OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
やべーぞ大ポカじゃん。やらかしたぞこれは。
いかなる感知能力によってか、ユグドラシル生まれの異物がここに紛れ込んだことを察して、霊樹は戦いの準備を始めたのだろう。この都市と、自分を崇める民を守るために。
霊樹は琥珀めいた結晶をますます激しく光らせ、さらには橙色の雷光をも帯び始める。
メインの攻撃属性は[雷]か? 明らかに攻撃の予備動作という感じがする。流石にそろそろ限界だ。
「堂内の人たちを退避させてください。今すぐに。できるだけ遠くへ」
「えっ? あの……?」
モブ顔ダークエルフにいきなり指示されて戸惑う世話役の女性。だがもう俺には何も考えてなさそうなおのぼりさんの演技を続ける余裕がない。
「どうも本日の霊樹様は、寝覚めがよろしくないご様子で。ここにいたら消し炭になりますよ」
べつにこの都市のダークエルフが多少死んだところでギルドの計画に支障はないが、今の俺たちは法国の部隊のオマケとして訪れている。現地の国家間に無用の軋轢を生んでしまう結果は避けたいし、そのためには死傷者は少ない方がいい。
リーギリウムは彼女の返事を待たなかった。広大な堂内に散らばった百人以上の参拝客を、一斉に広げた〈
神業めいた力場のコントロール。俺がやったら、全員まとめて引っ掴んで放り出すくらいの雑な逃がし方しかできなかっただろう。あくまで参拝客たちが
「おねーさんも避難しててくれよな、オレたちで何とかするから!」
「なんとか、って……!?」
「お鎮めできるかどうか、私と弟で試してみます。くれぐれも、お近づきにならぬよう。霊樹様は余所者の我々を、敵と
どうにか案内人を言いくるめて堂外へ押し出し、懐に隠したシズクに
ギリギリのタイミングだった。ほとんど同時に霊樹の結晶体が輝き、溜め込んだ魔法の雷を浴びせてきたのだ。
「プゥゥルェェェエエエェエイィィィイイヤァァアァァァアアアァァァァァァ!!」
爆発する雷光。聖堂の飾り帯が灼き切られ、足元では黒く磨かれた石の床が砕けて抉れる。
俺はツアーの
リーギリウムも直前に
「威力はけっこう高いなー。[雷]属性だけど、完全耐性も貫通してくる。ただ完全無視じゃなくて、半減はできてるって感じか? いまんとこ、真なる竜王にしちゃ良心的な攻撃性能だ」
たぶん二体作ったゴーレムの片方にだけ〈
しかし評価基準が麻痺しているのはいただけない。その属性の完全耐性で防げない攻撃というのは、本来それなりにレアなもんなのだ。うちだと俺やキャロルが当たり前のように使っているせいで見慣れてしまいがちだが、普通は特化ビルドでレベルを積み上げていった果てにようやく得られる特権といった位置づけである。
まあエンドコンテンツのレイドボスなら珍しい能力でもないので、どっちかというとボス寄りの性能してるこの世界の
リーギリウムは矢継ぎ早に壁役のゴーレムを生み出し、[雷]耐性を与え、さらに個体別で異なる
ていうか本当に
念のためシズクに結界系スキルと防御魔法を重ね掛けさせながら、俺は〈
「とぅおるるるる……とぉるるる……あ、もしもしツアーくん?」
「なんだ今の声は?? ……カレルレンか。どうした。私も暇ではないんだが」
魔法的交信の回線が繋がった先は、おなじみ〝
「八欲王と戦った
地下の
「待て待て待て。なんだ? 情報が多すぎる。いったい何をやっている!?」
「いまねー、デカい樹みたいなよくわからん生き物に
あと、こいつ最近まで死んでたらしいんだけど、復活が不完全だったみたいでさ。ちょっと頭おかしくなってる感じで、全然ハナシ聞いてくれそーにないんだわ」
「ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙」
一言目を消化できないうちにおかわりされる情報量。たまらず頭を抱えていそうなツアーの唸り声が聞こえる。
まあサプライズの問い合わせなんでゼロ回答でも仕方ない。そのときは、いちおう俺たちが復活させた竜王組、トリシュ先生とマハナにも訊いてみるべきか。
プラチナムお悩み相談室へ問い合わせる間にも、霊樹からの攻撃は続いている。
橙の電弧が降り注ぐ一方、必殺の雷撃があまり効果を挙げていないと見て取った相手は、物理攻撃も追加することに決めたらしい。黒い石の床と天井を割って、主根の周りに触手のような細い根が這い出してくる。細いと言っても主根がデカすぎるせいでそう見えるだけだ。一本あたりの太さは一メートルくらいあるだろう。それが四本、八本、十二本――まだ増える。
聖堂の上下から飛び出した霊樹の触手は、最終的に二十四本にも及んだ。それらが鎌首をもたげ、飛び掛かる蛇群のごとく殺到する。
俺はさっさとダークエルフへの変身を解除しているので物理無効だからいいとしても、リーギリウムは別枠で防ぐ必要がある。前述の通りこいつの専門は戦闘ではない。捌き切れるか?
「問題ないのです。防戦は得意なのです」
「物理も魔法もどんとこいなのです」
俺を守っていた一体と、リーギリウムにも持たせていた別の一体。合わせて二体のシズク
「〈心身合一〉、〈流勁〉」
「〈金剛被甲〉、〈太極廻掌〉」
「〈魄光結界〉」
「
叩きつけられた大質量の一撃を受け流し、力のベクトルを制御して別の触手にぶつける。陰陽太極図を模した円形の防御フィールドで、束ねられた極大の橙雷を弾き返す。別角度から迂回してくる攻撃は、半透明な白い光の壁を形成・操作し、臨機応変に防いでいく。それでもすり抜けてくる何発かは、独自の硬度とHPを持った全方位バリアで受ける。
まさに魔タンクの面目躍如ともいうべき、堅牢な多重構造のガード。二人がかりとはいえヒーラー兼任のシズクが、推定
俺とリーギリウムも守られているばかりでなく、後ろから囮のゴーレムを出したり、〈
しかし向こうもさるもの。ユグドラシルでいえば第七位階以上の攻撃魔法に相当するであろう雷撃を、絶え間なく連発している割には消耗が見えない。手の内を開示させつつスタミナ切れを待つ戦法は、いまのところ効果を挙げていないようだった。
「
なんにせよ、攻めないなら千日手だぜ。どうする、ボス?」
決断を促してくるリーギリウム。霊樹を
呻吟していると、意外なことにツアーからの情報提供があった。あんまり期待してなかったんだが。
「……確認するが。巨大な樹木状の身体。赤みがかった雷。地下に縄張りを持つ。雌性。老齢。主に人間種から信仰され、庇護を与えた竜王。特徴はこれで合っているか?
私の知る限り、これらの条件すべてに合致する竜王はひとりだけだ。
〝
「どんなやつ? 性格とか能力とか、言える範囲でいいから教えてくれると助かる。
いちおう、できれば殺さず済ませるつもりはある。情報が多いほど成功率上がるけど」
「……肉体の一片でも残っていればそこから復活する、不死に近い生命力を持った竜だ。それでいて竜王の中でも有数の巨躯ゆえ、尋常の手段で殺し切るのは難しい。
とはいえ、かつての戦いでは
なるほどなるほど。
八欲王と正面からドンパチやって、ほとんど粉々にされて半殺しどころか九割九分九厘殺しぐらいの目に遭ったが、そこから百年以上かけて再生して力を取り戻した……ってとこだろうか。やっぱりまだ不完全復活だからトチ狂ってるのか? もともと狂っていた線はあんまり考えたくないが。
ツアーが素直に同胞の情報を共有してくれる――つまり、こっちがそれを〝悪用〟しないという信頼がある――ことに感動しつつ、さてどうしたものかと考える。
「なんかプレイヤーに恨み心頭っぽいんだけど、やっぱ八欲王に殺されかけたからなのかね? ぷるぷる、僕たち悪いプレイヤーじゃないよ……って説明したら解ってくれると思う?」
「……その望みは薄い。
自分が死にかけるよりも、仔を傷つけられたことに怒り狂う。そういう竜王だった」
母性強め勢かー。じゃあ、もう俺たちが死んでやらんと止まらない感じか?
死を偽装する仕掛けなら打てないこともないが……それより子供とやらを蘇生させてやった方がいいだろうか。できるかどうか分からんけれども。
などと安直なばら撒き思考へ流れかけた俺に、先を読んだらしいツアーはしっかり釘を刺してくる。
「以前も言ったことだが……彼女の仔を蘇らせてやろう、などとは考えないことだ。
それで〝
あの戦いでは、あまりにも多くのものが傷つき、壊れ、失われた。過ぎ去った時も戻らない……取り返しは、もう付かないんだよ」
戦争体験者にして、最後までその顛末を見届けた唯一の生還者。ツアーの証言は重い。
それもそうだと考え直し、ならどうしようか……とまた頭を悩ませ始めたところで、ツアーから思いがけない提案が出てくる。
「彼女を宥めたければ、〝ぷれいやー〟では……ユグドラシルの者では、無理だ。
お前たちにも、次善の策はあろうが……まずは、私に話をさせてもらえないだろうか」
[memo]
■シズクのスキル群について
・本編ではテンポを損なわないよう最小限の説明に留まった。数が多いので簡易解説。
・〈心身合一〉:モンク系スキル。自己対象バフ。筋力または敏捷力で判定される一回のアクションを強化する。
・〈流勁〉:モンク系スキル。〈
・〈金剛被甲〉:モンク系スキル。一時的に物理耐性を引き上げる。
・〈太極廻掌〉:モンク系スキル。同じくモンク系スキル〈廻し受け〉の上位版。正面からの攻撃を防ぐだけでなく、遠隔攻撃は反射し、近接攻撃は衝撃を跳ね返してノックバックさせる。
・〈魄光結界〉:結界師のスキル。固有のHPを持つ、半透明な白い光の壁を形成する。障壁形状はユグドラシルだとプリセットからの選択式だったが、転移後は意のままにリアルタイム形成可能。
・〈護光霊陣〉:特殊な汎用スキルで修得した擬似呪文能力。原型呪文は〈