OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
『
見た目は手のひらサイズの黒い立方体。こいつはユグドラシル全体でも数個しか同時に存在できなかった神器級アーティファクトで、非公式のユーザー格付けだと〝準ワールドアイテム級〟に位置付けられる強大な性能を持っていた。
その効果は、いわゆる
日毎に一回だけ開けるこの箱は、二分の一の確率で幸福と災厄のいずれかを吐き出す。幸福を引き当てれば最高グレードのガチャと同等のテーブルからアイテムがいくつか払い出され、災厄を引き当てれば一体以上のモンスターがランダム召喚されて敵対判定で暴れ始める。
モンスターが出る場合はレベル帯によって個体数が変動し、高レベルのモンスターほど召喚される数は少ない。その幅は九十九レベルの単体POPからレベル一桁台の雑魚数百体までと結構広く、高レベル帯が出ればカンストプレイヤーでもそれなりに歯応えある編成の敵を相手することになるし、低レベル帯なら負けはしないまでも数がやたら多いのでひたすら面倒な駆除作業を強いられる。
出てくるモンスターの種族は悪魔が一番多いが、
そしてこのアイテムで最も重要なのが、「一度使用されてから二十四時間使用されないと、勝手に発動する」という呪いが掛かっている点である。これこそ『
この呪いが何をもたらすかというと、箱の所有者は望むと望まざるとに関わらず、一日に一度勇気を持って試練に挑まなければならないのだ……なんてのは製作が想定した正統派の使い方なのでどうでもいい。パワープレイヤーの思考様式はまるっきり違う。
このアイテムの〝ハズレ〟で召喚されたモンスターは倒されるまで永続的に存在し続け、しかも本来モンスターがPOPしないエリアでも普通にオブジェクト数上限までは累積召喚されてゆく。パワープレイヤーならもうこの時点でいくらでもヤバい使い方を思いつくことだろう。狩場の封鎖、街中でのテロ、ギルド拠点の強化、あまりにも悪用の範囲が広すぎる。
事実『セラフィム』の拠点にもこいつを利用して作られたキルゾーンがあり、溜まっていくモンスターを定期的に範囲攻撃トラップで足切りして高レベル個体だけを残すという殺意の高さで、数多の拠点攻略戦チャレンジャーたちをオブジェクト数上限ギリギリの高位モンスター群による飽和攻撃の餌食にしていた。
ぶっちゃけ俺も物見遊山で行ってみたら見事に転移トラップ踏んで、七十~九十レベル台のモンスターでパンパンになった処刑空間へぶち込まれた経験がある。初見でアレを生き延びるのはマジで無理すぎる。あの部屋いまもエリュエンティウにあるんだろうか。
なんでこんな話を今したかというと、まあ要するに、たぶん〝八欲王の残穢〟ってやつの大部分がコレの産物だからだ。
エリアごとのオブジェクト数上限など存在しないこの世界へ持ち込まれた『
その結果が、地上の村落や地下都市を襲う強大な魔群――〝残穢〟の跋扈である。
たぶんと言った通り、『
しかし『
この世界でサティアが法国や諜報部門と協力して集めてきた〝残穢〟のデータは、召喚テーブルの一致度からして『
さらに地下世界の情報を集め出してからは、レベル帯ごとの個体数が統計的に見ても『函』のレベル帯別召喚確率分布とおおよそ一致しており、かつモンスター群の強さも数も深度を下るほど増していくという空間的な分布の偏りまで見えてきている。
つまり発生源が『
そういう次第で――いずれは〝残穢〟を生み出し続ける『函』の確保も狙いたいところだが、とりあえず今回は既に多大な人的被害を出している大陸北西部地下モンスター群の間引きを優先。
既にNPCたちの性能テストも兼ねて三つの支群は壊滅させ、残すは最大勢力の主群一つのみ。その巣窟たる大空洞は、これまで攻略したどのエリアより深い地の底にある。
決戦に臨み、事前に定めておいた待ち合わせ地点。
敵本拠地にほど近い、地下洞窟網の支流の一つで、俺は最終決戦メンバーと合流した。
面子はエルスワイズ、護衛のシズク
美女の片方はモデル体型に白髪ロングのストレート、もう片方は宝石細工のようにきらめく翠髪ショートの少女。どちらもゆったりとした材質不詳のローブを着ており、その袖や裾は未知の文字を思わせる紋様で縁取られている。
そして二人とも、髪の間から結晶質の角のようなものが伸びている。ただの人間種ではなさそうだ。
「……どちらさん?」
二人を手で示しつつエルスワイズに訊いたつもりだったのだが、長身の方が悪戯っぽく笑い、聞き覚えのある声で挨拶してきた。
「つれないじゃないか、カレルレン……もうわたしのことを忘れてしまったのかね? 〝好きになりそう〟とまで言っておいて、罪な男だ」
「えっ、うそぉ。トリシュ先生?
ぱちり、とウインクしてみせる長身美女。これ竜の時もやってたな。確かにトリシュ先生だわ。
「
昔は人型生物への変身など、竜族にとっては嗜みのようなものだったんだよ。かつて地上に栄えた竜人たちの文明が滅んでからは、ほとんど顧みられなくなってしまった術だが……」
で、〝
「うちは覚えとらんかったんやけどなー、せっかくやからこの機にできるようになっとこ思て、先生に教えてもろてん。
あ、カレルレンはんうち分かるー? マハナやでこれ」
「うんわかるわかる、でもおっぱい押し付けるのはやめなさいね。はしたないでしょ」
トリシュ先生がいるんだからたぶんそうだろうとは思ってたけど、訊かれてもいないのに関西弁で喋り出した時点でキラキラ翠髪ガールはマハナで確定してたよ。
マハナこと〝
しかし彼女たちが実際このまま人と
原作でも〝
嗜みというほど一般化した技術だったとなると、いろいろ前提が変わってくる。竜の血を引く異種族は意外と多いのかもしれないし、中には神人相当の猛者だっているかもしれない。
それに、先生が言う〝竜人たちの文明〟ってのも気になる。竜が昔って表現するくらいだから、たぶんプレイヤーの転移が始まるより前だよな。
まあ歴史の探求は後回しだ。いまは目の前の仕事を片付ける方を優先しなきゃならない。
「とりあえず……先生とマハナは、手伝ってくれるってことでいいのかな」
「ええでー。うちらにとっても、〝残穢〟ゆーのは放っておけんからなー」
「いまの世界を見て回る中で、わたしたちも〝八欲王の残穢〟が各地にもたらす被害を見てきてね。ツアーの言う通り、生かしておくべきではないと判断した」
聞けば、ツアーが二人に声をかけて連れてきたらしい。なるほどなるほど。ここへ来て強力な助っ人二名を布陣に加えてくれたのはファインプレーと言ってやろうじゃないか。たとえ本音は
当の鎧ツアーはここまで沈黙を守っている。こいつは人化とか覚えてなさそうだな。あったら〝正史〟でも十三英雄時代に使ってるだろうし。世界の守護者(自任)として戦うための魔法しか覚えてません、とかだと生き方が修羅すぎて悲しくなってくるのでやめてほしい。
先生とマハナを今回の作戦にどう組み込もうか考えていると、エルスワイズが周辺の警戒を続けながら
「カレルレン様……些事ですが一点、お耳に入れておきたい報告が。デケム・ホウガンを捕らえました」
「おっ、マジか。どこにいた?」
「『
何をやってんだあいつは。
だがペロロンチーノ一推しの
「ベヒーモス……あの
「黙って主人の痴態を眺めておりました。恐らくですが……手出しするな、とでも命じられていたのでは?
むろん、本当にデケムが死にかけるような事態になれば、命令に背いてでも主人を救出しようとしたでしょうが」
あー。なんか納得してしまった。今のあいつはそういう命令出しそう。
「で、哀れ
「私のスキルで支配権を奪いました。まんまと逃げられた前回の二の舞は御免ですので。
デケムの人格的矯正が成功すれば、いずれは返してやっても構いませんが……まあ、これは将来の判断としておきましょう」
エルスワイズは
「ちなみにデケムの再教育、計画はあるの?」
「申し訳ございません。優先すべき案件が他に多く、そちらは未だ検討中の段階です。……とりあえず、現在の価値観を一度破壊する必要はありそうですので、一旦
やめてさしあげろ。なんて恐ろしいことを考えてるんだこの鬼畜偽エルフは。キャロルに任せたら一旦どころか永久に性癖と尊厳を破壊されたマゾ奴隷が出来上がっちまうぞ。最悪それでも種馬としての運用は可能だが……できれば最後の手段にしておきたい。
今ならデケムはまだ大樹海を恐怖で支配する暴君になっていないわけで、いっぺん更生のチャンスぐらいは与えてみてもいいんじゃないかと思うのだ。ミハネたちが調査に入ったデケムの
「デケムも『人類』になれるかもしれない子供だろ? いきなり人格を終わらせる方向で考えるんじゃなくてさ……とにかく最初はキャロル以外で頼むわ。
はい、この話ここまで。こっからは攻略作戦の話な。
準備は万端と思っていい? 狭すぎてイスカンダルが転送できないとか、ないよな?」
いささか強引に話題を転換したが、エルスワイズはきっちり切り替えてついてきてくれる。このへんはさすが主席参謀と言ったところ。
「問題ございません。現在我々が潜伏している坑道では超巨大ユニットの召喚は不可能ですが、敵拠点となっている遺跡は幅も高さもキロメートル単位の大空洞にあります。必要とあらばイスカンダルだけでなく、ザイトルクワエや亡霊戦艦シリーズを呼び出して暴れさせることも可能でしょう」
ここまでに攻略した三つもそうだったが、地下にそんな広さの空洞がいくつもあるの怖いな。やはり何かの拍子に崩落させてしまわないよう、通常空間での戦闘は最小限に抑えた方がよさそうだ。
「オッケー。じゃあ先生たちも加わったことだし、改めて作戦をざっくり説明しておこうか。
まず俺がみんなに〈
何しろ今回は初めて実戦投入する戦力や、ユグドラシルには存在しなかったグリッチコンボも作戦に組み込まれている。それらが想定通りの性能を発揮しなかったときのための予備計画は用意してあり、最悪の場合は主要NPCと配下の軍勢を総動員しての物量戦すらも視野に入れてある。
負けはない――問題は俺が、いかに上手く勝てるか。それだけだ。
作戦のおさらいを軽く済ませ、俺たちはエルスワイズが開いた〈
[memo]
■竜人
・竜族と人型種族が交わり子を成したとき生まれる者、およびその子孫の種族。竜でない方の親は人間種でも亜人種でも(あるいは異形種でも)あり得るため、外見や形質のバリエーションが非常に広い。
・竜の強大な力と長命を受け継ぎ、人型種族の中では最強の個体能力を持つとする説もある。事実かつては栄華を誇ったと伝説に記され、大陸各地で古代竜人文明の遺跡が発掘される。
しかし現代(原作から三百数十年前)においてはほとんど絶滅したと伝えられ、新たに生まれる竜人も滅多にいない。
・ユグドラシルにも同名の種族は存在したが、そちらはサイズを縮小して直立二足歩行となったドラゴンのような外見で統一されていた。余談ながら、セバスの第一形態が人間風の見た目をしているのは限定的な変身能力によるもの。
■ペロロンチーノ一推しの
・二十レベル未満。見た目が幼い。豊満な肉体を持つ上位種の
・しかし一部の紳士はこのロリ悪魔をこよなく愛し、追いかけ回し、おさわりを試みてはBANされる者も後を絶たなかった。