OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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―第五臓区・製作部門―

 第五臓区では製作部門の状況をヒアリングする。

 ここの統括はポケットだらけのローブを着込んだ髭もじゃの小柄なおっさんで、名前はサラム。消費アイテムの複製やユグドラシル金貨の偽造を得意とする、錬金術師(アルケミスト)系一〇〇レベルNPC。種族は見た目通りの闇小人(ダークドワーフ)だが、職業(クラス)特性により不老化しているため寿命の心配はない。この点は他の人間種・亜人種NPCも同様の対策を講じてある。

 

「おう、よく来てくれたなギルドマスター。現状報告が聞きてぇってことだったか。

 現地の素材をそのまま使ったアイテム製作は、まぁ芳しくねぇな。アダマンタイトよりマシな金属が採れんし、モンスターのレベルも低い。なによりデータクリスタルが手に入らん! こいつが致命的だ」

 

 ギルメンに対するNPCの話し方としては通常考えられないラフな口調。サラムのこれは設定でそうするよう定められたものだ。誰に対してもドワーフの職人らしいぶっきらぼうな態度を崩さない、というキャラクター性。畏まった敬語ばかり聞いていると気疲れしてくる俺としては、彼のように(へりくだ)らない話し相手は心の癒しといえる。

 

 他にも何人か、こうして「主人の前でも敢えて臣下の礼より設定上の言動を優先する」ようチューニングされたNPCが存在する。さっき会ってきたシズクもそうだ。設定通りとはいえ、序列を厳格化したがる真面目タイプのNPCたちにはいい顔をされない振る舞いだが、個人的にはぜひ今後ともこいつらに現状のスタイルを貫き通してほしい。

 

「それでも現状作れるもんはひと通り洗い出して、生産ラインを整備しとる。各種ポーションや現地人向けの低位装備類は安定供給できるだろうよ。――あとは、ミリアベルのやつが素材強化をいろいろ試し中だ」

 

 くい、とサラムが顎をしゃくった先にあるのは鍛冶場。ぼんやりした顔の小柄な女が、表情に似合わぬ流麗なハンマーさばきで金属塊(インゴット)を叩いている。かんかんかん、きんきんきん、と小気味よいリズムで響く槌音。

 

 彼女の名はミリアベル。サラムの弟子という設定だが、レベルは同格の一〇〇、役職は製作部門副統括。鍛冶師系クラスに特化したNPCで、主に装備品の生産・強化を任せている。

 異形種ながら、例によって外装だけ人間種――いわゆるロリドワーフ――っぽいのはデザイン担当の趣味。NPCの外装いじって種族ごまかすなんてのはパワープレイヤー主体のギルドじゃ常套手段の小細工だったが、それにしても女性キャラのほとんどが子供と言っていい外見年齢なのは闇を感じる。

 

「……駄ァ目ですね~~~! 現地素材オンリーでデータクリスタルも無しだと、基本的な硬度アップや攻撃ボーナスの強化ぐらいしか乗せられないみたいです~。それでも周辺国で流通してる武具に比べれば二、三ランクは上を行けますが~、やっぱり遺産級(レガシー)以上を作るなら高位金属とデータクリスタルは必須かと~~」

 

 強化実験に失敗したらしいインゴットをアイテムボックスに放り込み、ミリアベルが俺の足元までごろりごろんと転がってくる。彼女の言動はサラム以上にフリーダムなものだが俺は気にしない。こういう奇行種というかちょっとアホっぽいキャラも癒し要素として必要なのだ。まあこいつもインスピレーション全振りの天才タイプとして設定されてるので、頭ゆるそうなのは表面だけなんだろうけど。

 

「おつかれミリアベル。金属に関しては地道に鉱脈を探していくしかなさそうだなー。データクリスタルは実をいうと、少しずつなら手に入る目処が立ったんで、実験用に何個か使うぐらいはいいかなと思ってるよ」

 

「ほんとですかぁ!? えっでも~、どうやって? この世界のモンスターは確か~、倒してもデータクリスタルをドロップしないって、リーギリウムくんの報告書にあったような~」

 

「それはねえ――ちょうどいいから実演しようか。今日の分はまだ使ってなかった。

 〈上位幸運(グレーターラック)〉、からの――超位魔法、〈月夜(ムーンドロップ)〉」

 半ば(げん)担ぎのバフ魔法を前座に、唱える。

 一日四回しか使えない超位魔法、その一つを。

 

 俺を中心に、複雑精緻な図形や記号で編まれたドーム状の立体魔法陣が展開される。

 そういやユグドラシルだと専用の魔法陣生成アルゴリズムがあって、すべての呪文に固有の発動エフェクトを描画していたらしいが、こっちの世界だとどうなんだろう。なんか意味あんのかねこの模様とか文字とか。

 

「発動待機時間のうちにざっくり説明すると、この〈月夜(ムーンドロップ)〉ってのは、()()()()()()()()()()()()()()()()ためのクソ魔法だ」

 サラムとミリアベルの前で、俺は即席の魔法講義を始める。さっそく渋い顔で、サラムが手を挙げた。

「……ろくでもない魔法なのは伝わったが、なんでいま、それを?」

「ユグドラシル製の素材やアイテムを手に入れる、この世界では数少ない手段の一つだからだよ」

 

 超位魔法〈月夜(ムーンドロップ)〉。信仰系だが、クエスト報酬で全系統の魔法職が修得可能になるタイプの特殊な呪文。ユグドラシルプレイヤーからの通称は〝(わき)ガチャ〟。

 げんなりする綽名(あだな)はプレイヤーたちの微妙な感情を反映したものだろう。というか漢字表記の〝月夜〟からして、本来の音は「()()()」と読むらしいことがフレーバーテキストで仄めかされている。駄洒落かよ。

 

 効果は単純明快。術者レベルに応じたグレードの、()()()()()()()()を無料で引ける。

 

 この魔法の存在を知った無課金魔法職プレイヤーの多くが、「これは我々への救済措置だ!」と喜び勇んで修得し、そして運営の仕掛けた悪辣な罠に嵌まっていった。ガチャ一回分というのは、レアアイテムを求めるプレイヤーの際限なき物欲を満たすには()()()()()()のだ。むしろ中途半端に刺激された欲望が燃え上がり、彼らはコンソールの隅にいつでも輝く有料コンテンツのバナーを無視できなくなる。悪魔のささやきを聴いてしまう。

 

 ――()()()()()好きなだけ回せるよ! 十連ガチャもあるよ!

 

 かくして清貧を貫いてきた無課金勢は暗黒の課金沼に引きずり込まれ、課金前提のビルドを一から組み直すなかで苦い思いとともにこの魔法を修得リストから捨ててゆく。もう必要ないからだ。一日四回限りの超位魔法枠はもっと実戦的な用途のためにとっておき、ガチャを回したければリアルマネーをぶち込めばいい――そんなふうに闇に染まったプレイヤーを俺は何人も見てきた。というか一人はうちのギルメンだった。けだし人間は容易く堕落する。

 

 もっとも俺はプレイ開始当初からゴリゴリの重課金勢だったので、ユグドラシル時代に〈月夜(ムーンドロップ)〉を使い込んでいた時期はない。この魔法を修得リストに入れておいたのは、ひとえに()()()を見越してのことだ。

 

 転移後の世界で、ユグドラシルのアイテムを新規入手する方法はあるか?

 プレイヤーとして研究を重ねた俺にはいくつかの心当たりがあった。たとえば運試し系アーティファクト『黙示録の函(アポカリプス・ボックス)』で当たりを出す。超位魔法〈神の化身召喚(コール・アヴァター)〉で『聖者クラウス』を呼ぶ。裏技の類やワールドアイテムも選択肢に入れればもっとたくさんあるだろう。そして〈月夜(ムーンドロップ)〉も、実入りこそ少ないが確度の高い方法として候補に含めていた。

 

 目論見通りこっちの世界に転移した後、情報収集やら()()との交渉やらでバタついていたのが一段落したあたりで、俺は〈月夜(ムーンドロップ)〉の発動実験を開始した。

 結果、ちゃんとアイテムは出てきた。残念賞相当のカスアイテムがほとんどだったが、それでも低位の汎用データクリスタルなんかが高確率で含まれている。

 

 つまりはこっちの世界で手に入らないユグドラシル固有物品の一部を、継続的に入手するルートが確立できたということ。まさか運営の悪意の結晶ともいうべきクソ魔法が、マジもんの有能スペルに化ける日が来ようとは。使えるかもしれないと自分で予測しておきながら、ちょっと本気で驚いてしまった。

 

 ついでに異世界へ来てからは、〈上位幸運(グレーターラック)〉とかで幸運(LUC)値を上げておくと微妙に良いアイテムが出やすくなっている……ような気がする。このへんはまだ統計的に信用できるサンプル数が集まっていないので、バフ有り無しの対照実験を継続し精度を上げていくつもりだ。

 

 ともあれ二人の製作系NPCと話しているうちに待機時間が終わり、超位魔法〈月夜(ムーンドロップ)〉は発動する。

 刹那、拠点内部の風景は溶けるように消え去り、頭上に映し出される幻影の夜空。

 巨大な満月から銀色の雫が零れ、地に落ちて弾けるとともに、大粒の飛沫ひとつひとつがアイテムに変わる。

 

「ほぇ~、初めて見ました超位魔法。こんな感じなんですね~」

 気が抜けるようなミリアベルのコメント。次いで、ふっと周囲が明るくなり、夜空のエフェクトが薄れて消えてゆく。

 以上、今日の無料ガチャおしまい。演出があっさりしてるのはこの魔法のいいところだ。

 

 俺の術者レベルだと、〈月夜(ムーンドロップ)〉一回で得られるアイテムの個数は五つ。さて今回は何が出たものか。サラムとミリアベルを伴い、収穫を検分する。

「なるほどなぁ。こうやって景品が出てくるわけかい。信仰系つーことはアレか、神様に()()()()して恩寵を賜る……とかそんな感じなのかね?」

「たぶんそうだったと思うよ。対応する神格の名前とかは覚えてないけど」

 

 サラムの表現だとずいぶん罰当たりな魔法になってしまう。まあユグドラシルの神格なんてフレーバーテキストの一部か、イベントクエスト自動斡旋機か、さもなきゃドロップアイテム目当てで日々狩られる獲物でしかなかったりするのだが。

 

 出てきたアイテムはデータクリスタル三つ、透明な液体の入ったポーション瓶ひとつ、なにやら黄色っぽい金属のインゴット一本。

 データクリスタルの内訳はそれぞれ下位汎用魔法付与、[地]属性耐性Ⅰ、耐久値+5。どれもカンストプレイヤーには用のないゴミ効果ばかり。しかし使い捨てにできる実験用素材と割り切れば、こっちの世界では悪くない価値を持つ。

 

 ポーション瓶の中身は万物融化剤(アルカエスト)。素材アイテムを融かして合成するときなんかに使う錬金術薬品。敵にぶっかけると[酸]属性の大ダメージを与える物騒な代物でもあり、[酸]が弱点の妖巨人(トロール)あたりに使うと一瞬で蒸発させられる。希少価値(レアリティ)はまあまあだが、高レベル帯のアイテム作成レシピにもよく登場する消耗品なので、コレが出たのは素直に嬉しい。

 

 余談だがこの万物融化剤(アルカエスト)、容器のポーション瓶が必ず[酸]に対する完全耐性を持っているという芸の細かい仕様があり、しかも熱を加えれば普通に溶かして加工できるため安価な耐酸装備の材料になったりする。強度はただのガラス相当だからゴブリンのワンパン喰らっただけで割れるけど。

 

 そしてインゴットはというと――何の変哲もない(ゴールド)だった。

 単なる純金の延べ棒。普通にこっちの世界でも手に入る物質じゃねえか。今回一番のガッカリだよ。

「いやまあ……シュレッダーにぶっ込めば多少の金貨にはなるけどねぇ……?」

 

「現地人に売りつけるか~、とっておいて合成素材に使う方がいいんじゃないですかねえ~? 見た感じ不純物ゼロで精製いらないみたいですし~、あと十九本出れば〈元素変換〉で形而上の黄金(メタフィジックゴールド)が一本作れますよ~」

 

 不思議系地雷女めいた喋り方と裏腹に、意外なほど建設的なアイデアを出してくれるミリアベル。製作系NPCを一〇〇レベルで作るのは非効率というのがユグドラシルにおける定説だったが、転移後だとこういうとき手札が多くて頼もしい。

 ひとしきり唸った末に俺は頷く。

 

「うん、よし、これは倉庫行きだな。使い道がまったく無いわけでもなし、そのうち役に立つと考えよう」

 

 俺とてユグドラシル時代は散々ガチャ爆死を経験した歴戦の廃課金プレイヤーである。NPCの前でかっこつけて回した無料ガチャ一回が微妙だったくらいで心折れたりはしない。ポジティブに行こう。時間はこれからいくらでもある。どんな糞レートのガチャでも当たるまで回せばいつかは当たるものだ。

 

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