OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼フェオ・ジュラ防衛戦(後)/歴史を変える発明

「サラム、いちおう訊いておくけど……この悪魔騒動、レオくんのルーン武器を宣伝するために()()()仕込んだイベント、ってわけじゃないのよね?」

「ったりめぇだろ。マッチポンプなら、現場のおれらに何の情報も降りてこないわけがねえ。

 ()()はただ、状況を利用しただけってやつだ……結果的に、王家が秘匿してるかもしれん技術への足がかりが得られたのは、美味しい取引だったが」

 

 己が属すギルドの関与を疑うキャロルと、それを否定しつつも上々の成果が得られたことには満足げなサラム。

 NPCたちの視線の先では、工神レオのルーン武器を貸し出されたドワーフの戦士たちが、猛然と扉の向こうへ突撃してゆくところだった。

 

「このハンマー凄いよぉ! 力がみなぎってくる!」

「信じられん、悪魔どもの外皮が紙きれみたいに……」

「押せ! 押し返せ! 殺せ!」

「なんじゃこの槍! 小悪魔(インプ)が小突いただけで灰に!?」

「振りが軽いのに斬撃が重い! とんでもない斧じゃァ!」

「あの大剣……雷撃が伝播するのか?」

「ルーンで自動回転する穿孔錐(ドリル)じゃと? 正気か!?」

 

 群れ成す悪魔の物理耐性に苦戦を強いられていたところへ、待望の魔法武器が――それも伝説に謳われていておかしくない名品がいくつも――届けられ、戦士団は疲弊から一転して士気を爆発させた。

 

 敵に有効な攻撃手段を得た彼らの勢いは凄まじく、初めて扱う武器ばかりにも拘わらず、みな手に馴染んだ相棒のごとくそれらを使いこなしてみせた。

 大裂け目へ続く坑道を埋め尽くしていた悪魔たちは瞬く間に駆逐され、戦線はそのまま裂け目前の砦へ。さらには底知れぬ深みに臨む大裂け目の際まで、一気に押し返される。破竹の快進撃であった。

 

 

 そして、悪魔と切り結ぶ戦士たちに混じって、斧を振るうレオの姿がある。

「俺は戦士としちゃ素人だが……自分で打った武器の扱いは! 誰より心得てるぜッ!」

 八文字のルーンを刻まれた大斧は、肉厚の刃から想像される重みなど無いかのように軽々と振り回され、空間に白い光の軌跡を残してゆく。

 その軌跡に沿って、虚空から咲く花のようにきらめく結晶が育ち、次々と弾けて射出された。

 

 現時点におけるレオの最高傑作、ルーン八文字の魔戦斧『玉砕』――斬撃軌道から短命な金剛石(ダイヤモンド)の尖弾を生み出し、敵へと浴びせて使い手の援護射撃を行う。戦士ならざるレオが、大得物の隙をカバーするために苦心して刻み込んだ力だった。

 むろん武器としての基本性能や、他の特殊能力も文字数相応に凄まじい。持ち手には軽く、叩きつければ重く鋭い。頑丈で、装備する限り疲労もしない。

 この斧の使い手は何時間も休まず、多数の敵と戦い続けることができる。そのような武器として、設計されていた。

 

 レオが高レベル鍛冶職の剛腕で斧を振るう。

 石像めいた悪魔が二体まとめて両断され、その斬撃がさらに結晶の連弾を生じ、後方に控える四体の悪魔を蜂の巣にする。

 

「疲れないのはいいが、乱戦だと回復の暇がねえな! 次はHP吸収も付けるか!」

「そうですね~、自衛と継戦能力を重視するなら~、吸血効果は欲しいですねぇ~」

 

 奮戦するレオの足元、土の中からミリアベルの声が応じた。

 彼女は種族能力で地中を自在に潜行できる。生産特化型のNPCにも拘らず、こうした地下での戦いなら、総合的な強さは純戦闘型の一〇〇レベルプレイヤーにも引けを取らない。

 そうした種と地の利を活かし、彼女は(レオ)が万一にも不覚を取らぬよう影から掩護しているのだ。

 

 

「ミリアベルも大概過保護ねぇ。愛かしら」

「おれたちに味方する、貴重な生産職のプレイヤーだ。裂け目に落っこちて事故死でもされちゃあ、たまらんのだろ」

 レオとその作品たちの英雄的活躍を霞ませず、しかし怠けているとも思われないよう、キャロルとサラムは持てる力のごく一部のみを振るって戦闘に参加している。

 

 キャロルは近づく敵を片端から炎のオーラで消し炭にしつつ、ときおり離れたところを飛ぶ相手に視線をやる。蒼氷色の片眼が輝くたび、()()――と寒々しい音を立てて、白く凍った悪魔が墜ちる。

 武器も抜かず、魔力も使わず、常時発動型(パッシブ)または回数無制限のスキルだけで戦い、リソースの消耗なく魔群を駆逐してゆく。

 

 サラムの能力構成は戦闘を一切考慮されておらず、統括級NPCの中でも最弱に近い。それでも一〇〇レベル相応の基礎能力値と、アイテム製作に活かされる豊富な魔力は、この世界では破格のもの。低位の悪魔がいくら群れたところで、後れを取ることはあり得ない。

 土から創造した即席の動像(ゴーレム)十体に、これも魔法で創造したクロスボウをそれぞれ持たせ、尽きることなく自動装填される太矢(ボルト)を連射させている。特殊な効果は乗らないが、この弩から発射される矢も微量の魔力を宿し、非魔法武器への耐性に阻まれない。

 

 サラムのゴーレム部隊による弾幕が、空中の悪魔たちを脅かす。対空射撃を嫌って地上へ降りれば、レオと彼の武器を貸し与えられたドワーフの戦士らが待ち構えている。特に強力な種や危険な動きをしている個体は、キャロルとミリアベルがさりげなく処理してゆく。

 

 さいわい裂け目から上がってくる悪魔の個体能力は、二十レベル以下が大半。戦術も連携もなく、ただ数に任せてバラバラに襲い掛かってくるのみ。

 ドワーフの戦士たちに強力な武器が行き渡り、待ち構えて殲滅する陣形が完成してしまえば、あとは一方的な展開となった。

 

 

 やがて長い戦いにも終わりが訪れる。

 無限に続くかと思われた悪魔の湧出が止まり、わずかに残った個体が大裂け目の底へ逃げ戻ってゆく。なにゆえ攻め寄せてきたのかも解らぬ悪魔の軍勢は、ひとまずフェオ・ジュラへの侵攻を諦めたようであった。

 

 勝鬨を上げるドワーフたち。一緒になって叫んでいるレオを尻目に、キャロルが〈飛行(フライ)〉を発動したかのように浮かび上がる。

 

「追うのか?」

「どこへ逃げていくのか、興味あるでしょ? あんたたちはレオくんのフォローをしてあげて。……あたしがいなくても大丈夫よね?」

「へーきです。護衛はまだまだいるのです」

 

 サラムのローブの中から、幼い声が応じた。『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』近衛兵長を務めるNPC・『外なる海のシズク』――の、分体である。

 オリジナルのシズクが定期的に己の分け身として生み出す姉妹たちは、形態を自在に変えられる粘体の特性を活用し、ギルドの重要人物を生ける防具のごとく護衛している。キャロルが抜けたところで、いざというときの戦力に不足が生じることはない。

 

 キャロル自身は種族特性の()()が悪いため、シズク分体姉妹(シスターズ)を生体防具として纏ってはいない。が、それは防衛部門副統括たる彼女に護衛がつけられていないことを意味しない。

 宙に浮くキャロルが地面に投げかける影が、すっと騎士のような形をとり、平面上で一礼した。

 

()()に出くわすようなら、ミハネの影の騎士(シャドウナイト)がやられる前に撤収しろよ」

「わかってるわよ」

 

 ひらひらと手を振り、キャロルは裂け目の深部へ向けて降下していった。

 

 

 

 

「……で、逃げる悪魔を追いかけていったら、裂け目の底に横穴がいくつもあってね。

 後から合流したサラム達と一緒に、悪魔の退路を辿って南へ歩いてきた先で……なにやら可愛らしい叫び声が聞こえて、粘体の餌食になりかけているあなたを発見したというわけ」

「歩いてきた、って……山脈の下からここまで、何百キロもあるんじゃないですか?」

 

 かくして物語は現在へ追いつく。

 ドワーフの国での悪魔騒ぎを――むろん機密に触れる細部は省いて――簡潔に説明し、そのまま流れでここまで来たと語るキャロル。

 彼女たちほどの強者なら、危険な地下世界を長征することも難しくないのだろうか。岩壁の中に拵えられた〝休憩所〟で、話を聞いたジノーヴィ・アルゼイニはそう考える。

 

 キャロルは〈飛行(フライ)〉の魔法を使えるようだし、残りの三人もミリアベルの使役する土精霊(アースエレメンタル)を乗り物として利用していた。いずれにせよ、人の足で天然の洞窟網を行くより遥かに速いはず。〝歩いて〟というのは比喩だろう。

 

「追っていたという悪魔はどうなったんです?」

「それがねぇ。途中で突然現れた、木の根っこみたいなモンスターにやられちゃったのよねぇ。

 地上じゃ見たことのない種類だったわ。雷を放ったり、樹脂みたいな液体を操作したり……地下ではよく見るのかしら?」

「ああ、それは()()()の聖根でしょうね」

 

 キャロルは一瞬だけきょとんとして、すぐに悪戯めいた笑みを含んだ。

「……聖根? そこはかとなく卑猥な響きね。チ○ポの隠語かしら」

「違いますけど?????」

 呼吸するように吐き出される宗教的冒涜。気色ばむジノーヴィを、レオが宥める。

 一方でキャロルの方には、ミリアベルがフォローを入れていた。

 

「キャロルちゃん、霊樹様ってほらアレですよぉ~。サティアちゃんの報告にあった~、『下方大地(アンダーアース)』で信仰されてる神様の名前です~」

「もちろん覚えてるわよ? 同じ神のもとで、闇小人(ダークドワーフ)闇妖精(ダークエルフ)が協調体制を築いていたって話よね。

 でもその神様、百年以上前に()()()()()()……と聞いてたけど?」

 

 地上から来たという四人は、自称するほど地下世界の情勢に無知ではないらしい。とすると、知りたいのは最近のことか。

 ジノーヴィは話すべき内容を頭の中で整理し、類推した相手の望みに合わせて組み立てていく。これは単なる情報提供ではない。自分を有益な情報提供者として、彼らに売り込めるかどうかのテストだ。そう試されているのだと、仮定する。

 

「百数十年前、地上で大きな戦争があったらしい……というのは、たぶん僕より皆さんの方が詳しいですよね。

 なんでも、異界から現れた〝八欲王〟なる悪神が、()()()()()()()()()とか……。

 僕たち闇小人の神……霊樹様も、その八欲王から民草を守るべく戦って、一度は弑されたと伝えられています」

 

 顔を見合わせるキャロルたち。地上で伝わっている話と、この時点で食い違っているということだろうか。

 なんにせよ興味は引けている。ジノーヴィは彼らの反応を注視しながら続ける。

 

「霊樹様がお隠れになったあと、闇小人の帝国は長く衰退の時代を過ごしました。そのままであれば、遠からず滅びていたかもしれません。

 ですが三十年ほど前――霊樹様は()()()()()()()()()()

「それは……自力で死から蘇ったの? それとも、他の誰かが蘇生を?」

 

 薄い笑みを張り付けたまま、キャロルの声だけが真剣な響きを帯びる。

 この女は胡乱な言動に反して、ただの痴女ではないのかもしれない――という直感が、ジノーヴィの脳裏をよぎった。

 

「地上には死者を蘇らせる方法があるんですか? ……いや、今は関係ない話でした。

 霊樹様は生命力の化身のような御方。長い時は要しても、自らの御力だけで死の淵から這い上がって来られたのでしょう。

 とかくそれ以来、闇小人と闇妖精は霊樹様の庇護を取り戻し、束の間の平穏を享受していました……近年までは」

 

「何があったんだ」

 出会って間もない、歳も離れた子供に、親身の友のごとく気遣わしい声をかけてくるレオ。何がどう、とは言えないのだが、ジノーヴィは四人の中でこの男に最も親近感のようなものを覚えていた。

 

「皆さんが戦われたのと同じ、悪魔ですよ。ときどき魔獣や不死者(アンデッド)なんかも混ざっていますが……地底から湧き上がってくるあいつらが、数年前から急に数と強さを増し始めたんです。

 その結果、都市を守ってくださっていた霊樹様の聖根は、より強力な個体を止めるために力を割かなければならなくなりました。比較的弱い悪魔は数も多く、霊樹様の御力で滅ぼし切れない分は、民が自力で撃退する以外になくて……」

 

 話が進むにつれ重くなる声を、ジノーヴィは強いて明瞭に保とうとする。

 喉を詰まらせている場合ではない。生きなければ。

 そのためにも、彼らの助力を得られるよう努めなければ――。

 

「……犠牲が、出るようになりました。二年前には、市街地まで侵入した悪魔に、僕の母と妹が攫われて……その数ヶ月後には、悪魔討伐部隊に参加していた父が()()()()に。

 せめて家族の仇に一矢報いたくて、僕も父の跡を継ごうと、鎧職人としての技術を磨きました。ただの防具でなく、装備する人の攻撃力や機動力を高める、新型の鎧を開発しようとしていたんです。工作技術が追い付いていなくて、まだ初歩の試作型(プロトタイプ)しか作れていませんでしたけどね……。

 そんな折――ふた月ほど前、死んだと思われていた父が首都(ビロモール)に帰ってきました」

 

 父ザハール・アルゼイニと、その同僚の戦士たち数名は、全滅した討伐隊の僅かな生き残りとして帰還した。

 主力部隊が異常に強力な悪魔と遭遇(エンカウント)し壊滅した後、彼らは魔群の追撃を逃れて広大な地下坑道網を逃げ回り、迂回に迂回を重ねて首都まで戻ってきたのだ。

 多くの脱落者を出した、一年以上にわたる過酷な旅路だったという。

 

「――まあ、嘘だったんですけどね」

「えっ? 何がだ?」

「彼らは悪魔から()()()()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()()()()()ということです」

 

 素直に驚くレオと対照的に、残る三人は話の筋を予測していたようだった。

 何も不自然なことはない。()()()()()()()()()()()()()()()()のだと、最初に明かしてある。

「父を含む生還者たちは、同胞が勇ましく戦って死んでいくのを見ていながら……悪魔に命乞いをして、あまつさえ寝返って、その()()として都市に戻ってきたんですよ」

 

 生還者たちを喜びとともに迎えてから、たった数日後。

 幾星霜の歴史を刻んだ地底の大都市(メトロポリス)、ビロモールはあっさりと陥落した。

 

 聖根の防衛網に阻まれることなく都市に出入りできる、そこに住む闇小人しか知らぬはずの抜け道。

 隠されたその道を通り、普段なら聖根が止めているような高位の悪魔が流れ込んできたのだ。攻められれば急所となることは明らかであるがゆえ、虎の子の武装ゴーレムを置いて守っていたのだが――敵が強すぎた。あまりにも、常軌を逸して。

 

「聖根に守られたルートが安全なら、なんでその守りのない〝抜け道〟を封鎖しちまわなかった?」

「霊樹様は復活以後、なんというか……不敬な表現にはなりますが……半分、()()()()()()ようなところがありまして。基本的には僕たちのことを守るべき民と解ってくださるのですが、ときおり敵も味方も区別が付かなくなるんです。

 そういうとき、霊樹様の気がお鎮まりになるまで使うための出入り口を残しておいた結果、敵に利用されてしまったという次第で……」

 

 手引きをした裏切り者たちは、魔軍の流入に呼応して都市内で破壊工作を行い、同胞の組織的抵抗を妨害し続けた。個体戦力でも物量でも敵わぬ相手に、味方の裏切りによる混乱まで抱えたままでは、闇小人の精強な戦士団といえど太刀打ちできるものではない。

 そして、悪魔に魂を売り渡した者の中でもとくに()()()()働きを見せていたのが、ザハール・アルゼイニだった。

 

「多くの戦士と、市民が……邪悪な力の籠った鎧を着て、悪魔に付き従う父の姿を目撃していたそうです。それだけでなく、父自身の手で市民が何人も殺されたと」

 

 ことによると、魔法的な手段で支配されていたのかもしれないが……ザハールの声を聴いた者は語る。

 彼自身が、まるで悪魔のようであったと。

 

 ――見ろ、俺を認めなかったクズども! これが真理だ、これが力だ!

 ――弱さは罪、弱さは悪! 跪け、詫びてみせろ、息をするたび俺に許しを乞え!

 

「僕だって何かの間違いだと思いたかったですよ。父はいろいろと問題のある人でしたが、同族殺しをするような悪人じゃなかったはずですから。

 でも実際に人が死んでいて、悪魔たちは父を味方のように扱っていた。あの日、僕は父と直接会いませんでしたが……同じ証言をした人が多すぎる。言い訳の余地は、ないでしょうね」

 

 かくして首都を守る精鋭軍は壊滅し、その決死の奮戦によって逃がされた多くの市民が難民となって、国内他市や同盟国のダークエルフたちのもとへ押し寄せた。

 しかし地下都市というものは、地上の都市よりもさらに居住空間の管理に厳格である。そうでなければ生き延びられない理由が多すぎるからだ。無計画に穴を掘れば崩落を招き、都市ごとに確保できる空気量で賄える以上の人口が密集すれば、全員が窒息する。

 

 難民たちの多くは頼った先で受け入れられることなく、市外にキャンプの形成を黙認されるだけでも、多分に温情ある対応といえた。少なからぬ難民が同胞や同盟国民に追い返され、叩き出され、行くあてもないまま地下の闇に呑まれて、消えた。

 慣れ親しんだ地下にもはや居場所なしと悟った人々が、最後に目指したのが地上だった。

 

「なるほどねぇ……それで、裏切り者の息子、ってわけ」

 得心のいった様子でキャロルが頷く。軽薄な口調は鳴りを潜め、しっとりとした声に共感と同情が滲む。

 今が勝負どころとばかり、ジノーヴィはついに己の望みを口にする。

 

「そういうわけなので、僕はもう闇小人の社会には戻れません。たとえダークエルフや地上人の助力を得て、首都を悪魔から奪還することに成功したとしても……父の汚名は二度と消えない。

 だから……あなたたちには何の得もない、とても身勝手なお願いだとは承知していますが……どうか僕を、地上へ連れて行ってはいただけないでしょうか!?」

 

()()()()()()()()()ぉ」

「へっ……?」

 最大限に同情も引いた。出せる情報は惜しみなく出す姿勢も見せた。

 それでも断られる可能性の方が高いと思っていたジノーヴィに、キャロルはあっさりと頷いて、彼らのリーダーであるというサラムに視線を向ける。

 

「いまの話、ちょっと気になるところ……あったわよね?」

 うむ、と重々しく頷き、サラムの眼光がジノーヴィを捉える。

「〝装備する人の攻撃力や機動力を高める、新型の鎧〟を作ろうとしてた……って言ったな。

 坊主、思い出せる限りでいい。お前さんが作った試作品の仕様、書き出せるか」

 

 サラムがどこからか取り出した紙とペンを渡してくる。地下では高級品の羊皮紙すら足元にも及ばない滑らかな紙質と、明らかに魔法の力を宿した羽ペンの輝きに、ジノーヴィは「この紙を自分のがらくた同然のアイデアで汚していいのか」などと卑屈なことを考えてしまう。

 

 しかし意を決して書こうとすると――記憶にある仕様が、性能や材質といった定量的諸元から、幾度もスケッチした複数方向からの図面まで、ペンがひとりでに走るかのように書き起こされてゆく。

「うわぁ何だこれ! ペンが勝手に!」

 

「そのまんま『自動筆記の羽ペン(クウィル・オブ・オートマティスム)』ってマジックアイテムだ。起動した(モン)が考えた通りの文字や画像を、理想のままに製図してくれる。

 最近、地上で開発されたもんでな。おれもなかなか便利に使っちょる……ちなみに、手を放しても動く」

「えっ? あ、本当だ……すごい。どうなってるんだ」

「ほれ、ペンに見入っとると頼んだもんが書かれんだろ。ちゃんとイメージせい」

 

 ジノーヴィからすると、形になるかどうかも分からぬ自分のアイデアなどより、眼前にあるマジックアイテムの方がとんでもない代物と思えるのだが……ともあれインクが尽きる気配もなく、羽ペンは休まず紙上で踊り続けた。その性能の助けもあり、ジノーヴィの記憶から掘り起こした新型鎧の簡易仕様書は、さほど長い時間もかけず出来上がる。

 

「できました。……ええと、要するに……僕たち人間種が他種族と比してどうしても劣るところは、一にも二にもまず肉体の性能です。

 人は外皮の弱さを補うために()()()()()()たる鎧を発明しましたが、これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、防御力と引き換えに体力や瞬発力を犠牲にしてしまいます。

 そこで、鎧自体に筋肉のような機能を持たせて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()装備、というコンセプトを思いついたわけです」

 

 こともなげに説明する少年を、キャロルは呆れ顔で眺めた。

()()()()()()()()()()()()、って……テクノロジーの発展史を、ひとりで何百年分かスッ飛ばしているように聞こえるのだけど」

 サラムとミリアベルが、食い入るように紙面を見つめる。

 

「これは……工学技術の不足を、モンスター素材の生体部品で補ってやがるのか。ユグドラシルじゃあり得なかった発想だが……確かにこれなら、()()()……。

 坊主、少なくともこの試作品、()()は作ったんだな?」

「ええ、まあ。自重を支えるのがやっとで、理想には程遠い玩具ですが……」

「……現物と研究資料は、実家に置いてきたままか?」

「悪魔に荒らされていなければ、そのはずですね」

 

 NPC三人が、意味ありげに顔を見合わせた。仲間外れにされた形のレオが、髭の下で口を尖らせる。

「おーい、なんだよ。この鎧がそんなにすごいのか? 見たとこ、魔化もされてないレベル一桁台の鎧とどっこいって感じの性能だが」

 

 ミリアベルがレオの癖っ毛を撫でて、子供にものを教える母親のような声を出した。

「レオくんはあんまり見る機会のないアイテムですからね~。うちの国にあるものとは構造からして全然違いますが~、それでも設計思想の基礎部分は共通してますよぉ~」

「だー! もう、そういうのやめろってミリ! これが結局なんなんだよ?」

 

「こいつは――()()()()()()発明だ。わからんか、レオ?

 いいか、この坊主はな……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、()()()()()()しているんだぞ!

 これほどの才能が地下に埋もれたまま、正当な評価も得られず追放され……あげく粘体(スライム)の餌になって消えようとしていただと!? たった十二歳で()()()()やれる奴が? ()()()()()()()()?」

 

 頭を抱え、狂ったように身をよじり、脈絡の不明な言葉をひとしきり叫んだあと。

 ぴたりと動きを止めたサラムが、低い天井を仰ぐ。遥か遠く、地上と天を見透かそうとするかのごとく。

 

「まさか、御方はここまで予見を……? おれたちは、こいつのために遣わされたのだとすれば……すべてに意味が……」

「サラムぅ。トリップしてないで、リーダーのあんたが方針を決めなさいよね」

 呼びかけたキャロルに、ぎょろりとサラムの双眸が向けられる。

 

「――坊主は望み通り地上へ連れて行く。なんなら、うちの国で正式に技術者として招聘してもいい。その価値は、間違いなくある。

 だがそれを通すためにも、現物と資料の確保は必須だ。キャロルは作戦案を練り、御方に上奏しろ」

 

()()()()やっていいのかしら。極端な話……あたしだけで悪魔を一掃して、都市ごと奪還してしまう手もあるのだけど」

 

「あまり派手な痕跡を残すのは、ギルドの理念上望ましくねえ。基本方針は潜入としておけ。悪魔どもに正面から対処する役は、法国とサティアたちのチームに任せる。

 ジノーヴィ、悪いが寄り道だ。道案内として付き合ってもらうぞ」

 

「……どこへ?」

 ジノーヴィは愚鈍ではない。話の流れから、サラムたちがどこへ行こうとしているのかは察している。

 それでも、()()()()()()そこへ行くのかと確認する意味で、問うた。

 

 そして返ってきた答えは、予想を違えなかった。

「お前の()()だ。どうせ闇小人の社会には戻れんのだろう? だったら実家に残された試作品やら書類やらは、お前が持っていっても構うまいよ。

 おれたちは機を見て、悪魔に占拠されたビロモール市内へ侵入し……ジノーヴィ・アルゼイニの研究成果を、余さず回収する」

 










[memo]

■『自動筆記の羽ペン(クウィル・オブ・オートマティスム)
・『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』のNPCが設計し、現地の魔法詠唱者が開発したアイテム。
 現時点では使用者が至近距離でイメージを伝達し続けなければならず、名に反して完全な自動化は達成できていない。
・理論上は写実画から漫画・イラストまで、頭の中で思い描いた通りの絵面を完全再現できるのだが、実際に使ってみると手描きとは違った意味でコツが要る。
 イメージがぼやけたままで「なんかいい感じの絵にしてくれ」と念じても、ぼやけたままの絵しか出力されない。完璧に具体的な完成図を想像する能力が要求される。
・年代が下ると多くの発展形が開発されていく。初期入力さえ済めば完成まで自動的に作画し続けるモデルや、複数本のペンが連動して作画時間を短縮するモデル、インクの色が自在に変化してカラー作画を可能とするモデルなど。
・マジックアイテムの例に漏れず、作成コストはそれなりにお高い。

■試作型強化鎧(仮)
・ジノーヴィ・アルゼイニが発明しようとしていた新兵器。カテゴリとしては全身鎧だが、厳密にはこの世界に(()()()()()()()()()もの以外)これまで存在しなかった種別の防具。
・開発者の発言通り、自重を支える程度の性能しか持たない。今はまだ。
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