OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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ある日、森の中、何も起きないはずがなく……

 きっかけは、諜報部門統括NPC・リーギリウムからの報告だった。

「ボス、要注意人物リストの一人が定期探査に引っかかったぜ。これまで所在どころか生死も不明だったのに、急に観測可能になったみたいだ」

 

「どこの誰だ? この時期でツアー以外に居たっけ……」

 かれこれ転移から数十年。前々世の生涯よりも長い時間をこの世界で過ごしたとはいえ、まだ原作開始時点からは三百年以上前の段階。〝要注意人物リスト〟として挙げておいた原作キャラなどの大半は生まれてすらいない。

 

 ありがたいことにほとんど劣化していない原作の記憶も、年代や名前をキーワードにしてデータベース検索できるわけではない。意識の俎上に載せるには、普通の記憶と同じように想起の手順を踏む必要があった。

 マジで誰だろう。この時代にもう存在している奴となると、竜王(ドラゴンロード)とかの長命種か、寿命のないアンデッドくらいになるはずだが……。

 

 リーギリウムが資料を取り寄せながら挙げた名は、俺がすっかり忘れていたもの。

「座標はエイヴァーシャー大樹海の南方。八欲王の実子って話なんだろ? この森妖精(エルフ)――デケム・ホウガン」

「あー。こいつが居たか」

 

 そういやそうだ。エロフ王ことデケムについては、けっこう前の一次探査で所在が突き止められなかった時点で、尻尾を出すまで待とうという方針にしたまま放置していた。

 生まれた年代が早いにもかかわらず、原作では法国相手にやらかすまで歴史に大きな影響を及ぼしていなさそうだったので、あまり優先度の高い介入対象ではなかったというのが本音だ。もちろん法国の方を改造している以上、デケムにも原作ルートを最後までそのまま行かせるつもりは無かったけれども。

 

「でも、これまで十年単位でリーギリウムの探知を逃れてたってのは、ちょっと尋常じゃないよな。それがなんで急に見えるようになったんだ?」

 

 俺の問いかけに、美少年ダークエルフ(偽)が可愛らしく小首を傾げる。そんな設定を書き込まれたわけでもないのに、こいつの所作(モーション)はひとつひとつが妙にあざとい。

 しかし()()の愛らしさに騙されてはいけない。リーギリウムの隠された()()は、異形種の中でもかなりヤバい方の見た目をしている。そのインパクトはヘスの真の姿と遜色なく、一般人なら見ただけでSANチェックが発生するくらいの化物である。

 

「わかんねーけど、だいたいこういうのは二つのパターンのどっちかじゃねーかな。

 一つは探知遮蔽のマジックアイテムかなんかで日常的に身を守ってた奴が、何かの拍子に油断してそれを外しちまった場合。奪われたって可能性もありだな。

 もう一つは、ギルド拠点みたいな情報的に保護された領域から出てきた場合……」

 

 アイテムをうっかり外した、もしくは盗まれたケースなら、デケムがそれをもう一度装備してしまえばまた見えなくなる。この場合あんまり時間の猶予は無い。捕捉できるうちに接触しておくのが吉だろう。

 逆に後者、占術阻害の結界かなんかがあったとしたら、そこはプレイヤー絡みの拠点の可能性もある。デケムが捕捉可能になった地域の周辺を調べてみる必要がありそうだ。

 

「んじゃ、デケム本人とその隠れ家、どっちも押さえよう」

 リーギリウムの挙げた二つの可能性について、俺は並行で対応することを即決する。

 これは長い年月の中で俺の決断力が育ってきた……とかいうおめでたい話ではなく、諜報部門の人材が転移当初と比べだいぶ充実してきたから、ダダ余りしたリソースを贅沢に割り当てられるというだけに過ぎない。

 

 忍者系とか上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)とか、ユニット数めちゃくちゃ増えてるからな……サラムとヘスのスキルを組み合わせて、召喚アイテムも金貨も減らすことなく傭兵モンスターを無限に量産できるのが強すぎる。高レベル個体の生産にはだいぶ時間が掛かるんで、短期的な戦力増強には使えないけど。

 

 ともあれ方針さえ決まればあとは早い。最低限の要望だけ伝えて、作戦立案やら部隊編成やらはNPCどもに丸投げしておけば勝手に進めてくれるからだ。

 俺は今回デケム確保チームの一員として同行するが、実際にモンスター部隊を指揮するのは神話的イケメン森妖精(エルフ)(偽)・エルスワイズ。さらに俺の護衛を買って出た信仰系のじゃロリ天使・サティアが法国から駆け付ける。

 もちろん常駐護衛のシズク分体と、もと第零臓区収容の特級戦力三体もいつも通り、俺の周りに潜んでいる。

 

 一方、デケムが最初に捕捉された地点の確認に向かうチームは、リーギリウムとミハネが指揮を担当。探索要員としての忍者系モンスターたちに加え、護衛用にミハネが作成した高位アンデッド軍団と、こちらにもシズク分体が一人。さらにいつでも本体に()()()ヘスの複製体(クローン)が随行する。

 リーギリウムが現地に送ったのは美少年闇妖精(ダークエルフ)型端末の一体であり、本体はいつもと変わらず脳区の隠し部屋から両チームを遠隔支援してくれる。彼にとってこの程度のマルチタスクはお手の物ということのようだ。

 

 かくして俺たちは、WI(ワールドアイテム)持ちを含む一〇〇レベル・キャラクター七~八人+高レベルモンスター多数というスーパー過剰戦力で、二方面からエイヴァーシャー大樹海へ乗り込むことになった。

 攻城戦でもやるんですかねぇ?? 実際この面子なら中小規模のギルド拠点くらいは落とせてもおかしくないけど……。

 

 

 

 で、やって来ましたエイヴァーシャーの森。

 さすがに何というか、緑の密度が凄い。トブの大森林と比較しても明らかに木々が巨大で、昼間なのに樹間は薄暗い。より人が立ち入りがたい魔境らしさを醸している、と言える。

 

 生物相もきわめて豊からしく、動物にカテゴライズされる通常の鳥や獣もいれば、魔獣や植物系モンスターともひっきりなしに遭遇(エンカウント)する。

 近づいた巨木の(うろ)から、体長八メートルくらいあるカラフルな巨大ヤスデが飛び出してきたときは死ぬほどビビった。俺にはダメージを与えるどころか触れることもできないと解っていたが、それでも正直めっちゃキモい。

 

 とはいえ踏破困難な天然ダンジョンであるのも、現地人にとっての話。

 最低六十レベル以上で固めた我々デケム捜索隊にとっては、寄ってくる生き物を適度に追い払ったりやり過ごしたりしつつ、リーギリウムの最終探知座標を目指して黙々と捜索ラインを押し上げていくだけである。

 とくに斥候(スカウト)系のスキルなんかは持っていない俺も、〈心蝕のオーラ〉で鳥や虫を操って即席の探査ドローンに仕立て上げ、ひとりで探索範囲をけっこう広げている。

 

 相手が一〇〇レベルプレイヤーならこうも雑なローラー作戦は打てないが、〝正史〟のデケムにそこまで強力な味方は(タンク相当のベヒーモス以外)いなかったし、いたとしたらむざむざ探知阻害を解いて発見されるようなミスは犯さないはずだ。

 相手を警戒しすぎて空回りするくらいなら、多少のリスクを踏んででも効率を優先するのが俺のスタイルである。その点、リスクの最小化を主眼に置くモモンガ流とはまったく異なる。

 

 まあ今回は戦力的リソースも潤沢に動員できることだし、物量押しで問題ないだろう。……たぶん。もし想定外の強キャラとか引っかけちゃったらそっちを持って帰ってもいいわけだし。

 そんなガバゆるプランで森の中を進んでいると、隊列右翼側で森の奥へ先行していた忍者系モンスター・サイゾウの一体が、元のポジションではなくこちらへ戻ってくるのが見えた。

 これは何か見つけたときの動きだ。さっそく当たりを引いたか?

 

「我らが至高の主よ――ご報告申し上げます。ここより一時方向へ七百メートルほどの地点にて、巨大な土精霊(アースエレメンタル)を伴う森妖精(エルフ)の子供を発見いたしました。捜索対象の人物であると思われます。

 私が見た時点では、脚の多い熊のような魔獣と交戦中でした。土精霊(アースエレメンタル)が圧倒しており、目標に危険はないと考えます」

 

「おぉ~。すげー優秀」

 肩ポンで労ってやると、覆面の下でサイゾウが露骨に相好を崩す。忍者系モンスターはどういうわけか総じて知能や判断力が高く、対人会話も水準以上にこなしてくれるので運用しやすい。そりゃ原作で重用されもするよな、と納得の使い勝手。さすが平安時代の日本をカラテによって支配した半神的存在だけはある。

 

 報告にあった巨大な土精霊(アースエレメンタル)ってのは、原作にも登場したベヒーモスだろう。この時点で既に従えているとなると、召喚士(サモナー)として自力で呼び出して契約したわけではなさそうだ。確か名付け親が別にいるような話もしてたし、八欲王の傭兵モンスターを譲り受けたってところか?

 でもプレイヤーが名付け親だったら〝ベヒーモス〟は無いよな……レイドボスの方と紛らわしいし。NPCか、この世界の住民によるネーミングだろうか。

 

 

 そんなわけでサイゾウに先導させ、デケムらしきエルフの発見地点までみんなで隠密行軍。

 俺とエルスワイズは〈集合体〉経由で共有した〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉により姿を消し、サイゾウは自前の忍者系スキルで木陰に溶け込みながら移動する。

 サティアだけは不可視化などを使っておらず、単純に気配というか、存在感を消しているだけである。しかし彼女が今どこにいるのかは、実をいうと俺にもまったく分からない。たぶん物陰に隠れもせず堂々と歩いているのだが、こいつの場合〝ただの気配遮断〟が高度すぎて、ほとんど誰にも知覚できないのだ。

 

 たとえばこの状態のサティアが目の前にいたとして、俺はそれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな結果になる。ここまでくると一種の認識阻害に近い。

 ユグドラシルではレーダーマップに映らなかったり、誘導武器や目標型効果の標的に選択できないなどの形で表現されていた部分だ。こういうところにもゲームシステムの現実化による影響が見て取れる。

 

 別に隠密特化ビルドというわけではないが、サティアも()()()()()()()()のNPCであり、一部の基礎技能スキルがだいぶおかしな性能になっている。これはユグドラシル時代では不可能な、現地仕様を悪用したグリッチみたいなもんなので、想定外の不具合が出ないかどうかは注意しておくべきだろう。

 

 

 そうして森の奥へ分け入っていった先、木立の間に開けた場所があり――

 

「フンッ! フンッ! フンッ! フンッ! フンッ! フンッ! フンッ!」

 パンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッ。

「ヴォーォォオオォ……」

 

 いったい俺は何を見ているんだろう? というのが第一印象。

 

 まず目に付くのは、大雑把に人型をした巨大な土塊。これはユグドラシルでも見たことのある形だから、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)で間違いない。つまりレイドボスじゃない方のベヒーモスくんだ。

 

 そのベヒーモスに押さえ込まれ、地に伏しているのは森に住む魔獣の一種。毛皮と甲殻を併せ持つ六本脚の熊である。原作でおなじみ連甲熊(アンキロウルスス)の通常個体だろう。

 

 で、そのウルススの尻にしがみつくようにして身体を揺らしながら、一心不乱に気合の入った声を出しているのは……長い白髪を振り乱した、虹彩異色(オッドアイ)の、エルフの少年。

 リーギリウムからの通信が正体を裏付ける。

「ボス、そいつが探知に引っかかったエルフだ。レベルは三十ちょいぐらいかな」

 

 彼こそは若きデケム・ホウガンに違いない。その顔は美しく整いつつも、既に未来の片鱗を窺わせる傲岸な笑みを浮かべている。

 そして――全裸であった。

 いや待てオイ。全裸ショタデケム???? そ……そんな概念が許されていいのか???

 

「フンッ! フンッ! フンッ! フンッ!」

 パンッパンッパンッパンッパンッパンッ。

「ヴォォォオオ……」

 

 腰を打ち付け続けるデケム。どこか哀愁を誘うアンキロウルススの呻き声。あの魔獣は雌のようじゃ、と姿を消したままのサティアがテレパシーで耳打ちしてくる。

 全裸ショタデケムの衝撃に震えていた俺は、サティアの助言をヒントに眼前の状況が何であるのか理解し、さらなる衝撃に再び打たれる。

 

 あれはまさか……いや……やはり、そうなのか?

「…………う」

 

 ウコチャヌㇷ゚コㇿ……!

 

「フンッ! フンッ! フンッ! ……フー!」

 彼はここでまず達した。サティアの呆れ声が、俺の脳みそにとどめを刺しに来る。

「ものすごく清々しい顔で獣姦をやり遂げおったぞあやつ」

「獣姦とか言うなお前。事実だけど」

 

 あーーー。もう何も見なかったことにして帰りてえ。なんでエルフ至上主義者のはずのデケムが魔獣(アンキロウルスス)とウコチャヌㇷ゚コㇿしてるんですかね。姉畑インストールは流石に歴史の分岐とかいう次元じゃないぞ。

 だがここで引き返してしまっては、大部隊を率いて大樹海の奥まで進んだ挙句、ただ全裸ショタエルフの貴重な獣姦シーンを覗いただけになってしまう。気まずくてもなんでも、まずはファーストコンタクトを試みなければ。

 

 俺は〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉を解除し、『蜃気楼の外套(クローク・オブ・ザ・ミラージュ)』の偏光力場に包まれたもやもや人影スタイルで、賢者タイムのデケム少年に近づいていった。

 最初にベヒーモスが気付き、主を守るべく前へ出る。遅れてデケムもこちらを見て、ぎょっとしたように顔を強張らせた。

 

「ん……な、何だ貴様は!?」

「コーホー」

「……言葉が通じんというのか? 面妖な」

「コーホー……私はお前の父だ(I am your father)

「嘘をつくなッ!! ――敵だ、ベヒーモス! 潰せ!」

 敵対判断がはえーなオイ。地雷踏んだか? まだ暗黒面(ダークサイド)のパゥアの素晴らしさを説いてないんだが。

 

 ズズズ――と周囲の土を巻き込みながら、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)が急迫する。

 対するこちらは、隠形を解いたサティアが俺の前面で盾となる構え。根源精霊の巨腕による叩きつけを、右肩から一枚だけ伸ばした光の翼で、優しく包み込むように逸らしていく。

 

「遊び過ぎじゃ、あるじ殿」

 するり、と。

 見事に力を流されたベヒーモスは、勢い余って巨体を一回転させ、地面を抉りながら派手に転倒した。

 

 本来なら修行僧(モンク)闘士(デュエリスト)のスキルである〈受け流し(パリィ)〉を、サティアは装備品の効果で使えるようにしている。普通は魔法詠唱者(マジック・キャスター)が使っても大した成功率にならないのだが、例によってサティアは()()()()()()()()()()()()ため、反応が間に合いさえすれば凡そどんな物理攻撃でも弾いたり逸らしたりして失敗(ミス)扱いにできてしまう。

 

 もちろん、八十レベル台の根源精霊が転んだ程度で大したダメージを受けるはずもない。すぐに起き上がって主のカバーに戻るベヒーモス。

 だが、どんな敵も鎧袖一触にしてきたであろう己の精霊が、自分より幼い見た目の少女に手もなく転がされた光景はショックだったらしい。動揺のあまり、デケムの声が上ずっている。

 

「ンなぁんだとゥ!? ……いや、そうか? なるほどなるほど、フッフフ……! 光の翼。それが天使の血を引く証なら……その女は、()()()()というわけだな?

 よかろう! 子を宿すには少々幼すぎるかと思ったが……『慈救王』の娘なら、見た目通りの歳ではあるまい。同族(エルフ)でないのは気に入らんが、血筋の貴さも申し分なしだ。

 光栄に思えよ小娘。我の子種をくれてやろう……!」

「独りでブツブツと、何を言うておる???」

 

 困惑するサティアに向け、デケムは突如フルチンのままベヒーモスを飛び越え――推定レベル三十の身体能力ならそれくらいはできる――鮮やかなルパンダイブで襲い掛かってきた。

「産め! 王の子を!」

 

「産むかーーーーッ!」

 サティアがツッコミの叫びと共に構えた光の弓『黎明の弧(ホライズンメーカー)』は、目にも止まらぬ早業で四度引かれ、高く澄んだ音色で弦を鳴らした。〈上級束ね射ち〉のスキルも併用し、実際に撃った矢数はもっと多い。

 非致死ダメージ化された[光]属性エネルギーの魔弾が、若き変態エルフを空中で撃ち抜く。貫く。打ち据える。聖なる光で灼いていく。

 

「ぶげァぎゃッぽッびブどぅぴありィ!!?!?」

 フルアタック全弾命中。完全なるオーバーキル。それでも非致死ダメージなので死ねないデケムは、錐揉み回転しながら吹っ飛んでいき、大樹海に断末魔の悲鳴(ギリ生存)を響かせた。

 

 光弾の一発が無慈悲にも股間を直撃するのを見ていた俺は、思わず合掌。

 番外ちゃん……ひょっとすると君の出番は生まれずして無くなってしまったかもしれません……父親のゴールデンボールが再起不能になるという形で。おお、RIP(れすといんぴーす)……ナムアミダブツ……。

 

根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)は私が抑えておきましょう。お望みなら、支配権を奪いますが」

「うーん……いったん保留でいいや。少なくとも当面デケムを死なせるつもりはないし、根源精霊くらいなら()()()()()()だろ」

「承知いたしました。――そういうわけだ。動くなよ、ベヒーモスとやら。お前の主人を徒に苦しませたくなければな」

 

 エルスワイズが精霊特効の職業スキルも併用した恫喝でベヒーモスを止めている間に、俺とサティアは虫の息のヤングデケムに尋問タイム。

 意識を取り戻す程度に軽く回復してやり、ひとまず魅了や支配は無しで行ってみることにする。

 

「お~い。生きてるか少年。――じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」

「いま聞かんでもいいじゃろ歳は」

「アバッ……オゴーッ……」

 

 顔は真っ青、汗ダラダラ、激突した木の根元に倒れ込んだまま股間を押さえて悶えるデケム。ついでに嘔吐もしている。非致死とはいえ金的ダメージは尾を引くもんなのだ。

 喋れるようになるまで時間がかかるなら、いったん拠点へ連行してしまおうかと思ったが……どうにか自力で持ち直したようで、苦しげにではあるものの、こちらを見上げ返してくる。

 

「なん、なのだ、貴様らは……! この私が、何者か知っての狼藉か!?」

「知ってるよー。八欲王の一人……の、息子だろ?」

 八欲王の一語に、少年は過敏な反応を見せた。

 

「――父を、()()()で呼ぶな。それは汚らわしい裏切り者どもが、父の偉業を妬んで(なす)り付けた汚名であろう……!

 最も尊き王の血に、相応しい敬意を払えッ! 私の名はデケム・ホウガン。

 エルフの大英雄にして、最強の軽戦士――『()()()()()()()の、息子だ!」

 

 敵意を込めて睨んでくるデケム。ショタフェイスなのでまだ可愛らしさが勝ってしまっているが、もう少し成長すればなかなか憎たらしい面差しの高慢イケメンになるだろう。

 そして法国の文献にも記されていた称号が出てくる。『播種王』というのは八欲王の一人、俊足で知られたエルフの軽戦士に違いない。

 

 にしても……〝ヨシツネ〟ねえ。

 源義経(みなもとのよしつね)に由来するプレイヤーネームなんてユグドラシル全体では腐るほど登録されていたし、虹彩異色(オッドアイ)で軽戦士ビルドの森妖精(エルフ)、まで条件を絞っても結構な数が残るはずだ。

 が、中でも有名だったプレイヤーを一人選ぶとすれば、やはりミズガルズのワールドチャンピオン――〝エルフ萌えのヨシツネ〟が挙がるだろう。紛らわしいが、〝エルフ萌えの〟まで含めて一個のプレイヤーネームである。

 

 スピード自慢の軽戦士、というのも彼の特徴に合致する。実際、俺もこいつをデケムの父親候補の一人として考えてはいた。前々世のオバロ考察じゃ八欲王全員ワールドチャンピオン説なんてのもあったし。

 ただデケム父のプレイヤーネーム、第一候補は『クロウ・ホウガン』系列で当たりつけて探してたんだよなあ。実際こっちも相当数の類似アカウント居たし。

 

 まあ仮に〝エルフ萌えのヨシツネ〟が八欲王の一人になるという確信があったところで、じゃあ転移前の時点でこっちから何か干渉していたかといえば、そいつは正直微妙なところだ。異世界の歴史に却って悪い影響を及ぼしてしまう可能性も考えれば、俺は無難に非接触不干渉を貫いたかもしれない。やってもせいぜい「息子の情操教育はちゃんとしておけ」と言うくらいか。

 

 サービス終了の瞬間に居残っていたプレイヤーの内、誰が異世界のどこへ、どの時代に現れるかなんてのは、基本的に予測不能なのだ。原作に名前が出ていた転移者だと特定できているならともかく、その確証もないプレイヤーに原作情報をアレコレ入れ知恵したところで、そいつが転移した先の歴史を都合よく動かせるわけはない。

 だいいち赤の他人に〝未来予知〟を信じさせる術だって、俺の手にはなかった。うちのギルメンがそれを信じてくれたのは、九割くらいサラのおかげだ。

 

 そういう匙加減で悩んだあげく、()()()()()()()()()()と思い、中途半端は承知で具体性のない忠告を伝えるに留めたのがΧ(カイ)だった。

 彼は結局八欲王の一人となって、〝正史〟と大差ない末路を辿ったらしい。それを思えば、俺が多少のちょっかいを出したところで、彼らの大きな運命みたいなものは変えられなかったんじゃないか……とも思う。

 

 ……いや、これは俺の個人的な気休めか。やめよう。

 現地人相手に神の真似事をしているからといって、何でもできる気になってはいけない。もとより一介のオバロ読者でしかなかった俺に、すべてのプレイヤーを救うことなどできないのだから。

 

「む!? おい――そこの、エルフの男! ()()()を持っているな? 父の縁者ではないのか?

 なぜこんな胡乱な輩に従っているのだ、私を助けろ! 私こそが正統な、エルフの王位を継ぐ者――」

「口を慎め下郎。地上の王権など、わが(あるじ)の前では小火(ぼや)ほどの威光も有さぬ」

「ふひィ」

 

 虹彩異色(オッドアイ)のせいかデケムに親戚と勘違いされたエルスワイズが、珍しくドスの利いた声で威圧する。距離があったおかげかデケムの心臓が止まることはなかったが、代わりに全裸ショタエルフが半ベソで失禁という色々アレなシーンが展開されてしまう。

 アンモニア臭を意識の外へ締め出し、インタビュー再開。

 

「……えーと、じゃあ、ヨシツネの子のデケム君。こんな森の中で、脚の多い熊さんと高貴なる人獣合体を御パコりあそばしてた理由は?

 ドルイド的な儀式かなんか? それともケモナーの職業(クラス)レベルとか持ってる?」

召喚士(サモナー)だ、私はッ! おちょくっているのか貴様!」

 ちなみにロイヤルケモレイプ被害者のアンキロウルスス(♀)は、サティアがベヒーモスを転がしたあたりでこっそり逃げ遂せている。災難だったな。強く生きろ。

 

「あれは……フン、ただの実験だ。私は王の責務として、より多く、より強き子を遺さねばならん。

 父は言っていた……魔法でもなんでも、充分な力の差があれば、多少の抵抗はねじ伏せられるものだと。つまり……この世で最も強き王の血を引く私の、特別な子種ならば……魔獣とて孕ませることができるのではないか? それを確かめるために、あの獣の胎を使ったまでのこと」

 

 だからって獣姦はいきなりブッ飛び過ぎダルルォ???

 充分な力の差があればってのも、それ多分レベル差によるレジスト難度補正の話なのでは……妊娠は状態異常じゃないと思うんですが……(困惑)

 

 ヨシツネ氏が息子に理科と保健体育の教育を怠ったせいか、マッドサイエンティストもびっくりの野生児的発想で異種交配の実験に挑んでいた――というのがアンキロウルスス獣姦事件の真相らしい。夏休みの自由研究かオイ。

 デケムがケモナーに目覚めていなくてよかったと思うべきか、純粋な実験目的で野生の魔獣とウコチャヌㇷ゚コㇿできてしまうチャレンジング種付けモンスターぶりに戦慄すべきなのか。一貫して欲情も興奮も見受けられず、性的快楽は求めてなさそうなのが実にデケムって感じだ。

 

 まあいいや。訊きたいことはまだまだある。先へ進もう。

「はい、じゃあ次の質問ね。普段はどこに住んでるの? ご家族や、ご友人は?」

「……なぜ、そんなことを、貴様に」

「もう一発タマに喰らいたいんかのぉ~」

「南だッ! ここよりずっと南、()()()()()と暮らしていた!」

 

 カルマ極善オーバーとも思えないサティアの非道な脅迫に応じ、何やら興味深い新情報が出てくる。

 言い回しからして、八欲王・ヨシツネがハーレムに囲っていたエルフの愛人たちだろうか。それが……王の遺児を育てていた?

 

「ひょっとして、その女性たちの中に君のお母さんも居たりする?」

「…………()()()()()()は、いた。だがあの女は……」

 

 実母について、思うところありそうな様子で口ごもるデケム少年。

 実に興味深い話が聞けそうな流れだったが、彼が続きを語り出す前に、サティアが森の奥へぱっと視線を向ける。

 

「……何か、来るのう」

 











[memo]
※今回も長いですが、本編の理解に必須の情報は特にありません。

■〈隠密〉と〈知覚〉について:
・ユグドラシルにおける〈隠密〉と〈知覚〉は、それぞれ最も基本的なスキルの一種として実装されており、これらは対抗判定によって成功/失敗の結果を得る関係にある。
 スキルレベルや使用者の関連能力値が上がるほど成功率は高まり、ほか装備や魔法等による各種のボーナスで強化することもできる。〈隠密〉と〈知覚〉の対抗判定が発生する場合は、相手の知覚範囲に入っているか、自分が動いているかといった条件でも成功率が変動する。
 とくに斥候(スカウト)暗殺者(アサシン)系の職業を修める者にとっては「基本にして奥義」とされ、熟練プレイヤーほどこれらを疎かにしない。

・隠れた相手への〈知覚〉判定に失敗する(=相手が〈隠密〉判定に成功する)と、ユグドラシルでは知識系スキルによる情報表示が出ず、自他のクリーチャーが光点で表現される索敵範囲図(レーダーマップ)にも映らない。目標型効果の対象にも選択できないし、誘導性能を持つ武器やスキルの標的としてロックオンもできない。
 しかしシステム的にはそうであっても、グラフィック的には()()()いる場合がある。いわゆる不可視化の類はあくまで「アバターの姿を消すとともに、視認による〈知覚〉成功値への補正を無効化する」という一個の独立した効果であって、「〈知覚〉判定に失敗したあらゆるものが自動的に(描画処理上)透明化される」わけではないからだ。ゆえに遮蔽物の影に隠れたり、迷彩装備で地形にカムフラージュしたり、魔法的な不可視化・不可知化などを組み合わせることで総合的なステルス性を補完する必要が出てくる。
 逆もまた然りで、たとえ不可視化してグラフィック的には見えない相手であろうと、〈知覚〉判定に成功した相手なら索敵範囲図(レーダーマップ)には映るし、効果対象としては選択できる。別のスキルと組み合わせれば、名前やHPゲージを可視化しておおよその位置も特定できる。
 これを利用すると、たとえ不可視化看破の手段を持たない者でも、充分に高い〈知覚〉成功率を素で出せるなら「見えない敵と戦う」ことが可能になる。なお不可視化系効果と同様、〈隠密〉も通常は攻撃行動を取った時点で解除されるため、カウンターや後の先を狙う戦法は有効である。

・転移後の世界においては索敵範囲図(レーダーマップ)が可視化されない分、高い知覚力は気配や存在感といった形で見えない相手を捉える。
 原作十五巻で不可視化したシュエンをデケムが知覚できていたのは、能力値に差がありすぎて「不可視化していても〈隠密〉判定に成功できなかった(=〈知覚〉判定に成功された)」という処理になる。
 五感すべてを逃れるはずの完全不可知化状態すら正確に捕捉する竜王(ドラゴンロード)の知覚力ともなると、ほとんど第六感として十全に機能しているレベルであり、尋常の手段ですり抜けるのは難しい。

・本編でサティアが見せた「〝ただの気配遮断〟が高度すぎて、ほとんど誰にも知覚できない」状態とは、敢えてゲーム的処理に落とし込むなら「ある方法で〈隠密〉の成功率を極端にブーストした結果、誰も〈知覚〉判定に成功できなくなった」状態と言い換えられる。
 ゲームならそれでも〝プレイヤーの視覚〟でグラフィック的に認識することはできたが、転移後の世界では人物の気配や存在感がまったく消え失せ、「背景の一部」であるかのように錯覚される。
 たとえばあなたが森や人込みや本棚を眺めるとき、敢えて特定の木や人や本に注目しようと思わなければ、それらは「背景の一部」に還元されてしまい一個のオブジェクトとして認知され得ない。()()()()()()()()()()()()()、とはそういうことである。

■〈受け流し(パリィ)
・こちらも「基本にして奥義」と呼ばれたスキルのひとつ。極めれば理論上ほとんどの物理攻撃を無効化できるが、タイミングがきわめてシビアであり、熟練者でもそれなりに失敗する。
 加えて彼我の敏捷値や筋力値といったステータスも成功率に影響するため、サイズ補正が判定上不利に作用する大型モンスター相手の場合はあまり使われない。
・理屈としては「敵の攻撃に自分の攻撃をぶつけて逸らしたり弾いたりする」技で、サティアの翼による受け流しも(ほとんど攻撃と認識できないほどソフトではあるが)肉体武器としての翼を利用している。
・戦士系の拠点NPCにこのスキルを持たせて、AI特有の超反応で敵の近接攻撃を封殺する前衛狩りビルドが一時期流行った。
 が、抜け目ないユグドラシルプレイヤーたちはすぐさまこれに対応。フェイントや特殊な武器を駆使して超反応AIを逆にハメる手順が確立され、この手のNPCはあっという間に廃れた。
 プレイヤーと連携する前提ならそれなりに活躍できないこともない。

■ウコチャヌㇷ゚コㇿ
・アイヌ語。複雑な概念であるため、詳しく知りたい場合は各種資料をあたるか、『ゴールデンカムイ』を参照のこと。
・今回のエピソードでは「動物の交尾」程度の意味合いと理解しておいて問題はない。
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