OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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[caution]
『八王記』シリーズは閑話として本編の間に挟んでいく予定です。
原作では語られていない八欲王の人間的・プレイヤー的側面に深く踏み込むので、自分の中のイメージを崩したくない方は、読まずに飛ばしても構いません。









▼断章:八王記(1) ██年後の君へ

 来ていなければいい、とは思うけれど。

 

 もしもお前がこの世界に来ていて、僕たちの失敗について知る機会があったなら。

 泣いてくれなくていい。馬鹿だったんだと笑ってくれていい。

 けれど、どうか、同じ過ちだけは繰り返さないでほしい。切にそう、願う。

 

 どんな力があろうと、どんな姿になろうと、僕たちは神様じゃない。

 ただの人だ。

 それを忘れたから、誰もが間違い続けて、〝八欲王〟は生まれた。

 

 繰り返すな。忘れるな。

 

 お前は人で、ここはゲームじゃない。

 

――宛名のない手紙

 

 

 

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

 

 グラスを打ち合わせる音が、夜空に響いた。

 

「わ、バフの上昇率すっご。いいお酒だね~!」

「最後ですからね、最高級品のボトルを引っ張り出してきました。まだまだ山積みに溜め込んでるんで、飲み切るのはちょっと無理そうですが」

 

 DMMO-RPG『YGGDRASIL(ユグドラシル)』、最後の夜である。

 世界樹の空に描画された星々は、遠く上がる花火の乱打に圧されて霞んでいる。

 ひどく明るく、騒がしく、どこか物悲しい。そんな、仮想の夜だった。

 

「ま、良い酒といっても……味も香りも感じないし、酔えませんけどねぇ」

「いいんだよこういうのはノリでよぉ! バフで我慢しとけ!」

 

 夜空に浮かぶ白亜の巨城。その上層にある一角、中空へ突き出した展望台(デッキ)で、酒や料理を囲って歓談するのは八人の男女。

 いずれも、このゲームで少なくとも一つの分野を究めた、最上位の〝廃人〟と呼ばれる類のプレイヤーである。

 

 彼らは既にそれぞれが、それぞれのやり方でユグドラシルを遊び尽くした。

 ゆえにこの時、他の大勢のプレイヤーがそうしているように、PVP納めやアイテムの在庫処分や花火大会に参加したりはしない。

 豪勢ながらも落ち着いた、ごく普通の打ち上げを行うように。思い出話を肴にしながら。

 敢えてここで、こうして最後の瞬間を待っている。

 

「そうそう、雰囲気が大事なのですよ。演出用の小道具と思えば乙なものでしょう」

現実(リアル)じゃここまでの料理もドリンクも、到底揃えられませんからねー。カイ君の大盤振る舞いに感謝です」

 

 むろんユグドラシルも電脳法に準拠した()()()ゲームであるから、テーブルに並べられた飲食物には味も匂いもない。これらはただそういう形をした消費アイテムに過ぎず、()()は満腹度の回復と、品質(グレード)に応じた支援(バフ)効果がある程度。

 それでも――プレイヤーの一人が言った通り、宴の雰囲気を演出する小道具としては充分な仕事をしていた。

 

 頭上に光輪を浮かべた幼い少年が、ぴこりとお辞儀の感情アイコンを打って応える。

「お酒はともかく、料理に関しては僕ひとりの手柄じゃありませんよ。ギルドの倉庫から提供したのは素材だけで、ここまで見栄えのいいものになったのは、ラーメンさんのスキルありきですから」

 

「いやはや、お恥ずかしい。ビルドがいったん完成しちゃってからは、もっぱら食料アイテムの外装データばっかり溜め込んでたものでして……。

 でも最後にお披露目できたのは、なんというか感無量ですねえ。それも、こんな豪華メンバーに!」

 

 ラーメンと呼ばれた小太りの男は、白のコックコートに高いコック帽、腰にはエプロンといった出で立ち。この宴席の絢爛たる料理群を仕上げた、見てくれ通りの料理人(コック)である。

 彼は一座の面々を見回し、ひとりひとり感慨深げにその名を呼んでいく。

 

「ユグドラシル史上最速の戦士、エルフ萌えのヨシツネさんに――」

「おう、オレのこと呼んだか! エルフは……いいぞ!」

 左右で違う色の瞳を持った、白髪の森妖精(エルフ)が拳を突き上げて応じる。

 

「ユグドラシル史上最多の個人資産保有者、だいたい何でも持ってる王生(イクルミ)さん――」

「何でもは言いすぎでしょう。まだまだ集めたかったですねェ~、ワールドアイテムとか」

 きらめく宝飾品でその身を飾り立てた、豪奢な金髪の貴公子がグラスを掲げる。

 

 本物の酒を飲んだわけでもないのに、有名プレイヤーたちの名を呼ぶ料理人(ラーメン)の声には、次第に酔ったような熱が入り始めた。

 

「ユグドラシル史上最高課金額を更新し続けた、〝課金拳〟のオッス・オラ=ゴークゥさん――」

 筋肉質な肉体に武術家めいた道着を纏う、蓬髪の男が笑顔のアイコンを宙に投じる。

「わははは! 結局おれの秒間課金額を抜かす奴は出てこなかったなぁ!」

「そう何人も出てきてたまるか! 毎秒五千円溶かせるようなイカレ野郎が!」

 

 自慢とも自虐とも聞こえる武術家(オッス)の発言に、憎まれ口のような合いの手を挟んだのは、重厚な漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包む三メートル近い大男。

 料理人(ラーメン)はこの割り込みに応え、そちらに水を向ける。

 

「――ユグドラシル史上最大の個人領土を所有した、〝王国建設者(キングダムメーカー)〟セントエルモさん」

「懐かしい称号だァ……()()()を仕掛けてくる奴もいなくなってからは、ほとんど不動産管理ゲーになっちまったけどなァ!

 俺の領地内だけでもエロ解禁にしてほしかったぜ、ったく……」

 

 最終日だというのに、運営への際どい愚痴をこぼす鎧の巨漢(セントエルモ)料理人(ラーメン)は苦笑のアイコンで受け流し、視線をその隣へ。

「それに、ユグドラシル史上最高ダメージ記録保持者でありながら、本職は音楽家のカザマさん――」

 灰色の髪をした、どこか陰のある目つきの男が、流れに乗じて猫背ぎみに一礼。しゃがれた声でおどけてみせる。

「どうもどうも。MPの多さだけが取り柄のカザマです」

 

「嘘つけお前!」

「何だあの火力! ふざけんな!」

「ズルいよねえカザマさんのアレ……絶対、他の誰にも真似できないもん」

 

 武術家(オッス)鎧の巨漢(セントエルモ)が野次を飛ばし、撫子色(ピンク)の髪を二つ結びにした少女が便乗する。音楽家(カザマ)はシニカルな笑みのアイコンを浮かべ、黙って肩をすくめた。

 料理人(ラーメン)は撫子髪の少女に向けて手を打ち合わせる。

 

「個人的には、あなたが来ると聞いて一番驚いたんですよ、ミサキさん。こんな機会でもなければ、探しに行ったって会えない人でしたからね。

 なんたってユグドラシル史上、最多――」

 

「ああ~~ストップストップ! あたしのはいいから! この面子と並べられんの、場違い過ぎっしょ!

 それよりホラ、ラーメンさん自分のこと棚に上げてるけどさあ! 確か、飲食系アイテムのレシピ開発数トップでしょ? すごくない?」

 

 自分の〝功績〟に触れられたくないらしい少女(ミサキ)から、空のグラスをマイクめいて向けられ、料理人(ラーメン)はまた苦笑のアイコンを出しながら頭を掻く。

「道楽ですよぉ……リアルじゃできない妄想料理を、ファンタジー食材で再現してやろうっていう。そんな遊び方ができるゲーム、ユグドラシル以外に知りませんけどね。

 というわけで、不肖この場の料理盛り付けを担当させていただきました。料理人(コック)ひとすじ一〇〇レベル! 戦闘はからっきしの、アーメン†ラーメンでございます」

 

「よっ、職人芸!」「一芸特化はユグドラシルの華!」「ゲテモノビルドじゃねーか!」

 ぱちぱちぱち。拍手混じりに、囃し声と野次がまた飛ぶ。

 

 場が落ち着くまで待って、料理人(ラーメン)は最後の一人を厳かに指し示した。

「そしてもちろん……わたしたちをこのギルド拠点に招いてくださった、本日の主催者(ホスト)

 ユグドラシル公式PVP戦績ランキング、累計第二位。最強プレイヤー議論の常連筆頭候補。

 皆さんご存知、〝リアルワールドチャンピオン〟こと――Χ(カイ)さん!」

 

 光輪を戴く少年が、ふわりと立ち上がった。

「えーと……もうとっくに身バレしちゃってるんで、飛鳥井(あすかい)でもいいんですけど……」

「リアルの話やだー! カイくん今日は最後までショタ天使のままでいようよー!」

 

 疲れた顔のアイコンを連打する少女(ミサキ)に、少年――カイは動かぬ表情の下、声を出して笑った。

「そうですね。最後ですし……せっかくですから、ユグドラシルでの自分を振り返る意味も込めて。

 ご紹介に与りました、ギルド『セラフィム』の二代目ギルドマスター、Χ(カイ)です。今日はお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございました」

 

 貴人のごとく、優雅に一礼する少年。頭の動きを追う光輪が、空中に輝く軌跡を残す。

「僕たちが遊び倒したユグドラシルの世界にいられる時間も、いよいよ残り僅かです。

 このゲームの思い出、設定やシステムの謎、今だから言えるぶっちゃけ話、などなど……サーバーダウンの瞬間まで、楽しく語り明かしましょう!」

「いえーい!」

 

 少女(ミサキ)が調子よく合いの手を入れ、仮想の宴会は和やかに再開される。

 

「そういえばカイさん、いくらゲーム全体が過疎ったとはいえ、『セラフィム』もいっときギルドランク一位だったほどの大手でしょう? 部外者のわたしたちと、拠点を貸し切りのような形にしてしまって、大丈夫なんですか?」

 

「べつに貸し切ってるわけじゃありませんよ。まだ残っていたギルメンはもっと早い時間にここへ来て、今は他所へ行っているだけです。締めPVPとか、花火大会とかでしょうね。僕たちみたいに、他所のギルド拠点で打ち上げに参加してるかも。

 本当はもう一人、引退した前ギルドマスターが臨時アカウントで戻ってくることになっていたんですが……急遽、彼女さんとのデートが入ってしまったとかで。時間があれば来るとは言っていましたが、まあ間に合わないでしょう」

 

「あはは。そりゃ、リアル事情を優先するのは仕方ないよね~」

 

「デートよりこっちを優先するようなら、それこそ僕が蹴り返していますよ……。

 それに、いまの皆さんは部外者でもありません――拠点へ入る前に、()()()()()の申請を承認してもらったでしょう?」

 

 カイの視界に映る七人は、みな頭上に輪と翼の意匠からなるギルドエンブレムを浮かべている。

 ギルドマスターの特権で、乱戦時などの味方識別用に可視化できる所属アイコンだ。その表示は即ち、この場の全員が『セラフィム』のギルドメンバーとしてシステムに認められていることを意味する。

 

「おかげで安全にここまで入ってこられたけどよぉ……でも良かったのか? 『セラフィム』は確か、天使系種族しか参加を認めてない異形種ギルドだったはずだろ」

 双眸異色(オッドアイ)のエルフ、ヨシツネが背後にそびえる巨城を振り返って言う。

 カイはその逆側、ひっきりなしに空を照らす花火の束を示した。

 

「いいんですよ。ここ一週間は運営からしてお祭りムード、ユグドラシル全体がカーテンコールに入ってるようなものです。いまさらギルドの規則がどうこうなんて言う人もいませんし、友人を呼びたいということで、連絡がつくギルメンには了承も得ています。

 むしろ、これほどのオールスターメンバーが集まると知っていたら、みんな記念に同席したがったんじゃないかな」

 

「わはは、違いない! 全盛期の『セラフィム』にこの面子が参加してたら、さぞ見ものだったろうにな」

 武術家(オッス)が笑い、音楽家(カザマ)が枯れた声で物騒なコメントを付け加える。

「とんだドリームチームですねぇ……()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

 

 それからも、歓談は続き……

 修羅の国、ユグドラ動物園、殺伐PK蠱毒――そんな綽名で畏れられたゲームのトッププレイヤーたちが集まった場としては、拍子抜けするほど平穏な時間が流れた。

 

 あるプレイヤーは、主に悪名で知られた某ギルドをこき下ろして笑い飛ばし。

 

 またあるプレイヤーは、この場に持ち込んだ自作アイテムの性能と外装を自慢し。

 

 一人のプレイヤーが、かつて全サーバーのPVP環境を激震させたバランス崩壊職業(クラス)の話をすれば。

 

 当時を知る別の一人が、そのクラスの弱体化調整に運営が手間取った理由について、メーカーの社内政治が絡む生々しい裏事情を暴露する。

 

 あんなことがあった。こんなプレイヤーがいた。

 こういうマップもあった。あのボスの倒し方はどうだった。ボスより強い雑魚がいた。効率的な切り抜け方はどんなふうにした。

 メジャーバージョンいくつのアップデートは良かった。このクエストのシナリオが好きだった。推しの公式キャラは。プレイヤー参加のNPC外装コンテストでは誰が優勝したのだったか。

 

 あいつは強かった。あれはどういうビルドだったのか。今なら勝てるか。

 あのギルド拠点の作り込みが凄かった。いやいやあっちも負けてない。あそこはどうだ。うちだって結構なものだった。

 ワールドエネミー、何体倒した。ドロップアイテムは全部出したか。そういえばボス化したプレイヤーなんてのも。あれは酷かった。

 

 八人が八人、ユグドラシルの話ならいくらでも語れてしまう、いわば()()()の集会である。話題はいつまでも尽きなかった。

 

 その輪に加わりながら……Χ(カイ)こと飛鳥井(あすかい) 爾人(あきと)は、自分の中でこのゲームが意外なほど大きな存在だったのだな、と密かに驚いている。

 

 

 

 飛鳥井(あすかい) 爾人(あきと)はプロゲーマーである。

 得意分野は格闘、一人称視点シューティング(FPS)リアルタイムストラテジー(RTS)など。しかしそれ以外でも、およそ苦手なジャンルというものがない。

 大抵どんなゲームでも、腰を入れて練習すればわずかな期間でその道のトッププレイヤーに追いついてしまうほどの、懸絶した異才の持ち主だった。

 

 操作感もジャンルもまるで異なる複数のゲームの大会に出場、立て続けに好成績を残し、すべてのゲームの神に愛された男などと呼ばれもした。その知名度は、およそゲーマーを名乗る限り飛鳥井の名を知らぬ者はいない、とまで言われたほど。

 

 当然、爾人はプロの()()として何本ものゲームを研究し、攻略してきた。

 そんな彼が、()()()()()プライベートで最も長く遊んだタイトルこそ、他でもないこのユグドラシルだった。

 

 なぜ敢えてこのゲームを選んだのかは、爾人自身よく解らない。

 自由度に惹かれたという面は確かにあるが、治安の悪さに辟易することも多かったはずなのに。気付けば他のどんな名作より、深くやり込んでいたような気がする。

 

 プレイヤー・Χ(カイ)がワールドチャンピオンの職業(クラス)就任権を獲得した公式武術大会で、立ち回りの特徴などから「飛鳥井じゃねーか!」「動きがどう見ても飛鳥井」と特定され、〝強すぎて身バレした男〟やら〝リアルワールドチャンピオン〟やらの非公式称号まで付いてきたのは伝説的な笑い話だ。

 

 前々から疑惑を掛けられていたこともあり、爾人もそれ以降は開き直って、殊更には正体を隠さなくなった。むしろファンの期待に応え、しばしばサービス精神溢れる魅せプレイを披露していたくらいであるから、当人が率先して笑い話にしていた方といえる。

 

 

 

「だからよォ、本人(ギルマス)がいるとこで言うのもナンだけど、最後だし言わせてもらうとな?

 全盛期の『セラフィム』があそこまで圧倒的だったのは、ぶっちゃけ『上位種族転生リビルド』のテクをフルに活かせるギルドコンセプトと、拠点立地あってのモンだろ? 別にカイ一人のPS(プレイヤースキル)が全部を支えてたわけじゃねえんだって」

 

「そりゃもちろんそうですけど、PS以上にネームバリューは侮れなかったと思いますよ~。

 世界チャンプと野良試合できるゲームなんてそうそう無いですし、実際カイさんと()るためにユーザー登録したプロの人も、何人かいるんでしょ」

 

「へ~そうなんだ~。カイくん覚えてる?」

 撫子髪の少女(ミサキ)に問いかけられ、爾人(カイ)は意識の半分を物思いから引き戻した。

 

「えっ? ああ……そうですね……『MVN』シリーズの世界大会で、毎回だいたい三位以内にいるダスティンってプレイヤー、知ってます?

 あの人、日本語全然わからないのにわざわざこっちのサーバーでユグドラシル始めて、うちの拠点の真ん前で『タノモー! タノモオオオオォゥ!!』ってすごい声出してたんですよね……」

 

「いつの時代の道場破りだよ!?」

「その人見たことあるかも……ただの変態じゃなかったんだね……」

「え、ていうかそのダスティンってやつ、デカい扇使う女のアバターだろ? PVP戦績ランキングの勝率順だと、たっちのすぐ下ぐらいに来てたぞ」

「たっち? ……ああ、〝たっち・みー〟か。アルフヘイムのワールドチャンピオンだっけ?」

「いたね~~そんな人も! 元気かな?」

 

 ユグドラシルの歴史に名を刻んだ有名プレイヤーたちと、思い出話に興じながら。

 爾人は自分がこのゲームを最後まで続けた理由について、自然とシンプルな答えを見つけていた。

 

 ――ああ……そうか。僕は、楽しかったんだ……。

 

 幼少期から受けた〝英才教育〟のせいか。あるいは、成人を待たずeスポーツ業界で活躍するようになり、コンピュータ・ゲーム全般を職業的観点で評価する癖がついていたせいか。いずれにせよ爾人にとって、ゲームとは〝遊ぶ〟ものではなかった。

 

 未知を探求し、アイテムドロップに一喜一憂し、数多のプレイヤーたちと技術や戦略を競い合い、ときに協力し、友となる――そんなユグドラシルの醍醐味を、純粋に楽しむという当たり前の体験こそが、爾人には何より新鮮だったのだ。

 

 それも今日で終わる。

 悔いはない。寂しさはあれど、とっくに過疎化して時代に取り残されていたゲームだ。同じギルドのメンバーも疎らにしかログインしなくなっていたし、拠点が今日まで残っていたのも、全盛期に積み上げた莫大なギルド資産で自動的に維持されていたからに過ぎない。

 

 だからこれは、考え得る限り最良の終わり方と言えるだろう。

 ここに集った八人は、本来それぞれ所属したギルドも、主な活動領域としたワールドも異なるプレイヤーばかり。PVPやGVGの場で敵として殺し合った相手や、必ずしも仲が良かったとは言えない者、プライベートでは付き合いたくないタイプもいる。

 

 しかし、同じゲームを極限まで楽しんだという意味では……みな()()であり、()()だった。

 ユグドラシルという時代の終わりを共有する一党(パーティ)なら、これほど相応しいメンバーもいない。

 

 

「おや、もうこんな時間ですかァ?」

「話し込んでたら、あっという間にタイムリミットが来てしまいましたねぇ」

 

 夜空に巨大なデジタル時計が浮かび、サービス終了までのカウントダウンを刻み始める。

 この場の誰もが、ユグドラシルを徹夜で遊んだ経験くらいはあるプレイヤーだろう。しかし今日に限っては、二十四時以降はない。

 これが本当に、最後なのだ。

 

 23:55:23、24、25……

 

「はァー……終わりか。いろんな意味で、とんでもないゲームだったぜ」

「時間足りなーい! もっと語りたーい!」

「わたしは最後に皆さんとたっぷり話せて、ひとまず満足ですよ」

「おれもバフで腹いっぱいだぜ。飯はこのあとリアルで食うけどな! ガハハ!」

「ん~、名残惜しいけど、まぁオレも明日ふつーに仕事あるしな。丁度いいか」

 

 23:57:10、11、12……

 

「記念に撮った画像と動画のデータは、あとで皆さんのアドレスに転送しておきますので」

「やった~! 拠点の内装とかNPCとか、凝り具合すごかったもんね。消えちゃうの勿体ないよ、せめて写真ぐらいは残さないと」

「勿体ない、そう、まったくその通り! ワタシもね、蒐集したアイテムの一つでもリアルに持ち出せたら……なんて思ってしまいますよォ」

「おめーは絶対ヤバいもん持っていくだろ、ワールドアイテムとか」

「いえいえ! 便利なマジックアイテムや、値打物ですらなくていいのです。

 ただ……造形にまでこだわって自作したアイテムも、サーバーが止まれば夢のように消えてしまう。そういう電子データの儚さが、虚無的というか、物悲しいと言いますか」

「あ、それはわたしも解る気がしますね。一度でいいから、ユグドラシルで作った料理を現実で食べてみたかった……!」

 

 23:59:05、06、07……

 

「最後は……どうします? 一本締めとか、やりますか?」

「マジで普通に宴会じゃねえか! いいけどよぉ」

「そういえば、一本締めって本来は手を十回打つらしいですね。わたしの働いてる業界だと一回しか打たないんですけど」

「えっ、そうなの!? あたしも一回のやつしか知らない!」

「おれンとこも一回だな……」

「ワタシの地元だと、一回の方は『一丁締め』といって、別物扱いでしたが」

「はいはい! そういう雑談はまたの機会でもできますから!

 時間もないですし、一回の方で締めましょう。いきますよ――お手を拝借!」

「いよーおッ!」

 

 ぱん、と八人が音を合わせた柏手ひとつ。

 それに続くバラバラの拍手を聞きながら、爾人は終わりゆくゲームとは関係のない感慨に打たれている。

 

 この場に集った人たち、それぞれに生まれた土地があり、家族があり、働く職場がある。生きてきた人生がある。

 ゲームのキャラクターではない。プレイヤーというのも一側面に過ぎない。

 彼らは人だ。ひとりひとりが、自分と同じに。

 

 ひとつの幻想世界が終わるこの瞬間、なぜか爾人の心に強く残ったのは、自分たちの人生(リアル)はまだ続いていくのだ――という、ひどく当たり前の人間的実感だった。

 当たり前で、何の変哲もなく、同時に――

 どこか希望のようでもあるそれを、()()()()()()()()()()、という気がした。

 

 ――23:59:52

 

「お疲れ様でした~!」

「楽しかった! やり切ったぞー!」

「ありがとう、ユグドラシル!」

「最高のクソゲーだったぜ!」

「皆さんも、またどこかで!」

 

 ――23:59:59

 

 爾人は目を閉じ、最も思い入れた己の分身の一つ、Χ(カイ)に別れを告げる。

 

 また、どこかで。もう一度、出会えるだろうか。

 これほど楽しく、遊べるゲームに。

 

 

 0:00:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そよ、と。

 清涼な香りの、風が吹く。

 

「……えっ?」

 

 目を開ける。

 展望台から見える城外の景色が、一変していた。

 

 花火やカウントダウンタイマーが煌々と照らしていた、アースガルズの夜ではない。

 空が明るい。朝だった。地平の彼方、黒く影になった山の稜線から、昇りゆく陽が覗いている。

 その光に照らされ、城のすぐ下まで広がる周囲の土地は、広大な砂漠地帯。

 ユグドラシルに存在したどの砂漠マップとも似ていない。明らかに……広すぎる。

 

「うわ、すごい景色。でも()()の外ってこんなだったかな」

「いやいや、アースガルズにこんな地形ないでしょ」

「運営が何かの手違いで、サーバーダウンの処理に失敗したんじゃないですか? それで風景の描画が変になっちゃってるとか」

「コンソールが開かねぇ、強制ログアウトも出来ねぇ。ひでーなこれ。謝罪会見だわ」

 

 今しがた別れを告げたはずの七人も、変わらずそこにいる。

 小太りの料理人(アーメン†ラーメン)虹彩異色の森妖精(ヨシツネ)豪奢な金髪の貴公子(イクルミ)道着姿の武術家(オッス・オラ=ゴークゥ)黒い鎧の大男(セントエルモ)猫背の音楽家(カザマ)撫子髪の少女(ミサキ)

 各々が、困惑や驚き、呆れの表情をその顔に浮かべている。

 

 少年(カイ)の脳裏をよぎる、違和感。

 …………()()

 

「ただのバグにしちゃあ、ずいぶん綺麗な景色が出たもんだ……おい、待て、なんか()()()()してないか?」

「この、テーブルの料理じゃないですか? ……え、何だこれ? いきなり、嗅覚が」

 すん、と皿に鼻を寄せて、料理人(ラーメン)が放心の声を洩らした。

 

「……ありえない。なんでだ。わたしが……()()()()()()()()()()()()()()匂いが、する」

「嗅覚の、再現って……電脳法で、禁止、されてたよな?」

「ねーねーすっごい美味しそうな匂いなんだけど、食べていい? ていうか食べちゃうね。いただきまーす!」

「あ、ちょ、待ッ」

 

 料理人(ラーメン)やカイが止める間もなく、ひょいぱく、と。

 少女(ミサキ)が海老のようなものを皿から取り、口に放り込んだ。

 数秒、味わうように咀嚼して――硬直。

「みッ、ミサキさん! ちょっと大丈夫ですか!? すぐ吐き出してください――この異常事態にノータイムで口にモノ入れるとか、なに考えて」

 

「うっっまーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 混乱、驚き、感激、歓喜――いくつもの表情が混ざり合って混沌とした顔のまま、少女が叫んだ。

 

「うっ、うま、おっ、ちょっ駄目これ、おいしすぎて頭おかしくなる、あっうっうま、うままま」

「食っとる場合かーーーッ! ……しかし、本当に美味そうだな」

「何の不具合か知らねえけどよォ。どーせすぐ強制ログアウトされんだろ。……オレも食ってみていいか?」

「やめてくださいよぉ! ()()()()()()安全が確認できてないものを食べるのはぁ! どうしても食べたいなら、もう一度ちゃんと衛生的に問題なさそうなメニュー作り直しますからぁ!」

 

 ばくばくと料理を頬張りながら発狂するミサキ。続いて料理に手を付けようとするセントエルモやヨシツネ。料理人としての矜持と衛生観念にかけて、彼らを必死に押し留めようとするアーメン†ラーメン。

 彼らの演ずる喜劇めいた一幕を眺めて大笑いするオッスと、ニヒルに微笑するカザマ。食卓の騒動に目もくれず、城の外の風景に心奪われている王生(イクルミ)

 

 壮大な美景を背にして、いっけん愉快だが、どう考えても冗談では済まない事態が起きている。

 自身も少なからず混乱しながら、カイは前日、ある知り合いのプレイヤーからチャットで伝えられた〝忠告〟を思い出していた。

 

 

 ――何がどう影響するか分からんから、最低限のことだけ伝える。

   最終日、もし()()()()()()()()()()()()()

   それから先に起こることが、どんなに現実離れしていようと……

   ()()()()()()()()()()()対応しろ。()()は多分、ゲームの続きじゃない。

   自棄を起こさず、遊ばず、調子に乗らず。

   冷静に、慎重に、よく考えて動くことを勧める――

 

 

 文面からは何のことか意味が解らず、真意を問う返信にも答えはなかった。

 しかし、いま直面している()()()()は、まさに……。

 

「カレルレン……まさか、()()を予期していたのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後の世の、語り部も定かならぬ伝説に曰く。

 

 その者たちの名は、八欲王。

 神の如き力ですべてを手に入れ、弄び、そして失った愚か者たち。

 

 人よ、彼らの轍を踏む(なか)れ。

 決して、彼らに憧れる勿れ。

 

 これは栄光と勝利の物語ではない。

 

 過ちと、後悔と、失墜の物語である。

 











[memo]

■ユグドラシル公式PVP戦績ランキング、累計第二位
・まったくの余談であるが、第一位のプレイヤーは滅多に目撃報告が挙がらず、
 「そもそも実在しない人物である」「運営が大人の事情で取り締まれないチーターである」「運営がイレギュラーを抹殺するために送り込んでくるAI操作キャラである」など様々な風説が流れていた。
・本作には登場しない。

■天上兵器都市 ヴァーラスキャールヴ
・ユグドラシル全盛期の総合ランキングトップに君臨したギルド『セラフィム』の拠点。
 神々が終末に備えて築いた、三つの空中要塞(三大天空城)の一つ。3000レベル級に限りなく近い高難度ダンジョン。元はアースガルズに存在していた。
・三大天空城の残り二つはそれぞれ『終末決戦要塞 グラズヘイム』と『神生守護宮殿 ヴィーンゴールヴ』であり、後者はサービス終了日以前に所有ギルドが解散したため通常ダンジョンに戻っている。
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