OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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[notice]
閑話ですが思いのほか長くなったため、前後編に分割します。





▼幕間:女子会――人間、森妖精、████、粘体(1)

 八重樫 (ラン)はすっかり見慣れてしまった景色の中を歩く。

 

 芝生を割るように引かれた白砂の道。行き交う人々は人間だけでなく、森妖精(エルフ)山小人(ドワーフ)といった人間種、のみならず亜人種や異形種と呼ばれる種族もいる。

 森の外では敵同士、あるいは捕食者と被食者の関係にしかなれない……と聞く種族同士が、当たり前のように同じ空間を歩いている。至近距離で無警戒にすれ違い、会釈し、ときには足を止めて談笑さえする。

 

 その光景を、道端に立つ大柄な()()が見守っている。

 通り過ぎる子供たちが、炎を纏う悪魔に「憤怒くん元気ですかー」「おは憤怒!」などと挨拶していく。ランはそれを聞いて思い出したのだが、確かあの悪魔は憤怒の魔将(イビルロード・ラース)とかいう()()()()()のモンスターだったはずだ。あんなのを歩哨として立たせておいて大丈夫かしら……と、だいぶ前に母がぼやいていた。

 

 もっとも、ランが知る憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の様子と言えば、この国で子供たちに「憤怒くん」呼ばわりされている間抜けな姿だけなので、あれが実際どの程度〝大丈夫でない〟存在なのかは聞いた話でしか知らない。

 人の言葉は理解しているようなのだが、どうも「憤怒」以外の言葉を発することを禁じられているらしく、悪ガキどもにおちょくられては「ふんぬー!」と唸る様子がすっかり日常風景の一部になっている。

 

 おまけに使役モンスターの証として掛けられた珍妙な日本語看板のせいで、見てくれの恐ろしさも半減している。

 今日の〝憤怒くん〟は三枚の看板をぶら下げており、文言はそれぞれ「ネコと和解(わかい)せよ」「おマミ」「しかも脳波(のうは)コントロールできる」……相変わらず意味が解らない。

 

 

 魔将の後ろでは、ときおりガタガタと不格好な音を立てながら、芝生の上を()()()()()()()()()が走っていく。

 テスト走行中の精霊動力機関(エレメンタル・エンジン)搭載車両だろう。ランが現実(リアル)でよく目にし、またしばしば乗った二十二世紀の自動車に比べれば、まだまだ洗練を欠く原始的な乗り物と見える。

 だが将来は分からない。なにしろあれは()()()()()()()()()し、有害な排気ガスの類も出さないという。車体の改良が進めば、リアルの車よりもクリーンかつ安価な移動手段として普及する未来があるかもしれない。

 

「ま……あれでも()()()に開発した低位技術っていうし、国内じゃもっとスマートな移動手段が出回るかもだけどねぇ」

 近くには誰の姿もない。にもかかわらず、ランは誰かが聞いているかのように呟く。

 

 弟のレオなどは、この世界の魔法技術を用いて実現された自動車の在り方に興味津々のようだったが、ランにはそこまでの関心を持てない分野だった。

 どのみち自分が車に乗ることはそうないだろう、という思いもある。〈転移門(ゲート)〉を使える位階の術者にとって、どれほど高性能なものであれ、車などは到底〝スマートな移動手段〟とは言えない。

 いまはまだ〝自走する高級馬車〟といった風情の車を見送り、彼女はまた歩き出す。

 

 遊歩道の左方には林立する巨木の壁。

 エルフの森祭司(ドルイド)たちが丹精込めて育て上げ、互いを支え合う構造とすることで旧来にない樹高を実現した、エルフツリーによる生体木造ビルとも呼ぶべきものだ。

 人口増大に伴って建てられ始めた、集合住宅の類だろうか。あるいは図書館や、学校という線もある。この国の()()は、学問や教育の場を充実させることに力を入れている。

 

 右方には澄んだ淡水の湖。遠く湖畔に蜥蜴人(リザードマン)の集落が見え、手前の浅瀬では三本の眼柄を持つ黒い生き物――巨大なナメクジ、あるいはウミウシの類に似ている――が、じっと横たわっている。

 黒い軟体の異形種は日光浴をしながら昼寝中としか見えないが、あれで数学的思考に長けた種族であり、頭の中では何らかの難問と真剣に格闘中ということもあり得る。

 初めて見たときは、いかにも怪物(モンスター)然としたグロテスクな外見に身構えてしまったものだ。いまのランは、彼らが知的かつ温厚な種であると知っている。眼柄の先の目つきが意外と豊かに感情を表現することも解っているし、たまにそれが可愛くも思える。

 

 

 やがて目的地が見えてくる。

 一見するとむき出しの岩山。しかし目を凝らせば、遠くともその表面に精緻な壁画や浮彫(レリーフ)が刻まれているのを見て取れる。

 ドワーフの石工たちが隙あらば彫刻の範囲を広げ、また細部(ディテール)を作り込んでゆくものだから、建国来の数十年をかけてひと連なりの巨大彫刻群と化してしまったものだ。弟のレオもあそこに作品を刻んでいる。テーマは作家によってバラバラで統一性がないが、人気の題材はドワーフの種族史と、この『霧の王国(ミスティラント)』の建国神話らしい。

 

 神話。

 ユグドラシルとプレイヤーにまつわる〝神話〟の舞台裏をいくらか知るランにとっては、馬鹿馬鹿しく思えるときもあった。だがこの世界に生きる人々にとっては、たかがゲームのキャラクターやアイテムが、天恵にも災厄にもなり得る。それがここの〝現実〟だと呑み込めてからは、自分こそが異邦人であるという自覚を忘れないようにしている。

 現地人にとって、あの()()()()()()()()()()から飛び出してきた自分たちは、現実と地続きの神話なのだ。紛れもなく。だから恐れ、縋り、崇拝する。ただそれだけの営み。

 

 近づいていくと、彫刻に覆われた岩山の麓に洞窟が並び、それらが内部から暖色の灯りに照らされているのが見える。

 この岩山は単なる種族と国家の記念碑(モニュメント)ではなく、内部に無数の住居や店舗を抱えた複合施設でもあるのだ。さながら一個の小都市であり、その在り方は現実(リアル)で自分と家族が暮らした完全環境都市(アーコロジー)を思い起こさせる。もっとも、この国のドワーフたちが住む岩屋街は自給自足の閉鎖系とは言いがたいし、外部との交流もあれば、経済格差による障壁もないのだが。

 

 ランは洞窟のひとつに入り、壁に埋め込まれた坑道案内図の金属板をしばらく見て、目指す番地へと向かった。

 そこは老いたドワーフの菓子職人が営む店である。看板商品は焼き菓子だが、店内席で食べられる料理も提供している。

 今日のランは久々に、()()()()と昼食を共にする約束を交わしていた。

 

 

()()()()は、奥の席でお待ちです」

 老ドワーフの店主自らが恭しく出迎えるという異常事態に、面食らいながらもランは店へ入る。店内に他の客の姿はない。今日は貸し切りだ。

 食事スペースの奥、間仕切り(パーティション)で隠された半個室の小空間には一脚のテーブルが置かれている。先客は二名。どちらも女だった。

 

「あっ、ランちゃん! ご無沙汰してますね~!」

「ボクもひさしぶりな気がする。元気してたかな?」

「メイラスちゃんおひさ~。ケイトも。あたしめっちゃ元気だよ、()()()()()

 

 未だ幼いエルフの少女と見えるのは、そのじつ建国よりこのかた数十年玉座にあり続ける初代女王、メイラス・レッドゴールド。

 公務のときに纏う装飾の多い祭祀装束ではないが、それなりに格の高そうな魔法のローブをファッショナブルに着こなしている。服の丈はキッズサイズ、着ている人物も幼女としか見えない見た目であるのに、子供っぽさを感じさせないのは落ち着いた居住まいゆえか。

 

 もう一人の先客は、ショートボブの緑髪が目に鮮やかな、人間()()の少女。名はケイト・ナヴィ。ランの理解するところ、ユグドラシルというゲームの世界において、プレイヤーの案内役であったとされる()()()()()

 外見年齢はメイラスより上だが、ケイトは()()()()()()()()()()()()()()()()()()という話なので、ランは当人が言うとおり〝年齢不詳〟として扱うことにしている。考えてみれば、時間感覚の異なる異種族との付き合いで、年上年下云々を気にするのもナンセンスだ。

 

 だいいち、この二人を前にした八重樫ランも――人間という種族ではあれど――実年齢相応の姿をしてはいない。

 実年齢の半分以下、おおよそ十七歳程度の外見で、彼女の肉体は時を止めている。

 

 

 かつて十歳の少女としてこの地に飛ばされてきたランは、母親の調査事業を手伝いながら過ぎゆく歳月の中で、元の世界へ戻る望みが薄いことを理解しつつあった。

 この世界で生きてゆくという、覚悟を決めるべきなのだろう。……そう思いながら、()()()()()()()()について考えるのが怖かった。

 なぜなら人間は、他種族に比べ寿命が短い、と知ってしまったから。

 

 この地で生きるランの近しい人々は、みな人間よりも長命な種族として生まれるか、あるいはゲームを介してこの世界へ放り込まれる際にそう()()()しまった。

 転移直後、心が壊れる寸前まで自分たちを守ってくれた母・リナも。国主の重責を担いながら、努力を欠かさず成長し続ける親友・メイラスも。ともにエルフだ。千年に達する寿命を持ち、その大半の期間を若々しいままの姿で生きる。

 双子の弟・レオでさえ、人間に比べれば長命である。この世界のドワーフの寿命については諸説あるが、少なくとも二百年は下らないだろうと言われている。

 

 自分だけが、友や家族よりも早く老いて死ぬ。その未来はランに恐れを与え、そして信仰系術者として探求すべき領域(ドメイン)を決定づけた。

 師の一人であるヘスの助言もあり、彼女が選んだ信仰領域は『時』。研究のテーマは自分自身の――叶うことなら他人も含め――老いを克服する術を探すこと。

 それは投げ込まれた状況の中でもがいていただけの無力な新人プレイヤーに、明確な指向性を与えた。

 

 人生の指針が定まれば、彼女の行動は果断だった。

 聖者ヘス。賢者エルスワイズ。死霊術師ミハネ。小聖女サティア。建国神話にも功績が残る名だたる面々の指導を得て、ランはユグドラシルプレイヤー式の、いささか荒行めいたパワーレベリングに挑んだのである。

 

 ゆっくり着実に鍛冶の技術を磨いていった弟とは対照的な、リスクを取っての急成長。(リナ)はいい顔をしなかった。当然だろう。好きこのんで己の娘に危険な経験をさせたい親はいない。少なくとも、一家が生きたあのアーコロジーには。

 そうまでして急いだ理由は、先達プレイヤー・倉藤(くらとう)が示した〝ある目標〟を早期に達成したかったからだ。

 

 時間系特化の上級魔法職、時魔導師(クロノマンサー)

 この職業(クラス)を最大レベルまで修めることで、いかなる種族もその本来の寿命から解放される。肉体は生きながら時を止めたように、もはや老化も成長もしない。

 

 転移してきた家族三人の中で、唯一リアルの自分と外見がほとんど変わらなかったランであるが、その肉体はプレイヤー用アバターのもの。すなわち一〇〇レベルまでの成長可能性を約束された、万能の天才たり得る器。

 超人の才器に相応しい成長速度で知識とレベルを積み上げ続けたランは、弱冠十七歳にして時魔導師(クロノマンサー)を究め、晴れて寿命を持たぬ永生者となった。

 

 もう少し大人になってから()()()()よかったかと思うこともあるが、活力漲るハイティーンの身体は、魔法研究者となったランにとっても都合が良かった。高レベルプレイヤーの耐久値と合わさって、連日の徹夜もさほど苦にならない。

 文献を読み漁り、実験に明け暮れ、気付いたら昼夜が二巡している――そんな生活は、実年齢相応の肉体で暮らしていれば、流石にそろそろ厳しい頃だったはずだ。

 

 なにより……半世紀以上生きているはずなのに、まだ幼女のような(なり)をしている森妖精(エルフ)の友を、当面は置いて行かなくて済む。

 いずれは()()()()になるのだろうが、そのときはそのときだ。

 

 

 丸テーブルに着席したランは、まずテーブルクロスの白さと模様の繊細さに目を奪われる。

 それから店内の調度品を見回し、感心の声で所見を述べた。

「ドワーフ街にあって、店主もドワーフなのに、なんか内装が()()()()()()()()ね」

 

 この店を見つけたのはケイトのはずだが、なぜかメイラスが「よくぞ訊いてくれました」とばかり、得意げに腕を組んで頷いている。お子様の見てくれだからこそ活きるあざとい可愛らしさ。ランはこうしたメイラスの外見相応なところが嫌いではない。

 

「おっ、気付きましたか? さすがランちゃん。人間のかたはあんまり気付かないらしいんですけどね~。

 こちらの店主はドワーフの菓子職人さんですが、なんとその奥さんがエルフなのです!」

 

「ドワーフとエルフの夫婦? 珍しいね、なんか……あんまり相性良くなさそうなイメージあるのに。

 あ、いや別にどっちの種族にも含むところはないよ? ただ文化がさ、ほら。岩と鉄と火と油! って感じのドワーフに対して、水と風と光と樹、って感じなのがエルフじゃん?」

 

「そういう〝おとぎ話みたいに優雅なエルフ像〟を語ってくれるランちゃんが大好きです……!」

 

「懐かしいなぁ。エルフとドワーフの仲が絶望的に悪い世界も、ユグドラシルにはあったよ。

 二千年くらいずっと種族間戦争が続いてて、もう誰も開戦の理由なんか覚えてないのに、お互い怨みだけで戦ってるような有様でさ……」

 

「んん? お母さんから聞いたユグドラシルの九大世界葉に、そんなのあったかな……」

 

「プレイヤーが呼ばれた〝九つの世界〟には含まれていないよ。彼らが来るより、ずっと前に滅びたからね」

 

「ケイトさん暗い話題はそのへんで……!」

 

「あっ、ごめんよ。ボクの話題の引き出し、暗い話ばっかり詰まっててさ」

 

「これからは、明るい話も詰めていきましょう!」

 

「メイラスちゃんのそういうとこ好きだなぁ……」

 

 とりとめもなく、話題は不規則無軌道に二転三転を繰り返し、それでも三人は楽しげに笑い合う。

 それぞれに事情があり、過去があり、立場や責任も背負った女たち。誰しも子供のままではいられない。しかしこのときばかりは肩の荷を下ろして、見た目通りの少女のように戯れることができた。

 互いにそうふるまうことを許せる関係こそが、あるいは〝友〟であるのかもしれない。

 気恥ずかしくて口には出せないが、ランは密かにそんなことを思う。いかなる[時間]の魔法も永遠には留め得ない、この穏やかなひと時の尊さを噛み締めながら。

 

 

 やがて料理が運ばれてくると、三人は手を付ける前にひとしきり、その()()()()()()造形美を絶賛した。

 皿の上に()()がある。山が聳え、川が流れ、森が茂り、草原が広がる。小ぶりの城さえ建っている。

 それらは配色や盛り付けの妙によって再現された模型(ジオラマ)であり、しかも全てが食用可能な料理としてそこに在った。見栄えを整えるための幻術ひとつすら用いず、その作り込みは偏執的なまでに徹底している。

 

「はぇ~、なるほど~。ドワーフといえば、鍛冶や建築に強いイメージがどうしてもありますけど……職人としての適性が食品づくりに発揮されると、こうなるんですね」

 

()えるやつだこれ~! 食べるの勿体ないと思っちゃうよね」

 

「店をお勧めしたリピーターとして、味も保証するから、ぜひ食べてよ。ボクが知る限り、これほど美味しい〝世界〟はユグドラシルにもなかったくらいさ」

 

「〝世界〟を()()()()()()()()みたいな口ぶりじゃん」

 

「ふふ――こう見えてボクは、()()()()()()()()で通ってたからね」

 

 皿の上の小宇宙を目で味わい、いよいよそこにフォークを入れようかという段になって、三人は視線を()へ外した。

「じーーー。なのです」

 

 円形のテーブルを囲い、正三角の位置関係で座っていた三人の間に、いつの間にか新たな顔ぶれが三人、ちょこんと立っている。

 見た目はメイラスよりなお幼い、黒髪の幼女。三つ子のように同じ顔、同じ髪型、同じ体格をしている。唯一、身に纏う黒地の()()だけが、絵模様の意匠によってささやかな個性を主張していた。一人は朝顔、一人は彼岸花、もう一人は流水――といった具合。

 

 和装の三姉妹は愛らしく整った顔立ちに茫洋とした無表情を浮かべ、しかし瞳だけは控えめにきらめかせて、()()を訴えるように卓上の料理を見つめている。

 席に着いている三人は顔を見合わせ、苦笑した。

 

「……シズク様にそんな顔をされては、仕方ありませんね」

「うちのシズクだけじゃないんだ、このおねだり攻撃……」

「シズクちゃんかわゆ……心がもちもちする……」

 

 突如出現した三姉妹は、見た目通りの人間の女児ではない。

 メイラス、ラン、ケイトそれぞれの世話係として付けられた、『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』近衛兵長・シズクの分体である。

 むろん単なる雑用に一〇〇レベルNPCが配備されるわけはない。彼女たちはそれぞれ異なる意味において重要人物である席上の三人を、普段は装備の一部に化けて護衛している。

 

 裏を返せば、それは()()でもあるのだが――その二面性が孕む剣呑な含意について完全に理解している〝護衛対象〟は、この場にはケイトしかいない。

 そして唯一シズクが()()()()()()()()()()ケイトは、すっかりその愛嬌と触感の魔性に魅了されてしまっているので、結局ここにいる誰もシズク分体姉妹(シスターズ)を邪険になど扱えないのだった。

 

 かくして小さな従者たちは、無言の下剋上を果たす。

 着座した女三人、誰からともなく皿を差し出し、自分が連れてきたシズクに一口目を譲った。

 鏡映しのように同じ動きでフォークを一刺し、それぞれ異なる()()を口に運ぶシズクたち。正体は人型に化けているだけの粘体(スライム)ゆえ、わざわざ擬似口腔に納めずとも体表から()()できるのだが、そこは『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』の統括級NPC。如才なく期待された通りの反応を見せる――つまり、完璧なマナーなどではなく、容姿相応の感情表現を。

 

「これはお仕事の一環ゆえ仕方ないのです。毒味は必要なのです」

「うまうまなのです」

「役得なのですー」

「ひじょうに美味なのです」

「これに比べるとYMOKさんの鮎はカスなのです」

「そういう褒め方はよくないのです」

 

 ……容姿相応かどうかは疑問の余地を残すリアクションだったが、ひとまず見守る女三人は満足した。たとえ仮初の姿でも、幼子が美味しいものを食べて喜んでいる姿を眺めることは、彼女たちにとってその一口を自分の皿から与えるに足る眼福の報酬となる。

 そういう需要を解っていて付け込みに行くのがシズクであったし、ランたちもそのようなあざとさを知った上で乗ってみせる。総じて、分体姉妹(シスターズ)とその護衛対象の関係は良好である、と言えた。

 

「……お、これは本当に、おいし……!」

「熟練の菓子職人が手掛けた昼食メニュー、って感じがしますね。〝川〟の部分のフルーツソースとか」

「そうでしょそうでしょ。この〝城〟の生地とか、たぶん焼き菓子の技術を究めてないと作れないバランスだと思うんだよね。味と触感と香ばしさと、あと色合い……うーんボクでさえ食べるのが後ろめたいほどにアート……」

「ケイトの食レポが微妙に一般人を置いてくやつで笑う」

 

 自分たちでも料理に手を付け、外観の美しさに負けない〝食べ物〟としてのクオリティに舌鼓を打つ三人。今回もケイトの推薦に間違いはなかった。ランとメイラスに美食家的感性を褒められ鼻高々のケイトだが、別にグルメリポーターが彼女の()()というわけではない。

 

 

 一座の面々が主菜を食べ終え、デザートを待ちながらひと息つく間に、店主が挨拶に訪れた。

 来店時にも会った店主は、ランの目から見ても相当に年老いていることが分かるドワーフで、同族にありがちな武張(ぶば)った偏屈さは欠片もない。歳月に練磨された人がしばしば持つ、角の取れた滑らかな丸さが、ゆったりとした所作や穏やかな口調に滲み出ている。

 

「この度は女王陛下、ならびにご友人の方々にお越しいただき、誠に光栄に存じます。

 シェフのバーリ・プリサイスフィンガーと申します。当店の料理は、皆様のお口に合いましたでしょうか」

 

「いつも通り素晴らしかったよ、バーリじいさん!」

 計算ずくか天然か、〝国王の友人〟らしさを一切装わぬケイトの賛辞を皮切りに。

「わたしは初めての来店ですが、とても美味しくいただきました。デザートも楽しみにしておりますね」

 己を陛下と呼ぶ相手に合わせ、瞬時に〝女王らしさ〟を纏ったメイラスのコメントが続く。

 

 ランは二人の友のどちらに寄せて応えるべきか逡巡し、結局は素直な感想を自己流の表現で伝えることにした。

「えっと、どうも。八重樫 ランです。あたしも初めていただいた料理ですが、なんというか……とても、奥深い世界を覗いた気がしました。

 もちろん、きれいで美味しくて、大満足です。よければ、また来たいと思います」

 

 リアルでは大財閥を率いる名家の生まれとはいえ、幼少期に覚えたマナーなどは長い異世界生活の中でほとんど忘れかけている。この場に適した言葉を選べたか不安になるランであったが、菓子職人バーリは色褪せた髭の下で破顔した。

 

「お初にお目にかかります、ラン様。ご活躍はかねがね伺っておりました。かの大魔女リナ様のご息女にして、『時の聖女』と称される偉大な神官にお会いできるとは!

 どうぞ遠慮なさらず、いつでも、何度でもいらしてください。歓迎いたしますとも」

 

 自分の()()が知られていることに、ランは驚かなかった。国王が同伴してくる相手だからというのもあるだろうが、彼ほどの料理人なら店を貸し切るような客の素性くらいは調べておくのだろう、という納得がある。そうでなければ、ああも客の好みに合わせた最高の逸品を出せはしない。

 

 同じ料理でも、三人それぞれの皿で微妙に味付けや香りが違うらしい、とシズクに指摘されて気付いたときは感動したものだ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)となって久しい自分が、()()()()()()、と思わされたほど。だがこっそり無詠唱発動した〈魔法探知(ディテクト・マジック)〉は料理に反応しなかった。つまり、あれは純然たる()()の所産ということになる。

 途方もない高み。この世界がいかにゲームめいていようとも、眼前の料理人が人生をかけて築き上げたものは本物だった。自ら味わったその真実に、ランは素直な賞賛の念を覚える。

 

 そんなバーリ老人は、見た目にまだ幼いメイラスを子ども扱いしないどころか、建国の初代王として本気で崇敬しているらしい。当然、その王の友人として招かれた二人に対しても礼を失することはなかった。

 しかし年齢不詳のケイトはともかく、ランとメイラスにとっては遥か年上の相手である。こうも自然に(へりくだ)られると、それはそれで気後れしてしまう。いかに高い身分を得ようと、彼女たちの性根は敬老の精神を捨て去るほど擦れていない。

 

 その後も老ドワーフは、「今日という日を生涯の誉れとする」「陛下と『人類』の神々に至上の感謝を」「『霧の王国(ミスティラント)』に永久の栄えあれかし」云々といった礼賛の弁を滔々と述べ続け……

 大演説は、デザートを運んできたエルフの女性が店主(おっと)を引っ張っていくまで続いた。

 










[memo]
■憤怒くん
・『霧の王国(ミスティラント)』某所で市民に親しまれる上級歩哨。子供たちからは「適度に悪魔っぽくてかっこいい」のでマスコット扱いされている。国民を怯えさせぬよう、威圧感を抑えて置物に徹する彼の涙ぐましい努力は、主人も高く評価しているという。
・昔は普通に喋っていたのだが、口が悪くてよく子供を泣かせたので、「憤怒」以外喋ってはならないという命令を下されてしまった。
・冬場になると、最低出力で〈炎のオーラ〉を展開し、通行人にちょっとした暖を提供したりもする。
・近所のおじさんが彼の炎で芋などを焼きに行くたび「憤怒ゥ!」と怒るのだが、なんだかんだ焼いてくれる。長くやっているので火加減が巧くなってしまった。
・感謝されると嫌そうな顔で「ふんぬふんぬ」と首を振る。好意や善意を向けられるのは苦手らしい。悪魔という種族の悲しいサガである。

■三本の眼柄を持つ黒い生き物
・ネスランと呼ばれる水棲軟体種族。分類は異形種。本文中に描写されている通り、巨大なナメクジ、あるいはウミウシの類に似ている。
・基本的に知的かつ温厚、数学的思考に優れる。また魔現人(マーギロス)に匹敵する生得の魔法行使能力を持ち、同時に二つの魔法を詠唱可能。その反面、動きが鈍いため近接戦闘は極端に苦手。ユグドラシル的観点で評価すると、人型生物用の鎧や武器を装備できないのも難点。

■バーリ・プリサイスフィンガー
・『霧の王国(ミスティラント)』に点在するドワーフ街のひとつ、シュヴァル石窟に店を構える高齢の菓子職人。もとは巨人国ブロジンラーグで調理奴隷として働かされていた山小人(ドワーフ)
・エルフの妻とは『霧の王国(ミスティラント)』に来てから結婚した。ドワーフとしては相当な高齢結婚だが、それでも妻の方が倍近く長く生きている。
・実は四十レベルを超えており、人間国家の尺度で言えば逸脱者相当。ただし料理人や職人のクラスが大半のため、戦闘能力はレベル換算で三分の一程度。
・若い頃、『美食王』アメンラームに料理の才を見出され、教えを受けたことがある。
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