OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
聖堂の床には巨大な魔法陣。大径の真円とそれに内接する六芒星を基本形とし、六つの頂点に小円の
最外縁の円周上には第三位階以下の術者たちが並び、捻出した魔力をひたすら外円に沿って注ぎ込む。儀式で発動するのと同分類、今回でいえば治癒系の魔法を、発動寸前まで励起させた状態で魔力を放出するという高等技術が必要になるらしい。
これを小円に座す六人の高位神官が整流し、加速し、六芒星状の術式回路へと循環させる。この六人はいずれも第四位階術者で、法国が誇る六大神殿の筆頭人材が集められている。
最後に、陣の中央に構えた大神官が、流れ込む魔力をまとめ上げる。儀式に参加した者たちを構成要素とする、一個の仮想術者を構築するのだ。
要の大神官は第五位階到達者、というか誰あろう最高神官長リーマイヤ・ハルヴィ・アスハルド氏その人が出張ってきている。儀式の開催が決まるや押っ取り刀で駆けつけたのだという。ここまで三日をかけたのは儀式そのものの準備もあるが、リーマイヤの移動時間を考慮したスケジューリングでもあるとか。
「リーマイヤさん来てくれたのは、
「あやつはむしろ乗り気じゃったよ。
テレパシーで俺と会話しているのは、魔法陣の中心、リーマイヤの前で跪き祈りを捧げる
うん、まあサヤってのは偽名で、ぶっちゃけうちのサティアですが。法国の公的な行事にもちょいちょい関与する都合で、最高神官長の秘蔵っ子というアンダーカバーを構築している。
彼女が参加した魔法儀式は
実際のところ、第九位階という超高位魔法に手が届くだけの大儀式は、現段階の法国の技術ではまだまだ成し得ない領域にある。何らかのチート
実体として儀式の要はサティアであり、周りの魔法陣やら祭壇やら補助術者やらはフレーバーに過ぎないのだが、それがバレないためには本格的な魔法儀式としても機能する必要がある。だから環境構築は法国の神官たちにガチでやってもらったし、
祭壇の上で踊り子めいた薄絹の衣装を纏い、〝神へ奉納する祈願の舞〟として軽やかに踊るリーギリウムもその一環。儀式の細部に注目させないための視線誘導工作である。
少年でありながら少女的な美をも備えた華奢な身体。細くしなやかな輪郭を露わに透かし象る煽情的な祭衣。極めつけは、真剣さの中に微量の恥じらいを含んだ、幼い緊張の表情。演技があざとすぎる。あまりにも。
狙い通り、男も女もかなりの数がドスケベ衣装のショタ旋舞に見入っている。またリーギリウムきゅんの犠牲者が量産されてしまうのか。壊れるなあ。
「ぐふッ――」
「姫様!?」
視界の隅で〝王姉将軍〟エレリス氏がいきなり鼻血を出し始めたので、何かヤバめの
嗚呼。性癖という器はひとたび、ひとたび
神官団を統制するリーマイヤが練り上げた魔力を、〝小聖女〟サヤという異能のブラックボックスに流し込み、第九位階魔法〈
「ぉおっ……何だあれは!?」
「魔法陣……? しかし
「第九位階ともなると、あのような前兆現象が表れるものなのか?」
祈りのポーズを崩さないまま、サティアが
特定クラスの擬似呪文能力やボーナス呪文としてなら、NPCでも超位魔法を修得できるのはプレイヤーの一般知識。だが実際に拠点NPCが超位魔法なんか持たされていることは、ユグドラシルだとまず無かった。
何故かって、そりゃ隙がデカすぎるからだ。これ以上にシンプルな理由は必要ない。
超位魔法というのは発動待機時間のカバーに入ってくれる味方との連携や、阻止を狙ってきそうな敵との位置関係などを逐一状況判断した上で、最適なタイミングを見計らって使わなければまず発動できない代物である。ことにギルド拠点の攻略戦となれば、攻め手はだいたいカンストプレイヤー。汎用AI制御のモンスターみたいに容易くヘイトを誘導できたり、行動パターンを見切れたりはしない。
そんなシビアな機会判断をNPCにさせられるかと言えば、まあ無理な話だった。いくら専用記述の戦闘スクリプトを書けると言ったって、そのロジックを考えるのは人間である。
超位魔法を
とかくユグドラシル時代は、わざわざ貴重な固有スキル枠を割いてまでNPCに覚えさせても、たいてい無用の長物に終わるのが超位魔法だったわけだが。
この世界では違う。フレーバーテキストの現実化によりプレイヤー以上の知性を得たうちのNPCどもは、それが戦闘であれパフォーマンスであれ周囲の状況を自律的に判断し、適切な局面で超位魔法というカードを切ることができる。そうする前提の計画を立てることすらできる。
「最高神官長! これは……このまま儀式を続けてよいのですかッ!?」
「何か手違いがあったのでは!? この魔力量で呪文の構成に失敗すれば、何が起こるか……!」
投影される立体魔法陣。ざわつく衆人。儀式に参加している神官たちですら動揺を隠せない状況に、ただならぬことが起きようとしている雰囲気はいやが上にも増す一方。
もちろん、
「――鎮まりなさい。大丈夫です。わたしは依然、魔力の制御を掌握しています。
このまま続けてください。なにか、この地に由来する……大きな力が手を貸してくれるのを、感じます。
委ねましょう。きっとこれは、
泰然と言い切るリーマイヤの落ち着きぶりに、神官たちも動揺を鎮め、一層の信仰心を以て祈りに没頭していく。
仄めかされた予感。きっと誰もが期待していた。
立体魔法陣が弾ける。
神は応えた。
「〈
微笑んだサティアの呟くような詠唱を、聞き取れた者はいただろうか。
あとはいつぞやトブの森のダークエルフ村でも見たような光景の拡大再生産。
集められた怪我人病人その他諸々は、傷も病気も、器官丸ごとの欠損も一生物の呪いも、ものによっては生まれつきの障害なんかも完治してしまっている。銘々に心身の健康を取り戻したダークエルフたちが、狂喜乱舞しつつ抱き合ったり祈ったり。泣いて笑ってわちゃわちゃ。法国の神官たちも釣られて泣いたり笑ったりでダブルわちゃわちゃ。お前ら共感性たけーな。
まあ重篤な病気や障害というのは本当に気を滅入らせるし、人生に絶望したくもなるということを俺は
よかったよかった。でもこれ特例サービスだからね、一回きりなんだ。すまんの。
その歓喜の輪は儀式の場に留まらず、次第に
そりゃそうだろうな、これ
この〈
効果は可変式で、十種類固定の選択肢から三種類までを選んで組み合わせられる。
今回は効果範囲内の死者全員蘇生までやると騒ぎが大きくなりすぎるし、不測の影響がいろいろありそうなので、そこはサティアに外してもらった。まあ流石にデカすぎる奇跡はちょっとね?
「ンン…………ああ……なんだい、この騒ぎは。
ずいぶん長く、寝ていたような……切れ切れの夢でも見ていたような……そんな気がするねぇ……」
重く低く聖堂に響き渡る、老婆めいた声。
霊樹の各部に露出した結晶体が、金色の光を放ち始める。
魔法的昏睡を解呪され、
「この声は……もしや、霊樹様? だが、御復活以降、これほど明瞭に話されたことは……」
「まさか……いまの儀式魔法で、
「神よ。なんという。なんという……」
「奇跡だ――我らが守り神は、人の子の祈りに応え、真の再臨を遂げられた……!」
誰の声だか分かってもらえなかったらどうしようと密かに心配していたが、考えてみればここのダークエルフたちは地上の大戦以前から生きている世代が珍しくない。久々に生で聴く〝神の声〟を即座に識別できたのは、彼らの信心深さの賜物だろう。
めきめきと音を立てて、霊樹の主根表面から歳経た竜のような顔が形成される。
おそらくあれは竜王としての本当の顔――とかではなく、〝顔のある種族〟と会話するための擬似器官に過ぎない。種族的には植物っぽいし。だがそういうものを作ってみせられる時点で、異種族とのコミュニケーションに慣れていることが察せられた。
その顔が、ダークエルフたちに語りかける。
「……よく解らないけど、ずいぶん心配かけちまったみたいだね。
誰かアタシに、何がどうなってるのか教えてくれる子はいるかい」
意識が混濁していた三十年間の記憶は曖昧なのか、状況が掴めず困惑しているようでありながら、ベルナドーラの声は気遣いと慈しみに満ちている。さながら孫を可愛がる祖母といった風情。人型生物を劣等種と蔑むような、上位種の傲慢さは窺えない。
「――お久しゅうございます、霊樹様。アムディオル当代の女王にございます。
わたくしのことを、覚えておいでですか」
貴人席で姉とともに参列していたダークエルフの女王が、しずしずと神前へ進み出た。
「おやまあ……リフィリスかい。いつの間にか、大きくなったじゃないか。
いろいろ気になることはあるが……
竜王の擬似頭部が、法国から来た人間たちを顎で指す。そのゆったりとした動作の中で、琥珀を埋め込んだような眼だけが爛と光り、俺とサティアとリーギリウムを焦点に捉えていく。
やはり、何らかの手段でユグドラシル出身の存在を見分けているのだろう。〝
さあ、どう出る竜王。
「彼らは遠き地上より、わが国の危機を救いに来てくださった、スレイン法国の方々です。
此度は傷病者治癒のため、聖堂を祭場として、儀式による大魔法を行使いただいておりました。御身のご快癒も、あるいは彼らの魔法が奏功したものかと」
どこか剣呑な空気を察知してか、女王リフィリスが取りなすように法国勢との友好関係をアピールする。
モブ顔ダークエルフとして法国側で参列している俺は、女王の紹介に便乗し、恭しく竜王どのに一礼。リーギリウムとサティアもそれに倣う。俺たちに釣られて神官団やダークエルフたちまで拝礼し始めたのはちょっと面白い。
「どうやら……
ベルナドーラは俺たちを牽制するようにひと睨みしたものの、すぐに女王との会話に意識を戻した。
……三日前の交戦を覚えているかは不明だが、ほぼ確実にこっちがプレイヤーだと見破っているにもかかわらず、この場で即ドンパチを始めないだけの分別は取り戻したらしい。正気なら己の民を巻き込みはするまい、というツアーの読み通り。実にありがたい。
女王であり、
地下帝国の衰退。〝八欲王の残穢〟の跋扈。
ベルナドーラ自身の復活と、崩壊した精神のまま彼女が二種族を守り続けてきた歳月。
近年、俄かに強大化した悪魔の軍勢。闇小人の首都・ビロモールの陥落。
押し寄せた難民。苦戦し、傷ついてゆく兵と民。地上から遣わされた、法国の援軍……。
一方で、ダークエルフたちが信仰する霊樹の
「まさか……ど、
「人間種を庇護下に置く竜王? 実在するのか、そんな個体が……」
異形種への敵視というより、単に強大な力の象徴である竜王を初めて直視したがための畏怖――そんな反応で固まる神官たちを、リーマイヤが叱咤する。
「いたずらに怯えてはなりません。六大神に仕える者として、誇りと礼節を持ち、異邦の神に敬意を表するのです」
さすがのリーマイヤさんだぜ……と言いたいところだが、あまりに落ち着きすぎている。これは多分、事前にサティアあたりから入れ知恵されていたのだろう。自分が取り仕切る儀式の結果として
法国勢が落ち着きを取り戻すころには、女王リフィリスによるベルナドーラへの情報共有も終わっていた。
竜王は――仮初の〝顔〟があるから分かるのだが――怒っている。明らかに。
「……すまないねえ。アタシが腑抜けてたせいで、アンタたちに苦労をさせちまった。
道理で、『
霊樹の〝聖根〟は『
ここではないどこかの様子を見ながら、ベルナドーラは八欲王への恨み言らしきものをぶつぶつと呟いている。ツアーと話してる時はもうちょっと上品な感じだったのだが、あれは〝竜の王族〟が相手だからそうなっていただけで、どうもこっちが素の口調らしい。
口悪い系ばあちゃんか……まあ自分の信徒の面倒見は良さそうだし、別にいいか。
聖堂の外では、ダークエルフ市民たちがどんどん集まってきている。聖堂で行われた儀式の影響で傷病人が快癒し、のみならず彼らの神が本復したと聞いてか、参拝者たちの顔は期待と高揚で明るい。
渦巻く熱気の中、女王リフィリスが巫女として竜王に
「ビロモールは、裏切り者に手引きされた悪魔どもにより、現在も占拠されていると思われます。
我らアムディオルは兵を集め、
畏れ多くも願い奉ります……我らが守護神、霊樹の君、〝
「当たり前じゃあないか、ンなことは!
アタシが調子を取り戻したからには、クソどもの残りグソなんぞに好き勝手させておくものか。喜んで参戦させてもらうよ。
大物の相手は任せておきな。アンタたちは、数ばかり多い小物を片付けるのを手伝っておくれ」
深々と拝礼するリフィリス。その後ろでは、
将軍エレリスが抑えていなければ、そのまま隊列も作戦もなく武器を取って都市の外へ駆け出していきそうな熱量だ。こいつら意外と戦闘民族なんじゃねーか?
青少年のなんかが危ないスケスケ衣装のままのリーギリウムが、いつのまにか俺の隣に戻ってきていて、ぴゅうと口笛を吹いた。同時にテレパシーで話しかけてくる。
「やるなー、ここの女王……いきなり復活した神様を、さっそく
「お姉ちゃんの方はお前にすっかり魅了されちゃってたみたいだけど、
これ普通の会社とかで人権ある部下に言ってたらセクハラだよなあと思いつつ、NPCを道具として使い倒す方針の俺は、あえてそんな提案もしてみる。
ところがリーギリウムの反応は、ちょっと予想外に曇った表情で。
「ん、いやー、オレはな……エルスワイズやミリアベルと違って、
あ、もちろん不満なんてないぜ? オレの姿はこの端末も、本体の方も含めて、
創造主の名を出させてしまった時点で「失敗したな」と思ったが、それを言うとまたリーギリウムが落ち込みそうなので、黙って頭を撫でておいた。あー銀髪さらさらで気持ちええわー。
「んへへ、くすぐったいぜ兄ちゃん!」
唐突に声を出しての弟ムーブがあざとすぎる。やめろお前。ヤバい扉が開くだろ。
[memo]
■法国流大魔法儀式(偽)
・今回行われた儀式魔法は、膨大な魔力を〝小聖女〟サヤことサティアに集めるところまでは本物の儀式と同様に行われている。
表向きと違うのは、集めた魔力を使って第九位階魔法を発動するわけではなく、儀式と全く関係のない超位魔法をサティアが単独で発動する点。
・なお、集められた魔力は〈集合体〉経由でカレルレンがいくつかの魔法を組み合わせて転送し、別の用途で有効活用された。
■
・『
・『
・拠点NPCの戦闘AI記述に軍事用コンバットシミュレータのソースコードを流用し、本職の軍人が舌を巻く水準で「実戦的」な動きを実現したのはエフィンジャーの功績である。
・また、攻性防壁を