OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
「グフッフッフッ! 悪魔のお偉いさんが、情報提供の報酬をやるって言うからよォ……妻と娘に会わせてくれってよ。言ってみたのさ。
そうしたら、
受け取る以外の選択肢があったと思うか? 着たくねェなんて言えたわけがあるか?」
もはや言葉もない。自ら鍛えた鎧の中で、ジノーヴィはただ震えた。
一家四人の、あまりに無残な再会だった。
常より幾分か明度を落とした声で、ミリアベルの思念が流れてくる。
「なるほどぉ~、やはりあれは〝悪魔っぽいデザインの鎧〟ではなくてぇ~、〝鎧として装備されることができる悪魔〟というのが正確みたいですね~。〈悪魔創造〉系のスキルによるモンスター化でしょうか~?
物理的にほとんどザハールさんと融合しちゃってるので~、もう呪いの装備みたいに外せなくなってるようですが~」
「……母と妹が、あの鎧に変えられているのだとして……二人を、助けられると思いますか? 元に戻せるでしょうか?」
この問いには、キャロルとサラムが答えた。
言いにくいことを、強いて淡々と伝えようとする声だった。
「たぶんだけど……無理ね。ただの変身でも、生体変異系の状態異常でもない。種族ごと変えられてるもの。
天使やアンデッドでもそうだけど、基本的にモンスターへの変生って不可逆なのよね。普通の種族変更とも違う……
「リーギリウムの……あー、おれの目を借りて見てる、うちの分析担当の見解も同じだ。
仮に跡形もなく消滅させてからの高位蘇生を試しても、おそらくもとの
……辛かろうが、希望は持つな。定命の者はみな、いつか死ぬ」
なにやら、死体すら残っていない状態からの蘇生というとんでもない可能性まで示唆されたが……それでも望みが薄いらしいということは、ジノーヴィにも解った。
彼らにも無理なら、二人を救う術はないのだろう。
救えないのならば――自分にできることは。
「う……あああああぁぁぁーッ!!」
雄叫びとともに、ジノーヴィは再び突撃する。
ザハールは今度も腕を一振り、鎧が与えたパワーに任せて息子を撥ね飛ばす。
「まだ分かんねェか、聞き分けのねェガキが! 無駄だ無駄、無駄ァ! いまの俺には、英雄だって勝てやしねェんだッ!
これが『
掴みかかる。撥ね飛ばされる。
飛び掛かる。殴り飛ばされる。
体当たりする。難なく受け止め、投げ飛ばされる。
一見無駄なその応酬は、実のところザハールに優勢を確信させ、疑念を抱かせないための時間稼ぎ。
幾度も硬い石の床に転がされる裏で、ジノーヴィは隠形を保ったままの後援者たちに
「……お願いがあります。僕を、今の父に、勝てるようにしてくださいませんか。
お金で済むなら一生かけても払います。他にどんな代償があっても構いません。人でなくなってもいい。母と妹を、あのままにしておくぐらいなら!」
サラムたちにそれができない、などという可能性をジノーヴィは考えない。たとえばレオの作った武器を貸してもらうだけでも、ザハールとの間にある鎧の性能差を埋めるには足りるだろう。
事実、彼らの答えは
「お前がそこまですること、あるのかよ……子供だろ、まだ……!」
乱れた思念で、ジノーヴィの決意を止めようとするレオ。
そんな〝真っ当な大人〟の優しさを、逆にキャロルが諫める。
「レーオ、やめなさい。この子にとっては、それさえ選べない方が残酷よ」
レオの思念は納得とは程遠い不満を滲ませていたが、このときばかりはキャロルの言うことが正しかった。少なくとも、ジノーヴィにとっては。
「レオさん、キャロルさん、ありがとうございます。それでも僕は、
ただ、成し遂げる力を、貸してください。これだけは……自分の手で」
「あくまであたしに〝焼いてくれ〟とは頼まないのねぇ。……借りと思うなら、職人としての働きで返しなさいな。うちは出世払いもアリよ。
ミリアベル、やってあげたら? サラムもいいでしょ?」
「おれは元々、坊主が納得いくように決着させられるなら何でもいいんでな。
市外で拾った〝
キャロルは外へ出て、敵が寄ってくるようなら迎撃してくれ。たぶん、
結局は、この半神的な世話焼きの人々に助けてもらわなければ、自分とて何もできないのだ――
そんなジノーヴィの屈託をよそに、サラムが指示を出し、キャロルとミリアベルが応じる。
「はいはい。それじゃ、何かあるか、引き時になったら呼んでねぇ」
キャロルが工房から出ていく。悪魔を迎え撃ちに行くのだ。彼女が図抜けて強いことはジノーヴィも知っているから、心配などしない。
ただ、自分の我儘に付き合ってもらう申し訳なさはある。相手が痴女だとしても。
「了解ですぅ~~! ではでは~、ジノーヴィくんの作品にちょっと手を加えさせていただきまして~……」
一方ミリアベルが虚空から取り出したのは、こぶし大の、仄光る琥珀の塊。
それを、倒れ伏すジノーヴィの鎧の背に押し付け、これまた瞬時に手の中に現れたハンマーで、叩いた。
するといかなる魔法の働きか、はたまた
「……なんだ? ジノ、てめェ何を」
ミリアベルは未だ音さえ消す不可視化の影響下にあり、ザハール自身からは見えていない。しかし不可視化を使った
ザハールの目には、息子が何らかの支援用マジックアイテムを取り出したようにでも映っただろうか。
それを即座に妨害するという判断ができず、警戒しつつも引け腰の静観に回ってしまう肝の小ささ。やはり父は戦士に向いていないのだと、ジノーヴィは思う。
不思議なのは、ミリアベルらの姿が朧気にでも見えるはずの『
考えすぎかもしれない。単に、姿を現したジノーヴィだけが鎧の注意を引いていて、他の面々は探知を免れている可能性もある。
だが、もしもそこに、母と妹の意思が……残滓でしかなくとも……介在しているなら。
相手がジノーヴィ・アルゼイニだと知って、沈黙することに決めたのだとしたら。
「母さん……ニーナ……もう少しだけ、待ってて。僕が、必ず――」
ミリアベルのハンマーは琥珀を溶かし込んだ後も、ジノーヴィの鎧を叩き続ける。
「〈
叩かれるたびに尋常ならざる魔力が打ち込まれ、鎧の性能を劇的に引き上げてゆく。
「――〈
ジノーヴィは、立った。
動きが違う。身体が軽い。
鎧が肉体の延長となって、意のままに動くような感覚。
ミリアベルの与えた魔法的強化の数々が、ただの鎧に毛が生えた程度でしかなかった試作品を、制作者の理想とした到達点にまで高めている。
否、これは――
炉もなく道具は槌一本、半人前の作った鎧を即席で改造して、
ミリアベルがレオの師でもある、という言葉の意味が解った気がした。彼女もまた、神の領域に踏み込んだ超越者の一人。
事ここに至って、ジノーヴィ・アルゼイニは己が単なる幸運に恵まれているだけではないことを確信する。
取るに足らぬ鎧鍛冶見習いの子供が、
思えばミリアベルたちの助力も、善意からというにはあまりに巨大すぎる後押しとなって、ジノーヴィをここまで導いてきたような気がする。
この世界には……何か大きな、
それは運命かもしれず、あるいは神意なのかもしれなかった。いずれにせよ自分はその流れの中で、ひとつの役目を与えられてここに在る。
ぱり、と
極限の強化を与えられた試作鎧が、〝
「おやぁ~? 興味深いですねぇ~! データクリスタルも使ってないのに、
おまけに
「
まさか、アムディオルの女将軍と同じ? ……神に選ばれたってのか、半人前のガキが!? みっ認めねェ、認めねェぞ!
俺を救わねェ神なんか、クソ喰らえだッ! てめェの氏子を守れなかった負け犬の神に、いまさら俺を裁く権利なんかあるはずがねェッッ」
興奮を
ジノーヴィはそれらの声を、荒涼とした天啓の中で遠く聞いている。
いっとき烈火のごとく膨れ上がった父への憎しみが、今はない。理解してしまったからだ。ザハールもまた、抗いがたい流れの中にあったのだと。
下卑た笑いも、嘲弄の言葉も、どこか強張って聞こえたのはどうしてか。
自分が本当に賢い選択をしたと、正しい判断を下したと信じているなら、ああも言い訳がましい弁解を並べる必要はなかったはずである。
苦痛に満ちた死か、忌むべき悪への堕落か。
あの臆病な男に、選択の余地などあっただろうか?
彼と同じ境遇に置かれて、誰が誇り高い惨死など選べただろうか?
仕方なかった。まったくの事実だ。
それでも罪はある。これも、変えがたい事実だ。
咎なくして追放され、宿命の導くままここで父と再会した自分が、成すべきことは何か。
少年はもう、答えを出している。
「ただの因果だよ、親父……鎧鍛冶の技は、あんたが僕に教えた。
僕の力が足りなくて、ずいぶん神様に
悪魔の鎧に囚われた家族と、神の力を鎧に借り受けた自分が、この家で対峙する。
偶然であるはずがなかった。成るべくして成り、必然によって辿り着いた結末だった。
少なくとも――鎧鍛冶、ジノーヴィ・アルゼイニはそう信じた。
「
俺は親だぞ! 父親だ! 俺がいなけりゃァてめェなんぞ、生まれても来なかった! 飯も食えなかった! この家だって俺のだ、何もかも俺の施しで生きてたようなモンじゃねェか! そ、それをお前、いくらなんでもそんな恩知らずなことッ、言わねェよな!?
だいたいなッ、俺を殺っちまったら……グフッ、そうよォ、てめェの母ちゃんと妹も巻き添えに」
地を蹴った。
飛ぶように走る。一歩。それだけで、ザハールに届いた。
拳を握り込む。腕を振るう。鎧と鎧がぶつかる。
悪魔の与えた『
「なッッだっバァァアアァァァーーーーーーーッ!?」
先ほどまでとはまるで違う、鎧の
柱に激突したザハールは、石材を撒き散らしながら床に這いつくばる。
しかし――煙を上げ、脚を震わせながらも、すぐに立ち上がってくる。
「ぐっガハッ、グフフフ、フ、フ……!」
致命傷ではない。ザハールだけなら一撃で戦闘不能になったかもしれないが、今の彼は生体鎧と半ば融合した状態にあるという。本体の耐久力も、鎧の性能相応に強化されていると考えるべきであった。
有角の鎧――『
ザハールの声が低く、一段と荒んだものに変わる。
「ジノォォ……俺はさっきまで、本気でてめェのことだけは助けてやろうとしてたんだぜ……?
どうせ悪魔どもの天下になるんだったら、たとえ奴らの手先としてでも、虐げられるより虐げる方に回るのが、賢い選択ってモンじゃねェか。
それを……それをよぅ! なんで解らねェんだ馬鹿なガキがッ! 恩知らずの恥知らず、親不孝のクソ野郎がッ! 家長である俺に逆らいやがって、殺そうとしやがってェェェ!」
ザハールが走り出す。一歩、二歩。魔の鎧が与える英雄の脚力。空けられた距離が瞬く間に埋まる。
「いいぜッ、じゃあブッ殺してやるよォォ! 裏切り者らしく……血を分けた息子でもよォォォ!」
手甲から迫り出す、肉厚のナイフめいた鉤爪。『
その威力は間違いなく、地獄の英雄が振るうに相応しき魔法武器の水準にある。
が、ジノーヴィとミリアベルの合作たる『
真なる竜王の素材で補強され、さらに魔法的強化を重ねられた試作鎧は、
ザハールは動揺を露わにしつつも、さらに連撃。縦横に繰り出される魔爪。
通じない。すべてが弾かれる。ジノーヴィはもはや、小揺ぎもしない。
「いきなり硬く……!? ふ……ふざけんなァッ、こんな理不尽! なんで俺だけ!
俺は運が悪かっただけ! てめェは運が良かっただけ! 何の違いもありゃしねェ、俺たちは逆だったかもしれねェんだ! そうだろ、ジノォオオオオーーーッ!」
「まったくその通りだよ、親父」
ジノーヴィは父と、母と、妹が融け合った異形の鎧を、己の鎧ごしに抱きしめた。
これでもう、逃げられない。
「だから、運が良かった方の……
憎しみはない。
ただ悲しみが、鎧の中を満たしていた。
鎧の使い手だけを傷つけない、聖なる雷がうねり始める。
「……ちくしょう、やめろ畜生、離せーーッ! 死にたくねぇッ、死にたくねェェーーーッ!
何が悪い! 誰が俺を責められるッ!? 自分のことだけ考えて、生きて! 何が悪いってんだよぉぉぉおーーーッ!!」
「霊樹様、裁きの枝をお借りします――」
悪魔の鎧に埋め込まれた眼球から、視線を感じた。
言葉はない。
錯覚だったのかもしれない。それでもジノーヴィは、生涯信じた。
母と妹が、まなざしで別れを告げたことを。
「【雷枝】」
轟音と共に、『
工房の半分が消し飛ぶほどの衝撃と熱量。その直撃を受けたザハールも、妻子の成れの果てであった鎧も、等しく塵となって散じた。
後には虚空をかき抱く、鎧姿の少年だけが残る。
「……自分のことだけ、考えて……生きてちゃいけないのかって?
当たり前だろ、父さん。あんたはひとりで生きていけるほど……強くないじゃないか……」
立ち尽くすジノーヴィの肩に、不可知化を解いたレオの手が置かれた。
「あのな、ジノーヴィ……お前の親父さんは、まあ、その、面識のない俺から見ても、ヒデェ父親だったと思うけどよ」
「解っています。……生きるために仕方なく悪魔に従ったのだとしても、犠牲にした人が多すぎる。
敵でした。赦される余地なんて残っていない、死んで当然の男です。僕は……ちゃんと、解っていますよ」
レオはかぶりを振った。
「それでもだ。
鎧が、震えた。
「……父は、どうしようもない、駄目な男で。何もかも半端で、人品だってろくなものじゃなくて。
だけど、確かに。追い詰められるまでは、僕を……殺そうとは、していませんでした」
「そうだな」
どうして、今になって思い出すのだろう。
母が向けてくれた、笑顔の温かさも。妹が語った夢の、無垢な眩しさも。
鎧鍛冶としての成長を、父に褒められたときの誇らしさも。
こんなにも遠く過ぎ去ってしまった、二度と帰れない日々なのに。
「母さんと、ニーナのことも……忘れたわけじゃなかった。
罪は消えない。何も元には戻らない。けれど……それでもッ」
「ああ。おふくろさんと、妹のことも……本当に、よく頑張った」
自分が望んだことだ。他の誰にも、任せたくなかった。
そう言おうとして、言葉は出なかった。
代わりに嗚咽が洩れる。
深い傷から血を流すように、涙が溢れた。
「ぐう、ぅ、う、ううう……ぁぁぁああああ……!」
鎧鍛冶見習い、ジノーヴィ・アルゼイニ。齢十二にして、最後の帰郷。
己を天涯孤独の身としたこの日、彼はまことの鎧鍛冶が心得るべき、真理の一つに触れた。
無敵の鎧を身に纏い、いかなる武器にも傷つけられない強さを得ても。
心までは守れないのだと、知った。
[memo]
※↓本編の余韻めいたものをいろいろ台無しにする可能性があります。ご注意ください。↓
■『
・とある悪魔がザハールの気合溢れる裏切りに対し、戯れに与えた鎧。材料二名。
・戦士としては半人前のルサンチマンおじさんを、
・ステータスを1ガゼフ(単位)程度まで強化するほか、悪魔の種族特性による耐性や特殊能力を着用者に貸し与える。
・厳密にはアイテムではなく、装備として他人と融合するスキルを持った悪魔系モンスター。一度着ると身体に癒着してしまい、脱げなくなる。
・生体素材のパワードスーツという一点においては、息子の作品と発想を同じくしていた。
■
・ジノーヴィ作の試作型強化鎧を、ミリアベルが即席で魔改造した結果生まれた何か。
・アイテムレベルは一桁台から瞬間的に五十以上まで強化され、重ねられた装備強化系バフも含めれば、防御性能だけは七十レベル相当に跳ね上がっている。
バフの効果が切れると無茶な強化の反動で壊れるが、ミリアベルは
・〝
・これが製作される過程を止めようともせず傍観していたザハールについて、後に話を聞いたカレルレンは「目の前で敵が堂々と装備をアップグレードしてんのに、
ちなみに〝ベジータ〟とはユグドラ動物園のプレイヤースラングの一つで、「相手のバフ積みや装備変更を邪魔せず待っていてあげる人」を意味する。