OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼裏切り者の息子

「ジノーヴィ・アルゼイニ、お前を追放する。……悪く思うな」

 

 そう言われて悪く思わぬことなど不可能だったが、闇小人(ダークドワーフ)の少年、ジノーヴィは黙って頷いた。

 もとよりこれは氏族議会の決定であって、抗議や交渉の余地はない。抵抗したあげくに財産すら取り上げられ、身一つで廃棄坑道へ放り出されるくらいなら、持ち出しを許された私物とともに歩いて出てゆく方がマシだ。

 

 そのような冷たい諦念から、ジノーヴィ・アルゼイニは己の追放という無情な命令にも、粛然と従う。

 齢十二の少年が、幼くして身に着けた闇小人流の処世術であった。

 

 議会の天幕を出ると、そこは広大な地下洞窟の一角。

 眼前には、国を逐われた闇小人たちの難民キャンプが広がっている。同盟関係にある闇妖精(ダークエルフ)の都市からほど近く、小空洞の一つに間借りしている状態だ。

 即席の住居ばかりにしては、それなりに家屋の見栄えがいい。余裕があるわけではない。近縁種の山小人(ドワーフ)と同じく、職工に長けた種族としての意地であろう。

 

 キャンプの外へと続く道を、監視役の戦士たちに護送され、ジノーヴィは歩く。

 歩くさなか、周囲のテントや仮組の小屋から、漏れ聞こえてくる囁き。

 

「見ろよ、あいつだ……裏切り者、ザハールの息子の」

「鎧職人だったか? 妙な鎧を作ってたと聞いたが」

「追放されるんだとよ。まあ当然だよな」

「父親があんなことをやったんじゃ、ねえ……」

 

 そこにジノーヴィの追放を惜しむ暖かさはない。

 不思議なことではなかった。母と妹は既に亡く、父は闇小人という種族を裏切った大罪人。わずかにいた友人たちも、父ザハールの罪が明るみに出てからは、ジノーヴィと縁を切った。

 

 武具職人としてはまだ駆け出しでしかなく、己の腕を恃んで生きてゆくだけの技術もない。そんな足手まといを抱えていられる余裕は、首都を落とされ困窮する今の氏族にはないのだ。切り捨てられて当然とさえ言える。少しでも、全体が生き延びる確率を上げるために。

 そう。理解はできる。自分と同じ難民たちや、議会を恨んでも仕方がないと知っている。

 だから、ジノーヴィが恨んでいい正当な相手は結局のところ、父親だけなのだろう。

 

 

「ここから先は、一人で行け。……お前は自由だ」

「言うまでもないと思うが、戻ってくれば殺さなきゃならん。二度と俺たちに顔を見せるんじゃないぞ」

 

 キャンプのある空洞から外へ続く坑道の一つで、ジノーヴィは解放された。

 棄ててきた都市に比べればいかにもみすぼらしく、倦怠と絶望に覆われ……それでも生活の熱と光が息づくキャンプの方へ、監視役の戦士たちが戻っていく。

 

 もし後を追えば、彼らは躊躇わず、黒光りする斧でジノーヴィの首を斬り落とすだろう。闇小人の戦士は石のように冷徹である。まして相手が裏切り者の息子となれば、子供であろうと氏族に寄生して生き延びることを許しはしない。

 よってジノーヴィが行ける道は逆側だけとなる。

 難民キャンプを離れ、地底の闇の中へ踏み出していく道。

 

 闇小人は地底の環境に適応し、人間種の中で最も優れた暗視能力を持つ。そんな種族の目を以てしても、長い坑道の奥までは見通せない。

 職人の子として頭に入れてある、地下坑道図によれば……このトンネルは緩やかにカーブを描いて北へ伸び、途中でいくつかの分岐や合流を経ながら、地上人がアゼルリシア山脈と呼ぶ地形の下まで続いているはずだ。

 

 もっとも、迷わずまっすぐに行けたとしても〝山脈〟直下まではひと月近くかかる。ただでさえ入り組んだ天然の坑道網を、危険な地形や有毒ガスの類、地中の凶暴なモンスターなども警戒しながら進むのでは、倍以上の時間を要してもおかしくない。

 

 ジノーヴィとしても、一人でそこまでの長旅ができるとは思っていない。どこかで地上へ出る道を見つけ、周囲にいくつか存在するという人間種の国へ身を寄せるつもりだった。

 滅多に地下から出てこない闇小人ということで、偏見や奇異の目に晒されることはあるかもしれない。しかし罪人の子という烙印が付いて回らず、異種族の餌としても見られない場所であれば、この際どこでもいい。

 

 できれば近縁種であるドワーフの国まで辿り着けるのが望ましい。生活スタイルが一番近いはずだし、昔は闇小人とも交流があったと聞いている。両種族の身体的特徴は肌や髪の色が違う程度で、交配も可能だ。

 闇小人の国を追放され、はるばる落ち延びてきたような男を、伴侶に選ぶ女がいるかどうかはともかく……と、そこまで考えてジノーヴィはかぶりを振る。

 

 余計なことを考えすぎている。いまは、目先の日々をどう生き延びるかだ。

 こうして、若き闇小人(ダークドワーフ)ジノーヴィ・アルゼイニは故郷を失い、氏族社会からも逐われ、ひとり地下世界を旅する身となった。

 

 

 

 初めの三日間は順調だった。

 もとより地下生活に順応した闇小人である。ジノーヴィとて、職人見習いとして素材を集めるべく、都市外の坑道を歩き回ったこともあった。

 

 ()()()()()()ころの父や、工房の先達から、地下世界で生き抜く方法を教え込まれていたのも大きい。

 水辺の見つけ方。食べられる動植物の見分け方。安全な寝床を確保する心得。危険なモンスターとの遭遇を避ける移動法。子供なりにそれらを実践し、()()の過程で会得した錬金術の手技も駆使して、なんとか生き延びることができていた。

 

 それでも彼は、まだ子供だ。洞窟探検の専門家でもなければ、経験豊富な戦士でもない。

 同世代の誰より、頭は回る方だと自負している。反面、身体を動かす方に関しては、とんと適性がなかった。筋力も、敏捷性も、持久力も貧相なもの。

 ひとたび()()()()()()()()()()に陥ってしまえば、ジノーヴィにできることはあまりに少ない。短い両足でのたのたと、みっともなく逃げるのが精一杯。

 

「なんでこの深度に、こんなでかい粘体(スライム)がいるんだ!?」

 

 追放から四日目。いつでも水を確保できるという好条件に釣られて、地下水脈の流れに沿う洞窟を進んでいたのが良くなかったのか。

 突如、水中から浮上してきた巨大な不定形の怪物――絶えず隆起する漆黒の粘液に、眼球や牙ある口が浮かんでは消えていく、狂気じみた異相の粘体(スライム)――に追われ、ジノーヴィは長大な天然の水路を、壁沿いの僅かな足場伝いに逃げ続ける羽目となった。

 

「テケリ・リ! テケリ・リ!」

 

 黒い粘体が、この世のものとも思えぬ奇怪な声を発し、触手めいた仮足を振り回しながら迫ってくる。

 仮足の叩きつけは岩壁を容易に打ち崩し、人の腰ほどもある太さの石筍を叩き折り、水中でばたつくだけでも大波を起こしてジノーヴィの足場を脅かした。

 

 幸いここまで直撃はもらっていないが、これはジノーヴィが〈不可視化(インヴィジビリティ)〉相当の種族的能力で正確な居場所を誤魔化すことに成功しているからだ。一発でも喰らえば行動不能、どころか即死もあり得る。

 見えない獲物を大雑把にでも追いかけて来られるのは、視覚以外の感知能力が発達しているからだろう。振動感知の類か、それとも鋭敏な嗅覚か……何にせよそのせいで、ジノーヴィは黒い粘体を振り切れずにいる。

 

 そして時間と、運が尽きた。

 種族能力による不可視化が切れ、ジノーヴィの姿が露わになる。

 粘体の反応は敏速だった。仮足の一本が足首に巻き付き、少年を宙へと吊り上げる。

「うわッ――い、いやだ! やめろ!」

 

 中身がばらばらとこぼれる鞄から、咄嗟に錬金術薬の瓶を何本か掴み取り、ジノーヴィは逆さ吊りのままそれらを投げつける。

 闇小人が浴びれば大火傷は免れない劇薬。戦闘の素人にしては機転の利いた、決死の反撃とも呼べる一手であったが……巨大すぎる粘体にはさしたる効果も挙げなかった。

 じゅっ、と小さな煙が上がったのみ。それで終わり。

 あとは捕食されるだけだ。

 

 黒い粘体の中央に、自分を丸呑みにするための大きな口が開くのを睨みながら。

 ジノーヴィ・アルゼイニは己の短い人生を、冷たい諦めとともに振り返っている。

 

 

 

 昔日の版図は割り削られて久しく、いまや地の底の帝国を称するもおこがましい小勢力となった、闇小人の国。

 その首都にあたる地下都市・ビロモールの片隅で、ジノーヴィは生まれた。

 家族は四人。彼自身のほか、父と、母と、妹がいた。

 

 闇小人の家名はすなわち家業を表すもの。〝武器職人(アルゼイニ)〟の名を祖先から継いだ父・ザハールは、鎧鍛冶だった。

 ジノーヴィもまた幼少よりその技を教えられ、父から家名と職を継いで生きてゆくことに、何ら疑いを持たなかった。

 

 ザハール・アルゼイニは、実の息子から見てさえろくでもない父親だった。

 卑屈で、臆病で、疑い深く、恨みを忘れない。闇小人の社会で尊敬される二大職業、工匠と戦士のどちらにも半端な才覚しか持たず、それでいて他人の功名に嫉妬することばかり一人前。鬱屈と苛立ちを忘れるべく酒に酔い、正体をなくしては妻子に暴力を振るう。

 まるで良いところがない。だが闇小人の男に珍しい類型ではなく、そのような二流以下の父親であっても家族を愛していることには違いないと、ジノーヴィは信じていた。

 

 やがてビロモールにも、地の底より異界の悪魔が攻め上ってくるようになった。

 何度目かの都市防衛戦の折、隔壁を破って市内へ侵入した悪魔の一群により、多くの市民が殺傷され、また連れ去られた。闇小人の戦士団は決死の勇戦を見せ、辛くも魔軍を撃退したが、消えた民の行方は杳として知れず。

 いなくなった者の中には、ジノーヴィの母タマーラと、妹ニーナの名もあった。

 前線で悪魔と戦っていた父と、外出中で自宅から離れた避難所にいた息子だけが、無事だったのだ。

 

 悪魔の爪痕と、誰のものとも知れぬ血痕だけが残された無人の家中。

 帰宅してそれを見た父子は、固く誓い合ったはずだった。

 悪魔どもを、決して赦さないと。

 必ず母と妹の、妻と娘の、仇を取るのだと。

 

 そう誓ったはずなのに、ザハール・アルゼイニという男は――

 

 

 

「……ちくしょう。なんで、僕なんだ」

 足首を掴んでいた仮足が離れ、浮遊感がジノーヴィの走馬灯を掻き消す。

 漆黒の粘体の中へ、蠢く牙の渦へ。無力な闇小人の少年は、ただ落ちてゆく。

 

 最期の瞬間に彼が思ったことは、〝死にたくない〟でも、〝助けてくれ〟でもなかった。

 ――なんで、親父じゃなくて、僕なんだ。

「死ねよ、クソ親父。せめてあんたが、僕より先に死ねよ……!」

 

 生の終わりに向かって落ちながら、少年は固く目を閉じる。

 死の恐怖すら圧倒する憤怒が、この不条理に満ちた世界を焼き尽くしてくれたなら。

 

 そんな恨みがましい願いが。あるいは、呪いが。

 現実となったかのように――地底の闇を裂いて、眩い緑の閃光が燃えた。

 

「……生きてるかしらぁ?」

「えっ?」

 

 瞼を上げる。

 眼下に口を開けていたはずの死が、炎上していた。

 巨大な粘体が緑色の火に灼かれ、水中へ逃げ帰ってゆく。

 

 そして自分は、もう落下していなかった。

 いつの間に、どこから現れたものか。飾り襞をふんだんにあしらった、赤いドレスの女がいた。

 彼女は何らかの魔法の力で宙に浮いて、ジノーヴィを横抱きにしている。

 体格と耳の形からして、種族は人間だろう。奇妙なのは、明らかに超自然の炎を放っておきながら、魔力の気配が一切感じられないこと。

 

「こんなところで不定形の粘液(ショゴス)遭遇(エンカウント)するなんてねぇ……あれ、一体でも地上に出てたら、ちょっとしたドラゴン並みの大災害になると思うのだけど。

 ひょっとして今のも、例の〝残穢〟ってやつ? 追い払うだけにしないで、焼き尽くせばよかったかしら」

 

 山小人や闇小人から見て、他の人間種はあまり魅力的と感じられることがない。

 たいてい背が高すぎ、線が細すぎ、筋肉も毛も足りないからだ。ドワーフ式の美的観念は独特の感性であって、他種族からの共感が得られることは少なかった。

 ジノーヴィの好みも種族的平均を逸脱するものではなく、人間基準での〝美女〟を見ても、恋愛感情や性的欲望を持つことはない。

 それでも――彼の職人的な審美眼は、目の前の女を()()()()()()()()()絶賛している。

 

 白く滑らかで、傷も肝斑(しみ)もない肌。炎の赤と氷の蒼、神秘的な虹彩異色の両眼。

 左右一対に束ね上げた、長い金髪も。暗く湿った地下には似つかわしくない、差し色に黒を配した赤地のドレスも。水面で粘体の残片をなお灼き続ける、緑の火も。

 すべての色彩と光が、闇の画布(カンヴァス)に魔女を描く顔料となって、その妖美を引き立てている。

 

 ほんとうに、何者なのか?

 分からないが、どう考えても只者ではなく、自分よりも数段上手の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるのは明らか。敵意や疑念をあからさまに表明するのはまずい。

 ジノーヴィはひとまず相手が望んでいそうな反応を示し、様子を見ることにする。

 

「あの……ありがとう、ございます。助けてくださった……の、でしょうか?」

「あらあら。そんなに簡単に助かっただなんて思っちゃって、いいのかしら。危機感が足りないんじゃなくて?」

「どういう……ことですか? まさか、まだ他にもモンスターが!?」

 

 赤衣の女が、異彩の両眼に妖しい光を湛えて、嗤う。

「そうじゃないわ。いいこと? あなたは男の子で……ぐちょぬる粘体(スライム)の代わりに、正体不明のつよつよおねーさんに捕まってしまったのよ。

 このまま、いやらしいコトされちゃうとか……思わないのかしら」

「いや思わないでしょ普通こんな状況で!」

「ふ~~~ん?」

 

 女の指先が絶妙に淫靡なタッチで、つつつ……とジノーヴィの膝を撫で回す。粘体に捕まった時とは別種の戦慄が、尻から背筋を駆け抜けた。

 ()()()()、という直感。この女はまずい。たとえ命の恩人だとしても。

 

 助け舟はまた、第三者の声として出された。

「こらァそこの痴女! いたいけなガキ捕まえて何してやがんだ!」

 

 見れば、水路の壁がひとりでに円い隧道(トンネル)を開き、巨大な土精霊(アースエレメンタル)が現れるところだった。その両手と背中には、三人の人影が乗っている。

 一人は同族のようだ。高い筒状の帽子をかぶり、ポケットだらけの黒いローブを纏う、闇小人(ダークドワーフ)の男。顔立ちは豊かな髭に隠れて分かりにくいが、眼光鋭い目元には老いが刻んだ皺を見て取れる。

 こちらを指さす身振りからして、声を上げたのは彼らしい。見覚えはないが……いずこかの氏族の、貴人であろうか。

 

「キャロルねーちゃん、髭も生えてねぇ未成年に手ェ出すのは流石にドン引きだよ……」

 かく言うのはもう一人の男。矮躯、赤毛、筋肉質。背には巨大な斧を差している。体格は同族のもので、こちらは肌の色を見るに山小人(ドワーフ)か。

 顔の造作から窺える歳は四十前後だが、赤衣の女を〝ねーちゃん〟と呼んでいるのは解せない。キャロルなる女は種族の違いを考慮しても見た目が若く、ジノーヴィより二、三歳上の少女としか思えなかったからだ。

 

 土精霊(アースエレメンタル)の背に乗る三人目が、間延びした声で呼びかけてくる。

「闇小人のぼく~、大丈夫ですかね~? キャロルちゃんにえっちなことされてませんかぁ~?」

 ツナギ姿の、小柄な女だ。種族は……よくわからない。身長や耳の形はドワーフのようだが、顔つきはつるりとしていて人間の子供に近い。しかしその胸は豊満であった。

 彼女がぺたぺたと掌で叩き、何事か告げると、土精霊(アースエレメンタル)は岸辺を滑るようにして近づいてくる。この女が精霊を操っているらしい。

 

「揃いも揃って人聞きが悪いわ! あたしはこの子を助けてあげたのよ?」

 キャロルと呼ばれた女が、ジノーヴィを抱きかかえたまま抗議する。後から来た三人の目つきは生温かいもの。

「助けて……それから?」

 

 老闇小人(ダークドワーフ)の問いに、キャロルはちろりと舌を覗かせ、艶やかな唇で笑みを象る。

「せっかく拾った命だもの。どうせなら……その命を繋いでいくための、とびきり気持ちの良い()()()を教えてあげようと」

有罪(ギルティ)ですね~~!」

「なんでよ!?」

 

 種族不詳の小柄な女は、額にかけた防護眼鏡(ゴーグル)を闇の中で光らせ、笑顔で恐ろしいことを言う。

()からのお触れが出てまして~、キャロルちゃんは()()()()()()()()()性犯罪者として逮捕していいことになってるんですよね~」

「扱いが最低ランクでヒドい!?」

「ちょっと()()で遊びすぎましたねぇ~。()()()()になっちゃいましたからね~~」

 

 いったいこのキャロルという女は何をやらかしたのだろうか。ジノーヴィにとっては気が気でない。自分は相当に危険な人物の手中にあると確信できてしまったからだ。粘体の餌となる結末を免れて、変態の餌になったのでは不条理が過ぎる。

 

「……いえ、でもそうね。これは御主人様(マスター)が、ただそこに在るだけで()()()()になってしまうあたしの魅力を、それほど評価なさっているということ……!」

「うわすっげーポジティブ思考。無敵か?」

 赤毛のドワーフがぼそりと呟く。口調と表情は、少なくとも感心している風ではない。

 

 まだしも常識を持っていそうな三人組の方に、ジノーヴィは目で訴えながら事実を宣言する。

「あの……僕はこのお姉さんに助けていただきましたが、誓って何の性的同意もしていません!」

「意思表示の仕方が賢いわねぇ……」

 

 さいわい変態魔法詠唱者(マジック・キャスター)がそのまま少年をどこぞへ連れ去ることもなく、二人は河岸の三人と合流を果たした。

 未だ正体不明の四人に対し、ジノーヴィは簡潔に己の身空(みそら)を伝える。

 

「改めて、助けていただきありがとうございます。僕はジノーヴィ・アルゼイニ。

 この先にある、闇小人の難民キャンプを、たった四日ばかり前に追放された身です」

 ちらり、と黒ローブの同族に目をやる。特に忌避の反応を示してはおらず、純粋に疑問を抱いたような顔。

 

「難民キャンプってのも気になるけど……追放? その若さで?」

「何かヤっちゃったのかしら。氏族長の妻と娘を()()()にしたとか……」

「〝オヤコドン〟は知りませんけど、多分それ追放じゃ済まないやつですよね???

 僕自身が何かやったわけじゃありません。父が……その、都市と種族に対する()()()()()()を働いたので。息子の僕は、とばっちりで爪弾きに」

 

 炎使いと、土の精霊使い。少なくとも二人、強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)を擁する四人組に悪印象を与えないよう、ジノーヴィは慎重に言葉を選んで話す。

 怪しいといえば怪しく、変態も混ざっている。しかし彼らは魔物に襲われる子供を助けて、力づくで身ぐるみを剥ぐでもなく、恩に着せる様子も今のところない。

 善性の一党(パーティ)であろう、と推し量れた。そのような強者との縁は、ときに金銀宝石の山より価値ある財産となる。ことに、若くして共同体の庇護を失い、孤独で無力な放浪者となった少年には。

 

 彼らを味方につけられたなら、予想よりずっと早く、安全に地上を目指せるかもしれない――ひどく即物的な打算で、見知らぬ異邦人たちの同情と好意を買うべく、自分は無実の被害者なのだと訴えている。

 そんな生き汚さを一歩後ろから眺める、もう一人のジノーヴィも頭の中には居て、冷めた声で囁くのだ。

 ああ、ジノーヴィ・アルゼイニ。お前はどうしようもなく、ザハール・アルゼイニの息子だよ……と。

 

 

 

 謎の四人組は、思いのほかジノーヴィの身の上話に興味を抱いたらしい。

 正確には――地上から来た彼らは『下方大地(アンダーアース)』全般の事情に疎く、地下の住人であるジノーヴィが知ることなら何であれ聞かせてもらいたいのだという。むろん無料(ただ)ではなく、金品なり護衛の請負なりで報酬を払う用意はある、とも。

 

 いささか都合の良すぎる申し出と思わぬでもなかったが、ジノーヴィはこれに応じた。家族を喪い、故郷を失い、己が属してきた社会を追放されるに至って、捨て鉢になっていた面もある。

 この四人が何者であれ、彼らと互いを利用し合ったところで、いったい今より状況が悪くなることなどあるだろうか? 失うもの持たぬ身軽さが、元来は慎重な少年を大胆にしていた。

 

 互いに情報交換をすると決まると、そのために腰を落ち着けて話せる場所を――ということになった。

 どうするのかとジノーヴィが見守っていると、黒ローブの闇小人が何らかの魔法を発動し、たちまち岩壁の()に〝休憩所〟を作り出してしまう。

 その小部屋は簡素ながら、滑らかに丸みを帯びた石製の椅子と机を備え、五人が座って話し合うには充分な空間が確保されている。すぐ外がモンスターのうろつく水路でさえなければ、一人二人が仮宿にしてもいいくらいの居住性はあるように思えた。

 

 ジノーヴィが見たこともない魔法。黒ローブの闇小人もかなり高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に違いない。こうなると、赤毛のドワーフも他三人と同格の実力者であろうと考えるのが自然だ。

 下手をすれば全員が英雄ともいうべき強者。それが四人、連れ立って地下を探索しているというのは、地上の国や種族にとっても尋常なことではあるまい。

 

 あるいは彼らこそ、地上に助けを求めた同胞たちが呼び寄せた〝援軍〟なのではないか?

 仮にそうであるなら、こんなところで油を売っている場合ではない。一刻も早く彼らを難民キャンプまで案内すべきである。それが悪魔の軍勢を地の底へ押し返し、奪われた都市を奪還するための近道となる。

 

 だがジノーヴィはそうしなかった。

 致し方なしとはいえ、何の罪も犯していない自分を放逐した氏族のために、今さら働いてやるのも馬鹿馬鹿しいという思い。加えてここからキャンプの方へ取って返せば、この四人に地上まで送り届けてもらう目論見は御破算になるだろう、という予想もある。

 あくまで利己的に、恩人さえも利用して、少年は生き抜く道を探している。幼い良心が上げる批難の声を、黙殺しながら。

 

「――さて。ジノーヴィくんの話を聞く前に、いちおう俺たちも軽く自己紹介ぐらいはしとこうか」

 一行が石造りの卓を囲むと、赤毛のドワーフがそう言い出す。すでに名乗ったジノーヴィに対し、謎の四人が各々、こちらも簡潔に名乗りを述べた。

 

 筆頭は、気難しげな面構えをした黒ローブの老人。

「おれは錬金術師のサラム。見ての通り闇小人(ダークドワーフ)、坊主と同族だな。いちおうこの一党(パーティ)じゃ頭目(リーダー)っちゅうことになっとる」

 家名は告げられなかったが、錬金術を生業とするなら、闇小人流の命名規則ではそのまま〝錬金術師のサラム(サラム・アルヒーミ)〟がフルネームということになる。……これほどの術者だというのに、やはり近隣の氏族では聞いたことのない名だ。かなりの遠方から来たのか。

 

 次に、四人の中でも明らかに危険人物と思われる、金髪赤衣の女。

「あたしは超攻撃型美少女魔法詠唱者(マジック・キャスター)、キャロルよ。大抵のものは燃やせるわ」

 自分で美少女とか言いだしたぞこの女……とジノーヴィは胡乱なものを見る目つきになったが、()()()()()()()であることはもう解ってきたので、口には出さない。

 

 三人目は、ドワーフの少女と見えなくもない……が、胸だけ大人びて豊満な……種族不詳、ツナギ姿の女。

「わたしはミリアベルと申しましてぇ~、こう見えて鍛冶師なんですよ~」

 土精霊(アースエレメンタル)を使役していたことから、てっきり石祭司(ストーンドルイド)の類かと思っていた。本職ならざる余技であれほどの大精霊を従えているなら、職人としての腕はいかばかりか。同業者として、ジノーヴィも興味を惹かれる。

 

 そして最後の一人、大斧を背負った赤毛のドワーフが、髭の下でにっと笑った。

「俺の名前は八重樫(やえがし)レオ。そこにいるミリアベルの弟子で、()だ。

 お前も何か〝作る〟手合いだろ? あれこれ自己紹介するより、()()()もんを見てもらう方が早いよな」

 そう言うと、男は背中の斧を片手で軽々と抜き――おそらくジノーヴィには両手でも持ち上げられない――石の卓上に置いた。どうぞ御覧(ごろう)じろ、と言わんばかりに。

 

 言動からして、その斧はレオと名乗ったドワーフの作品なのだろう。

 身を乗り出して武器を検分するジノーヴィ。それが尋常ならざる魔力を帯びた逸品であることは、すぐに解った。

「……ルーンが()()()? 馬鹿な、あり得ない。こんな武器が……なぜ()()()()()()()()()()()()んだ?」

 

 ジノーヴィも知っている技術が出てきたことで、逆にその異様さが浮き彫りになる。

 ルーンとは、この世界に古くからある物品魔化の技術だ。その起源は、太古の巨人文明が神より授けられたものだとも、異界からの来訪者がもたらしたものだともいう。いずれにせよ数百、数千年は昔のことであろうから、真相は定かでない。

 

 力ある文字を物体に刻み込み、その字の意味に対応した魔法的能力を与える。それがルーン技術の骨子である。

 だが無制限に文字を刻めるわけではない。素材の品質と職人の技倆、その両方によって刻印可能な文字数は制限される。限界以上の文字を刻もうとしても、工作器具が弾かれたり、字が歪んで効果を発揮しなくなってしまったりするのだ。ひどいときには、文字を刻んだ物体そのものが魔力の内圧に耐え切れず、破壊されることもある。

 

 闇小人の帝国が全盛を誇った時代においてすら、最高峰の職人が槌と鑿を振るって、六文字までのルーンを刻み込むのが限界だった。少なくともジノーヴィはそう聞いている。

 それを……八文字?

 

「まだ下位文字でないとここまで入んねぇけどな。でもまぁ、まだまだ行けそうな手応えは感じてるぜ」

「頼もしいですね~! 魔法武器を作るだけならわたしでもできますが~、ルーンの研究に関しては現状レオくん頼みですからねぇ~~」

 

 眼前でよく解らない惚気(のろけ)方をする夫婦に、ジノーヴィはただ戦慄していた。

 この二人だけではない。理外の技倆を持つ職人と、その師にして妻だという女。話しぶりからして彼らと同格であろう戦闘特化の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に、この一党をまとめる頭目だという闇小人。

 四人全員が、()()()()()()()()()高みにある超越者たちなのだと、ようやく推し量ることができた。

 

 他方で、そのような半神の集団が何故ここにいるのか、という謎は深まる。

 訝しむジノーヴィの内心を見切ったようにキャロルが微笑んで、話の進行役を引き継いだ。

 

「あたしたちはここよりずっと北、アゼルリシア山脈にあるドワーフの王国から来たの。

 べつにそこの出身ってわけじゃなくて、職人組の技術交流のために訪問してたんだけど……ちょっと()()に巻き込まれてねぇ」

 

 自分は職人たちの護衛として同行していた――というキャロルが語り始めたのは、彼らが遠い山中の異国から、遥々ここまでやってくるに至る顛末だった。

 











[memo]

■〈不可視化(インヴィジビリティ)〉相当の種族的能力
闇小人(ダークドワーフ)が生得する種族スキルのひとつ。ほか術者を巨大化させる〈拡大(エンラージ)〉の擬似呪文能力などもあり、ユグドラシルでの闇小人は「人間種の中では種族スキルが充実している方」という評価だった。
・強力な種族スキルを持つ反面、明るい光の中では(特に対策を施さない限り)目が眩んだ状態になる、という弱点もある。クアゴアのように完全な盲目とはならないが、命中率や〈知覚〉判定にペナルティがある。

■深淵の石舞台、ビロモール
・闇小人の帝国の首都。広大な地下世界『下方大地(アンダーアース)』においても最大規模のメトロポリス。
 規模相応の防備を持ち、古代のルーン技術で作られた武装ゴーレムなども多数稼働していたが、〝八欲王の残穢〟による大侵攻で陥落した。
・都市の称号〝深淵の石舞台〟は複数の意味を持つ。第一に、現王朝の基礎となったディープストーン氏族(※英語名。現地語表記は異なる)の名に由来するもの。第二に、都市の前身が巨大な石の祭壇を備えた祭祀場であったこと。さらには地下文化の中心地として、この都に〝上京〟することが一つのステータスとなっていた時代の名残でもある。

■「都市伝説になっちゃいましたからね」
・没エピソードにおけるキャロルのやりたい放題、およびその結果として生まれた猥談的な民間伝承を指す。
・ある時期からキャロルは「異種間恋愛の可能性と身体的特徴の研究」などと銘打った〝フィールドワーク〟で多種族の現地人男性を食いまくり(※合意)、さながら男女逆転版『異種族レ○ュアーズ』めいた珍レポートを十一巻に渡って書き上げた。現在も続刊中。カレルレンは頭を抱えた。
・巧みな話術と欲望を刺激する演技、さらには幻術や変身まで駆使した多彩な手口で、キャロルが夜な夜な男たちを(と)ハメまくった結果、『霧の王国(ミスティラント)』の一部では(女性ではなく)男性が夜中に出歩くのは危険という風潮が生まれた。一〇〇レベルの痴女とランダムエンカウントするからである。女王(メイラス)は頭を抱えた。
・とりあえず、元提灯持ち(ランタンベアラー)の王室親衛隊員・ファーノくんは犠牲になった。
・現時点の総合評価としては、豚鬼(オーク)の男性が最も優秀らしい。体格相応に平均サイズが大きいうえに、一人一人違った()()()()をしておりベストフィットを探す楽しみがあるとか。何が? と訊いてはいけない。
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