OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
地底の闇の中、
魔法の輝きを内に湛えた、琥珀の刃が踊る。
袈裟。逆袈裟。横一閃。そのまま一回転し、円弧を描く薙ぎ払い。
魔剣が閃くたび雷撃が弾け、悪魔の絶叫が洞内に響く。血が飛び散り、肉の焼け焦げる匂いが漂う。
その剣を握り、流れるような白髪を振り乱して戦うのは、暗紫の鎧を纏う
「姫様ァ! ここはもう持ちません、後退を!」
「こんな年増を捕まえて、いつまで〝姫〟呼ばわりするつもりだ。
おまえたちが先に退け。私が
「またそういう無茶を言いなさる!
撤退を促してくる同族の部下たちに、女騎士は剣を振るいながら言い返した。
「私がこの国で一番
案ずるな。私の逃げ足の速さはちょっとしたものだぞ。子供のころは、よく目付役を出し抜いて町へ繰り出したものだ」
「不祥事の記録を武勇伝にせんでください! 姫様の脱走癖のせいで、宮廷の女官や近衛兵が何十人処分を喰らったか!
そんなだから、あんたはいつまで経っても〝姫〟のままなのです!」
叫んだ年嵩の男が黒い弓を連射し、立て続けに
人と蟲が共闘し、悪魔に立ち向かっている――地上人が見れば異様な戦場であろうが、この国では珍しい光景でもない。地下氏族のダークエルフは蟲や魔獣を手懐け、相棒とする術に長ける。
同じく地底の生存領域を争う危険な生物たちに対抗すべく、長い年月をかけて体系化された技術である。とくに蜘蛛は、戦闘以外でも役に立つ能力が多く、種族代々の友として重宝されている。
「……ふふ。そなたは手厳しいな、エルゴーン。
「姫様は当て擦りがお下手でいらっしゃる……!」
副官のエルゴーン率いる弓兵部隊と、その相棒たる蜘蛛たちはよく連携し、前衛で雷の剣舞を披露する女騎士を援護し続けた。
が、敵は地獄の門から無尽蔵に湧いて出ると噂される悪魔たち。このまま戦い続ければ疲労に剣は鈍り、矢も尽きる。もとより勝ち目のない戦いだ。
それとて無駄ではない。現に足の遅い
「後衛はフェイノールが退かせました、もう本当に限界です! ……姫様! エレリス殿下!」
「ここは死守したかったが……致し方ないな。蜘蛛糸で即席の遅滞陣地を構築し、奴らが糸を除去する間に第三防衛ラインまでの後退を…………
すわ後方にも敵が湧いて、挟撃の憂き目に遭ったか――そんな戦慄が、琥珀の魔剣を持つ女騎士・エレリスの黒く艶やかな肌に、冷や汗の珠を浮かばせる。
しかし意外にも、耳を澄ませば聴こえてくるのは歓声だった。
後方から駆け戻ってきたのは、まだ二百歳にもなっていない同族の若者。中後衛の撤退を指揮していたはずの参謀役、死霊術師フェイノールである。
青年はエレリスの剣舞を邪魔せぬよう、数歩の間を開けた背後で跪き、伝令のように声を張って、告げる。
「報告いたします、姫様……
エレリスは片眉を上げた。あまりに唐突な話で、喜びよりも訝しさが先立つ。
「援軍だと? どこからだ。首都を落とされた
「
居残った殿軍を指揮し、大蜘蛛たちに糸の結界を張らせていたエルゴーンが、はたと何かに思い至った様子で振り返る。
「地上というと、もしや……二週ほど前に王都を訪れていた、例の〝使者〟たちか?」
「待て。何だその話は? 聞いていないぞ」
初耳の報に、エレリスが副官を問いただす。エルゴーンは額を押さえた。
「
このまま闇小人に続いて我らまでも抜かれれば、悪魔どもは地上へ溢れ出ます。それを懸念して、戦況を確認しに来たのでしょう。こことは別の前線に、視察と称して出向いたりもしていたようです。
数日あちこちで様子を伺ったのち、あっさり地上へ帰って行きましたので、てっきり彼らは
「よもや、
「どういうことです?」
問われたエレリスは、洞窟の天井を指さした。つまりはその先にある、地上なる別世界を。
「多くが翼を持つ悪魔どもに対し、空が開けた地上の国々は、我々のような地下国家より遥かに脆弱だ。敵が攻め上ってくるまで待てば、戦場となった彼らの国は荒廃しよう。
そうなる前に、我らの庭で迎え撃つための〝義援〟を寄越した……と考える方が、理に適っている」
「……なるほど。
「ひねくれるな、エルゴーン。それが為政、それが国防だ。
じっさい今の我々には、戦力が絶対的に足りていない。ここは素直に感謝しておいて、頼もしき〝友軍〟の到着を歓迎しようではないか」
自分を〝年増〟などと呼びながら未だ瑞々しい唇を、薄く曲げてエレリスは微笑する。兵たちを魅了し鼓舞する、姫将軍の不敵な笑み。
そこに含まれる虚勢の割合が日々増していることを、知る者は少ない。
悪化する一途の戦況。増え続ける戦死者の数。そうした現実を前に、自分はいつも通り笑えているだろうか。
せめて、これから来る地上の〝援軍〟には、そうした虚勢を気取られたくないものだが――。
「……来ました! 姫様、あれが例の……地上、スレイン法国から来たという軍勢です」
死霊術師フェイノールが早口に囁く。エレリスは後方、崖のようになった急勾配の斜路を見上げた。
蛇行する階段に沿って、整然と下ってくる隊列がある。
異様であった。
軽装備で統一された人間の兵たち。これは解る。地下は風通しが悪く、地上より遥かに迂回や上り下りも多い。そんな環境を行軍する間、金属製の重装備などしていれば、敵と遭遇する前に体力を消耗しすぎる。閉所では取り回しの悪い、長柄武器を持ち込んでいないのも良い選択だ。
人間たちの傍ら、あるいは頭上に浮遊する天使たち。これが解らない。召喚モンスターなのだろうが、だとしたら敵を視界に捉えてから呼び出すのが定石ではないのか。あれでは召喚魔法の持続時間を無駄に消費するだけだ。
そして、部隊を先導する
大きい方は、無個性を絵に描いたような男だった。中肉中背。特に目を惹くところのない装備類。醜くも美しくもない顔立ちに、ぼんやりとした表情。
視界から外した瞬間に印象が薄れてしまうような、むしろ間諜としてなら優秀なのではないかと思える、徹底的な凡庸さを身に纏っている。
小さい方はフードを目深にかぶっている。顎の線と首元の骨格から、明らかに幼い少年と知れた。
この少年だけ、装備の質が飛び抜けて高い。銀糸で縁取られた濃紺のローブも、袖口から見え隠れする指輪も、王族としての教育を――曲がりなりにも――受けて育ったエレリスの目には、かつて見たことのないほどの至宝であろうと察せられた。
にもかかわらず、魔法の力が
あれがマジックアイテム
待ち構えるエレリスたちの前まで下りてくると、先頭に立つ二人の異物は、自ら名乗った。
「どうも。トブの大森林
「……と、その弟のリーギリウムだ。兄弟で傭兵稼業をやってる。後ろのヒトたちは、地上にあるスレイン法国ってとこの軍人さんな。
オレと兄貴は直接戦闘が
ルークと名乗った兄の地味な印象は、フードを外した弟・リーギリウムの顔を見た瞬間、たちまち消し飛んだ。
神の
色薄く、ふっくらと艶めく唇。長い睫毛の下から見上げてくる、青く無垢な双眸。身じろぎの度さらりと揺れるやわらかな銀髪は、ひと房だけが細い三つ編みにして垂らされ、少年が持つ危ういほどの美に少女的な彩りをも加えていた。
呆然とするエレリスは、頬の火照りを自覚しなかった。ただ跪いて目線を合わせ、まじまじと少年を見つめながら、
「…………可憐だ」
と、呟いただけである。
しかし彼女とて、一人前の大人と認められて久しいダークエルフの女だ。一般的な男児が何に憧れ、どう見られたいと思っているかは心得ている。
男の子というのは
要するに、少年に対して〝可憐〟という表現は――失言だったかもしれない。
エレリスはすぐに頭を下げて、謝ろうとした。だがリーギリウムは機嫌を損ねるどころか、ぱっと笑みを咲かせて、手を差し出してくる。
「ありがとな、そう言ってくれると嬉しいぜ! おねーさんの名前も聞かせてくれよな」
何かが――
形のない、ただ熱く激しいエネルギーの矢のようなものが、心臓を貫いた気がした。
思わず、エレリスは己の胸元を見下ろす。
錯覚だ。ダメージはない。どこからも攻撃を受けてなどいない。
ならば……いまの衝撃は? この鼓動の高鳴りは、いったい?
弱みを見せてはならない。不調は隠さねばならない。
自分は氏族の、この国すべての同胞の。武の象徴であり、希望であり、英雄なのだから――
よろめきそうになる身体を気力で支え、エレリスは〝覇気溢れる女将軍〟の仮面をかぶり直す。
己の声が常通り快活に聞こえることを祈りながら、少年のすべらかな繊手を握り返した。
「……エレリス・ブラックエッジだ。〝王姉将軍〟とも呼ばれている。
地上世界の友たちよ。この度は、未曽有の国難に救いの手を差し伸べていただき、感謝の言葉も見つからない。我ら氏族の民は、あなたがたへの恩義を
戦場ゆえ、ここではろくな歓迎もできない。しかし私は、敢えて言わせてもらう。
ようこそ、わがブラックエッジ氏族領へ。偉大なる始祖十二氏族、その末裔が未だ息づく『黒き刃の故郷、アムディオル』へ!
諸君らの来援を……心より、歓迎する!」
[memo]
(例によって読まなくても困らない与太話や裏設定など)
■スカイウォーカー兄弟
・スレイン法国が援軍を派遣するに際し、地下世界の案内人として雇ったダークエルフの傭兵。腕利きの斥候であり、魔法も使うという。
・異様に地味な兄と、恐ろしくあざと可愛い弟のコンビ。その素性は謎に包まれている。
■黒き刃の故郷、アムディオル
・ダークエルフ始祖十二氏族のひとつ、ブラックエッジ(※英語名。現地語表記は異なる)が築いた氏族領国家。また、その王都の名でもある。
国名と首都名が同じ、という意味では原作におけるリ・エスティーゼ王国に近い。
・地下世界に棲息する蟲のテイマーが社会に根付いているのが特徴。
・地下世界に自生する多様な菌類を栽培し、農業を行っている。主な光源として利用している大光茸は、劇場版で聖王国軍のキャンプにあった発光キノコの巨大版。
■始祖十二氏族
・大陸に散ったダークエルフ諸氏族の血脈を遡っていったとき、現存する種族文化の起源と推定される十二の大氏族。
・遥か昔、竜と巨人たちの大戦争で地上が荒廃したころ、その戦禍を避けて地下に逃れることで大量絶滅を免れた。
地上がいくらか平和になると、半数以上の氏族は再び地上へ戻り森などに住んだが、いくつかの氏族はその後も地下に残った。ブラックエッジは地下残留組の一つ。