OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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下方大地、アンダーアース
▼地底からの呼び声


 闇小人(ダークドワーフ)は謎の多い種族である。

 アベリオン丘陵やカッツェ平野でときおり姿を見かけられることはあるが、地上に住む者はごく少数で、ほとんどは地下に暮らすのだと言われている。

 

 では彼らがどんな住居を築いているか、どんな文化を持つか……といった具体的な話になると、他種族はほとんど何も知らないに等しい。

 たいていの闇小人は近縁種の山小人(ドワーフ)と比べてもなお気難しく、口数が少なく、自種族のことについては特に多くを語らないからだ。

 

 ドワーフ同様、鍛冶工芸に長けるものの、生命を冒涜するような呪物の作成も、同じほどには得意だという。

 地上では名も知られていない、邪悪な神格を崇拝しているという噂もある。

 彼らの領域にうっかり迷い込んだ地上の住人は、捕えられ奴隷にされてしまうのだ、という恐ろしい伝承が知られている。

 

 それらがどの程度実態を捉えているのか、外からでは確かめる術もなく。

 総じて忌諱まじりの風説ばかりが人口に膾炙し、地上で暮らす人間などにとっては、どちらかと言えば関わり合いになりたくない種族が闇小人であった。

 

 そんな闇小人が、地上の種族に――それも、「人類の敵である亜人に武器を売り捌いている」として、たった数十年前まで闇小人を敵視していたスレイン法国に――()()()()()()()()ことから、一連の事件は始まる。

 

 

 

「悪魔の軍勢とな?」

 少女の姿をした従属神(NPC)、サティアが片眉を上げた。

 

「はい。数え切れぬほど多く、屈強な闇小人の戦士たちが太刀打ちできぬほど強い、悪魔(フィーンド)の大群であったとのことです。

 それが闇小人の地下都市に攻め寄せ、一日と経たずに陥落させてしまったのだとか」

「大ごとではないか」

 

 そこは法国の最奥。至聖所の隠し間にひっそりと設けられた、()()()のための小聖殿。

 サティアに闇小人の来訪を告げ、彼らに聴取した事情を報告するのは、六色の司教服を纏う初老の女性である。

 豊かな金髪は白く褪せ始め、知的で穏やかな顔つきにも、細かな皺が刻まれつつある。なれど背筋はしゃんと伸び、(まなこ)の注ぐ視線は力強く。華奢な身体からは、篤い信仰が活力となって絶えず放射されるかのよう。

 スレイン法国、最高神官長。リーマイヤ・ハルヴィ・アスハルドという。

 

 かつてサティアに暗殺の瀬戸際で救われ、一転して新たな神の使徒となった『光の聖女』は、爾来長く国政の中枢で民の意識改革に尽力してきた。

 神人ならざる身で初めて第五位階に到達した、最も偉大な信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一人。前任から光の神官長の職位を継いで以降は、志願者を天使へと転生させる秘儀の運営も司り、地上の天軍として諸国に知られる『聖谺隊(エコーズ)』の基礎を築いた。

 

 その功績と人柄、なにより従属神サティアが直々に見初めた代理人という立場。

 遡ること数年前、これらを重く評価した当時の神官長会議は、全会一致で次期最高神官長にリーマイヤを推した。

 秘せられし神、『見えざる時計職人(インヴィジブル・ウォッチメイカー)』の御機嫌取り――という政治的意図が、多分に含まれる決定であったことは疑いない。しかしそれを言えば、政治(まつりごと)こそは彼らの本分である。法国に二心なきことを示す英断として、むしろサティアは高く評価している。

 

「自然界に悪魔は湧かぬ。となれば、またぞろ〝八欲王の残穢〟かの」

「過去になく大規模ですが、だからこそ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が召喚したものとも考えにくいですね。ひょっとすると、永らく不明であった〝残穢〟の()()()を辿れるかもしれません」

 

 ふむ、と顎に手をやり考え込むサティア。人知を超えた頭脳が、数多の情報を思考の篩にかけ、ひとりでに組み上がるパズルの如く整理してゆく。

 周辺国の情勢。〝残穢〟の発生頻度と、分布の推移。これまでの調査で得られた手がかり。

 大陸中央での事例。〝璧晶(クリスタライン)〟や〝氷結(アイスエンズ)〟から得られた竜王(ドラゴンロード)たちの動向。

 今後百年、二百年を見据えた影響の予測。ギルドの運営状況。『人類』の発展――

 

「……闇小人を助けること自体は、既定路線としてよい。彼らもまた『人類』たり得る種族じゃ。

 が、都市を逐われた者たちを難民として地上で遇するのか、それとも奪われた地下都市へ攻め入って悪魔どもを駆逐するのか……そういった対処方針を定めるには、未だ状況への理解が足りぬな」

 

「では……調査隊を編成し、現状把握を第一目標としますか」

「うむ。中位以上の天使と、()()の動員も考えておくがよい。これまでの〝残穢〟の事例を鑑みるに、今回もかなり難度の高い敵を想定せねばならん」

 

 深い一礼で了承を示し、リーマイヤが小聖殿から出てゆく。

 その背を見送ってから、サティアは視線を床に落とした。地の底に蟠る闇を見透かそうとするように。

 

「あるじ殿……これも、()()()()()()()()にあった事象なのか?」

 

 

 

 

 敬愛する少女神のもとを辞したリーマイヤは、その足で別の秘匿施設へ向かった。

 何の変哲もない倉庫、に偽装された入口を経由し、入り組んだ通路を抜けて辿り着く開けた空間――法国最強の特殊部隊・漆黒聖典の専用訓練場である。

 

 六大神の時代に造営されたここは、英雄級の力を持つ隊員たちが実戦形式で打ち合おうとも、外部には物音一つ漏らさぬ魔法的防音構造に守られている。

 基本的に漆黒聖典は多忙であり、この訓練場の利用率もさほど高いものではない。しかしこの日は、二人の男が槍を手に向かい合っていた。

 

「やあッ!」

(あめ)ェ甘ェ。敵はお前の一挙手一投足を見てんだぞ、んな『これから槍でブッ刺します!』みてーな突きが当たると思うな!」

 

 顔立ちに幼さを残す少年が、一本にまとめた黒髪を靡かせ、壮年の武人に打ちかかる。

 武人は厳めしい顔立ちに似合わぬ軽薄な口調で応じながら、少年の槍を易々とあしらってゆく。

 見る人が見れば、少年の槍さばきは齢の若さに比して驚異的な練度であると看取できたであろう。一見遊んでいるような武人の方も、無駄なく洗練された動作のひとつひとつが、途方もない極みに達した戦士の技巧を雄弁に語る。

 

 親子ほど齢の離れた隊員同士による、槍術の指導風景……()()()()()()()()()。少年の方は才能を見込まれてこそいるものの、聖典入りはまだ数年先の話になるだろう。

 これが()()()()()による、単なる公的施設の私的濫用であると、リーマイヤは知っている。

 

「クロワザード教官……息子さんへの手ほどきなら、ご自宅でやってくださいとあれほど……」

「あァん? ……こいつは将来間違いなく()()()()する器だ。今からここで鍛えておきゃあ、それだけ早くモノになる。

 屋敷の庭で人目を気にしながら教えるよか、ダンゼン効率的ってやつだ。そうだなシメオン?」

「はい、父上!」

 

 父親に槍で足払いを掛けられ、盛大にすっ転びながらも、シメオンと呼ばれた少年はむしろ目を輝かせて訓練に食らいついてゆく。

 リーマイヤとしては母親に似てほしかったのだが、どうやらシメオンは父親似のようであった。父子双方に常識を期待できない以上、自分が言うしかないと覚悟を決める。

 幸い、この親馬鹿男――パトリック・ヒュウガ・クロワザードには誰もが知る弱点がある。

 

「教官……()()()()同じ説明をなさいますか?」

「よしシメオン、今日はもう終いだ。帰って遊んでメシ食って寝ろ!」

 

 かくして親子の秘密特訓は唐突に打ち切られる。

 あまりに鮮やかな転向。戸惑う息子を押し出すようにして訓練場の外へ送っていき、しばらくして教官は一人で戻ってきた。

 半笑いのリーマイヤに、唇をひん曲げて反抗心の健在を誇示するパトリック。

 

「カトリーヌをダシに使えば俺がなんでも言うことを聞く……とか思ってんじゃねェぞ、最高神官長様コラ。おォン?」

「なんでもは聞かずとも、道理を通してはくださるようになりましたね。これも奥様のおかげでしょうか」

 このような言い方をされると、パトリックは勢いを失う。それもリーマイヤの計算の内だ。

 

 いまの法国で風の神官長を務めるカトリーヌ女史は、漆黒聖典初代隊長にして神人の問題児筆頭であったパトリックの、第一夫人である。

 彼女は夫の人格矯正に多大な貢献を果たしたことで知られており、パトリック自身、妻のおかげでいくらか――これでも――マシな人間になった自覚があるという。そのためか、妻を褒められると簡単に気分を良くしてしまう。単純な男なのだ。

 

「で……用向きは」

闇小人(ダークドワーフ)の地下都市が、〝八欲王の残穢〟と思われる悪魔の大群に落とされたそうです。サティア様がこれの対処を命じ、調査隊の編成を裁可なさいました。聖典の動員も考慮に入れよと」

「ほォー。で、俺か」

 何かに感心するようなパトリックの頷き。地下で蠢動するという敵への興味か。あるいは、その対処を他の誰でもなくサティアが命じたことが面白いのか。

 

 パトリック・クロワザードは既に第一線を退き、第一席次としての装備も後任に譲り渡している。いまは聖典隊員の教官として、後進の育成に尽力する立場だ。ゆえにリーマイヤは、六色聖典も含めた調査隊の編成について、彼に相談しに来たのである。

 

 かつての法国なら、盟約違反を竜王(ドラゴンロード)に見咎められるリスクに配慮してなお、まだ戦える神人を前線から下げる余裕などなかった。

 パトリックがこうして後方で教官をやれているのは、正規軍が全体的な装備や戦術の質的向上を続けていることに加え、『聖谺隊(エコーズ)』の充足に伴う量的余裕を確保できたことが大きい。

 

「かなり高位の悪魔とも戦闘が予想されます。初手から切り札を投じるようで、いささか拙速かもしれませんが……地下への偵察に適した人選をお願いしたく」

「いや、いい、引き受ける。間違っちゃいねェよ。

 相手が人間なら、まずは風花や水明でもいい。亜人の国なら火滅か、陽光をぶつける手もある。だが〝残穢〟の、それも大群となると……低くねェ確率で、漆黒の出番が来る」

 

 戦歴を積んで研ぎ澄まされたパトリックの感覚には、リーマイヤも一定の信用を置いている。彼女は応じて頷き、この件に対する認識をより深刻なものへと改めた。

 それはそれとして……この状況を、どこか可笑しく思う自分もいる。

 

「……なに笑ってんだ?」

「いえ、失礼。初めて会ったときのことを思うと……人は、変わるものだと」

()()()()()ことなら謝らねェぞ。俺は俺の仕事を果たそうとしたまでだ」

 

 忘れもしない。この男とリーマイヤは、数十年前のある夜、光の神殿の図書室で敵として対峙していたのだ。

 一方は暗殺者。一方はその標的。殺し、殺されて終わるはずだった関係。

 それが今や、ともに従属神サティアの導きで人生を変えられた、ある種の同志として互いを認識している。数奇な巡り合わせである、と言えた。

 

「ときに、クロワザード教官……サティア様に手合わせを挑まれるのは、もうおやめになったのですか?」

「いつの話だそりゃァ。シメオンが生まれたあたりでとっくに見切りつけたわ」

「あら、そうでしたか?」

 

 リーマイヤの記憶の中のパトリックは、事あるごとに狂犬のごとくサティアに突っかかっては、羽ではたかれたり光弓で射られたりの()を受けていた印象が強い。

 いつからかそんな姿も見なくなり、てっきりよく出来た奥方が諫めてくれたものと思っていたが……

 

「アレを諦めたのにカトリーヌは関係ねェよ。単純に、()()()と思って折れただけだ。

 俺だって鍛えて、強くなってるつもりだった。強くなればなるほど差は縮まる。いつかは追いつける……そう、思ってたんだがな」

 

「従属神とはいえ、神様の一柱ですよ。いくら貴方が神人でも、手の届かない高みというものはあるでしょう」

 月並みな慰めを口にしてから、もしかすると自分は残酷なことを言ったかもしれない、とリーマイヤは不安になる。

 

 だがパトリックはかぶりを振る。傷ついた様子はない。

 ただ、在りし日の己が若さを笑う自嘲と、永遠に不可解なままの謎を訝しむ光だけが、瞳の中にあった。

 

「そうじゃねェーんだ。頂が高すぎて届かないとか、そういうのとは違う。

 なんつーかな……俺がどんなに技を磨いて、高みを目指しても……奴とは一戦交えるごとに、どんどん()()()()()()()()()()ような気がした。一生追いつけねえと解っちまったら、もう二度と奴の背中を追っては走れなかった」

 

 きっと、自分がその答えを知ることはないのだろうと。

 諦観にも似た屈託を滲ませた声で、かつて法国最強だった戦士が問う。

 

「なあ、最高神官長さんよ――()()はいったい何なんだ?

 今さら刃向かう気も起きねェけどよ。六大神ですら、()()()()()だったとは俺には思えねェ。

 あんたは何か、とんでもない化物に、国を……売り渡しちまったんじゃねェのか?」

 

 リーマイヤは、眼前の惑える男に必要な導きの言葉を探して、短く神に祈り――

 淡く微笑んで、少女神サティアに己が抱く敬慕の形を、そのまま口にする。

 

「そうですね……あの方は、〝みんなのお母さん〟なのだと、わたしは思いますよ。

 母というものは強く、どこまでも大きく、ときに厳しくて、恐ろしい。

 けれど子を愛し、慈しみ、守ろうとしてくださる。……もちろん、貴方のことも」

 

 信仰告白めいたその言辞を、どのように受け取ったのか。

 ふ、と鼻息一つ鳴らして、パトリックは踵を返す。

 

「母親ね……まァ、そりゃ強ェわけだ……」

 

 その声が、父親となった男の実感が籠る言葉のように聞こえて。

 ほんとうに、人は変わるものだ――と、聖女はかつての敵の背に暖かい眼差しを贈った。

 










[memo]
闇小人(ダークドワーフ)
・原作ではほとんど名前しか登場していない種族。地下在住種族であるが、山岳やその内部に住む山小人(ドワーフ)と、平地よりも低い地底に住む闇小人(ダークドワーフ)、という形で生活圏が分かれている。
・石のような灰色がかった肌と、年齢性別を問わず白い体毛が特徴。それ以外の身体的特性はおおよそ近縁種のドワーフと同様。矮躯で筋肉質、そして髭もじゃ。あからさまにドゥエルガル。
・大陸北西部の闇小人は、ドワーフと種族ぐるみでの敵対関係にあったりはしない。昔はそういう氏族もあったが、異種族の侵攻で滅びたり、離散したりの末路を辿った。
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