OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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―心室・拠点中枢―

 さっそく部下の有能っぷりと技術開発のスピード感に打ちのめされていた俺だが、この日最大の衝撃はヘスの報告ではなかった。

 

 

 ギルド拠点の心臓部、心室(コアルーム)は広い円形の部屋である。

 ギルドメンバーがいた頃はそこら中に座椅子だのコタツだのが展開されていて、仮想現実ながら混沌とした生活感のあるダベり場だった。いまは綺麗に片付けられてしまい、ダンジョン最奥の間に相応しくボス部屋っぽい趣を取り戻している。

 

 入り口から見て向かいの壁には縦長の壁龕(アルコーヴ)。刳り抜かれたスペースの中心にギルド武器とワールドアイテムの一つが設置され、九色のクリスタル・モノリスがそれらを取り巻いて立つ。ギルド武器の機能を活かすため、俺は比較的ここに居ることが多い。

 

 そんな心室(コアルーム)を守る一〇〇レベルNPC――黒い和装の童女、シズク。

 人間の女児に化けた粘体(スライム)である彼女には、ほとんどダメもとで〝ある種族スキル〟の実験を依頼していた。その名も〈分裂増殖〉。粘体(スライム)は有性生殖を行わず、分裂によって自身の分体(コピー)を増やしてゆく……というユグドラシルの種族設定を再現した能力だ。

 

 分体の能力値や使える魔法・スキルは、〈分裂増殖〉を持たないこと以外、本体と同等。だが当然、ゲーム時代は分体の存在時間に限りがあった。また分裂中は本体ともども最大HP・MP・スキル可用回数がそれぞれ等分されてしまい、しかも本体の装備まではコピーされないため、すっぴんの分体は一〇〇レベルでも結構あっさり死んでしまう。

 

 うまく使えば瞬間火力を二倍にできるとはいえ、ワンミス半死など珍しくもないユグドラシルの高レベル帯戦闘で、最大HP半減は致命的と言っていい。総じて〈分裂増殖〉とは、実戦性能で〈影技分身の術〉や〈死せる勇者の魂(エインヘリヤル)〉などに遠く及ばない、残念枠のスキルとして認知されていた。基本的にどこのギルドでも粘体系NPCはこんなもん持たされていないだろう。

 

 でも異世界では、もしかしたら分体が〝無性生殖で生み出された別個体〟として、消えることなく定着するのではないだろうか?

 そうした予想が俺の頭の中にあって、実験的にこのスキルをシズクに与えてみたわけである。前述の通りダメで元々、実現性はかなり低いと想定してのことだったが。

 

 まあ仮に分体が永続化しても、半減したHP等が元に戻らなかったら使い物にならんので、結局どうにか再合体させるなり一回殺して復活させるなりすることにはなるかもしれない。しかしたとえばHP半減が「分裂による体積の半減」を表すものだったとしたら、粘体の生態として、それがまったく元に戻らないということはなさそうに思える。そうでなければ粘体という種族は分裂するたびにどんどん小さく・弱くなる一方だからだ。

 

 そんな考証も込みでシズクに依頼した分裂実験の結果はというと。

「うえさまに報告するです。シズクが〈分裂増殖〉のスキルを使って生み出した分体は、これまでといっしょで一定時間が過ぎると消えてしまったのです。

 でも、()()()()使()()()()分裂したときの分体は、ずっと消えずに残ってるのです」

 

 へー。ふーん。あっそう……成功しちゃったのかぁ……え? 本当に???

 

 OK、いったん冷静になろう。俺はうっかり禁止カードをドローしてしまって軽くパニックに陥りかけている。パワー(ナイン)を数えて落ち着くんだ。

 

 報告された内容を整理してみると。

 戦闘用スキルとしての〈分裂増殖〉と、そうでない()()()()()()()()()()()分裂――どうもこれが別枠扱いとなり、選択式で使えるようになったらしい。

 おまけに指示していない対照実験までシズクの自己判断でやってくれていて、〈分裂増殖〉スキルを持たない粘体――ここでは傭兵モンスターを起用――は非スキル版すなわち生態上の分裂能力も使えない、という付帯情報が判明している。スキルの有無で生殖能力まで左右されるのは実に興味深い。自然界の粘体は全員〈分裂増殖〉持ってるんだろうか。

 

「さあ()、うえさまにごあいさつするのです」

()()なのですー」

 かくしていま俺の前にはオリジナルのシズクと、非スキル型分裂で生み出された分体のシズク二号が、同じ見た目でぷにぷに走り回っている。ぱっと見は双子の幼女だ。

 

 ちなみにシズクが俺を呼ぶ謎の尊称〝うえさま〟だが、フレーバーテキストで指定されたもんではなく、まったく出どころ不明の個性である。ユグドラシルの存在を実体化させた未知なる力が、シズクの和装を変なふうに解釈した結果こういうキャラ付けになったのかもしれない。俺はギルドマスターであって()()じゃないのだが。

 

「スキルで〈分裂増殖〉したときは、分体が消えるとすぐに、はんぶんこしてた体力(HP)魔力(MP)、スキル残回数も元に戻ったのです」

「スキルでない分裂のあとは、本体と分体のどっちもひと月かけて元の能力を取り戻したのです。この回復期間は、飲食不要の種族特性や『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』があっても、現地の食べものを摂らないと回復が遅くなるみたいなのです」

 

 声は幼く、口調は舌足らずなようだが、発言内容はしっかりしているし報告のしかたも具体的だ。こっちが気にしそうな情報を的確にスッと挟んでくる。頼もしいけど違和感がすごい。ダブル有能幼女リアリティショックで俺はしめやかに失禁しそう。

 

「減ってた力が戻りきると、一号は次の分裂ができるようになったです。二号は〈分裂増殖〉スキルがないので、残念ながら同じように殖えることはできなかったのです。

 いろいろ条件を変えながら試して、現在までの分裂回数はまだ()()なのです。というわけでー」

()()なのですー」

()()なのですー」

 

 シズク一号&二号の背中から、にゅっと出現する同じ顔の幼女二人。粘体の体内格納空間に自分と同サイズの分体を隠してたのか? ユグドラシルだと呑み込み攻撃ぐらいにしか使われなかったが、よく考えるとこの能力は悪用し放題な気がする。アイテムボックスに入れられない()()()の輸送とかできちまうぞ。夢が広がるね。

 

 それにしてもマジで増えるんかい。

 

 やらせておいて何だが、この実験が当たる可能性は俺が一番信じていなかった。ある意味ヘスんとこ以上の爆弾きたぞこれ。

 

 想定していた中で一番ヤバいパターンは「分体も分裂能力を失わず、無限に倍増可能」だったので、それに比べれば月産一体はずいぶん良心的に思える。しかしこれは比較対象が栗まんじゅう問題だからそう感じるだけの錯覚だ。一〇〇レベルNPCがオリジナルの性能を完全に保ったまま増殖する時点で、ユグドラシル基準だったらもう充分に壊れている。

 

 いやまあもしかしたら分裂可能な回数にヘイフリック限界みたいな()()があって、どっかで打ち止めになるのかもしれないが……こればっかりは続けてみないと分からんしなあ。

 分体の永続化に成功するとあらかじめ分かっていれば、それを前提にもっと粘体系NPCを増やしていたところだ。結構もったいないことしたかもしれん。

 

 なんにせよ一号(オリジナル)は拠点の中で手厚く保護して、自己複製に専念してもらうのがベストだろう。彼女のビルドはタンク兼ヒーラー。サポートに最適化されたスキル構成で、戦闘以外にも活躍の場は多い。増やしておいて持て余すことはない。

 

 加えてシズクは、竜王やプレイヤーに有効な切り札も持ってることだし――と()()から大活躍していた秘密兵器にまで思考が及んだところで、ふと浮かんだ懸念が一点。

 さっそく俺は気になったことを四姉妹に訊ねてみる。

 

「あのさ、シズク……分体の方も、本体と同じ知識とか、記憶とか引き継いでんの?」

「いえすなのですー」

「二号以下は、分裂するとき一号が知ってたことなら全部知ってるのです」

「分裂したあとの経験は個体間で同期しないですが、本体の知識がアップデートされれば、次に生まれる分体には更新された知識が引き継がれるのです」

 

 やっぱそうなるよなあ。分裂時点の()()()()()()()コピーを生み出すのが粘体の自己複製能力ってことだ。――となると、情報漏洩リスクも考慮しないといけなくなる。

 

 シズクはいちおう幹部級NPCということで、ギルドの機密情報を多く握る立場にある。とくに勤務地が心室(ここ)ということもあり、ギルド武器の機能や性能については他のNPCたちより深く知っていると見ていい。

 そんな彼女の生み出す〝妹〟たちが本体と同じ知識を引き継ぐとなれば、再生産できるからといってあんまり雑な運用をするわけにはいかない。敵対勢力に捕らえられて、情報を引き出されでもしたらセキュリティ大事故だからだ。

 

 シズクだって忠誠心カンストの拠点NPCである。拷問で口を割るとは思えないし、[精神作用]効果への完全耐性なら備えている。しかしユグドラシルに限っても、[精神作用]完全耐性を貫通ないし迂回する手段というのは――さすがにレジスト不能まで付くのは『傾城傾国』ぐらいだが――いくつもあった。

 

 加えてこの世界には、未だ限界不測の始原の魔法(ワイルド・マジック)生まれながらの異能(タレント)なんてイレギュラー要素も存在している。杞憂だとは思いたいが、シズクを洗脳してギルドの秘密を洗いざらい吐かせることができる能力だって、無いとは言い切れない。

 

 とはいえせっかく増産可能になったシズクを、まったく外へ出せないというのも勿体ない。原作でやってたように高レベルの護衛を付けるとか、機密情報の記憶にマスキングかけた個体だけを外に出すとか、そういう運用対処で何とかなるだろうか。

 駄目だったら内勤限定で使うにしても、配属先は悩みどころだ。防衛部門のサポートに回すか……ガワが幼女でも俺より知能は高いはずなので、頭脳労働系の部署に増援として送っても邪魔にはならんと思うが……うーむ。

 

 やめだやめ。

 俺は自分で頭を使わなくて済むようにNPCたちの知力水準を引き上げたのだから、セキュリティ対策だのアサインメント最適化だのは、それこそ部下に丸投げしてしまえばいい。

 エルスワイズ……はメイラスの補佐で出張してるか。サティアもスレイン法国に派遣中。となると相談先はヘスか、ミハネか、リーギリウムか……人材が豊富すぎて誰でも良さそうだな。うん。適当にパスしよう。

 





没タイトル:『恐怖! 一〇〇レベルNPC増殖バグ!』


[memo]
当初は分体からも分裂できる設定でしたが、NK-クラス:世界終焉シナリオ〝女児塊(ガール・グー)〟の発生リスクが高すぎたため、弱体化調整が入りました。
オバロ異世界が幼女スライムに埋め尽くされる事案は回避されたので、ごあんしんください。
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