OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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War is over, but she still

 ツアーの鎧はすぐに転移でやってきた。

 といってもツアー自身の【世界移動】ではなく、うちのギルド拠点を経由してリーギリウム(本体)に転送してもらっている。

 

 さすがに〈伝言(メッセージ)〉で俺たちの居場所を口頭伝達したぐらいじゃ、ツアーがここまで直通ジャンプしてくることはできない。転移先の場所をイメージできないからだ。しかし拠点にいるリーギリウム(本体)が、俺の隣のダークエルフ美少年型端末のところまで鎧を転移させる分には問題ない。なにしろリーギリウムにとってはどちらも()()である。彼はギルド拠点と最前線に同時に存在することができる。

 

 相変わらず霊樹が飛ばしてくる雷撃と触手による叩きつけを、シズクと俺とリーギリウムで防いだり散らしたりしつつ、ひとまずツアーの鎧を〈念動(サイコキネシス)〉で安全圏に引っ張り込む。

「で、実物を見た感想は? 本人だと思う?」

 

 ちょくちょく改装されているものの、相変わらず原作時点よりはのっぺりした簡易版デザインの白金鎧。その顔のスリットから覗く双眸の光が、細く歪んだ。

「……確かに、あの根は〝琥珀の竜王(エレクトラム・ドラゴンロード)〟のようだ。本当に生きていたとは……」

「知り合いだった?」

「若い時分に……面倒を見てもらったことが、ある」

 

 ほーん?

 過去の文献やトリシュ先生らの話をまとめていくにつれ浮かび上がってきた、歴史の一側面として――竜帝がいたころの竜族は、それ以前とも以後とも違って、同族間にある種の()()()を持ち込もうとしていた形跡がある。本来単体で存在が完結してしまい、同種は親子ですら縄張りを脅かす敵でしかなかった竜という生き物に、知識の共有や組織形成といった()()()()()()()を与えようとしたのだ。

 

 この一事を取っても竜帝がかなり異質な個体だったことは窺えるが、今そこは本題ではない。重要なのは、この竜帝による改革だか実験だかの影響を大きく受けて育ったのがツァインドルクス=ヴァイシオンである、ということ。

 つまりこいつも、竜としては異質な育ち方をして、異質な考え方を身に着けている。〝面倒を見てもらった〟などと言えるのはまさにその一端だろう。竜帝の息子という生まれゆえの特殊な環境がツアーの人格形成に及ぼした影響は、おそらく俺が思っていたより大きい。

 

「アアアアアア! 〝ぷれいやー〟! 許さぬぞ! アタシの子供たちを、どこへやった!

 返せ! 返せ! あの子たちを、返せェェェェ!」

 

 霊樹様こと〝琥珀の竜王(エレクトラム・ドラゴンロード)〟はずっとこんな感じ。初めのうちより言葉は明瞭になってきたが、意識そのものはかなり混濁しているらしく、どうも俺たちを通して妄想の中の八欲王と戦い続けている節がある。

 

「……話ができそうか?」

「やってみよう」

 

 白金鎧がシズクの結界を出て、無造作に〝琥珀(エレクトラム)〟へ近づいていく。

「おぉまえもかぁぁ、おまえもォおまえも〝ぷれいやー〟ァァ! 何もかも奪っていきおってェェェ!!」

 

 当然オレンジの雷撃が飛んでくるが、始原の魔法(ワイルド・マジック)の使い手同士だからか白金鎧には無効化されている。ならばと霊樹は触手を振り上げるが、その一撃が落ちる前に、ツアーの声が柔らかく響いた。

 

「ばあちゃん――私だよ。ツアーだ」

 

 ()()()()()???????

 

 これが夏休みに祖母の家を訪ねてきました風のショタボイスとかだったら可愛げもあるのだが、自動翻訳されたツアーの声は渋めのイケオジボイスなので違和感がマジですごい。長命種界隈だとよくある構図なんだろうか。

 

 だが台詞と声のギャップはともかく、〝琥珀の竜王(エレクトラム・ドラゴンロード)〟ベルナドーラ=レーテフルールは、ツアーの声を認識したらしい。

 雷撃の雨がぱたりと止み、触手も動きを止めている。

 

「あら。……あらあらあら。まあああ! ――皇子(みこ)様じゃァございませんか。お久しゅう存じますねええ。まーたそんなお人形など飛ばして遊んでらっしゃるのですか」

 

「自分の身体で来るには、地下(ここ)は少々狭くてね」

 

「そうですねええ本当に大きくご立派になられました、小さい頃はそこらの洞窟に探検と称して潜り込んでは引っかかって身動き取れなくなっておりましたものねええ。何度も引っ張り出して差し上げたことを昨日のように覚えておりますよアタシは」

 

 おいなんだツアーお前、面白そうな昔話あんじゃねえか。やんちゃ坊主か?

 そのまま昔話に花を咲かせる流れで〝琥珀(エレクトラム)〟が正気を取り戻してくれたら話は楽だったが……流石にそう甘いクリア条件のイベントでもなく。

 

「うちの子たちともよく遊んでいただきましたねええ主上陛下のおわした頃は本当に素晴らしい時代で、それがあのように残念な、まとまりかけた竜族もばらばらに、そして――ぷ、PP、プレエエエイイイイアアアアアア――

 おや、子供たちはどこ? ……そうだ。そうだ。死んだのだったねえええ首を落とされ皮を剥がれて、奴らは我が子の骸までも辱めて嗤っていたのだったねえええ……!」

 

 霊樹の主根と触手が、析出した琥珀状結晶を不安定なリズムで明滅させ始める。

 ツアーの鎧から、切迫した訴えの声が投じられた。

 

「ばあちゃん……もういいんだ! ()()()()()()()! これ以上、戦わなくていい!

 あの戦に関わった〝ぷれいやー〟は、みな死んだ。貴女の〝仇〟は……もう、どこにも居ない!」

 

「許せぬ。許せぬ。許せぬ。終わった? 終わるものか……赦すものかァッ!

 騙された、奪われた、殺された、壊された! 何もかも! 何もかもッ!

 殺してやる……殺し尽くすまで終わらぬ、〝ぷれいやー〟ども! 世界を穢す悪鬼どもよ! アアアアア――AAAARRRRRRGH――――」

 

 言葉は再び不明瞭な絶叫に取って代わられ、ひととき垣間見えた優しげな老婦人の面影も、狂える獣に還っていく。雷撃と打擲の嵐が、また地下空間に吹き荒れ始めた。

 

 

 説得を続行しようとしたツアーの鎧を〈念動(サイコキネシス)〉で引っ張り戻し、またシズクの結界に引きこもって何度目かの作戦タイム。

 

「……えーと。正直な所感を述べていい? ()()()()()?」

 俺はもちろんベルナドーラの仇そのものではないが、しかし八欲王と同じプレイヤーとして、老雌竜の憎悪の叫びを正面からぶつけられて怯んでしまったのは確かだ。

 

 転移初日のツアーは、なんだかんだ言って〝大義〟のために俺たちを殺しに来ていた。憎しみがあったとしてもそれを律し、「巨大な力を軽々しく振り回す危険人物たち」をリスクヘッジとして最速で始末するという、無慈悲だが合理的なロジックに基づいて行動していた。俺は被害者の立場でこそあるが、むしろその果断さを評価している。

 

 ベルナドーラは違う。彼女の中ではまだ()()()()()()()()。純然たる怨恨からプレイヤーを敵視し、復讐のために戦いを挑む。損得も目的合理性もない。感情だけだ。だからこそ、どうしようもない。

 

 完全敵対状態、しかも半ば狂っており交渉も不可能。地下世界で信仰される神といえど、これはマジで殺害による決着を視野に入れないと駄目なやつか。

 早くも諦めそうになりつつ、でもツアーは当然反対するよなあ……と鎧に視線を送ってみる。

 ところが、〝白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)〟は予想外のことを言い出した。

 

「……カレルレン。彼女を…………殺せるか。できなければ、私がやる」

 

「いいのか? 昔世話になった〝ばあちゃん〟なんだろ」

 

「力を持つ者は、その力の扱い方に注意を払い、また揮った結果に責任を持たねばならない……それが竜王(ドラゴンロード)の、正しき教えだ。

 正気を失ったままの竜王が、今の世に力だけ取り戻しつつあるなど、到底看過できない。早いうちに、()()()にしてやらなければ……いずれ彼女は、守ろうとしていた民をも、己の雷で焼いてしまう」

 

 苦悩がありありと滲んだ声。不本意の極みでも、為すべきことを為す決断ができる。俺はツアーのこういうところを本当に高く買っている。()()といってもいい。自分にはきっと真似できない生き方だから。

 

 でも〝正しき教え〟とやらに縛られてる風なのはいただけない。秩序にして善(ローフルグッド)の生き方を貫くのは大いに結構だが、正義以外の価値観を持たない超越者になっちまったら、それはそれで災厄だぞ竜王どの。

 

 ともあれ強迫観念キメたツアーくんからの反対は無し。狂える竜王ベルナドーラを生かしておくのは危険だという意見も解る。

 実現性の観点でも問題はない。〝琥珀(エレクトラム)〟の再生が妖巨人(トロール)とかの延長線上にあるもんなら、殺し切る方法はいろいろ捻り出せるだろう。

 

 それでも何かが俺に即断を躊躇わせた。

 そもそも――果たしてこのソリューションは()()なのか?

 

 こういう時は俺より頭の回る奴に意見を求めるに限る。

 視線を向けると、リーギリウムはシズクの結界越しに霊樹を睨み続けている。だが話は聞いていたようで、俺の動きにもちゃんと反応してきた。

 

「あー、まあ〝琥珀(エレクトラム)〟には死んでもらってもいいけど、()()()()オレらがやるのはマズいな。法国の軍を連れてきた正体不明のダークエルフが、せっかく蘇って国を守ってくれてた神様を、今度こそブッ殺しちゃいましたってことになるだろ? 宗教と軍事と政治の全方面でヤバすぎる」

 

 なるほどそりゃそうだ。つまりこの場はなんとか眠らせるとかの非殺傷手段で切り抜けて、あとあと悪魔どもの仕業に見せかけて殺すなりの工作が必要になる。そうでないと悪魔騒ぎも収束しないうちに、()()()()()()人間種同士の宗教戦争が始まってしまう。デケムのやらかしが戦争に発展した原作よりなお悪いかもしれない。

 

()()やったことにしてもいいが」

「雑な自己犠牲ムーブやめろ。そういうカードはまさかのタイミングで切るから飛び道具になるんだよ。世界を守りたいなら、まず世界を味方につけるよう立ち回れ」

 

 どういう心境かツアーが悪役を買って出ようとしてくれたが、これは俺が却下しておく。お前にそんな()()()()ことをやらせておけるか。

 誰かが悪役を演じる必要があるなら、それは秘密結社である『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』の仕事だ。竜王(ドラゴンロード)といえど()()()()()()()であるツアーじゃなく。

 

 しかしリーギリウムは、ツアーや俺とも違う方向で考えていた。

 

「ただなー、霊樹の根が守ってた範囲って結構広いから……仮に〝琥珀(エレクトラム)〟を殺っちまう場合、地下の闇小人と闇妖精を滅ぼしたくなかったら、モンスターの間引きとかはBW(うち)の戦力で代わりにやんないといけなくなるだろ。

 やろうと思えば()()()ぜ? できるけど、そのままだと死んだ神に代わって、()()()()()()が二種族を守ってることになっちゃうわけだ。そこを隠すための工作がまた必要になって、事後処理のコストがどんどん膨らんでいっちまう。

 ギルドのリソース管理的にも、なるべく『人類』の歴史に介入の痕跡を残さないってボスの方針的にも……望ましくないよな?」

 

 どうやらリーギリウムは、〝琥珀の竜王(エレクトラム・ドラゴンロード)〟の暗殺には消極的反対らしい。

 それ自体は別にいい。何でもかんでも殺して解決、などというヤクザ以下の思考でギルドを運営していくつもりは俺にもない。穏便に済むならそれが一番という基本姿勢を、NPCなりに理解して現地文明への対応を考えてくれるのは素直に頼もしい。

 

 だが実際問題、あそこまで反プレイヤー感情をこじらせてる竜王に穏便な解決など望めるものだろうか。いまもシズク二体がかりの多重結界を叩き続ける殺意全開の雷撃・打撃を見ていると、俺は希望を持てる気がしないのだが……。

 

「もうちょっと待ってくれよな……いま、()()()()()()()()があるか占ってるから……おっ!

 そっか。なるほどな。となると、サティアも巻き込んで大掛かりな儀式をでっち上げる必要があるか……」

 

「リーギリウムきゅ~ん、何が見えてるんです?」

「きゅん言うな。〝琥珀(エレクトラム)〟を()()()()()()かどうか探ってたんだよ」

 

 正気に戻すっつってもなあ。

 彼女のプレイヤーへの憎しみは、ある意味で正当というか、理由のある感情だ。状態異常(バッドステータス)みたいに魔法でチンカラホイ、と治せるもんではない。

 少なくとも俺はそう思っていたのだが、リーギリウムは一段深い考えに基づいてベルナドーラの状態を観察していたらしく。

 

「憎しみの感情そのものは状態異常(バッドステータス)じゃねーから、解呪も治療もできない。これはそうだ。ボスの考え方は間違ってねーよ。

 でも、憎さ余って気が狂っちまうとこまで行けば、それはもう〝()()()()()()()だろ」

 

 衝撃だった。目から鱗というかなんというか。

 悔しいことに俺は、ベルナドーラのガチな憎悪と殺意に()てられて――ついでにツアーの無駄に悲愴な覚悟表明もあって――殺すか殺されるかの蛮族的二択に、すっかり思考を囚われていたらしい。この世界が、クソゲーの法則(システム)を中途半端に適用された珍妙不可思議な魔法優勢(マジックリッチ)ファンタジーである、という事実を忘れかけていたのだ。パワープレイヤーの名折れである。おいは恥ずかしか。

 

 そうだよな。()()()()()()()()()なら、ブッ殺しちまう前にもっとできること色々あるわ。

 精神性状態異常なら、第七位階くらいの魔法でだいたい治せる。マジックアイテムで狂気・混乱・激怒あたりの完全耐性を付与してしまうのも有効かもしれない。転移直後には不可能だった長期的な記憶操作も、いまならMP供給を追いつかせる手段がある。

 

 憎しみも狂気もそのままに、ただ殺して終わりにしてやろう……なんてセンチメンタルな仏心を出すのはBW(うち)の流儀じゃあるまいよ。まったく馬鹿馬鹿しい。

 囚われるな縛られるな。俺たちは正義の味方でもナザリックでもないんだ。自由にやろう。

 

「婆さんの場合は、たぶん全身が分散型ホログラフィック・ネットワークみたいな形で自分の情報を保持してたんだ。馬鹿げた再生能力も、()()()()()()()()してるからと考えれば説明がつく。

 それが八欲王にやられて体組織の大部分を喪失したせいで、一気にデータの解像度が落ちて、虫食いだらけのぼやけた記憶しか持たない状態になっちまった。これも正気をなくした原因の一つだろーな。ただの狂気状態じゃない……混乱、自失、精神崩壊……ユグドラシルじゃ名前を与えられてなかったような、心身の同時的破損によるもんだ……」

 

 一人で考察して一人で納得する偽装美少年。そういうのはもっと暇な時間にやろうぜ。攻撃パターン見切ったシズクが完璧にガードしてくれてるけど、いちおう戦闘中なわけだし。

「専門的な考察はあとでいいから、いまは対処を決めよう。

 とりあえず、()()を試みるってことでいいのか?」

 

 駄目なら記憶操作なり支配なりを試みて、それも不可なら戦死を偽装した暗殺に持っていく方針で――とはツアーの手前、声には出さずテレパシーで続ける。

 リーギリウムは全てを含んだ顔で頷く。

 

「そーだな。でも婆さんのアレはいま言った通り、肉体の欠損と深く結びついた複合的な障害みたいだ。これに対応する状態異常はユグドラシルに無かったから、〈大治癒(ヒール)〉や〈上位状態回復(グレーター・レストレーション)〉でも完全には治せそうもない。そういう()()が視えてる。

 けど、()()()()()()()()を除去するような、より上位の効果なら……」

 

 なるほど、と俺は手を叩いて納得。

「ああ。それでさっきサティアの名前が出たのか。……しかしそうなると、シズクや俺でも治せるんじゃね?」

 

 シズクもサティアも別ロール兼業ヒーラーであり、どちらも状態異常の種類を問わない完全除去手段は持っている。何なら俺にもそういうスキルがある。そのうち実質コストで考えると、シズクのスキルを使うのが一番安上がりな気はするのだが……。

 

 もちろんリーギリウムは俺より遥か先まで考えていて、訊けばちゃんと説明してくれる。

「シズクの〈清浄行(ブラフマカリヤム)〉なり、ボスの〈完全回復(トータル・リカバー)〉なりでも治せるだろうけど……地底の奴らにとっちゃ、蘇って以来ずっと不調だった神様が、ここへきて完全復活するって一大イベントなわけだろ?

 ただ()()()()で終わらせちまうの、勿体なくねーか?」

 

 ここまで聞けば、俺でもリーギリウムの企みが読めてくる。機会もまた資源なのだから、最大限に有効活用しろということか。

「ははあ、つまり……手柄は友好の手土産として、法国に持たせつつ……()()をパフォーマンスにしようと。そーだよな、そりゃエリア対象で使えるサティアの方が()()だわ。

 ――いちおう確認しとこう。ツアー、〝琥珀の竜王(エレクトラム・ドラゴンロード)〟は……正気に戻りさえすれば、交渉が成立する手合いかな? お前の判断で無理っぽかったら、考え直すけど」

 

 いきなり話を振られたツアーは、まさかこの局面で自分の意見が求められるとは思っていなかったのか、驚きの滲む声で応じる。

「……彼女の狂気を鎮める手段は()()、というのだな?

 そうであれば……説得は可能だと、私は思う。〝琥珀(エレクトラム)〟は本来、慈悲深く温厚な竜として慕われていた。愚かでもなかったはずだ」

 

 まあ八欲王のやらかしたことを考えれば、そんな穏健派寄りの竜王(ドラゴンロード)でもブチギレ不倶戴天モードになっていておかしくはない。完全な知性と力を取り戻した古参の竜王(ドラゴンロード)に、蘇らせた上でなお敵対されるリスクはある。

 

 だが究極的には、別に()()()()味方になってくれなくてもいいのだ。『()()()味方にさえなってくれれば。ベルナドーラの経歴と人物評を聞く限り、それはそんなに難しくないことのような気がしている。

 

 だから俺は、この作戦を〝やる価値あり〟と判断する。

 

「よし。そうと決まれば……まずは婆さんを一旦寝かせないとな」

 植物系種族は睡眠効果に対して完全耐性を持つが、そういう奴を()()()()()()()()方法もユグドラシルにはいくつかある。

 

 確実性を取るなら〈小宇宙(マイクロコズム)〉だが、あれは対象を一通りボコった後でないと刺さらないので、現地ダークエルフたちへの心象を考えるとよろしくない。

 そろそろ聖堂を囲った結界の外でも騒ぎになっているだろうし、あまり時間はかけない方がよさそうだ。

 

「この場合は〈夢幻楽土の妙音(レムリアン・ノート)〉でいいかな?」

「いいけど、竜王(ドラゴンロード)能力値(ステータス)が高すぎるからな。ボスがそのままじゃ〈精神線虫(マインドワーム)〉ありでも抵抗(レジスト)判定を抜けないぜ。ちょっと()()しないとなー」

 

 そういうわけで、俺はさっそくリーギリウムの指示に従い、()()()()()を始めた――

 

 

 

 あとは特に面白みもない作業ゲーだったので結論から言うと、ベルナドーラを眠らせることには成功した。

 

 使ったのは()()()()第九位階に位置する吟遊詩人(バード)の魔法、〈夢幻楽土の妙音(レムリアン・ノート)〉。上級状態異常〝昏睡〟を与えるもので、たとえ睡眠への完全耐性を持っていても、抵抗(レジスト)失敗したら意識を失う。

 永続効果であり、この点は原作でマーレが使っていた〈砂男の砂(サンドマンズ・サンド)〉と同様。しかしこちらは解呪されない限り、()()()()()()()()()目覚めることができないという違いがある。

 

 ユグドラシルだとプレイヤー救済措置として任意での自殺リスポーンが可能だったが、この世界にそんなシステムはないので、放っておけば霊樹様は永遠に眠ったままである。もちろん、後で()()()()()とき一緒に解呪されるので問題はない。

 

 準備作業の段階で〈大殺界(グレーター・キリングフィールド)〉と〈最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)〉のコンボを使ったせいでツアーにはドン引きされたが、これは悪カルマかつ信仰系または精神系術者のプレイヤーなら普通に使ってくる可能性のある手と言える。今後のためにユグドラ動物園の攻略情報をひとつ開示してやった形だ。むしろ感謝してほしい。見てくれが酷かったのは否定しないけど。

 











[memo]

■〈殺界(キリングフィールド)
・第四位階魔法。術者を中心とする範囲対象。信仰系/精神系・[悪][即死]死霊術。
 レベルアップ時に選択可能な呪文リストに載らず、専用の魔導書アイテムを使うことでしか修得できない〝封印呪文〟の一種。
・生命力を吸い取る死のオーラを展開する。オーラ圏内でクリーチャーが瀕死状態になるとき、精神力による抵抗(レジスト)に失敗すると即死する。また、普通にHPが0になるなどして死亡した場合でも抵抗(レジスト)判定は発生する。失敗するとこの呪文の効果で死んだことになる。
・この効果で死んだ対象一体ごとに、術者は筋力ボーナスや判定術者レベル上昇などの恩恵を累積で獲得する。ただし強化値には上限あり。
 どんなに弱いモンスターを生贄にしても一体あたりの効果は変わらないので、角笛で呼んだゴブリンや大量召喚した非制御下の悪魔などを効率よく殺せば、最大強化を得るのは難しくない。レベルを持たない虫などはカウント対象外だが、群体(スウォーム)は一体として扱う。
・強化版となる第七位階の〈大殺界(グレーター・キリングフィールド)〉は即死効果の発動するHP閾値が引き上げられ、またHP0以下の対象に効果が発動した場合はレジスト不能となる。バフの上限値は通常版の二倍に増大。
・一回の発動につき、一体のクリーチャーは一度しか影響を受けない。一度レジスト成功したら、その後復活してまた死んでも即死の再判定は発生しないということ。
・修得用アイテムさえ使えば拠点NPCなどにも覚えさせることはできるが、AI制御で適切な使い方をさせるには複雑な専用記述を組む必要があり、もっぱら使い手はプレイヤーか敵モンスター(ボスを含む)に限定された。原作キャラでいうとシャルティアは修得可能。
・わかる人にはわかる元ネタ:D&D3.5e〈Consumptive field〉およびそのグレーター版。筋力ボーナスが無制限に累積するのは流石にヤバいので、上限ありに変更している。
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