OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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[notice]
※ユグドラシルのメインストーリーや背景設定に踏み込んだ話が出てきますが、ほぼ本作独自要素であり、今後原作やオバマス等で明かされる設定と食い違う可能性が常にあります。
 実際相違が発生した場合は、本作のリアル側ではユグドラシル開発チームの顔触れや性癖が異なっていた、ということにでもしておいてください。








世界を喰らうもの

「く、ハハ……! 我が幾万の軍勢を悉く滅した貴様らが相手となった時点で、こうなることは読めていたとも」

「さっきと言ってることが全然違うやんけ。負け惜しみにしても情けなさすぎじゃねえ?」

 

 最後に一体残った最上位悪魔(アーチデヴィル)くんは赤い池の前に追い詰められ、角も翼もへし折れて半死の状態。さあここからどう料理してくれようか。ありったけのデバフをぶち込んで抵抗力下げてから、〈支配(ドミネート)〉で洗脳してみるか?

 おそらくまだまだ『黙示録の函(アポカリプス・ボックス)』が吐き出したアイテム類をどこかに隠しているだろう。ひょっとすると『函』自体もこいつがキープしているかもしれない。始末するのはその辺の戦果を搾り出してからでもいい。

 

 すっかり勝った気でそんなことを考えていた俺は、ここから相手が何かできるなどとは思っていなかった。

 モンスターとしての最上位悪魔(アーチデヴィル)はきわめて強力な自爆系のスキルを持つが、たとえこいつがそれで一矢報いようとしてきても、発動する前にシズクが解呪(ディスペル)できるという確信があったのも大きい。

 

 だから対応が遅れた。

 

 魔法でもスキルでもなく、ただ肉体武器の爪を()()()()()()()()()()()()()()()という、理解を超えた敵の行動に。

 

「愚か者どもめ……解っていないな。

 勝とうが負けようが、()()()()()()()()()のだ。どうなろうと目的を果たせるよう備えておくのが、本当の策というものだ。

 ()の言った通りになるのは癪だが……我が手にかからずとも、どのみち貴様らは死ぬ。我と麾下の魔群を贄とし、ここに大いなる厄災が蘇るのだからな……!」

 

 してやったり風の狂笑を浮かべ、最上位悪魔(アーチデヴィル)が灰になって崩れ去る。

 同時に赤い池が輝きだし、水底に沈む()()が、世界を震わせながら浮上を始めた。

 

 おいおいおい。ここまで動かさなかったから最後まで何もないかと思ってたのに、結局そいつ動くのかよ。通常モンスターの全滅がボスの覚醒トリガーになる(おまけに最後の一体が自殺してフラグを強制的に立たせる!)とか、ユグドラシルでもあんまりなかったパターンだ。

 

 最上位悪魔(アーチデヴィル)くんマジで何がしたかったんです? やっぱ悪魔的本能に従って「より多くの悲劇を! より大きな破滅を!」みたいなノリだったんだろうか。それとも〝奴〟とやらに唆されていたのか。本物の異世界に召喚されようと、所詮はゲームの悪役NPCでしかない輩の悲しきサガよ……。

 

 輝く池から放射状に光が走り、大神殿の床に、さらには壁面や天井にまで広がっていく。

 よく見ればそれらの光はただの線ではなく、細かい文字がびっしりと石材に刻み込まれたものだった。

 リーギリウムが、常になく切迫した念話(テレパシー)を投げ込んでくる。

 

「これは……!? ボス、神殿全体が何かの魔法陣の支持構造になってたみたいだ。やられたぜ、魔力が通るまでただの装飾にしか見えないよう隠蔽されてやがった!

 ユグドラシルの技術じゃなさそうだけど、たぶん〈殺界(キリングフィールド)〉と似たような呪文構成だと思う。周辺広範囲で死んだ生き物の、生命力の残響を吸収して……何か別の、魔法的封印を……()()するための構成か? ホントかよ。解呪のためだけに、こんな大掛かりな装置を?」

 

 赤い光が描き出す紋様は大神殿の構造物全体に広がり、激しく泡立つ池からは巨大な球状の物体が現れつつある。

 ツアーとマハナがわかりやすく戦慄しているそばで、トリシュ先生だけがしげしげと、神殿に刻まれた魔法の構成を読み解いていた。

 

「察するに……闇小人(ダークドワーフ)の国をはじめ、『下方大地(アンダーアース)』の方々から攫われてきた人々は……暇つぶしの玩具にされたり、怪物に造り替えられたりしたのでなければ、この術式の生贄として消費されたのではないかな?」

 

「仮に本拠地たるここが攻められ、自分たちが滅ぼされるようなことがあっても、()()()()()()()()〝本命〟が目覚めるよう仕組まれた儀式魔法というわけか。よくできている」

 

 エルスワイズの合いの手に、トリシュが頷く。

「解呪しようとしていたのは、始原の魔法(ワイルド・マジック)による封印か……となると、あれは法国の六人よりも前に現れた、()()の一体かな」

 

 ツアーの鎧が、がちゃりと反応を示した。

竜帝(ちち)の消失後――私がまだ若い時分に、〝聖天(ヘブンリー)〟の結界を破って墜ちてきたという大魔どもですね。仔細は伝え聞いていませんが、グレン翁やジンが戦ったとか。……何者だったのですか?」

 

 人化形態のトリシュは長い睫毛を伏せ、かぶりを振った。

「わからない。少なくとも、〝ぷれいやー〟ではないと思う。

 あれらは一体一体が恐ろしく強力なうえに、話も通じず、おまけに何度殺しても蘇ってくる個体が混ざっていた。だからこそ、途中からは封印という形で処理するようになったのだけど……。

 それを解呪するために誰かが後付けしたと思しい、この神殿の魔法陣も不思議だ。ユグドラシルの技術でないとすると、あの悪魔が考えたものではないな。しかしこの構築は……どこかで……」

 

 ぶつぶつとトリシュが展開する、眼前の状況への危機感に欠けた考察。いろいろ初出の情報があって正直めっちゃ気になるものの、その話題を膨らませる余裕はもう俺にもなかった。何万というモンスターの死を食らって封印は破られ、目覚めた()()がついにその全容を現したからだ。

 

 それは本物を完璧に写し取ったかのような……特徴的な(リング)もしっかり備えている……()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「…………()()()じゃねーか!」

 

 マジで? ここでか? 嘘だろ?

 リーギリウムの事前観測で捉えられた奇妙な欠落。その正体について、何かユグドラシル製のレイドボスくらいは出てくるかもしれないと予想していた。それでもこいつは流石に、あまりにも予想外でありすぎた。

 

「カレルレン? ……あれの正体に、心当たりが?」

 興味大有りといった声でトリシュが訊いてくる。うんまあ……心当たりというか……サーチャーズの考察班と一緒にさんざんフレーバーテキストとか漁ったからね。()()()のバックボーンに関しては、たぶん俺ら(BW)はユグドラシルプレイヤーの中でもだいぶ詳しい方だ。

 だからこそ、危機感が際限なく膨らんでいく。

 

 土星(シャニ)がこの世界にいるってことは……太陽(スーリヤ)とか木星(ブリハスパティ)とか、他の()()も来てるのか?

 こいつ以外に覚醒してる奴は何体いる? まさか羅睺(ラーフ)()()も?

 

 いや、いや。今は待て。後にしろ。思考をフリーズさせるな。

 

 今できることは何だ? 現有戦力での撃破は……おそらく可能。だが土星(シャニ)の能力特性からして、予想される損耗も大きい。少なくとも、撃破されると大赤字の三大クソドラゴンは引っ込めておいた方がいい。

 増援を……たとえば他の統括級NPCとかを……呼べばもっと楽に勝てるか。勝てるだろう。でも根本的な問題はそこではない。

 

 ()()()()は共通して〈不滅〉の特性を持っている。何度HPをゼロにしようと、死体を欠片一つ残さず消滅させようと、時間経過だけでまったくの無から勝手に復活してしまう。完全に殺し切る手段が用意されていないのだ。

 

 もともとボスユニットというのは、倒されてもプレイヤーユニット同様の蘇生処理なんか挟まず、イベントに連動してリポップするだけである。しかし凝り性のユグドラシル製作チームは、そこにわざわざ設定とスキルの裏付けを与えることで、一部の強力なボスの不死性を表現しようとした。

 

 その結果がこれだ。普通にプレイしていたら見えもしないボスの保有スキルなんか、本来フレーバーテキストと変わりないはずなのだが、この世界ではしっかり効果を発揮するらしい。なにしろうちにも劣化版とはいえ()()()()を持ってる奴がいるので、この事実は実験で確かめられてしまっている。ちくしょうめ。

 

 だからこそ竜王(ドラゴンロード)たちも封印に留めた。トリシュ先生の言ってた話はそういうことだろう。賢明な対処といえる。

 もしかするとザイトルクワエも、同じタイミングでこの世界に来たから()()だと思われて、殺されずに封印で済まされていたのかもしれない。のちに術者が死んだとかで封印が弱まったと考えれば、あっさり目覚めた件にも説明がつく。

 

 さて、さて、どうする――浮かぶ手はいろいろある。しかし手当たり次第というわけにはいかない。コストや実現性を鑑みて、最良の対処を選ばなくてはならない。

 

 いっぺんボコって仮死状態にして拠点に運び込み、隔離区画で封印担当を張り付けて殺し続けるか。はたまた、現存する竜王(ドラゴンロード)に再封印できる奴がいるか探してみるか。いちど始原の魔法(ワイルド・マジック)で封印できたなら、どうにかしてプリキュアの協力を仰いで、ロンギビームで消滅させられないか。ユグドラシルだとワールドアイテムは効かなかったはずだが、試しに法国から『傾城傾国』を借りてきて使ってみるのはどうか。等々。様々なプランを頭の中に浮かべて比較検討する。

 

 そこで俺は、ユグドラシルというゲームでは不可能だったことをまた思いついてしまう。

 

 設定上は可能、だったか? でもシナリオ的には()()()()()()()()()()()()()、あいつはプレイヤーなんぞに頼ったわけで……まあダメもとで呼んでみるか。いちおう()()()なわけだし。

 微量の後ろめたさを押し殺し、俺はギルド拠点の一角へ〈伝言(メッセージ)〉を飛ばした。

 

「あ、もしもしケイト? ちょっとさー、いま地下にいるんだけど。なんか土星(シャニ)が埋まってて……」

 

 

 

 話を聞いたケイトは「すぐ行く!」と答え、だいたい九十秒後に転移でやってきた。

 

 どうも自室で寛いでいたところを大急ぎで飛び出してきたらしく、肩に引っ掛けたシャーマン風のポンチョがズレていたり、頭に乗せたデニムっぽいキャスケットが傾いていたりする。

 やろうと思えばリーギリウムはもっと早く彼女を転送できたはずなので、もしかすると寝間着やジャージ姿の状態から慌てて着替えてきたのかもしれない。いきなり休日出勤を頼んですまんのう。

 

「おまたせ! 状況は?」

「来てくれてさんきゅー。土星(シャニ)は封印解除されて活動再開、いまシズクたちとエルスワイズで止めてる」

 

 俺が指で示した先には、地下の神殿内部という環境にそぐわない、ドーム状の濃霧の塊。エルスワイズが魔法で作り出した霧だ。視界を遮ると同時に、術者と敵対する相手に対してのみ働く粘性の空気抵抗が、あらゆる移動と行動を減速させる。

 

 ボスエネミーとしての土星(シャニ)は〈崩壊の魔眼〉というクソ能力を持ち、全周囲視覚と合わせて放射状の超広範囲に〈分解(ディスインテグレイト)〉相当のダメージ効果を垂れ流し続ける。よって煙幕や暗闇で視界を奪わないと、まず地下空間が崩壊して戦闘どころではなくなってしまう。

 

 まあ地上で復活されるよりは万倍マシだったので、こいつを地下深くに封じた誰かの判断は悪くなかったとは言っておこう。〈崩壊の魔眼〉は本当に視線が届く限り()()()()()影響を及ぼす。土星(シャニ)に地上をうろつかせておくと、それだけで小石以上大型サイズまでの固体構造物はあらかた分解され、ゆくゆくは大陸全土が平坦な砂漠に変えられてしまいかねない。当然生き物もアンデッドもほぼ全滅。下手をすれば月や他惑星にも崩壊が波及する。

 

 ユグドラシルじゃ床も壁も破壊不能地形の九曜ダンジョンでしか戦わなかったから、実質ダメージ系フィールドエフェクトの一種ぐらいに考えていられたが……この世界で野放しにするには危険すぎる無差別大量破壊兵器だ。何としてもここで再無力化しておかなければならない。

 

「もっと結界の重ねを厚くしろ。破られるぞ」

「わかってるのです……!」

「エルスワイズこそもっと離れるのです。危ないのです」

 

 霧の中からは断続的に白い光が瞬き、ガラスの割れるような音が響いてくる。シズク分体姉妹(シスターズ)が防御結界を多重展開し、破壊されるそばから次々と重ねて土星(シャニ)を押さえ込んでいるのだ。

 ここでまともに戦うつもりはないので、シズクたちにはケイトが来るまでの時間稼ぎに徹してもらっていた。下手にHP減らすと別の魔眼がどんどん追加されて面倒、というのもある。

 

 現況を見てもらったところで、俺はケイトに向き直る。

「で……なんとかできそう?」

「いけると思う。今はラーフがいないからね。まあ……やってみるよ」

 緑髪の少女が屈託なく微笑む。胸を刺す小さな罪悪感。

 

「……悪いね。()()()()()でお前を頼るのは、できればやりたくなかったんだが」

「そんなこと気にしてたの? やだなあ! やっときみの役に立てて、ボクはうれしいよ」

 

 そう言って、ケイトは霧の中へ歩み入っていき、見えなくなった。

 相変わらず俺の知らないところで、謎の好感を持たれているようなのは解せない。何か恩に着られるようなことをしたっけか……?

 

 ケイトがユグドラシルでの()()()()の能力を使えるなら、土星(シャニ)も止められるはず。しかし流石にアレがスキルとして実装されていたとも思えんので、単なるフレーバーテキスト扱いで処理されていて実効力は何もない、という可能性もある。

 ()()()()()()()()な当てがあるから来てくれたんだろうし、期待したいが……もし駄目だったらサティアたちも呼んで、また空間ごと隔離して土星(シャニ)をボコって、ひとまず仮死状態にしてから考えるか。

 

 霧の向こうを睨んでいると、後ろからツアーの鎧が近づいてくる。

「カレルレン……さっきの、彼女は何者だ? まるで何の力も感じられない、()()()()のように見えたが」

 

 約束通り、想定外の危険がPOPしちゃったから先生たちと避難してていいよ、って言っておいたんだけどな。まあ俺たちがしくじったら後のことを対処する羽目になんのはツアーだから、状況の推移を見逃したくなかった気持ちは解らんでもない。

 しかし……ケイトが何者か、ねえ。どう説明したらいいんだコレ。

 

「うーん……あいつの素性について語るには、まず世界樹(ユグドラシル)っていう多元宇宙(マルチバース)の歴史を説明する必要があってぇ……少し長くなるぞ」

「何を言っている???」

「いや本当なんだって」

 

 そもそも世界樹とは何だったのか。なぜ滅びに瀕していたのか。その辺の文脈を説明せず、いきなり第一世界葉(ファーストワールド)とか終末予言事象(ラグナロク)とかの用語をお出しされても、考察勢のプレイヤー以外にはワケわからんやろ。

 

「ならば素性は問わない。重要なのは、この状況で彼女に何ができるかということだ」

「あ、それなら明白だね。ケイトはあの丸いやつ……『土星(シャニ)』を()()()()()可能性がある」

 

 がち、と白金の鎧が固まる音。

「…………制御? あれを? 何故そんなことができる……魔物の支配に特化した〝ぷれいやー〟なのか?」

「どっちかといえばNPCだが……そいつも説明の難しいとこでね」

 

 俺がツアーとそんなことを話すうちに、霧の中では土星(シャニ)を抑えていたシズクたちとケイトが会話している。

「ありがとう。もう大丈夫だよ。結界も霧も解いていい……()()()()()()は出したからね」

「ほんとです。結界の崩壊が止まったみたいなのです」

「……いいだろう。では、客人に任せるとしよう」

 

 エルスワイズが魔法の霧を消すと、土星(シャニ)は暴れる気配もなく、静かに滞空していた。

 見上げるケイトが両手を差し伸べ、眼前の惑星に語り掛ける。

 

「戻っておいで、ボクの心臓。――〈世界を喰らうもの(ワールドディヴァウラー)〉」

 

 星がねじれた。

 細く、宙を流れる川のような光帯となって、土星(シャニ)はケイトの口へと吸い込まれていく。

 

 渦巻く光を呑み尽くすと、ケイトは控えめに息をついた。

「んく。……ふー」

 

 土星(シャニ)の姿は跡形もない。正直、動きを止められれば万歳くらいのつもりで呼んだので、彼女が()()()()やってくれるとは俺も思っていなかった。

 つーか本当に()()スキルとして使えんのかよ。またこいつの厄ネタ度が上がってしまう。

 

「おつかれ。大丈夫? 身体の調子とか悪くなってない?」

 恐る恐る近づいて状態を確認する俺に、緑髪の少女は普段通り、快活な笑みを返した。

 

「平気だよ。ちょっと多めのうどんを一杯、食べた後みたいな満腹感はあるけどね」

「うどん???? ……で、土星(シャニ)はどうなった? ()()()()()()()にはなった、と思っていい?」

 

「うん。機能は活かしたまま、ボクの一部として吸収したからね。

 でも、代わりにボクが、土星(シャニ)の力を取り戻してしまったのは……よかったのかな? もちろん、物騒な能力ばかりだから、必要に迫られない限り使うつもりはないけど……」

 

 不安げに見上げてくるケイト。こいつが何を心配しているかは予想がつく。

 自分が俺たち(BW)にとっての脅威になってしまって、これまでのように客分として扱われず、幽閉されたり無限に殺され続けたりするのではないか――そんなとこだろう。

 まったく取り越し苦労と言うほかない。自分でラスボスを再生産してしまうなんて、俺がそんな目に見えた失敗パターンを踏むと思うてか。

 

「お前が()()()()()()()()()分には、今まで通り自由にやってくれていーよ」

「……! ふふ、そうかい? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 ぱっと表情を明るくしたケイトに、俺はさらなるご機嫌取りを試みる。

 

「今回はめちゃくちゃ助かったから、報酬っつーかお礼ってことで、なんか欲しいもんとかあったら可能な限りで用意するけど……リクエストある?」

「ほんと? って言ってもなぁ……この世界に来てからのボクは、美味しいもの食べてゴロゴロしてるだけで、けっこう満足しちゃってるから……」

「堕~落ゥ~」

「うるさーい! きみが甘やかしすぎるのも悪い!」

 

 ケイトの感情表現はいちいち眩しくて、微妙に直視できない俺は自分がもやもやしているのをいいことに、視線を斜めにずらしてしまう。

 

「いや……いいんじゃねーの? ユグドラシルでずっと……何千年だか何万年だか……クソ真面目に働き続けたわけだし。人に迷惑かけない範囲で、いくらでもぐーたらセカンドライフを満喫してくれよ。

 それはそれとして、今回のは俺が個人的に感謝を伝えたいってだけの話だからさ。難しく考えず、物でもサービスでも、気軽に注文したらいいよ」

 

 ケイトは思いのほか真剣に考えだし――かなり本気で悩むそぶりも見せ――それから名案を閃いたというように、ポンと手を叩いて、言った。

「じゃあカレルレン、きみのことをもっと教えてよ」

「俺のことぉ?」

 

 こいつはなんで急にそんなことに興味を示しだしたんだ?

 いや、『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』がこの世界で持ちつつある影響力を考えれば、ギルドマスターの情報を得たいというのは助力の対価として理解できなくもないが……フツーそれを本人から聞くか? ギルドの機密に触れない範囲で話すとなると、ほんとに俺自身のクッソどうでもいい個人情報しか喋れないぞ。

 

「そう。きみのこと、きみたちのこと。この世界でどんなことを、何故しているのか。

 ボクはあの日以来……人の子が生まれて、大人になって、また新たな子を成すほどの時間を過ごしてきたのに……きみのことも、この世界のことも、ほとんど何も知らない」

 

 それは俺たちが意図的にケイトの活動範囲や手に入る情報を制限していたからであって、ある意味当然というか狙い通りではあった。ふらっと外の世界に出て行かれて、何かの事件に巻き込まれてフリークアウトしちゃったとか言われたら洒落にならん。

 

 だがその方針をそろそろ改めるべき時期なのかもしれない。少なくとも、この世界で自由意志らしきものを得たケイトの人格は安定しているし、これまで暴走どころか揉め事ひとつさえ起こした様子がないという。信用に値する人畜無害ぶりと言えた。

 

「まあ……話していいことなら、話すよ。今度どっかで時間取る、ってことでいい?」

「いいとも。待ってるからね」

 

 まるでデートの約束でも取り付けたように上機嫌のケイト。謂れのない好意。

 あいにく俺の中にラブコメ的なときめきは無かった。後ろめたさが、胸の中で小さな痛みを疼かせただけ。

 

 ケイト、お前がなんでいつもそう、無防備なまでにやわらかな笑顔を向けてくれるのかは知らんけど――

 俺にそんな価値はない。

 ないんだよ。

 

 

 まったく悪気なく地雷を踏み抜かれ、ついでにちょっとしたトラウマのフラッシュバックにも襲われ、俺は柄にもなく自己嫌悪ぐるぐる。

 そこへ近づいてくるツアーの鎧。まあ当然だ。こいつの立場上、明らかな異常存在として力を示してしまったケイトを、無視はできない。

 

「やあ。はじめまして、だね。私の名はツァインドルクス=ヴァイシオン……この世界での、カレルレンたちの活動を()()()者だ。気軽にツアーと呼んでほしい」

 

 あっ、この野郎。未だに俺に対しては使わない対人やわらかモードで話しかけやがった。何が見守るだテメッコラー! 女子の前でだけ紳士ぶるオッサンかッコラー!

 

「あ、うん。どうもはじめまして。ボクの名前は、『導く星のケイト』――導き(ナビゲート)役の、ケイト・ナヴィさ!」

 

 ケイトはケイトで、ユグドラシルのチュートリアルクエストで大抵のプレイヤーを困惑させたポップな挨拶をキメている。腰に手を当て、もう片方の手でピースサイン、上体を傾け胸を張る謎のポーズ。俺は未だにこれが何を表現しているのかよく解らない。

 

「ていうかお前……土星(シャニ)をうどんみたいにちゅるっと片付けといて、その自己紹介は無理あるだろ」

「えっ、そうかな!?」

 

 本当にただのチュートリアル用ナビ役キャラがラスボスのサブユニット(いちおうレイドボス規格)を一発退場させたあげく、その能力を吸収するような無法スキル持ってたら、そりゃゲームとして何かが壊れすぎてると思わんのか。……いやごめん、こいつゲームの登場人物側だったな。そういうメタ判断を要求するのは筋違いか。

 

「うーん……きみが()()言うってことは……ボクの真名を明かしてもいい相手だと、思っているんだよね?」

「うん? いや、まあ……お前がよければ、それでいいけど」

 

 なんでそんな重大決定を俺の判断に委ねるんだよ。と思いつつ、止める権利もないので頷いておく。竜王(ドラゴンロード)がどう反応するかを見たい、という好奇心もある。

 ケイトはツアーに向き直り、背筋を伸ばした。

 

「なら、改めて名乗ろう。カレルレンの()()()の、ツアーさんだからね」

「とも……」

 確実に本体が渋い顔をしていそうなツアーの呻き声は、ケイトの雰囲気の変化を察して、途切れる。

 

 ナビゲート役だからケイト・ナヴィ。そんなのは嘘だ。

 安直なネーミングというメタ視点の文脈さえも、ユグドラシルという物語の核心に触れる正体を隠すための、ミスリードに過ぎない。

 彼女は胸に手を当て、また名乗った。一度目とは別の名を。

 

「ふたたび、はじめまして――ボクのもう一つの名前は、ケイト・()()()()()()

 『済世機構・九曜(システム・ナヴァグラハ)』の第九星たる『計都(ケイト)』にして、自らの(カルマ)を閉じる者。

 いざというとき、己を殺して世界を救うために生まれた、自死決裁人格(アポトーシスモジュール)ってやつさ。

 ……まあ、たった一つの存在意義だった使()()には、失敗したんだけどね!」

 

 てへ、と戯画的に舌を出して見せる少女。

 俺は思わず口を挟んでしまう。

 

「失敗してねーよ。最後にはちゃんと、使命を果たしただろ。お前は」

「……ありがと。きみは相変わらず、やさしいねえ。

 でも違うよ。成し遂げたのはプレイヤーだ。あれは、()()()()()勝利だった」

 

 突如として挿入されたプレイヤーとNPCのユグドラトークに、白金の鎧が首を傾げる。この世界の住人には、やっぱりピンと来ない話だろう。

 俺はというと、ケイトの自虐ネタのえげつなさにドン引きしている。

 

 こいつの生い立ち(オリジン)が、どんなにトチ狂って胸糞悪い最低の非人道兵器であろうと。ひとつの多元宇宙複合体(マルチバース・コンプレックス)を丸ごと滅ぼすような、未曾有の大虐殺の片棒を担がされた存在であろうと。

 それは全部ゲームの設定であり、シナリオであり、つまりは絵空事(フィクション)だった。そう単純に考えていたからこそ俺は、「何かの役に立てばいい」程度の期待だけで、ケイトをこの世界へ連れてくることができたのだ。

 

 だが、この世界で()()()()()()()()()ケイトにとっては……フレーバーテキストでしかなかった過去が、あらゆる体感と情動を伴い実際に生きた、永い旅路の()()であるのかもしれない。

 

 その可能性が含意する残酷さに気づいたとき、俺は足元に広がる奈落の深さをいまさら思って、震えた。

 自分は()()、とんでもなく罪深いことをやっているんじゃないか。

 俺たちの事業や、この世界にとっての危険性ゆえにではなく。()()()()()()()()()、彼女を連れてくるべきではなかったんじゃないか――と。

 

「…………フゥー」

 

 敢えて、強いて、必要のない深呼吸。

 

 落ち着け。優先順位をはき違えるな。

 懊悩は後にしろ。今は。非人間的になれ。目的遂行のための機械に。

 

 『()()()()()()()()()()()()()()

 

「……まーアレだ、ツアーにはよく解らん専門用語もあっただろうが……とりあえず、こいつが悪いやつじゃないってのは俺が保証するよ。なにしろ世界を救うために生まれた、言ってみれば()()()ってやつだ。カルマ値もバリバリ善寄りだしな。

 ケイトはもうユグドラシルで充分働いたから、この世界では基本的に、退職後のスローライフを楽しんでもらいたいと思ってたんだけど……とはいえ()()()()()()()がまた出てきたときは、同じように力を借りることがあるかもしれないだろ? だからさ、仲良くしてやってくれよ、ツアー」

「それは……構わないが」

 

 俺はツアーの鎧をじっと見ていた。竜王(ドラゴンロード)どのに思うところがあったわけではない。ケイトの顔を見る勇気がなかったからだ。

 

 今度こそ、自分が彼女にとってどれほど残酷なことを言っているか、分かっていて俺はべらべらと軽薄な科白を並べ立てた。カレルレンという役を演じる(ロールプレイ)には、それが必要だったから。

 

 ああ――俺にはまったく想像もできない。

 

 すべてを救うために生まれた。救世主たれと望まれて。

 ()()()()()()()世界樹を滅ぼすものだと知ったとき、ケイトは何を思っただろうか?

 

 

 

 その後しばらく大神殿付近を漁ったが、〝八欲王の残穢〟の主要な発生源と思しき『黙示録の函(アポカリプス・ボックス)』を見つけることはできず。

 どうやら大陸北西部地下の群れは、『函』そのものを押さえているわけではなかったらしい。俺は統率個体の最上位悪魔(アーチデヴィル)が身に着けていた装備類を見て、てっきり『函』から直に取得したものだと思っていたのだが。戦利品か貢物、あるいは単に拾い物だったということだろうか。

 

 その間ケイトはというと、トリシュやマハナとも顔合わせを済ませ、シズクのもちもち触感について熱く語り合っていた。お前ら共通の話題がそれでいいのか。

 

「じゃあね、カレルレン。これからはもっと、ボクのことも頼ってくれていいんだよ?」

 

 そうして最後にはそんなことを言って、ケイトはエルスワイズの〈転移門(ゲート)〉で拠点へ送り返されていった。

 せっかくの申し出だが、俺はあいつの『計都』としての力が必要になる事態など、もう二度と起きなければいいと思っている。頭では「所詮もとゲームのNPCなんだから適当に煽てて利用すればいいだろ」くらいのことは考えられているのに。ただ、感情がついていかない。

 

 疲労無効のはずなのに、どっと疲れた。久々に現実ってやつを突きつけられた気分だ。

 俺の脆弱な精神は結局、サイボーグ忍者クローン兵器を経由して神格レベル持ちの怪物にまで生まれ変わっても、肝心なところは未だ一レベル一般人(パンピー)のままなのだと思い知る。

 

 いったい何を思い上がってたんだ。当然だろ。

 俺は主人公でも、精神の異形種でもないんだから。

 

 覚悟ガンギマリのふりをして、一〇〇レベル狂人の真似でもしなきゃ……やっていけないよな。

 










[memo]

世界級(ワールド)エネミー『九曜の世界喰い』
・DMMO-RPG『YGGDRASIL(ユグドラシル)』公式キャンペーンのラスボス。メインストーリーが微妙、というか本筋のクエストだけ追っていると断片的な情報しか開示されず意味不明なので、付随して『九曜の世界喰い』もキャラクター的な人気は高くなかった。大多数のプレイヤーからは「なんかよくわからん怪物」としか認識されていなかったと思われる。
・イベントと連動して編制が変わる特殊な群体型レイドボスであり、「最弱にして最強のワールドエネミー」と言われる。これは『九曜の世界喰い』の本体外殻および体内そのものであるラストダンジョン(通称〝九曜ダンジョン〟)を攻略していく中で、〝心臓〟と呼ばれる七体の中ボス(※性能的には通常のレイドボス級)を倒しておくかどうかで討伐難度が激変するため。
・七体すべての〝心臓〟を事前撃破した場合、ダンジョン最深部で戦うコアパーツは九曜の〝脳〟にあたる『羅睺(ラーフ)』、および〝心〟を担う『計都(ケイト)』だけとなり、戦力的には全ワールドエネミー中最弱となる。
 が、道中で撃破しなかった〝心臓〟は最終戦に合流してくるため、一体も倒さず最深部へ直行すると、レイドボス九体を同時に相手取る超高難度の最終決戦に挑むことができる。全ワールドエネミー中でも最強とされる、この〝完全体〟九曜に勝利することは、それを成し遂げたパーティやギルドが運営からも称えられるほどの偉業だった。
・なお〝心臓〟をすべて撃破すれば楽勝かというとそう単純な話でもなく、九曜ダンジョン全体の攻略には突入からのタイムリミットが設けられている。愚直にパーティ全員で〝心臓〟を一体ずつ潰していくと、確実に最終戦の時間が足りなくなるような設計である。
 このため全員で安全に少数の〝心臓〟を倒してから最深部へ向かうか、チームを分割してリスクと引き換えに多数を倒しておくか、あるいは消耗を最小限に留めて全員で最終戦へ直行するか……といった討伐戦略を、パーティごとに工夫する余地が生まれる。
・NPCの発言やダンジョンの碑文、キーアイテムのフレーバーテキストなど断片的な情報をつなぎ合わせていくことで、プレイヤーは徐々に九曜の正体が推測できるようになっている。
 このようにプレイヤー自身が探求しなければ開示されない設定は、ラスボス関連の他にも膨大な量に上り、こうした謎多きユグドラシルの背景設定群を好んで考察する物好きなプレイヤー層も一定数存在した。その筆頭が、探索ギルド『ワールド・サーチャーズ』の考察班と呼ばれるグループである。
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