OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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[notice]
一話に納める予定でしたが、少々長くなったため二話に分割します。






▼断章:八王記(2) 天上都市の城下町

「……すごいなあ。僕たちが転移してきてまだ二年も経ってないのに、もうすっかり〝城下町〟ができてる」

 

 外套のフードを目深にかぶった少年が、砂漠の只中に拓かれつつある町を歩きながら、感嘆の声を洩らした。

 

 周囲には遊牧民風の天幕から石造りのしっかりした建物まで、様々な住居が雑多に密集している。移住者たちが有限の面積に家屋を詰め込もうとした結果だろう。ところどころで奇妙に整然とした構造が表れるのは、()()()()()が仕切る都市計画による区画整理が、早くも始まった箇所か。

 

 同じく頭までを外套に包んだ女が、一歩後ろからのんびりとした声で答える。

「浮かんだ()()()にあるから、城下町って言うある?」

 

「んー、ホントはそういう意味じゃないんだけど……まあ、ここだと間違いでもないか」

 少年――Χ(カイ)が困ったように笑い、天頂を見上げた。

 

 時は白昼。雲も疎らな晴天からは、猛火のごとき日差しが降り注いでいるはずの時候。

 だが砂漠の空には、青空も灼熱の太陽もほとんど見えない。地上数百メートルの高度に浮かぶ巨大な構造物の下底部が、円盤状の天蓋となって空の大半を塞いでいるのだ。

 

 中空に鎮座する、白亜の群塔からなる都市。あるいは城塞。

 その名を『天上兵器都市 ヴァーラスキャールヴ』という。

 DMMO-RPG『YGGDRASIL(ユグドラシル)』、最盛期のギルドランキング第一位。同作のサービス史上に燦然たる伝説を打ち立てたギルドの一つ、『セラフィム』の拠点(ホーム)ダンジョンである。

 

 

 

 浮遊都市(ヴァーラスキャールヴ)の端からは八方に水が流れ落ち、この砂漠に本来なかった水源として、絶えず地上を潤している。

 と、いうより――ここの〝城下町〟はそもそも、この水を求めて集まってきた砂漠の民が住み着くことで始まったものだ。

 加えて苛烈な日光に対する遮蔽と、地上まで届く魔法的結界の効果による安定した気候が、周辺地域の人間種などにきわめて住みよい環境を提供する結果となった。

 

 この町も、始まりから順風満帆に歩んできたわけではない。

 ギルド拠点の真下に勝手に住み着き始めた現地人を、NPCたちが実力行使で排除しようとしたこともあった。

 砂漠の一角に突如現れたオアシスと、その水源たる謎めいた空中都市を手に入れるべく、周辺の砂漠地帯を支配するという火の魔精人(イフリート)の大国が攻め込んできたこともあった。

 

 転移後しばらくはこうした現地勢力への対応に追われ、これが夢なのか現なのか、はたまたゲームなのか異世界なのか、などといった形而上的課題は棚上げにせざるを得なかった。

 忙しなく過ごした日々は、いつしか積み重なって歳月に。

 気付けばゲームキャラクターの姿で食事をすることにも、魔法やスキルが使えることにも、NPCが自律的に思考し発言することにも……カイはすっかり慣れてしまっている。幸か不幸か、()()()()()()になっても、人間の適応力というものは仕事をするらしい。

 

 結局、NPCたちによる城下の住人への虐殺は、カイが彼らの居住を許したことで未然に防がれた。

 一方的に戦争を仕掛けてきた亜人の国は、共に転移してきたプレイヤーの一人である〝王国建設者(キングダムメーカー)〟セントエルモによって撃退され、そのまま彼の()()に逆侵攻を受けて、ひと月も経たぬうちに滅んだ。

 

 これらの出来事は、広大な大陸全土から見れば、辺境の一角で起こった些事に過ぎなかった。

 が、その後の歴史の流れを決定づけたという意味では、全世界に重大な影響力を及ぼす要の一石だったと言える。

 

 

 各地から噂を聞きつけた弱小種族――多くは人間種だ――が浮遊都市のもとに集い、快適な住環境と強者の庇護を得るべく、臣従を願い出てきた。

 彼らはそれぞれに異なる言語を持っていたが、どれ一つとしてユグドラシルプレイヤーの知るものはなかった。カイ自身、種族特性による〈言語会話(タンズ)〉相当の超常能力があったおかげで現地人とも労なく話せたものの、これがなければ当地での意思疎通にはもっと難儀したことだろう。

 

 救いとなったのは、天使系が大半の拠点NPCも、種族スキルとして常時発動型の〈言語会話(タンズ)〉を持っていた点だ。初期は彼女たちの通訳としての働きにずいぶん助けられた。

 

 のちにカイが生産職のNPCに命じ、他のプレイヤー七人分の翻訳用マジックアイテムを作らせることで、通訳を介する必要はなくなった。

 その結果、現地人と各プレイヤーの交流が深まり、世界に及ぼす影響の度合いも相応に()()()していったことを考えると……いささか軽率だったかと、現在のカイは思わぬでもない。

 

 しかし、言葉さえ通じないままであれば……人間種はともかく……この世界の亜人種や異形種などを、自分たちは単なる〝モンスター〟としか認識できなかったのではないか。

 

 仮に全員が、この世界を「ゲームの続き」だと勘違いしたままで。

 現地文明と比べ、異様なまでに強大な一〇〇レベルプレイヤーの力を、何の制約もなく〝モンスター狩り〟に振るっていたとしたら……。

 

「……怖いな」

「む? どうしたね大師父(グランドマスター)、まさか敵襲あるか!?」

 徒手空拳で身構える女。その拍子に外套が捲れ上がり、鮮やかな緑の旗袍(チーパオ)――いわゆるチャイナドレス――が覗く。

 少年(カイ)は手を振り、笑った。

 

「違うよミンシェン。僕が怖くなったのは、自分たちのことさ。

 ()()()は強すぎる。あまりにも簡単に、ここで生きる人たちの現実を破壊してしまえる……」

大師父(グランドマスター)がそうしたいなら、()()()()()ある」

 

 ミンシェンと呼ばれた女が、大師父と呼んだ少年の瞳を覗き込んでくる。

 咎めるでも唆すでもない。無邪気に澄んだ眼だった。幼さを残しつつ、ぞっとするほど美しい顔立ち。

 カイ自身がそのように作ったNPCだ。外見も、性能も、飽きるほど見知っている。天上兵器都市(ヴァーラスキャールヴ)を守る最後の盾にして、最強の剣。

 

 そんな彼女がこともなげに提案するのは、つまるところ現地人に対する恣意の干渉。

 気に入らない文化、文明は潰せばいい。野蛮な種族は根絶やしにしてしまえばいい。

 そうして理想の世界を作ればいい。それができる力は、手の中にあるのだから――。

 

 ()()()()()。ミンシェンはその言葉の意味を、どれほど解っているだろうか。()()した結果なにが起きるか、どれほど想像できているだろうか。

 

 できていないのだろう――カイは密かに、ため息をつく。

 NPCたちは概ね設定文(フレーバーテキスト)どおりの人格や知識を持つ。それは表面的に完璧な設定の現実化で、豊かな個性さえあるように見えながら、しかし本質的には奇妙なほど厚みを欠いた()()であるように思えた。

 

 設定でこのように書かれているから、こうしなければならない。ギルドメンバーに忠誠を誓い、拠点を守り、ギルドに奉仕せねばならない。

 それ以上の判断基準が、どうやら彼女たちには存在しないと見える。

 

 危うい、と感じた。だが一方でその忠誠心に疑いはなく、絶対的な味方というのは得がたい財産であるとも思う。いかなる危険が潜むとも知れぬ、この未知なる世界では、とくに。

 

 教えていくしかない。少しずつ、人間のように。

 NPCたちは、いわば子供だ。言動の基礎パターンだけを焼きつけられて生まれた、巨大な力を持った幼子だ。大人のように話せるからと言って、()()()()()()()()()を教えず働かせるばかりでは、いつか致命的な齟齬を起こしかねない。それはカイや他のプレイヤーたちに対してかもしれないし、この世界に対してかもしれない。

 あるいは、両方か。

 

「ミンシェン……ひとつ、覚えておいてね。僕はこの世界を、()()()()()()

 頼ってきた人たちを助けるくらいはしても、それ以上のことは……本当は、あまりしたくないんだ」

 

 心の中で付け加える。

 ――なぜなら、これはもう、ゲームではないから。

 

 ゲームの中なら、プロゲーマー・飛鳥井(あすかい) 爾人(あきと)は何でもできた。あらゆるジャンルを制覇する最強のプレイヤーでいられた。

 ときに勇者となって世界を救い、ときに魔王となって世界を滅ぼした。巨人も竜も神さえも、あらゆる武器で、あるいは拳一つで打ち破り、天と地と星々を征服し、意のままに支配できた。

 誰かがそういうゲームを作り、誰よりも上手くプレイできたのが爾人だったから。

 

 けれど、ここは、現実だ。

 いかにこの見知らぬ地が、ゲームじみた異世界であるとはいえ。いかに慣れ親しんだアバターを己の身体として、翼の一筋まで操作できるとはいえ。

 ただ現実の世界を生き抜くというのは……飛鳥井 爾人の得意分野ではない。

 

「んじゃ、セントエルモ様やイクルミ様のやってること、本当は止めたいあるか?」

 

 ミンシェンの鋭い問いかけ。爾人は、すぐには答えられなかった。

 代わりに歩き出す。流れ落ちる水の一条に向かって。

 歩きながら、ギルドマスター・Χ(カイ)としての仮面をかぶり直す。

 

「……いや。ギルドメンバーとはいえ、彼らは僕の部下でも、雇った傭兵でもないからね。命令することはできないよ……それに、彼らにも彼らの()()がある。

 天使である僕は、みんなと違って人間種を同族のように感じられない。感じ方が違う以上、僕の目線で()()が間違っていると一方的に決めつけるのも……それはそれで、傲慢だろう?」

 

 後年のカイが、もしこの瞬間に戻れたならば。

 彼は過去の自分と殺し合ってでも、「あの二人を止めろ」と言っただろう。あるいは「()だけでも殺せ」と言ったかもしれない。

 

 だがこのときのカイは、この世界へ()()()()()()()()()プレイヤーたちに対する引け目から、彼らの行動を強く制約することができなかった。

 プレイヤー同士の争いごとを禁じる約束だけは交わしたものの、()()()()()()()()()()の面では、統一方針を定められなかったのだ。対立することが解り切っていたがゆえに。

 

「みんながミサキさんのように、優しくなれたらいいんだけどね――」

「傷や病気を治すより、敵を倒した方がたくさんの人を助けられるって考え方もあるね。それでもミサキ様が、他の方々より優しいと思うあるか?」

 

 またも鋭く、難しい問いが投げかけられる。こうして二人で話すときのミンシェンはまるで、カイの心を映す鏡の刃だった。

 少年は頷く。どこか弱々しく、迷いを抱えた緩慢さで。

 

「誰かを傷つけることで、より多くの誰かを救える人は英雄だろうね。けれど英雄は、優しくはない。苛烈でなければ英雄にはなれないんだ。

 誰も傷つけない方法で人を救えるなら、たとえ救われる人の数は少なくても、きっとそれを成した人こそが優しい。……ミサキさんはそういう人だと、僕は思う」

 

大師父(グランドマスター)。ミサキ様のこと、ほんと好きね」

 

「そういうんじゃ……ないけど」

 

 ユグドラシルでは散々手を焼かされた相手だ。お世辞にも仲が良かったとは言えないし、どちらかと言えば嫌ってもいた。

 だが、この世界へ来てからの彼女のことは……そう、素直に、尊敬している。

 尊敬しているから、会いに行くのだ。ただ、それだけ。

 

 

 

 ユグドラシルからの転移後、しばらくは未知の異世界に潜む脅威を警戒し、仮初の結束を得ていた八人のプレイヤー。

 やがて自分たちが、この世界でも圧倒的な強者であることを理解すると……彼らは次第に大胆になり、バラバラに活動を始めた。もとより個性が強すぎ、組織的統制など望むべくもないメンバーである。

 

 人を救おうとする者。

 世界を変えようとする者。

 新天地で己の夢を叶えようとする者。

 現実世界(リアル)への帰還手段を模索する者。

 

 カイは護衛および連絡役にと――そして保険としての監視のため――拠点NPCを彼らに帯同させた。それが、形ばかりのギルドマスターに示せるせめてもの誠意であり、同郷の人々との繋がりを維持する手段だった。

 そうして浮遊都市には、大陸各地へ進出したプレイヤーたちの情報が、NPCを通して集まってくることになる。

 

 異なる道を歩み始めたプレイヤーたちの中で、カイが見た限り唯一、純粋な()()のために動いているのがミサキだった。

 西で疫病が流行れば治療や防疫を指導し、北で飢饉が起これば食料を差し入れに行く。南で天災あれば復興を手伝い、東に戦乱あれば難民や孤児のために避難所を建てる。

 

 彼女は直接戦闘向きのビルドではなかったはずだが、それでも一〇〇レベルのプレイヤーだ。現地人が相手ならいくらでも、暴力による支配を成立させる余地がある。殺戮によって英雄となることが、容易くできる。

 その力を、ただ困っている人を助けるためだけに使う。まるでそうすることが、当たり前であるかのように。

 

 常人とは隔絶した精神性。ゲームでは()()()()悪辣なプレイスタイルで恐れられた女だというのに、今のミサキはまるで聖女だ。

 ゲームと現実で別人のように変わる人というのは、いる。仕事ではライバル、現実では友人、そんな付き合いで多くのプロゲーマーを見知った爾人(あきと)だから解る。

 

 だからこそ、この世界で、カイは彼女を尊敬する。

 ゲームの中でなら、誰より上手くやれる自負があっても……そんなものは、現実を気高く生きられる人に比べれば、何の価値があるだろう?

 










[memo]

■〈言語会話(タンズ)
・第二位階魔法。接触対象。全系統・占術。
・あらゆる口頭言語を理解し、また自ら話す能力を対象に与える。ユグドラシルではもっぱら特殊な言語を扱うNPCと交渉したり、会話を盗み聞きしたりするのに使った。
・読み書きができる能力までは与えてくれないので、そちらは〈言語理解(コンプリヘンド・ランゲージズ)〉等で補う必要がある。
・国や民族どころか種族ごとの固有言語圏が入り乱れる転移後の世界では、プレイヤーにとってほとんど必須と言ってもいい重要スペルだった。
 ……が、〝ある事件〟を契機に世界中の知的存在がこれに近い効果の恩恵を受けることになり、以降は無用の呪文となる。
・あくまで会話が可能になるだけであって、暗号や専門用語、言外の意図や特定分野の教養を前提とする文脈などが自動的に理解できるわけではない。この点は〈言語理解(コンプリヘンド・ランゲージズ)〉と同様。
 つまり、たとえばこの呪文の効果を受けた話者が「降伏した・音を上げた」の意味で「白旗を上げた」と言っても、相手の文化圏ではそれが徹底抗戦の意思表示かもしれず、真逆の意味に誤解される可能性は排除できない。
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