OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼闇妖精の姫騎士

 地底の闇の中、橙色(とうしょく)の雷光が瞬く。

 魔法の輝きを内に湛えた、琥珀の刃が踊る。

 

 袈裟。逆袈裟。横一閃。そのまま一回転し、円弧を描く薙ぎ払い。

 魔剣が閃くたび雷撃が弾け、悪魔の絶叫が洞内に響く。血が飛び散り、肉の焼け焦げる匂いが漂う。

 その剣を握り、流れるような白髪を振り乱して戦うのは、暗紫の鎧を纏う闇妖精(ダークエルフ)の女である。

 

「姫様ァ! ここはもう持ちません、後退を!」

「こんな年増を捕まえて、いつまで〝姫〟呼ばわりするつもりだ。

 おまえたちが先に退け。私が殿(しんがり)を務める」

「またそういう無茶を言いなさる! ()()殿()()を置いて逃げられるわけないでしょうが!」

 

 撤退を促してくる同族の部下たちに、女騎士は剣を振るいながら言い返した。

「私がこの国で一番()()()のだから仕方あるまい。それゆえ妹に王位も譲った……おまえたちでは、誰が残ろうと犠牲が出よう。

 案ずるな。私の逃げ足の速さはちょっとしたものだぞ。子供のころは、よく目付役を出し抜いて町へ繰り出したものだ」

 

「不祥事の記録を武勇伝にせんでください! 姫様の脱走癖のせいで、宮廷の女官や近衛兵が何十人処分を喰らったか!

 そんなだから、あんたはいつまで経っても〝姫〟のままなのです!」

 

 叫んだ年嵩の男が黒い弓を連射し、立て続けに小悪魔(インプ)を射落とす。群体ゆえ矢の通じぬ極小悪魔の群集体(デーモンスオーム)が彼に迫るも、洞窟の天井に張り付く巨大蜘蛛(ジャイアント・スパイダー)が投げた粘性糸の網に絡め取られ、丸く固まって地に落ち、転がっていく。

 

 人と蟲が共闘し、悪魔に立ち向かっている――地上人が見れば異様な戦場であろうが、この国では珍しい光景でもない。地下氏族のダークエルフは蟲や魔獣を手懐け、相棒とする術に長ける。

 同じく地底の生存領域を争う危険な生物たちに対抗すべく、長い年月をかけて体系化された技術である。とくに蜘蛛は、戦闘以外でも役に立つ能力が多く、種族代々の友として重宝されている。

 

「……ふふ。そなたは手厳しいな、エルゴーン。()()()()私は、いつまで経っても気持ちばかり若い、お転婆の〝姫〟のままだ」

「姫様は当て擦りがお下手でいらっしゃる……!」

 

 副官のエルゴーン率いる弓兵部隊と、その相棒たる蜘蛛たちはよく連携し、前衛で雷の剣舞を披露する女騎士を援護し続けた。

 が、敵は地獄の門から無尽蔵に湧いて出ると噂される悪魔たち。このまま戦い続ければ疲労に剣は鈍り、矢も尽きる。もとより勝ち目のない戦いだ。

 それとて無駄ではない。現に足の遅い魔法詠唱者(マジック・キャスター)や輸送部隊は、彼女たちの稼いだ時間で撤退準備を完了した。

 

「後衛はフェイノールが退かせました、もう本当に限界です! ……姫様! エレリス殿下!」

「ここは死守したかったが……致し方ないな。蜘蛛糸で即席の遅滞陣地を構築し、奴らが糸を除去する間に第三防衛ラインまでの後退を…………()()()()()は何だ?」

 

 すわ後方にも敵が湧いて、挟撃の憂き目に遭ったか――そんな戦慄が、琥珀の魔剣を持つ女騎士・エレリスの黒く艶やかな肌に、冷や汗の珠を浮かばせる。

 

 しかし意外にも、耳を澄ませば聴こえてくるのは歓声だった。

 後方から駆け戻ってきたのは、まだ二百歳にもなっていない同族の若者。中後衛の撤退を指揮していたはずの参謀役、死霊術師フェイノールである。

 青年はエレリスの剣舞を邪魔せぬよう、数歩の間を開けた背後で跪き、伝令のように声を張って、告げる。

「報告いたします、姫様……()()です! 援軍が到着したと! これより、我々に加勢するそうです!」

 

 エレリスは片眉を上げた。あまりに唐突な話で、喜びよりも訝しさが先立つ。

「援軍だと? どこからだ。首都を落とされた闇小人(ダークドワーフ)は無論のこと、わが国にもこの戦線へ送り込める余剰戦力など無かったはずだが」

()()()()来た、と言っています!」

 

 居残った殿軍を指揮し、大蜘蛛たちに糸の結界を張らせていたエルゴーンが、はたと何かに思い至った様子で振り返る。

「地上というと、もしや……二週ほど前に王都を訪れていた、例の〝使者〟たちか?」

「待て。何だその話は? 聞いていないぞ」

 

 初耳の報に、エレリスが副官を問いただす。エルゴーンは額を押さえた。

()()()()()()は前線を飛び回っておられましたので……この件には妹君、リフィリス陛下が応対されました。なんでも地上のスレインなる国から遣わされてきたとかで、人間の使者数名が王都に滞在しておったのです。

 このまま闇小人に続いて我らまでも抜かれれば、悪魔どもは地上へ溢れ出ます。それを懸念して、戦況を確認しに来たのでしょう。こことは別の前線に、視察と称して出向いたりもしていたようです。

 数日あちこちで様子を伺ったのち、あっさり地上へ帰って行きましたので、てっきり彼らは()()()()()()()戦の備えを固めるものと思っていたのですが……」

 

「よもや、()()()()援軍を送ってくれるとはな。地上(びと)も存外、義に篤いところがあるのか……いや、これは単に先見の明というものかな」

「どういうことです?」

 問われたエレリスは、洞窟の天井を指さした。つまりはその先にある、地上なる別世界を。

 

「多くが翼を持つ悪魔どもに対し、空が開けた地上の国々は、我々のような地下国家より遥かに脆弱だ。敵が攻め上ってくるまで待てば、戦場となった彼らの国は荒廃しよう。

 そうなる前に、我らの庭で迎え撃つための〝義援〟を寄越した……と考える方が、理に適っている」

 

「……なるほど。()()()()()()荒れてもよい、と軽んじられている気がしますな」

「ひねくれるな、エルゴーン。それが為政、それが国防だ。(リフィリス)が話を()()()()()()のなら、そうそうひどい条件は呑まされなかった……とも信じられる。

 じっさい今の我々には、戦力が絶対的に足りていない。ここは素直に感謝しておいて、頼もしき〝友軍〟の到着を歓迎しようではないか」

 

 自分を〝年増〟などと呼びながら未だ瑞々しい唇を、薄く曲げてエレリスは微笑する。兵たちを魅了し鼓舞する、姫将軍の不敵な笑み。

 そこに含まれる虚勢の割合が日々増していることを、知る者は少ない。

 

 悪化する一途の戦況。増え続ける戦死者の数。そうした現実を前に、自分はいつも通り笑えているだろうか。

 せめて、これから来る地上の〝援軍〟には、そうした虚勢を気取られたくないものだが――。

 

「……来ました! 姫様、あれが例の……地上、スレイン法国から来たという軍勢です」

 死霊術師フェイノールが早口に囁く。エレリスは後方、崖のようになった急勾配の斜路を見上げた。

 蛇行する階段に沿って、整然と下ってくる隊列がある。

 

 異様であった。

 

 軽装備で統一された人間の兵たち。これは解る。地下は風通しが悪く、地上より遥かに迂回や上り下りも多い。そんな環境を行軍する間、金属製の重装備などしていれば、敵と遭遇する前に体力を消耗しすぎる。閉所では取り回しの悪い、長柄武器を持ち込んでいないのも良い選択だ。

 

 人間たちの傍ら、あるいは頭上に浮遊する天使たち。これが解らない。召喚モンスターなのだろうが、だとしたら敵を視界に捉えてから呼び出すのが定石ではないのか。あれでは召喚魔法の持続時間を無駄に消費するだけだ。

 

 そして、部隊を先導する()()()()()()()()()()()

 

 大きい方は、無個性を絵に描いたような男だった。中肉中背。特に目を惹くところのない装備類。醜くも美しくもない顔立ちに、ぼんやりとした表情。

 視界から外した瞬間に印象が薄れてしまうような、むしろ間諜としてなら優秀なのではないかと思える、徹底的な凡庸さを身に纏っている。

 

 小さい方はフードを目深にかぶっている。顎の線と首元の骨格から、明らかに幼い少年と知れた。

 この少年だけ、装備の質が飛び抜けて高い。銀糸で縁取られた濃紺のローブも、袖口から見え隠れする指輪も、王族としての教育を――曲がりなりにも――受けて育ったエレリスの目には、かつて見たことのないほどの至宝であろうと察せられた。

 にもかかわらず、魔法の力が()()()()()()()()のが恐ろしい。

 あれがマジックアイテム()()()はずなどないのに、その力を誇示するでもなく、むしろ隠して平然と身に着けているあの少年は何者なのか。

 

 待ち構えるエレリスたちの前まで下りてくると、先頭に立つ二人の異物は、自ら名乗った。

 

「どうも。トブの大森林()()から、同族の危機と聞いて参じました。スカイウォーカー氏族のルークです」

「……と、その弟のリーギリウムだ。兄弟で傭兵稼業をやってる。後ろのヒトたちは、地上にあるスレイン法国ってとこの軍人さんな。

 オレと兄貴は直接戦闘が()()()()()()()()()()んで、ここまで部隊を案内してきたように、索敵メインでサポートするぜ。よろしくな、おねーさん!」

 

 ルークと名乗った兄の地味な印象は、フードを外した弟・リーギリウムの顔を見た瞬間、たちまち消し飛んだ。

 神の(いと)し子が現世(うつしよ)にあれば、かくぞ象られん――そのような美の深淵が、一人の少年の姿に結実している。

 

 色薄く、ふっくらと艶めく唇。長い睫毛の下から見上げてくる、青く無垢な双眸。身じろぎの度さらりと揺れるやわらかな銀髪は、ひと房だけが細い三つ編みにして垂らされ、少年が持つ危ういほどの美に少女的な彩りをも加えていた。

 

 呆然とするエレリスは、頬の火照りを自覚しなかった。ただ跪いて目線を合わせ、まじまじと少年を見つめながら、

「…………可憐だ」

 と、呟いただけである。

 

 しかし彼女とて、一人前の大人と認められて久しいダークエルフの女だ。一般的な男児が何に憧れ、どう見られたいと思っているかは心得ている。

 男の子というのは()()ありたいし、()()()()見られたいものだ。自分もいくらかそうした性向を持つ風変わりな少女だったから、理解できる。それは儚いほどに()()()あること、()()()見られることとはしばしば両立しない。

 

 要するに、少年に対して〝可憐〟という表現は――失言だったかもしれない。

 エレリスはすぐに頭を下げて、謝ろうとした。だがリーギリウムは機嫌を損ねるどころか、ぱっと笑みを咲かせて、手を差し出してくる。

「ありがとな、そう言ってくれると嬉しいぜ! おねーさんの名前も聞かせてくれよな」

 

 何かが――

 形のない、ただ熱く激しいエネルギーの矢のようなものが、心臓を貫いた気がした。

 

 思わず、エレリスは己の胸元を見下ろす。

 錯覚だ。ダメージはない。どこからも攻撃を受けてなどいない。

 ならば……いまの衝撃は? この鼓動の高鳴りは、いったい?

 

 弱みを見せてはならない。不調は隠さねばならない。

 自分は氏族の、この国すべての同胞の。武の象徴であり、希望であり、英雄なのだから――

 

 よろめきそうになる身体を気力で支え、エレリスは〝覇気溢れる女将軍〟の仮面をかぶり直す。

 己の声が常通り快活に聞こえることを祈りながら、少年のすべらかな繊手を握り返した。

 

「……エレリス・ブラックエッジだ。〝王姉将軍〟とも呼ばれている。

 地上世界の友たちよ。この度は、未曽有の国難に救いの手を差し伸べていただき、感謝の言葉も見つからない。我ら氏族の民は、あなたがたへの恩義を孫子(まごこ)の代まで忘れないだろう。

 

 戦場ゆえ、ここではろくな歓迎もできない。しかし私は、敢えて言わせてもらう。

 ようこそ、わがブラックエッジ氏族領へ。偉大なる始祖十二氏族、その末裔が未だ息づく『黒き刃の故郷、アムディオル』へ!

 諸君らの来援を……心より、歓迎する!」

 










[memo]
(例によって読まなくても困らない与太話や裏設定など)

■スカイウォーカー兄弟
・スレイン法国が援軍を派遣するに際し、地下世界の案内人として雇ったダークエルフの傭兵。腕利きの斥候であり、魔法も使うという。
・異様に地味な兄と、恐ろしくあざと可愛い弟のコンビ。その素性は謎に包まれている。

■黒き刃の故郷、アムディオル
・ダークエルフ始祖十二氏族のひとつ、ブラックエッジ(※英語名。現地語表記は異なる)が築いた氏族領国家。また、その王都の名でもある。
 国名と首都名が同じ、という意味では原作におけるリ・エスティーゼ王国に近い。
・地下世界に棲息する蟲のテイマーが社会に根付いているのが特徴。
 蜘蛛占い師(アラクノマンサー)魔蟲守(ヴァーミンキーパー)といったクラスを修めた者が民間にも軍にも多くいる。
・地下世界に自生する多様な菌類を栽培し、農業を行っている。主な光源として利用している大光茸は、劇場版で聖王国軍のキャンプにあった発光キノコの巨大版。

■始祖十二氏族
・大陸に散ったダークエルフ諸氏族の血脈を遡っていったとき、現存する種族文化の起源と推定される十二の大氏族。
・遥か昔、竜と巨人たちの大戦争で地上が荒廃したころ、その戦禍を避けて地下に逃れることで大量絶滅を免れた。
 地上がいくらか平和になると、半数以上の氏族は再び地上へ戻り森などに住んだが、いくつかの氏族はその後も地下に残った。ブラックエッジは地下残留組の一つ。
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