OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
ツアーの鎧はすぐに転移でやってきた。
といってもツアー自身の【世界移動】ではなく、うちのギルド拠点を経由してリーギリウム(本体)に転送してもらっている。
さすがに〈
相変わらず霊樹が飛ばしてくる雷撃と触手による叩きつけを、シズクと俺とリーギリウムで防いだり散らしたりしつつ、ひとまずツアーの鎧を〈
「で、実物を見た感想は? 本人だと思う?」
ちょくちょく改装されているものの、相変わらず原作時点よりはのっぺりした簡易版デザインの白金鎧。その顔のスリットから覗く双眸の光が、細く歪んだ。
「……確かに、あの根は〝
「知り合いだった?」
「若い時分に……面倒を見てもらったことが、ある」
ほーん?
過去の文献やトリシュ先生らの話をまとめていくにつれ浮かび上がってきた、歴史の一側面として――竜帝がいたころの竜族は、それ以前とも以後とも違って、同族間にある種の
この一事を取っても竜帝がかなり異質な個体だったことは窺えるが、今そこは本題ではない。重要なのは、この竜帝による改革だか実験だかの影響を大きく受けて育ったのがツァインドルクス=ヴァイシオンである、ということ。
つまりこいつも、竜としては異質な育ち方をして、異質な考え方を身に着けている。〝面倒を見てもらった〟などと言えるのはまさにその一端だろう。竜帝の息子という生まれゆえの特殊な環境がツアーの人格形成に及ぼした影響は、おそらく俺が思っていたより大きい。
「アアアアアア! 〝ぷれいやー〟! 許さぬぞ! アタシの子供たちを、どこへやった!
返せ! 返せ! あの子たちを、返せェェェェ!」
霊樹様こと〝
「……話ができそうか?」
「やってみよう」
白金鎧がシズクの結界を出て、無造作に〝
「おぉまえもかぁぁ、おまえもォおまえも〝ぷれいやー〟ァァ! 何もかも奪っていきおってェェェ!!」
当然オレンジの雷撃が飛んでくるが、
「ばあちゃん――私だよ。ツアーだ」
これが夏休みに祖母の家を訪ねてきました風のショタボイスとかだったら可愛げもあるのだが、自動翻訳されたツアーの声は渋めのイケオジボイスなので違和感がマジですごい。長命種界隈だとよくある構図なんだろうか。
だが台詞と声のギャップはともかく、〝
雷撃の雨がぱたりと止み、触手も動きを止めている。
「あら。……あらあらあら。まあああ! ――
「自分の身体で来るには、
「そうですねええ本当に大きくご立派になられました、小さい頃はそこらの洞窟に探検と称して潜り込んでは引っかかって身動き取れなくなっておりましたものねええ。何度も引っ張り出して差し上げたことを昨日のように覚えておりますよアタシは」
おいなんだツアーお前、面白そうな昔話あんじゃねえか。やんちゃ坊主か?
そのまま昔話に花を咲かせる流れで〝
「うちの子たちともよく遊んでいただきましたねええ主上陛下のおわした頃は本当に素晴らしい時代で、それがあのように残念な、まとまりかけた竜族もばらばらに、そして――ぷ、PP、プレエエエイイイイアアアアアア――
おや、子供たちはどこ? ……そうだ。そうだ。死んだのだったねえええ首を落とされ皮を剥がれて、奴らは我が子の骸までも辱めて嗤っていたのだったねえええ……!」
霊樹の主根と触手が、析出した琥珀状結晶を不安定なリズムで明滅させ始める。
ツアーの鎧から、切迫した訴えの声が投じられた。
「ばあちゃん……もういいんだ!
あの戦に関わった〝ぷれいやー〟は、みな死んだ。貴女の〝仇〟は……もう、どこにも居ない!」
「許せぬ。許せぬ。許せぬ。終わった? 終わるものか……赦すものかァッ!
騙された、奪われた、殺された、壊された! 何もかも! 何もかもッ!
殺してやる……殺し尽くすまで終わらぬ、〝ぷれいやー〟ども! 世界を穢す悪鬼どもよ! アアアアア――AAAARRRRRRGH――――」
言葉は再び不明瞭な絶叫に取って代わられ、ひととき垣間見えた優しげな老婦人の面影も、狂える獣に還っていく。雷撃と打擲の嵐が、また地下空間に吹き荒れ始めた。
説得を続行しようとしたツアーの鎧を〈
「……えーと。正直な所感を述べていい?
俺はもちろんベルナドーラの仇そのものではないが、しかし八欲王と同じプレイヤーとして、老雌竜の憎悪の叫びを正面からぶつけられて怯んでしまったのは確かだ。
転移初日のツアーは、なんだかんだ言って〝大義〟のために俺たちを殺しに来ていた。憎しみがあったとしてもそれを律し、「巨大な力を軽々しく振り回す危険人物たち」をリスクヘッジとして最速で始末するという、無慈悲だが合理的なロジックに基づいて行動していた。俺は被害者の立場でこそあるが、むしろその果断さを評価している。
ベルナドーラは違う。彼女の中ではまだ
完全敵対状態、しかも半ば狂っており交渉も不可能。地下世界で信仰される神といえど、これはマジで殺害による決着を視野に入れないと駄目なやつか。
早くも諦めそうになりつつ、でもツアーは当然反対するよなあ……と鎧に視線を送ってみる。
ところが、〝
「……カレルレン。彼女を…………殺せるか。できなければ、私がやる」
「いいのか? 昔世話になった〝ばあちゃん〟なんだろ」
「力を持つ者は、その力の扱い方に注意を払い、また揮った結果に責任を持たねばならない……それが
正気を失ったままの竜王が、今の世に力だけ取り戻しつつあるなど、到底看過できない。早いうちに、
苦悩がありありと滲んだ声。不本意の極みでも、為すべきことを為す決断ができる。俺はツアーのこういうところを本当に高く買っている。
でも〝正しき教え〟とやらに縛られてる風なのはいただけない。
ともあれ強迫観念キメたツアーくんからの反対は無し。狂える竜王ベルナドーラを生かしておくのは危険だという意見も解る。
実現性の観点でも問題はない。〝
それでも何かが俺に即断を躊躇わせた。
そもそも――果たしてこのソリューションは
こういう時は俺より頭の回る奴に意見を求めるに限る。
視線を向けると、リーギリウムはシズクの結界越しに霊樹を睨み続けている。だが話は聞いていたようで、俺の動きにもちゃんと反応してきた。
「あー、まあ〝
なるほどそりゃそうだ。つまりこの場はなんとか眠らせるとかの非殺傷手段で切り抜けて、あとあと悪魔どもの仕業に見せかけて殺すなりの工作が必要になる。そうでないと悪魔騒ぎも収束しないうちに、
「
「雑な自己犠牲ムーブやめろ。そういうカードはまさかのタイミングで切るから飛び道具になるんだよ。世界を守りたいなら、まず世界を味方につけるよう立ち回れ」
どういう心境かツアーが悪役を買って出ようとしてくれたが、これは俺が却下しておく。お前にそんな
誰かが悪役を演じる必要があるなら、それは秘密結社である『
しかしリーギリウムは、ツアーや俺とも違う方向で考えていた。
「ただなー、霊樹の根が守ってた範囲って結構広いから……仮に〝
やろうと思えば
ギルドのリソース管理的にも、なるべく『人類』の歴史に介入の痕跡を残さないってボスの方針的にも……望ましくないよな?」
どうやらリーギリウムは、〝
それ自体は別にいい。何でもかんでも殺して解決、などというヤクザ以下の思考でギルドを運営していくつもりは俺にもない。穏便に済むならそれが一番という基本姿勢を、NPCなりに理解して現地文明への対応を考えてくれるのは素直に頼もしい。
だが実際問題、あそこまで反プレイヤー感情をこじらせてる竜王に穏便な解決など望めるものだろうか。いまもシズク二体がかりの多重結界を叩き続ける殺意全開の雷撃・打撃を見ていると、俺は希望を持てる気がしないのだが……。
「もうちょっと待ってくれよな……いま、
そっか。なるほどな。となると、サティアも巻き込んで大掛かりな儀式をでっち上げる必要があるか……」
「リーギリウムきゅ~ん、何が見えてるんです?」
「きゅん言うな。〝
正気に戻すっつってもなあ。
彼女のプレイヤーへの憎しみは、ある意味で正当というか、理由のある感情だ。
少なくとも俺はそう思っていたのだが、リーギリウムは一段深い考えに基づいてベルナドーラの状態を観察していたらしく。
「憎しみの感情そのものは
でも、憎さ余って気が狂っちまうとこまで行けば、それはもう〝
衝撃だった。目から鱗というかなんというか。
悔しいことに俺は、ベルナドーラのガチな憎悪と殺意に
そうだよな。
精神性状態異常なら、第七位階くらいの魔法でだいたい治せる。マジックアイテムで狂気・混乱・激怒あたりの完全耐性を付与してしまうのも有効かもしれない。転移直後には不可能だった長期的な記憶操作も、いまならMP供給を追いつかせる手段がある。
憎しみも狂気もそのままに、ただ殺して終わりにしてやろう……なんてセンチメンタルな仏心を出すのは
囚われるな縛られるな。俺たちは正義の味方でもナザリックでもないんだ。自由にやろう。
「婆さんの場合は、たぶん全身が分散型ホログラフィック・ネットワークみたいな形で自分の情報を保持してたんだ。馬鹿げた再生能力も、
それが八欲王にやられて体組織の大部分を喪失したせいで、一気にデータの解像度が落ちて、虫食いだらけのぼやけた記憶しか持たない状態になっちまった。これも正気をなくした原因の一つだろーな。ただの狂気状態じゃない……混乱、自失、精神崩壊……ユグドラシルじゃ名前を与えられてなかったような、心身の同時的破損によるもんだ……」
一人で考察して一人で納得する偽装美少年。そういうのはもっと暇な時間にやろうぜ。攻撃パターン見切ったシズクが完璧にガードしてくれてるけど、いちおう戦闘中なわけだし。
「専門的な考察はあとでいいから、いまは対処を決めよう。
とりあえず、
駄目なら記憶操作なり支配なりを試みて、それも不可なら戦死を偽装した暗殺に持っていく方針で――とはツアーの手前、声には出さずテレパシーで続ける。
リーギリウムは全てを含んだ顔で頷く。
「そーだな。でも婆さんのアレはいま言った通り、肉体の欠損と深く結びついた複合的な障害みたいだ。これに対応する状態異常はユグドラシルに無かったから、〈
けど、
なるほど、と俺は手を叩いて納得。
「ああ。それでさっきサティアの名前が出たのか。……しかしそうなると、シズクや俺でも治せるんじゃね?」
シズクもサティアも別ロール兼業ヒーラーであり、どちらも状態異常の種類を問わない完全除去手段は持っている。何なら俺にもそういうスキルがある。そのうち実質コストで考えると、シズクのスキルを使うのが一番安上がりな気はするのだが……。
もちろんリーギリウムは俺より遥か先まで考えていて、訊けばちゃんと説明してくれる。
「シズクの〈
ただ
ここまで聞けば、俺でもリーギリウムの企みが読めてくる。機会もまた資源なのだから、最大限に有効活用しろということか。
「ははあ、つまり……手柄は友好の手土産として、法国に持たせつつ……
――いちおう確認しとこう。ツアー、〝
いきなり話を振られたツアーは、まさかこの局面で自分の意見が求められるとは思っていなかったのか、驚きの滲む声で応じる。
「……彼女の狂気を鎮める手段は
そうであれば……説得は可能だと、私は思う。〝
まあ八欲王のやらかしたことを考えれば、そんな穏健派寄りの
だが究極的には、別に
だから俺は、この作戦を〝やる価値あり〟と判断する。
「よし。そうと決まれば……まずは婆さんを一旦寝かせないとな」
植物系種族は睡眠効果に対して完全耐性を持つが、そういう奴を
確実性を取るなら〈
そろそろ聖堂を囲った結界の外でも騒ぎになっているだろうし、あまり時間はかけない方がよさそうだ。
「この場合は〈
「いいけど、
そういうわけで、俺はさっそくリーギリウムの指示に従い、
あとは特に面白みもない作業ゲーだったので結論から言うと、ベルナドーラを眠らせることには成功した。
使ったのは
永続効果であり、この点は原作でマーレが使っていた〈
ユグドラシルだとプレイヤー救済措置として任意での自殺リスポーンが可能だったが、この世界にそんなシステムはないので、放っておけば霊樹様は永遠に眠ったままである。もちろん、後で
準備作業の段階で〈
[memo]
■〈
・第四位階魔法。術者を中心とする範囲対象。信仰系/精神系・[悪][即死]死霊術。
レベルアップ時に選択可能な呪文リストに載らず、専用の魔導書アイテムを使うことでしか修得できない〝封印呪文〟の一種。
・生命力を吸い取る死のオーラを展開する。オーラ圏内でクリーチャーが瀕死状態になるとき、精神力による
・この効果で死んだ対象一体ごとに、術者は筋力ボーナスや判定術者レベル上昇などの恩恵を累積で獲得する。ただし強化値には上限あり。
どんなに弱いモンスターを生贄にしても一体あたりの効果は変わらないので、角笛で呼んだゴブリンや大量召喚した非制御下の悪魔などを効率よく殺せば、最大強化を得るのは難しくない。レベルを持たない虫などはカウント対象外だが、
・強化版となる第七位階の〈
・一回の発動につき、一体のクリーチャーは一度しか影響を受けない。一度レジスト成功したら、その後復活してまた死んでも即死の再判定は発生しないということ。
・修得用アイテムさえ使えば拠点NPCなどにも覚えさせることはできるが、AI制御で適切な使い方をさせるには複雑な専用記述を組む必要があり、もっぱら使い手はプレイヤーか敵モンスター(ボスを含む)に限定された。原作キャラでいうとシャルティアは修得可能。
・わかる人にはわかる元ネタ:D&D3.5e〈Consumptive field〉およびそのグレーター版。筋力ボーナスが無制限に累積するのは流石にヤバいので、上限ありに変更している。