OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
畳。襖。障子。床の間。柱と梁。欄間。囲炉裏。
掛け軸。行燈。屏風。箪笥。文机。生け花。
廊下があり、階段があり、壁があり、屋根があった。
一つ一つは和風木造建築の構成要素。しかしそれらが意味不明な間取りと配置で、上下左右も出鱈目に継ぎ合わされ、縦横無尽の立体迷路を形成している。
百年以上前の漫画なんかユグドラシルの開発チームが参照したとは思わないが、ぶっちゃけこれ無限城だよなあ。奪還屋じゃなくて鬼滅の方の。
もちろんこれは血鬼術ではないし、シズクも上弦の鬼とかではない。
精神系上級クラス・結界師の
脱出手段は術者を殺すなどして解除させるか、持続時間が切れるまで生き延びるか。
オプションで召喚できる迷宮の〝番人〟を倒すという脱出条件もあるが、今回シズクは事故を防ぐため〝番人〟を出現させていないので、これは実行不可。
あるいは〈
「〈
当然、結界の専門家であるシズクがそんな容易い脱出を許すはずもない。
転移は封じられた。あとはこの迷路の中で逃げ回るか、戦うか。
好戦的な悪魔に率いられたモンスター共は、当たり前に後者を選ぶ。困惑を振り切り、再び押し寄せる魔群。俺たちは依然として包囲下にあり、窮地に追い込まれているように見えることだろう。
そんな偽装も、もう終わりだ。
「イスカンダル、攻撃開始だ。周りの敵を一掃しろ」
光の雨が降った。横殴りの嵐のように。
超巨大ゴーレムの全身に刻まれた銃眼めいたスリットから、[神聖]属性のレーザーが照射され始めたのだ。その砲門数は三百八十四、中位以下の悪魔などは一発で塵になる威力。これが一門あたり数秒の冷却時間を挟みつつ、弾切れもなく無限にばら撒かれる。
桁違いの殲滅力。間断なく降り注ぐ光線は、文字通り秒単位で次々と、邪悪な怪物たちを滅ぼしていく。
同じ戦略級攻城ゴーレムでも、
一発なら聖なる光に耐え切れる高位のモンスターも、集中砲火を浴びれば長くは持たない。できるのは動き回って照準を絞らせないよう試みることぐらい。しかしシズクの〈夢幻楼閣〉が生んだ複雑な地形と、壁に近づくだけで重力の方向が変わってしまう空間特性に翻弄され、回避運動もままならない。
イスカンダルの肩に登り、光線の死角に近づく敵を〈
「ほぇー、こら竜の姿に戻らん方がええな。光線が多すぎて、どうやっても当たってまいそうや」
「凄まじいね……この巨大な人形がきみたちの切り札というわけかい、カレルレン?」
形勢一転、光線の嵐から逃げ出し始める怪物たちを全周囲視覚の端で捉えながら、俺は先生の質問に首を振った。そうしてもう一人の
「そうとも……って言いたいとこだけど、今回の秘密兵器はこいつだけじゃない。
敵が逃げ腰になって、距離が開き始めた。お待ちかねの出番だ、ツアー。
大剣の連撃で
「カレルレン、解っていると思うが……今回は、特例だ。
「承知してるよー。お前も今回はヤバいと思ったから、その〝特例〟に合意したんだろうが。
心配しなくても、元々
興味津々の様子で、クール系美女に扮した先生が訊いてくる。
「おやおやおや。いつの間にか
「人聞き悪いな! まあ先生も見とけって。プレイヤーと
リーギリウムが敵群の動きを解析。異空間の迷路へ逃げ込んでいった無数のモンスターが、逃げ回りながら入り組んだループ構造の空間を通り抜け、やがて一ヶ所に合流するタイミングを見計らう。
その間に俺とシズク二号と鎧ツアーは位置を調整し、狙撃ポイントまでの視線が通る障子戸の前に陣取った。
イスカンダルの砲撃が止む。付近の敵はあらかた焼き尽くされるか逃げ散るかし終え、残るモンスターの数はおよそ半分。それでもまだ一万は超えているだろう。
さて、一発でどれほど持っていけるか――
「敵集団二つの進路確定。交叉まで、あと……十二秒!」
「だそうだツアー。準備はいいか」
「問題ない。合図は任せる」
白金鎧を経由して、ツアーも俺たちの念話に参加できるよう回線を繋げている。リーギリウムのカウントが途切れ、俺は必要のない呼吸を止めて待った。
「タイムラグあるからなー、ちょっと早めに……よし、今!」
「【破界の吐息】」
竜の顎を象るように、鎧が構えた両手。浮かび上がる竜言語の魔法陣。――その、遥か彼方。
空間がひび割れた。
遥か遠く、無限に広がるかのような木造迷宮の一角に、光が溢れる。
そして爆発。
迷宮の交差点で一時的な合流を果たした敵の群れが、この世ならざる閃光に呑まれて、地形ごと消し飛んでいく。リーギリウムの観測結果を訊くまでもなく、あれを生き残れるモンスターなどいないだろう。
だが俺の仕事はここから。まだ分裂した敵集団がいくつか残っている。
そいつらを掃討すべく、
「シズク、転送頼む。――〈
「〈
単純威力は超位魔法を遥かに凌ぎ、攻撃範囲もゲームの魔法とは比べ物にならず、推定リアルの核兵器並み。おまけに特殊な発動メカニズムのせいか、無属性かつワールドアイテムによる〝世界の守り〟でも無効化できないという驚異のガード不能特性を持つ。
だが俺に言わせれば、ツアーの魔法で本当に怖いのは【破界の吐息】
魂のエネルギーを物体に込め、ドローンめいて意のままに操る魔法――白金鎧を遠隔操作したり、自分の外皮を攻撃端末に変えて飛ばしたり――原作でも見せていたこっちの方が、本質的にはヤバい能力と言える。何故か?
とくに白金鎧など、一定の質を持たせた端末
鎧に込めたエネルギーをほぼ全て消費してしまうが、【破界の吐息】さえ
だがそのチート性能を味方として、プレイヤー流の戦術に組み込んで使えるとしたら。しかも位階魔法と
夢がひろがりんぐ。俺たちはまさに今、その精華たるクソ技をこの世に実演している。
「敵残存集団のうち二つ、十五秒後の合流ルートに乗った! 幻術でカーソル出すから、狙撃ポイントに移動だ!」
「あいさー。聞こえたなツアー、
「まさか本当に……このようなことが……」
今度は別方向の襖に取り付き、開ける。襖の向こうには長い長い回廊。さらにその先で、大量のモンスターが雲霞のごとく集まろうとしている。
「よーし、今だ今! やっちゃえバーサーカー!」
「
ふたたび閃光。押し寄せる爆風。異次元空間を埋め尽くす迷路が震えて、軋む音。
鎧からでは一発しか撃てないはずの、【破界の吐息】――そのあり得ざる二発目。
トリックと呼べるほどの種もない。
その他系(
「すかさず〈
「〈
アンサー。〈
桁外れの威力ゆえにコストも重く、〈
高レベルモンスターを多く含むとはいえ、まともに指揮もされない数千・数万の物量など……この超バランスブレイカーコンボの前では、ツアーに経験値をくれてやるだけの薪でしかなくなる。
「おやァ~、ま~だ向こうに塊が残ってるなァ~~? 行けっツアー! ダメ押しの【はかいこうせん】だ!」
「調子に乗るなッ、そんな魔法は知らない! ――【破界の吐息】!」
ヤケクソ気味のツアーが吼え、みたび大爆発。光の中で消滅する幾千の怪物たち。
どこぞの無限城めいた異次元迷宮は、リアル核兵器三発分(概算)の爆撃でほとんど半壊。スキルによる一時的生成物とはいえ、ダンジョン相当の構造物がここまで派手に壊れることなど通常はあり得ない。【破界の吐息】が、いかに狂った威力と攻撃範囲を持つ魔法かがよく解る。
さいわいリーギリウムの報告では、敵もわずかな残党を除いて壊滅したという。異空間が崩壊する危険を冒してまで四発目を撃つ必要はなさそうだ。
「ぷ、〝ぷれいやー〟の言いなりに……三発も撃ってしまった……! 許されない、こんな力の濫用は……!」
白金鎧をふらふらぐるぐる揺らしているツアーの後方で、腕組みしたトリシュ先生とマハナが苦笑いする。
「うーむ。これはひどい」
「世界を滅ぼせる力やなー。ま……ツアーならそうそう軽々しくは撃たんやろし。世界を守るのに使うんやったら、ええんとちゃう? 正しい使い方やで、たぶんな」
俺としてはマハナの言に賛同しかない。もし世界を滅ぼせるだけの力に正しい使い道ってものがあるなら、それは同じような力で
そして不幸なことに、この世界にはそういう力の持ち主が多すぎるし、何なら今後も落ちてくることが確定している。
ゲームバランスの壊れた世界では、軍縮は平和を産まない。誰もが際限なき軍拡のチキンレースを続けるしかないのだ。たとえその果てに、自分たちが終末のトリガーを引いてしまう可能性に気付いていたとしても。かなしいね。
それから数分間、結界内の残敵を掃討したのち。
シズクが〈夢幻楼閣〉を解除すると、崩れかけの異空間が幻のように薄れて、消えてゆく。
立ち現れたのは元通り、地底の大空洞。そこに広がる古代都市の遺跡は、根城にしていたモンスターたちの大半が消滅したことで、がらんとしている。
「リーギリウム、敵の残存戦力はどうだ? 空間隔離のときにいくらか取りこぼしたと思うけど、もう逃げちゃったか?」
逃げたなら逃げたで、脱出経路を塞いでいるうちの後方部隊が捕捉したはずだが……そんなことを思いながら一応状況を確認してもらうと、いささか予想外の結果が返ってきた。
「敵の残党だけど、遺跡奥部にある神殿っぽい建物に集まってるみたいだなー。壊走して最後の砦に逃げ込んでる……っつーよりは、整然たる撤退って感じだ。
烏合の衆を一網打尽にした結果、精鋭が残ったのかもしれねーぜ。油断すんなよ、ボス」
とは言ってもなあ。数の上では脅威のほとんどを片付け終わったわけで、趨勢はもう決している。ここで敵にやられると一番嫌なのがガン逃げからのゲリラ戦だが、それをさせないために坑道網の各所を〈
いちおう警戒を続けながら、俺たちは都市の深奥へとしめやかに進軍する。
イスカンダルは仕事を終えたので帰還させ、見かけ上残ったのは俺とエルスワイズとシズク
都市遺構のもとの主は竜人文明というだけあり、建築様式なんかは
なんというか……段差や背の高い建物が多いわりに、階段やスロープが極端に少ない街並みだ。建物もよく見ると、二階以上の高さに入口らしき扉があったりする。
この都市の住人はみんなすごいジャンプ力の持ち主だったりしたのだろうか。それとも飛行能力をデフォで持ってる種族だったのか? ユグドラシルの竜人は種族スキルで翼を生やして飛べたりしたが、この世界の古代竜人種が同じだったかどうかは分からない。
道中で敵の迎撃を受けることも予想して、密かに歩きながらバフを張り直していたのだが、結局目的地の大神殿(仮称)にたどり着くまでモンスターとのエンカウントはなかった。
ということはつまり、残った敵のほぼすべてがこの神殿に籠城していると考えるべきか。
「リーギリウム、例の……念視や魔法探知に引っかからないデカブツがあるってのも、ここか?」
「ああ、この奥だ。オレからは視えない
柱みたいな高台の上にいる十五体と、床に広がってる一体は特に注意しろよ。こいつら全員、九十レベル台
「マジもんの最高位モンスターじゃねえか。一体も逃がせんなこりゃ」
どうも最後の最後に少数精鋭が残ったというリーギリウムの予想は的中してしまったらしい。九十五レベル以上のモンスターというのは、ユグドラシルだと最高難度ダンジョンでも複数体同時エンカウントすることは少ない――つまり
そんなのを十六体、取り巻きも合わせて一度に始末しなければならないとは……本当にオバロの世界かと疑いたくなるようなハードミッションが最後に待ってたな。推定百年以上モンスターガチャが自動で回り続ければ、上澄み中の上澄みもそれくらいは出るのか。
「尋常でない圧力を、この先から感じる……カレルレン、本当に我々だけで突入するのか?」
リーギリウムのように敵の正確な数やレベルまで探知しているわけではないだろうが、歴戦の
確かにレベルと頭数だけでいえば、ユグドラシル的基準でも俺たちの方が戦力過少に見える。
八十レベル以上のモンスターがおよそ百体、しかもそのうち十六体は九十レベル台後半となれば、これをまとめて葬るのはちょっとしたレイドボスの相手より骨が折れる。一般的な腕とビルドのカンストプレイヤーなら、二十人くらいは欲しいところだ。
――いかなる時も安全マージンは確保すべきですよ。まあ、ぷにっとさんの受け売りですけどね。
あのクソゲーで、サービス最後期の孤独を共有した
ツアーが仄めかした通り……今からでも、戦力を追加で呼び寄せるべきだろうか?
ケイスかキャロルの片方でもいれば、相手の量と質を考えても不足はない。悪カルマの相手に強いサティアなら、むしろオーバーキルだ。ミハネでもヘスでも、一人で物量戦を仕掛けて逆に圧殺できるポテンシャルはある。
だがそれを言うなら、エルスワイズとシズクがほぼリソースの消耗なくここまで来てくれただけで、ぶっちゃけ充分なのだ。
規格外の能力を持つ
「……大丈夫だよツアー、
そしてもう一つ。
せっかく気兼ねなく倒してしまえる強敵がいるのだから、この機に性能を試してみたい
敵こそは最良の資源である。資源は有効活用しなくてはならない。
「……お前がそう判断したのなら、ひとまずは信じよう。だが、危なくなったらマハナと先生は逃がしてもらう」
「
トリシュが揶揄うように笑い、鎧ツアーがムスッとした空気で抗議の沈黙。
ほどよく場の雰囲気がほぐれたところで、俺は手を叩いた。
「
努めていつも通りに、俺は混成パーティへのバフ積み作業を開始した。
今日は高レベルの対群戦という貴重な状況で、NPCや攻城ゴーレムの性能を存分に確かめられた。そのこともあって俺は満足してしまい、もうほとんどクエストを完了したような気分で、正直だいぶ弛緩していたのは否めない。
雑に倒しまくった高レベルモンスター勿体なかったなあ、とか。『強欲と無欲』持ってたらものすごい量の経験値ストックできたのになあ、とか。
もっと俺のテイム枠が余ってたら、もしくはヘスとミハネを主攻に据えてじっくり崩していく作戦にすれば、レアモンスターとか捕まえ放題だったかもな――などと、どこまでも欲張ったゲーム的思考を弄んでいた。慢心である。油断である。
そんなだから、このあと何が待ち受けているかを予測できたはずもなく。
[memo]
■戦略級攻城ゴーレム『イスカンダル』
・大雑把に人型をした城砦のような外見の五十メートル級ゴーレム。砲撃に特化しており、格闘能力は持たない。
無数の防御火器から神聖属性のレーザーをばら撒いて敵を寄せ付けないが、いったん懐に入られると
・主砲と呼ばれる頭部レーザーは数分間のCTが発生する準主力兵器で、横軸広範囲か縦軸長距離かの薙ぎ払い軌道を選択できる。光線がなぞった箇所は大爆発を起こし、広範囲に[殴打]+[神聖]属性の混合ダメージと突風を撒き散らす。通称「巨神兵ビーム」。フレンドリーファイアONの環境だと誤爆リスクが高すぎるため、今回は未使用。
・一日に一発だけ発射できる切り札〈
(※両腕と背骨を支柱として、上体が後ろに倒れる形で腰部が砲門となる)
特に対物破壊力が高く設定されており、強固な拠点外壁を吹き飛ばして侵入口をこじ開けたり、逆に入り口を崩落させてリソースペナルティ発生を狙うアリアドネ・トラップ戦術でも使える。こちらも攻撃範囲が広すぎて危ないので、今回は未使用。
・召喚獣アレキサンダーではない。いいね?
■〈
・精神系最上位
・本編でさんざん悪用されている通り、カレルレンの〈集合体〉と組み合わせて「本来は他人に使用できない支援魔法」などをネットワークの外にまで共有できるのがきわめて強力。〈
・瞬間的に発生する効果は自身が受けてから数秒間のみ転送可能。持続的な効果は自身が影響を受けている間いつでも転送可能。対象効果の持続時間はリセットされない。