御名のもと、地上の生を超えて祖国と『人類』に奉仕すべく、天使へ生まれ変わった者たち。

 彼らを指して総称するとき、法国人は格別の敬意を込めて、『聖谺隊(エコーズ)』の名を用いる。

 

 人の子の生に限りはあれど、人の世にはどうか末永く、平穏あれかしと――

 

 それは、歌い手が死してなお地上に響き続ける、『人類』讃頌の祈りである。

 











[memo]
※長いうえ余韻めいたものを台無しにするので、例によって読まなくても問題ございません。

■エスティーゼ統一王国
・アゼルリシア山脈周辺を支配する人間種の大国。
・〝正史〟においては百数十年後、魔神戦争の余波で崩壊・分裂している。

■『鱗の悪魔』:
・原作でおなじみ鱗の悪魔(スケイル・デーモン)くん。推定三十レベル前後。中ボスとしてほどよい強さ。
・本当はもっといろいろ特殊能力を持っていた(恐怖のオーラとか)が、法国の討伐隊が完璧にメタ張ってきていたので通用しなかった。合掌。

■信仰系術者が〈魔法の矢(マジック・アロー)〉を使っている件:
・元ネタの〈マジック・ミサイル〉は秘術系呪文なので、たぶんオバロでも〈魔法の矢(マジック・アロー)〉は魔力系である、と思われる。
 じゃあなんで今回の司祭(クレリック)しかいない魔法部隊にこれを撃てる奴がいるんだ、という超どうでもいい話。

・可能性その1:魔力系術者とのマルチクラスで組んでる奴がいる
 →威力不足を加味しても〈魔法の矢(マジック・アロー)〉は超便利な攻撃魔法なので、そのためだけに魔力系クラスを組み込むというビルドは(現地人なら)無いこともない……かも。贅沢なレベルの使い方ではあるが。
  あるいはD&D3.5eでいうミスティック・シーアージのような、二系統の術者レベルが伸びる上級クラスを持っている可能性も微粒子レベルで存在する。

・可能性その2:領域呪文(ドメインスペル)として〈魔法の矢(マジック・アロー)〉を覚えている
 →ユグドラシルにおける信仰系術者はだいたい信仰対象の神格を選択し、選んだ神格に応じて一定数のボーナス呪文を修得することができる。
  これらは対象神格の司る領域(ドメイン)(属性だったり概念だったり、要は権能の及ぶとされる範囲。複数ある場合は一つを選択)に関連するものであり、ゆえに領域呪文(ドメインスペル)という。
  領域呪文リストにあれば他系統(魔力系など)からも選択できるので、信仰系術者だからといって信仰系魔法しか使えないと思っているとPVP等で痛い目を見る。信仰系が優遇されすぎと言われた一因だが、これが無ければ無いで攻撃手段が少なすぎるという面も。とはいえ強いビルドはコンセプトに噛み合う神格および領域を厳選しており、本当に強い。
  なおシャルティアが神祖アベルカインを信仰している……というのは単なるペロロンチーノの趣味とかではなく、有用な職業スキルおよび領域呪文を修得できるため、実際にシステム上も選択神格に設定している。拝む神も実益優先で選ぶのがユグドラシル流。

■〈魔法の石弾(バレットストーン)〉:
・第一位階。接触。一個以上の小石が対象。信仰系・変成術。
・この魔法をかけられた石は一時的に魔法武器化し、僅かな威力増加と共に、非魔法武器への耐性を貫通するようになる。
・石を強化するだけであり、飛ばす効果はない。つまり本編でこれを使用した術者は「喰らえッ!」のあたりで魔化した石を自力射出している。おそらくスリングショット使用。

■〈針勁〉:
・モンク系特殊技術(スキル)〈発勁〉に想を得て、全盛期のアンリ翁が開発したヤバめの武技。
 継承者のジャンくんはこの技のシステム的な怖さ(ユグドラシル的な意味で)を半分も理解していない。
・本編で見せた異様な威力は某ブレイン氏のラストアタックに匹敵する「人生に一度しか放ち得ない奇跡の一撃」であり、これを完璧なタイミングで引き当てた結果クリティカルヒットも乗ってとんでもないダメージを叩き出した。

■『聖谺隊(エコーズ)』:
・光の神殿が開発した秘儀により、義人の魂を転生させて生み出す天使兵たち。
 ……というのは、カバーストーリーである。
・実際は儀式要員の中に紛れ込んだNPC・サティアのスキル〈下位天使創造〉および〈中位天使創造〉で作り出されている。全個体がモンスターレベル+10相当の強化を得ており、本来のスペックとはまるで別物。
・同意する善カルマの生物を素体とすることで、天使は現世に定着する。
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