OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
都市奪還のため送り込まれた三国の連合軍が、迎え撃つ魔軍と激突する音であろう。
――どうする?
生家の工房に踏み入るや謎の鎧に不可視化を見破られ、しかもその鎧の中身は裏切り者と成り果てた父・ザハールであり。
どういうわけかザハール自身にはこちらが見えていないようだが、何者かと会話している様子で。訝りつつも、ここに不可視化した人物がいることは認識しつつある。
――個人的な感情は、いったん後回しだ。状況を分析し、判断しろ。
目的を達するには、どうすればいい。
隠密裏の潜入と物品回収。その作戦が破綻しつつある、危機的状況だった。
決断にかけられる時間は多くない。ジノーヴィは素早く周囲に目をやる。
ここへ来た目的の品、強化鎧の試作品は……あった。工房の奥まった場所、ジノーヴィ個人に割り当てられた僅かばかりの作業空間。そこに、記憶通りの姿で不格好な試作鎧は立っている。
だが、さして広くもない工房である。そこへ行くには、ザハールの横を通り抜けねばならない。
直接見えていないのなら、鎧のところまで辿り着く程度はできるかもしれないが……不可視化系の魔法効果は、術をかけた後で持ったものまでは透明にしてくれない。
全身鎧が丸ごと一領、
ならば……自分が敢えて不可視化を解いて、父の気を引くのはどうか。
その間に、不可視化を維持したままのサラムたちに鎧を回収してもらう。もとよりあの試作品を手に入れたいと言い出したのは彼らの方だ。それくらいの協力は、してくれるのではないか。
そうして彼らが目的を達成したら、どうにか父の隙を衝いて、自分もこの場から脱出を……。
……
ここで逃げたら、おそらくもう二度と父に会うことはない。
何を思って、故郷の裏切り者となったのか。己の手引きで滅んだ都市を見て、心は痛まなかったのか。
死んだ同胞に、取り戻せなかった妻と娘に、自分のせいで追放された息子に、何か言うことはないのか――
訊けるとしたら、きっとこれが最後の機会になる。
「ジノーヴィ。あれ……親父さんか」
今も繋がったままの
「もし、そうしたけりゃ……ちょっと話ぐらいは、していっても良いんじゃねーか。なあ、そうだろミリ? サラムさんもよ。どうせ、もう見つかってるみてーだし。
敵になっちまっても、親なんだろ。血を分けた……」
「
叩きつけるように返した思念。背後でレオが閉口する気配。
代わってキャロルが、ジノーヴィの激情に冷たい提案を寄り添わせる。
「敵なら――殺してしまっても、いいのかしら」
思わず振り返る。赤衣の少女はいつも通り、妖しい笑みを湛えたまま。
ただ、左右異彩の瞳だけが常より温度を下げて、挑むようにジノーヴィを見据えている。
「見た感じ、あの悪魔趣味の鎧は確かに
憎くて、見下げ果ててしまって、もう言葉を交わす価値もないというんなら……消し炭にしてあげてもいいわよ。綺麗さっぱり、お父さんをこの世から蒸発させてあげる」
「僕は…………」
悩む間にも、突き出した手を宙に彷徨わせながら、ザハールがにじり寄ってくる。
「誰だ!? 俺の工房に……姿ァ消したまま入り込んでくる、コソ泥野郎は!」
言葉も交わさず、去るべきか。
何かを話すべきなのか。
それとも――殺してもらえばいいのか。
どれが正解とも分からぬ選択肢を、焦燥に駆られて選ぼうとして。
寸前に割り込む、思念の大音声。
「――ふんふんふむふむ。おぉ~~見つけましたよぉ~! ユグドラシルではあり得ないような低位の品質等級ですが~、確かにパワードスーツの防具種別を持った鎧が一領だけありますねぇ~!
ジノーヴィくん、きみの試作品ですが~、左奥の窪みになったスペースに置いてある~、錬金術薬の瓶と管で繋がれたアレで合ってますかねぇ~?」
まるで空気を読まない、ミリアベルの陽気な声。テレパシーでもなお調子はずれの響きに引きずられて、ジノーヴィも頷いてしまう。
「え? アッハイ」
試作型強化鎧には、モンスターの生体部品が多く使われている。外皮は装甲の一部に、筋肉は
そうした生体由来の組織は、まだジノーヴィの技術ではマジックアイテムの一部として安定させることができず、錬金術的手段で防腐や栄養供給を施す必要がある。
薬液の供給管と繋いでいるのはそのためであり、他にそこまでの処置を要する鎧は作っていない。ミリアベルは目的の品を正しく識別している。
だが、それを実際にどう回収するかが問題なのだ――とジノーヴィが言いかけたところへ。
「そぉですか~。じゃあ、とりあえず着ちゃいましょうね~! 〈
ミリアベルが何かの魔法を発動し、試作鎧が光って消えた。
次の瞬間、ジノーヴィの視界が真っ暗になる。同時に全身を包み込む、重く冷たい金属の感触。
「うわ、何だ!?」
よく見れば、完全な闇ではない。細い隙間を通して、工房の様子はまだ見えている。
視線を落とし、自分の手を見る。いつの間にか装着された、見覚えのある籠手。
だんだんと、状況が解ってくる。
――これは……僕の試作鎧?
独特の息苦しい着心地はあれど、身体にかかる荷重は意外なほどに小さい。この特徴は確かに、ジノーヴィがようやく完成させた試作型強化鎧のものだった。
なるほど、これで父の横をすり抜けて取りに行く必要はなくなった。目的の品はもう
それで……ここから、どうしろというのだろう?
「な、なんでェ、鎧なんざ着て出やがって! この俺と
今の俺様はなァ……この鎧の力で、英雄すら捻り殺す無敵の戦士よォ! 空き巣に入れると思ったら大間違いだぜ、それを教えてやろうか! あァ!?」
禍々しい鎧の中から、父が威嚇の言葉を投げてくる。息子とは気づいていないようだが、もう完全にこちらが見えている様子だ。
当然である。魔法で透明化しているのは
「み、ミリアベルさん! サラムさん! どうします……逃げますか!?」
まだ繋がっている
返答はどこか、状況を面白がって傍観するようにも聞こえる
「逃げたいならそうしてもいいですが~、それはジノーヴィくんの心残りになりませんかねぇ~?
職人としてうちの国へ来てくれるつもりなら~、メンタルに余計な荷物は背負ってほしくないんですよねぇ~~」
「こいつはお前の人生だけに大きな意味を持つ出来事だ。だからジノーヴィ、お前が選べ。
自分で決めたことなら、たとえ悔いが残る結果になっても、納得はできる。……男の
「感動の和解でも、殺し合いの親子喧嘩でも、好きにしたらいいんじゃない? 邪魔が入りそうでも、それくらいの時間は稼いであげるわよ」
それで、ジノーヴィは悟った。彼らは
父から逃げたいのか。
父と話したいのか。
父を殺したいのか。
結局は、その問いに戻ってくる――何であれ、自分で答えを出せと。
どうしてか、目頭が熱くなった。
自分ひとりのちっぽけな後悔などを気にして、この敵地で敢えて危険を冒してくれようという彼らの優しさに、報いなければならないと思った。
音まで掻き消す魔法の隠蔽効果を自らの意思で終了させ、ジノーヴィはようやく父の呼びかけに肉声で答える。
「親父。……僕の声が、聞こえるか」
「なに? ……その声。ひょっとして、ジノじゃねェか? そういやそいつも……ここで作ってた妙な鎧だな。いつの間に持ちだしたんだ?
グフ、フ、フフ……何しに戻ってきたんだ。逃げたんじゃねェのかよ。オイ」
ともにこの家で暮らした頃と、表面上は何一つ変わらず聞こえる父の声。
だがこの男は、もはやジノーヴィの知る父ではない。
この都市を地獄に変えた、種族史上最悪の裏切り者である。
「そっちこそ、何やってるんだ。こんなところで」
「こんなところっておめェ、俺の家、俺の工房だぜ。いて何が悪い?」
「都市を……奪い返しに、軍が来ているはずだ。あんたは戦わなくていいのか」
「けッ、んなこたァ悪魔どもに任せておきゃいいんだよ」
都市奪還のための連合軍が来ていることを知りながら、自ら先陣を切って戦うでもなく、自宅に籠ってじっとしていたのか。
裏切り者になったとはいえ、同胞と正面切って戦うのは忍びない……というわけでは、ないだろう。この都市が落ちた日には、戦士から一般市民まで、混乱に乗じてさんざん
おそらくは、単に怒れる同胞の前へ出ていく勇気がなく、帰る者もなくなった自宅に潜んで戦況を見守るつもりだったのだ。
悪魔たちが勝ちそうなら、便乗して敗軍の尻を叩きに行く。悪魔たちが負けそうなら、戦線が崩壊する前に都市から逃げ出す。
情けない発想だが、父ならきっとそうする――という負の信頼が、ジノーヴィの中にはある。
「しかし、そうか……うん、戻ってきたんなら丁度いい。ジノ、おめェも来いや」
「……どこへ?」
息子の声の冷たい響きに気付くそぶりもなく、ザハールは赤黒い鎧をギチギチと鳴らして笑う。
「ここから逃げるんだよォ……ビロモールは奪い返されるかもしれねェが、そんなのは一時のことだ。悪魔どもが本気の半分でも出しゃァ、また簡単に攻め落とせる。
だから、な? 生き延びる道はこれしかねェ。悪魔どもに媚びて媚びて、奴隷にでもしてくださいって頼み込んでよォ、おめェも地獄の軍団に入れてもらうんだ。俺が口きいてやるからよ……!」
「なにを……言ってるんだ? 親父、あんたは」
父に会ったら言いたいこと、訊きたいことが多くあるはずだった。
裏切りのこと、母や妹のこと、自分のこと。
それに、誰にも言えなかった願望混じりの推測も。
――もしかしたら、あんたは都市や氏族を裏切ってなんていなくて、全ては何かの間違いだったんじゃないか。
あるいは何か、裏切り者の汚名を着てでも敵の懐に潜り込み、致命的な一撃を与える隙でも狙っているんじゃないか。
どんなに可能性が低そうでも、思うだけなら自由だ。
父は無実だったのかもしれない。ことによると、孤独な英雄でさえあるのかもしれない。
そんな妄想に、裏切り者の息子として排斥されたジノーヴィが、縋らなかったと言えば嘘になる。
だが、虚構だとほとんど確信している可能性に未練を残したままで、永遠にここを去るのは……あまりにも、自分が情けないと思った。
だから確かめようとした。父の真意を。
結果がこれだ。
「本当に……悪魔どもに寝返ったのか? どうしてそんなことができた?」
「あァ?
穿った解釈など必要ない。隠された真実など存在しない。
ザハール・アルゼイニという男に、そのような複雑性は備わっていないのだから。
「おッ、俺はなァ……死にたくねェんだよ。なんで自明のことを説明しなきゃならねェんだ? どうしてどいつもこいつも、命を懸けて戦うなんてバカな真似ができる?
勝ち目があるならまだしも、勝てるハズのねェ相手に徹底抗戦なんて自殺じゃねェか。無駄死にだぜ。何の意味があるってんだッ。
確かに俺ァ、誰より早く奴らに降伏したよ。地べたに頭こすりつけて奴らの足も舐めて、他の捕虜がゲロっちまう前にって必死で、防衛網の穴に関する情報も売ったさ。だが俺だけじゃねえッ、おめェだって誰だって、同じ状況になったら普通は!
己の醜さを誇ろうとするように、赤黒い鎧が震えて笑う。
父の卑屈な自己弁護を聞かされるたびに、ジノーヴィの中で何かが無限に冷えていく。
「ぐ、ぐふ、グフフ……! そォだッ、俺は生き物として当然のことをしただけだ。生存戦略ってヤツだ。何も悪くねェだろう? 何を利用して、他人を犠牲にしてでも、生き延びようとするのは……」
「母さんとニーナのことは、忘れたのか」
がち、とひと鳴りして沈黙する、悪魔を模したと思しき有角の鎧。
その両肩に嵌め込まれた眼球が、じっとジノーヴィを見返している。
「奴らに連れ去られて……必ず奪い返すと誓った、あんたの妻と娘はどうしたんだ。
それだけじゃない。僕は裏切り者の息子と呼ばれて、氏族を追放されたぞ。危うくでかい
それに親父、外の町を見たか? 悪魔どもの玩具にされた人たちの、胸糞悪い晒し物の姿を。あれは
何も感じないのか? 生き延びるためだったから、仕方ないって?」
「違うッ! 俺じゃねェ、みんな俺のせいじゃねェ! 俺は自分ひとり守るための努力をして……それで精一杯で……あとのことは、そう、
「ふざけるなァァァ!!」
ジノーヴィが詰め寄り、ザハールの冑の角を掴む。
鎧と鎧がぶつかり合い、鈍く硬質な音を工房に響かせた。
「母さんもニーナも、もう生きちゃいない。僕は外のアレを見て確信したッ。
二人も
「グフッハハハハ! 言うだけなら簡単だよなァ、潔癖なガキがよォ!」
ザハールの無造作な腕の一振りで、ジノーヴィは着込んだ鎧ごと撥ね飛ばされ、工房の床を転げた。
英雄ならざる
着用者に本来以上の力を与え、誰もが戦士になれる鎧。
あの鎧は、ジノーヴィが作ろうとしたものを、既に体現している。
いま着ている試作型より、遥かに高い次元の性能で。
「おめェは死にかけたっつっても生きてるじゃねェか! それに外の連中なんざ、いくら死のうが所詮は他人よォ! 自分が生き延びるためなら、いくらでも犠牲にしてやるぜッ」
「あの糞みたいなオブジェの中に、あんたの妻と娘がいても……同じことが、言えるか!」
「いねェよ。タマーラとニーナは、
かん、とザハールが己の鎧を指で叩く。
その肩に埋め込まれた眼球と、ジノーヴィの目が合った。
右肩の眼は、母タマーラと。左肩の眼は、妹のニーナと同じ色をしている。
「…………まさか。生きてるのか、
[memo]
■〈
・第二位階魔法。近距離、複数対象指定可、瞬間発動。魔力系/その他系(加護)・変成術。
・対象となるクリーチャーと、同じ数の装備アイテムを選択し、対象ごとに選んだアイテムを瞬時に装備させる。対象は選択されたアイテムの装備条件を満たしている必要がある。
・対象に装備させるアイテムは他のクリーチャーに装備・保持されていてはならない。ただし例外として、術者が保持しているアイテムだけは装備させる品として選択可能。
・既に選択したアイテムの装備スロットが埋まっていた場合、先に装備されていたアイテムは対象のすぐ近くの床面に置かれた状態で現れ、選択したアイテムが新たに装備される。
・基本的に自分自身か、同意する味方に使用するものだが、敵に呪いの装備を押し付けるなどの攻撃的用法でも発動可能。対象は意志力によるレジスト成功で装備変更を拒絶可能。
・異世界へ転移したプレイヤーにとっては、装着方法を知らないアイテム(全身鎧やパワードスーツ、複雑な構造の衣装など)を一瞬で魔法的に装備できるという利点がある。