OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼フェオ・ジュラ防衛戦(前)

 

 アゼルリシア山脈内部に、山小人(ドワーフ)の王国がある。

 鉱脈の採掘拠点として拓かれた、複数の地下都市からなる国だ。

 

 ドワーフはみな、大なり小なりもの作りに長ける。

 ある者は手慰みに石を刻み、ある者は生涯憑かれたように鋼を鍛える。

 なぜそうなのかは、誰も知らない。そのような種族なのだ、と言うしかない。

 

 とかく彼らは鉱石を掘り、加工し、様々な道具や工芸品を生み出した。子々孫々、何百年と続いてきた営み。ときにドワーフ製の名品が他種族の国まで流れ、貴族豪族の家宝となり、また伝説の武具と呼ばれた。

 

 神秘の文字、ルーンを刻まれし魔法の器物。

 それは金銀宝石を凌ぐ力ある財宝の代名詞であり、ゆえに平野で生きる人間たちは、ドワーフにある種の敬意を抱いていた。

 位階魔法が世界にもたらされて百年余り。魔法道具を作れる者がかつてよりずっと増えた時代にあっても、古きルーンへの畏敬は未だ生き続けていたのだ。

 

 

 

 そんなドワーフたちの王国で、この日――

 地下都市のひとつ、フェオ・ジュラは狂騒のさなかにあった。

 

 ビヤ樽めいた体型のドワーフたちが、怒鳴り合いながら右往左往している。

 

「大裂け目からよく分からんモンスターが湧いて出たとな!?」

「翼があって、空を飛ぶ奴らじゃ。ギム爺様の話じゃ、ありゃ悪魔だとか……」

「悪魔ァ!? なんでそんなもんが、地の底から出る!?」

「地獄だか魔界だか、奴らの棲家が大裂け目の底にある……ちゅうことかの」

「今までそんなこと無かったじゃろがい!」

「大昔に、他所ではあったと聞くぞい。深く深く、より大地の精髄に近い鉱脈を求めて掘り進めた強欲な闇小人(ダークドワーフ)どもが、太古から眠っていた火の悪魔を掘り当てて……」

「おとぎ話はええわい! 兵を集めい、非番も予備役もじゃ!」

「敵の数が多すぎる! 気張らんと、こりゃ都市が落ちるぞ!」

 

 駆け回るドワーフらの姿を、迎賓館の客室から窓越しに見下ろして、赤いドレスの女が暢気な声を出した。

「何やら大変そうねぇ」

 彼女の名は『熱病のキャロル』。ユグドラシルよりこの異界の地に降り立ち、『人類』存続のため暗躍するギルド『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』の、防衛部門副統括NPCである。

 

「ドワーフさんたちの話を()()から聞いた限りでは~、悪魔系モンスターの群れが都市に迫っているようですね~」

 振動感知の応用で地面伝いに遠方の音を聴き、この場に居ながら周辺の情報を集めているのは、製作部門副統括NPC――『刃金(はがね)と成すミリアベル』。

 

悪魔(フィーンド)か……サティアの報告にあった、〝八欲王の残穢〟とやらか?」

 長椅子(ソファ)に腰かけ、むっつりと部屋の調度などを眺めているのは、丈高い筒帽を被った黒ずくめの闇小人(ダークドワーフ)。職位は製作部門統括NPC。名を、『貴き贋金(にせがね)のサラム』という。

 

 都市の喧噪を尻目に、三人のNPCはいずれも泰然と構えている。

 自分たちはあくまで客分としてこの町に滞在する身であり、突発的な災害にも何ら対応の責任を負わないという立場からくる気楽さか。あるいは、多少の火の粉が降りかかっても容易く切り抜けられるという、自信ゆえか。

 

 しかし、NPCたちのようには落ち着いていられない者もいる。

「くそ……俺たちが手ェ貸してやれば、大抵のモンスターはすぐ片付けられるのに」

 

 扉の前に立って、今にも飛び出していきそうな顔をしている男は、赤毛のドワーフ。

 彼はNPCではない。が、この世界で生まれた存在でもない。

 母と姉、二人の家族とともに転移してきたユグドラシルプレイヤーの一人。かつて十歳の少年だった彼は、いまやドワーフらしく髭も立派な、大人の男へと成長した。

 名は八重樫(やえがし) 玲央(レオ)。ミリアベルの夫であり、『ルーン工神』の異名をとる鍛冶師でもある。

 

「レオくんはやさしいですからね~、早く助けてあげたいんですよねぇ~。

 でもちょっとだけ待ってくださいね~。わたしたちはまだ何も知らないことになってますので~、向こうから声がかかるまでは動けないんですよぉ~」

「解ってるよ、ミリ。俺だってもうガキじゃねーんだ。善かれと思ってやったことでも、タダ働きの人助けは遺恨を残す……だろ?」

 

 うんうんと嬉しげに頷くミリアベル。キャロルが窓の外を見たまま、子供の成長を面白がるような口調で言う。

「一方的な援助というのはね、与えられた者を驕慢にするか、さもなければ負い目で卑屈にさせてしまうものよ。たとえ一時(いっとき)()()()()輩と思われても、お金や労働で公正な取引をする方が、結局は人心を健全に保てるのよね」

 

「キャロルねーちゃんが珍しく真面目なこと言ってる……」

 愕然としつつも感心するレオ。キャロルは心外そうに片眉を上げる。

「あたしをただの痴女だと思ってなぁい? こう見えてそれなりに頭は良いのよ。普段はこの天才的頭脳で、エロいことばかり考えているけれど」

「結局それは痴女なんじゃねーか???」

 

 緊張感に欠ける会話を続けていると、客室の扉が開く。

 急いた足取りで入ってきたのは、ドワーフの男が二人。この都市を仕切る摂政会のメンバーだ。都市外との交易を司る商人会議長に、軍務を担当する総司令官。

 タイミングも面子も、おおよそ事前にサラムが()()()()()通りであった。

 

「火急の用件にて失礼いたします! ルーン工神様、ならびにご同行の皆様にお願いしたき儀があり、さ……参上仕りましてございあげ申しますぅ!」

 客室へ入る前にノックぐらいしてはどうかとか、緊張のあまり敬語がおかしくなっているとか、そのような些事を気にする者はない。

 レオは元々細かいことにかかずらわない性格であるし、NPC三名はそれぞれ実力を隠してレオの引き立て役に回っている。器量の大きいところを見せておき、彼の株をさらに上げるという方針は固まっていた。

 

 もっとも、ここのドワーフたちは既に、『工神』なる前代未聞の称号を捧げるほどレオに心酔している。これは彼が純粋な鍛冶の腕だけで勝ち取った敬服だ。『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』がこれ以上の小細工を弄する必要はない。

 だからこそサラムは、ドワーフたちがこうして非常事態に客人を避難させるでもなく、逆に頼ってくるような異例の対応も予測できた。

 

 一行を代表して、サラムがドワーフの長達に相対する。

「おう、外が騒がしいじゃねえか。そのことに関係してんのかい……」

「そ、その通りでございます。実は、都市西側に広がる大裂け目からモンスターが湧き出ておりまして……有識者の話では、悪魔ではないかと」

「ほぉ」

 

 すでにミリアベルが聴き取った通りの情報だが、まるで初耳というように、しかし不安や焦りを微塵も感じさせぬ態度で一行は聞く。

 その余裕ある聞きぶりにつられて、摂政会の二人も多少は落ち着いたようだ。上ずっていた声をしっかりと腹に落として、やや早口に説明を再開した。

 

 

 話の概要はこうだ。

 はじめ、都市の防衛軍は通常のモンスター襲撃と同様に対処しようとした。

 地中には人間種の敵が多く棲息する。たとえ地下では珍しい飛行能力を持つ種でも、裂け目前の砦に籠って迎撃すれば、斧や槌が届く範囲に入ってきた個体から倒していける。しょせん大地に属さぬ魔界の住人が、地中閉所での戦いにおいてドワーフを凌ぐはずもなし、と楽観視さえしていた。

 

 だが、戦い始めてほどなく誤算が明らかになる。

 天使と同じく悪魔が持つ、()()()()()()()()()()()()()である。

 

 ドワーフの王国がルーンを用いた魔法武器の産出国であるとしても、それは()()()()()()魔法武器が行き渡るほどの技術力・資金力を備えているという意味ではない。

 軍でも特に力ある戦士や、高位の指揮官、あるいは王家に縁ある者。ルーンの武具とは、そうした少数の選ばれし者だけが装備を許された秘密兵器であり、同時にステータスシンボルでもあった。

 王都フェオ・ベルカナであればまだしも、建造されてから比較的新しい都市であるフェオ・ジュラでは、そのような希少な宝具の使い手は軍にも多く居なかったのである。

 

 集めに集めて二十本ばかりの魔法武器と、少数の魔法詠唱者(マジック・キャスター)らによる支援(バフ)――非魔法武器に一時的な魔化を与える――をうまく運用し、ドワーフたちはどうにかこの都市の窮地を切り抜けようとした。

 が、予想を上回る悪魔の個体能力と、雲霞のごとき物量を前に、地の利があってなお押し込まれつつあった。

 

 裂け目前の砦が抜かれれば、悪魔の群れはそのままフェオ・ジュラへ雪崩れ込む。そうなれば市街戦だ。非戦闘員の市民に甚大な被害が出ることは想像に難くない。

 ことによると、市民を地上へ逃がし、都市を一時放棄せねばならない事態すらあり得る。

 

 だが――ここに、劣勢を覆し得る強大な魔法武器を持つ者たちがいる。

 種族史上にも類を見ない鍛冶の才から『ルーン工神』の異名を得た八重樫レオは、技術交流の目的で幾度となくこの国を訪れ、その度にめきめきと腕を上げながら国宝級の武具を生み出してきた。

 

 今回の訪問でも、彼がルーン技術の研究として、あるいは練習や手遊びとして、幾本もの魔法武器を作成したことは都市側の知るところとなっている。

 そして過去の訪問においても、レオにとっては手放してしまっても惜しくない程度の――それでも王国側から見れば驚異的な性能の――作品が出れば、国や都市、はたまた裕福な個人などに売却することはあった。

 そうした背景を踏まえれば、摂政会の頼み事を推し量るのに、なにも超人的な知力を振るう必要はない。

 

 

「お願いとは……工神様の御造りになった武器を、都市防衛のため急遽、できるだけ多く買い取らせていただきたいのです。いえ、この戦いの間のみの貸与でも構いません!

 代金の方も、都市の予算から可能な限りの額を捻出させていただきます。何卒……!」

 

 またも、サラムが読んでいた通りの申し出。

 当然、どのように受け答えるかのシナリオも用意されている。

 

「災害対応ってわけだな。協力するのは吝かじゃないが……レオ、()()()()()?」

「二文字以下のがらくたが十三本。息抜きで打った三、四文字の玩具が二十本。武器として実用に堪える五文字以上は、せいぜい八本ってとこかな」

 予め在庫を数えていたのであろうレオが、どこからか取り出した武器を大理石の長卓上に並べていく。

 

 彼の品質評価は俗世の水準をだいぶ逸脱している。ルーンを刻んだ武器とは、たとえ一文字でも最高品質の非魔法武器に勝る価値を持つ。

 五文字以上のルーンを刻んだ武器ともなれば、それは本来()()に供すべきものではない。国宝として厳重に保管されるべき伝説的逸品といえる。

 

 が、低位のルーンでいえば()()()()()()に相当する魔力の籠った武器を、いとも容易く生み出してしまう女が、彼の師にして妻なのである。そのような環境では、八重樫レオもまたプレイヤー的な感覚の麻痺を免れ得るものではなかった。

 

 卓上にずらりと陳列された、当代最高のルーン工匠の手になる作品群。その魔力の輝きを見ながら、摂政会の二人が顔を青くしている。

 四文字以下に限っても、一都市の予算ですべて買い取るなど、到底現実的でないほどの価値があるのは明白だった。問題の八本に至っては買値など付けられない。どれ一つ取っても、国が傾き戦の火種になりかねない代物。

 

 買い取りが無理なら貸与しかない。幸い、レオ曰くの〝がらくた〟でも都市を襲う悪魔には充分通じそうに思える。

 なんとか低位のもので数を揃えて、一本でも多く借り受けられるよう価格交渉をしなければ。

 自分たちの手腕に、都市の運命が懸かっている――

 

 そんな都市幹部らの心理を手に取るがごとく掌握しながら、サラムは紙と筆を取り出し、即席の見積書を書き上げる。

「お手頃に数だけ揃えるなら……都市防衛用途に限り、短期の貸し出し。五文字以上のものは除く。この条件で、こんなもんでどうだ」

 

 摂政会のドワーフたちは、まず渡された紙の色艶と手触りから伺える上質さに驚き……そして書かれた金額を頭の中で数え、二度驚愕した。

「ん!? ……これは、その……よろしいのでしょうか!?」

()()()()だろ?」

 

 安くはない。都市の予算からでも、決して気軽に出せる額ではない。

 しかし、いかなる意味でも――法外な値段ではなかった。サラムの言う通り、ルーン四文字以下の品質に絞って、期限付きの貸与契約という条件でなら……この金額は、まさに()()といえる。

 摂政会の二人も、それを一目で理解できるからこそ訊いたのだ。()()()()()()()()()、と。

 

「言いたいことは解るぜ。いまは緊急事態で、あんたらは切実に魔法の武器を必要としてる。だったら()()()()()()()()()()()おかしくねえ……ってとこだろ。

 もちろんそうすることはできる。だが、おれたちゃ技術を学びにこの国へ来てるんであって、利益を最大化するのが至上命題の商人ってわけじゃない。

 人命を盾にして値上げ交渉なんぞやった日には、いっとき儲けられたとしても、あとでいろいろ拗れるのが目に見えてる。だいたい……当のレオが、そんなこと望んじゃいねえ。そうだろ?」

 

 勝手に英雄的な意図をでっち上げられる形になったレオだが、自分に求められる役割を理解して、話を合わせられる程度には大人であった。

 

「参事さん方……俺もな、目の前で町がモンスターに襲われてるって時に、金儲けのことばかり考えてられるほど、冷血じゃあないつもりだよ。助けたいし、力も貸したいと思ってる。

 だが、職人は技術を安売りしちゃいけねえってのも真理だ。あんたたちにも……解るだろう? 仮に俺が、ここにある武器を()()()くれてやったりしたら――」

 

 都市幹部らの顔は蒼白を通り越して、いまや不死者(アンデッド)のごとく土気色になっている。彼らはぶんぶんと首を振って、レオの語る恐ろしい選択肢を必死に否定した。

 都市失陥の危難に際し、国宝級の武器を無償でいくつも……貸与ですらなく……()()される?

 

 これを〝損失ゼロの丸儲け〟などと都合よく考えられるほど愚かなら、都市の運営に関わる立場を任されてはいない。摂政会の二人は理解していた。そのように一方的で、あまりにも非対称の施しを受け取ってしまえばどうなるか。

 

 フェオ・ジュラという都市が、ひいてはドワーフの王国そのものが、『ルーン工神』八重樫レオに返し切れぬ借りを負う。事は政治の領域へ一足飛びに踏み込むことを避けられず、都市防衛が成ったとしても、有形無形あらゆる褒賞で報いぬわけにはいかない。財産、土地、名誉、地位――歴史ある山の王国、その威信にかけて、単なる金銭では購えない巨大な返礼を用意せざるを得なくなる。

 

 借りを返せなければ……あるいは、踏み倒そうとしたなら。

 それはつまり、『工神』とまで称された職人に対し、王国が()()()()()()()()()()()()()ということになる。国威は地に落ち、手工の技を尊ぶ種族の誇りは失われ、永遠に戻らない。

 人間ならやったかもしれない。ドワーフには、無理だ。彼らにとってそれは、控えめに言っても()()()()()()()()()なほどの〝最悪〟である。

 

 どう処しても、下手をすれば国が傾く。そんな決断を、()()()()()()()()()()()に現場の者が下してよい道理はない。別にフェオ・ジュラを一時放棄したとて、あとで援軍を得て取り戻しに来るという選択肢もあるのだから。

 レオがこれらの武器を()()()などと言おうものなら、都市を代表して訪れた二人はむしろ、()()()()()()()()()と懇願しなければならない立場であった。

 

「――な? だから適正価格の、()()()()()にしようってワケだ」

 幹部たちの思考を読んだように、絶妙のタイミングで続けられた言葉。彼らは信じた。レオが先の先まで見通した上で、自分たちに過大な責任と負債を押し付けないよう配慮してくれたのだと。

 

 実際にこの交渉の流れをコントロールしていたのはサラムであるし、レオも国家を()()()()()()()などという悪辣な謀略を考え付く性質(たち)ではなかったが……ドワーフ三名はそうした文脈の裏面に気付かず、NPC三名は気付いていながら黙っていた。

 それゆえ結局この場の誰も、茶番を茶番と指摘することなく交渉は続く。

 

「ついでにサービスとして、最上級の八本を追加で貸し出しつつ……()()()()()防衛戦に加勢する、ってオプションも提案できるんだがね」

 サラムの提案に、二人のドワーフが目の色を変えて食いつく。

「何ですと!?」

「いったい……いかなる条件で?」

 

 卓上に広げられた武器群の中でも、一線を画す魔力を帯びた八本の武器。これらを借り受け、力ある戦士に持たせることができたなら、比喩でなく一騎当千の活躍すら期待できる。五文字以上のルーン武器とは、至高の宝具であると同時に、個で戦局を動かす()()()()でもあるのだ。

 

 あまりに価値が高すぎることを一目で察してしまったがゆえ、都市幹部たちはそれらの借用を最初から諦めていた。だが、相手から貸し出しを提案してくるからには、よもや支払いの不可能な対価は要求されないはず。

 可能な限りどんな条件でも呑もう、と。覚悟を決めて待つ都市の長たちに、サラムが提示した望みは予想外の――しかし、ある意味で納得のいく――報酬だった。

 

「おれたちがこの国へ通うようになってそこそこ長いが、『工神』なんて大層な綽名をもらってる割に、レオが学んだルーンの知識はまだ完全じゃねえ。九十あると伝え聞く文字のうち、こいつが知り得たのは上位の半ばまで、ざっと八十種類ばかりだ。

 これほどの才能が、世にある全種のルーンを扱えないのは……()()()()と思わんか? 伝説によれば、最上位文字より()()()()も存在するかもしれんのだろう?

 秘匿されたルーン技術の()()が、まだあるはずだ。そいつを開示してもらいたい。この都市に文献がないとしても、たとえば王都――フェオ・ベルカナあたりにはあるんじゃねえか?」

 

 商人会議長と総司令官は、唸った。

 王家がルーンの秘伝書を代々受け継いでいる、という噂はある。

 あくまで噂だ。真実だったとしても、それは国家の最高機密に類するもの。たかだか一都市の幹部であるに過ぎない自分たちの一存では、開示の是非など当然決めかねる。

 

 しかし――この都市で『ルーン工神』の底知れぬ成長と才覚、振るう槌の魔技を見てきた彼らだからこそ、サラムの言葉に仕込まれた誘いを無視できない。

 ()()()()。そう、勿体ないのだ。一般の工匠には開示されないルーンの秘儀なるものが実在するとして、それを継承するに相応しき者は……山小人の王国の民として、不敬きわまる発想とは承知の上だが……有史以来誰よりもその知識を使いこなせるに違いない、八重樫レオをおいて他に居ないのではないか。

 

 今代の国王は、歴代の王たちに劣らず凄まじい魔法鍛冶の腕を持つという。そのような才を血統に乗せて受け継いできたからこそ、ドワーフの王家は王家たり得る。

 ()()()()。目の前の、神の領域にさえ手が届くと思える、圧倒的な魔才を知ってしまえば……。

 

「俺たちが参戦するって部分が不安なら、心配は要らねぇぜ。誰かが怪我しようと死のうと、あんたらに責任取れなんて言わねえし……全員()()()()()戦えるからな」

 駄目押しのようにレオが掲げて見せたのは、彼が自分自身のために鍛え上げた、一挺の斧だった。

 

「な……()()()()()()()

「ひい、ふう、みい……ば、馬鹿な! あり得ん! ()()()のルーンじゃと!?」

 

 その斧が放つ尋常ならざる魔力を直視したとき、摂政会から来た二人のドワーフは、自然とその場に膝を屈した。

 職人としての、途方もない技の高み――そして嫉妬を差し挟む余地すらない、崇高なまでの鍛錬と研鑽の結晶。才能だけでは決して届き得ない奇跡が、刃金の重みを持って眼前にある。その事実が、一切の前提も留保も必要としない純粋な感動となって、ただ彼らを打ちのめしたのである。

 

「……わ、私たちは、ルーンの秘伝なるものが実在するかを知りません。もし知る者がいるとしたら、それはフェオ・ベルカナにおわす王家のみでしょう。

 ゆえに、我々があなた方に、それを閲覧なり修得なりする()()を、出すことはできかねます……そんな権限は、もとより持ち合わせておらぬからです」

 

 神話の武器がそのまま再現されたかのような斧に視線を吸い寄せられながら、吹き出た汗を拭き拭き、商人会議長が言う。この場で自分が一切の許可を出せないことが、心底悔しいという声であり、表情だった。

 サラムが何かを言う前に、商人会議長はぱっと顔を上げて、続ける。

 

「しかし、この都市の危地にご助力いただいた大恩と、失伝した技を蘇らせ得るその実力を以て……()()()()()()()()()()()()()あなた方にご開示いただけるよう、王城への嘆願を一筆(したた)めるくらいのことは、させていただきます!」

 

 深く深く、商人会議長が一礼し、総司令官も後に続いた。

 都市の要職にあるとはいえ、王家への嘆願状を書いてくれるというのは、当然並の待遇ではない。彼らの立場で示し得る最大限の協力であり、誠意であると言えよう。

 

 ニッと笑い、サラムとレオが手を差し出す。頭を上げた摂政会の二人が握り返す。

 交渉が成った瞬間であった。

 










[memo]

■『ルーン工神』八重樫(やえがし) 玲央(れお)(第一紀)
・主人公と同時期(数か月後)に転移してきたプレイヤー。山小人(ドワーフ)、男性。転移当時は十歳だったが、現在は立派なおじさん。(※ドワーフとしてはまだまだ若者)
 『霧の王国(ミスティラント)』への移住後は現地ドワーフの鍛冶師たちに囲まれて育ち、人格形成の面でも彼らの影響を強く受けている。
・鍛冶の師として教えを乞いながら、ずっと想いを寄せていたNPC・ミリアベルとは、種族の隔たりを乗り越えて結婚している。()()が忙しい彼女と共に過ごせる時間は多くないが、そうした事情を呑み込んだうえで夫婦仲は良好。
・彼をギルドの協力者として緩やかに取り込んでゆく方針の『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』による誘導もあり、ルーンを中心とした現地特有の技術を多く学ぶ。
 プレイヤー特有の成長速度と一〇〇レベルまでの成長が保証された才能を活かし、呪刻工師(ルーンマスター)など多くの上級職を獲得。
 実験目的でワールドアイテム『忘却の壺』も併用され、ルーン技術特化の職人として腕を伸ばしている。


■「普段はこの天才的頭脳で、エロいことばかり考えているけれど」
・キャロルの知的能力は原作でいえばラナーやデミウルゴスとバチバチの頭脳戦を演じられる水準にあるが、普段はその頭脳をエロ方面にしか使っていない。
・必要が生じるか、あるいはカレルレンが命じさえすれば、真面目に知的労働をこなすことはできる。しかし過去に一度、本気で生産的な活動に取り組もうとした結果〝世界を滅ぼしかねない恐るべきアダルトグッズ〟を発明してしまった前科(※没エピソード2の事件)があるため、現在はむしろその天災的頭脳で許可なく()()()()()ことが禁じられている。
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