OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
地底より湧き出る魔群との戦いは、ひとまず終わった。
三種族の連合軍はしばし勝利の喜びを分かち合い、犠牲者たちのために祈りを捧げ……
甚大な被害を受けた
しかし希望はあった。神たる霊樹の全き復活。信仰を同じくする
法国からは支援の条件として、『人類憲章』なる抽象的な条約めいたものを批准するよう求められた。
これは『人類』なる概念を、社会契約に基づく一種の
物資や情報、あるいは長期的な利権などを見返りに求められると想定していた
それから当然、目を皿のごとくして条文を点検する。
惑乱の中にあった神を癒し、悪魔の支配を終わらせてくれた恩義ある相手といえど――国家にとっての法とも呼ぶべき条約を、具体的な交換条件として提示してくるからには、何らかの搾取を企図した詐欺的な条項が忍ばされていないとも限らない。
国家間の関係に永遠の友情などという綺麗事はなく、たとえ友好国でも無条件で信用するような輩は外交に携われない。その点、歴史ある地下帝国の官僚たちは疑い深く有能であった。
結局、
自由と平等、平和と安全。およそ意思ある者が求める共通の諸権利を相互承認し、各々の知性にかけてそれらを尊重する――文句自体は美しく、この残酷な世界での実現性はさておき、夢見がちな宗教国家が掲げる理想としてはおかしなものとも思われなかった。
それでいて法国は六大神教への改宗を求めるでもなく、
拍子抜けした氏族議会は、警戒の反動で一気に楽観論へ傾いた。もとより悪魔に蹂躙された首都と国土の疲弊が、差し迫った必要として外部の支援を断れない状況を作り出していた、という面も大きい。
後日――首府たる『黒耀城』でオブジェにされていた先帝に代わり、新たに即位した『工帝』イヴァン六世の署名のもと、『人類憲章』は
この〝『人類』への加盟〟が、種族と国家の歴史上にいかなる意味を有していたか。
それを
一方、自らの王都たる『黒き刃の故郷、アムディオル』への帰還の途上にある、
「姫様。……姫様? 気もそぞろ、といったご様子ですな」
「ん、エルゴーンか。……いやなに、少し考え事をな」
エレリス・ブラックエッジは物憂げなため息をつき、周囲の地形を確認した。
広く、緩やかな上り坂の洞窟だった。天井からは氷柱石が伸び、床面からは石筍が林立する、地下生活民には馴染みの光景。
いつ見ても
此度の戦においても獅子奮迅の働きを見せた〝王姉将軍〟エレリスは、物資を運ぶ
これは彼女が女王の実姉であるという身分への配慮もさることながら、有事の最大戦力たる英雄の体力は温存すべし、という諸将合意の戦術的判断でもある。
側近二名、副官エルゴーンと死霊術師フェイノールは、エレリスのおこぼれで同乗を許可された――というよりむしろ、彼女が勝手に荷台を降りて歩兵の隊列へ混ざっていかないか監視するのが役目だった。
「ふむ、まあ、色々とあったことは確かですからな。しかし我ら
敵の規模と挙げた戦果を思えば、兵の損害は軽微なもの。霊樹様の御恢復により、先行きも明るい。
法国がいかにして、あれほどの国力を備えたかはいざ知らず……かの国が今後百年、あるいはそれ以上の時代を牽引していくに足る影響力を持つことは、もはや疑いありませぬ。
我らは幸運にも、最も早い段階で彼らの懐に入ることができたと言えましょう」
「よもや……恩義ある同盟国に、不義理を働こうとは考えていまいな?」
エルゴーンの人となりを解するエレリスは、真実そのような心配をしてはいない。そもそも相手を疑うなら直截に問うたりせず、暗黙の裡に探るのが
ただ興味があった。己の副官が、〝戦後〟にいかなる展望を見ているのか。
「それこそ、まさかですな。見たところ彼らは宗教的情熱に浮かされ、非合理なまでの善なる理想によって動く、危うくも得難い隣人です。
当面は、背中を刺すより支えてやる方が利になりましょう――共倒れにならぬ限りは」
フェイノールが物資輸送用のアンデッドを操作しながら、口を挟んだ。
「支える必要、ありますかねえ。自力で何でもやってしまいそうな力強さを感じましたけど。ああいう短命種特有の、生き急いだ活力みたいなもの、僕には理解できないな……。
ああそうだ、神殿への影響は注意しておいた方がいいですよ。霊樹様が快癒なさったとはいえ、法国には信仰系魔法の研究で、二歩も三歩も先を行かれている事実がありますからね」
軍事、政治、学問、文化、魔法――あらゆる分野で周辺国とは隔絶した高みにあるという、神秘の国。その大いなる力を無軌道な侵略に用いず、強固な信仰によって律する宗教大国。
エルゴーンも、フェイノールも、やはり法国の認識が
そうした表面的なスレイン法国観の奥に、短命な人間の発想とは思えぬ、遠大なタイムスケールの計画が動いているのではないか。……そんなことを考えているのは、どうやらエレリス一人であるようだった。
あの『人類憲章』も、その根底にある『人類』の概念も、どこか不可解なのだ。
それは謂わば、百年の目盛で歴史をまなざす
霊樹が蘇った、あの儀式の日。法国の〝小聖女〟サヤが告げた言葉を思い出す。
――種を超えて共栄し、存続するための大同盟。
いわば自然の荒海に漕ぎ出す、文明の方舟よ。
その、大いなる無形の船を守ってゆくことが、法国の新たな指針となった。
「人間の……人間種の発想ではない。だが、だとしたら誰が、この壮大な絵を描いた?
いずこかの
法国の民が信仰する六柱の神は――エレリスが、かの国の神官たちから聴取した伝承によれば――いっとき地上に降臨し衆生を導くも、やがては受肉せる人としての生を全うし、いずれも天に還ったとされる。
厳密には、死の神たるスルシャーナだけは寿命を持たぬ永遠の存在だったが……これは八欲王なる悪神に陥れられ、虚無の帳の彼方へ放逐されたのだという。
救いの神を讃える物語にしては、奇妙にちぐはぐな印象を受ける逸話だった。
六大神が救おうとしたはずの人間種は、未だ大陸の片隅に逼塞したまま。最も力ある神が外来の悪神に敗れてそれきり、というのも腑に落ちない。
地震や水害などの天災を、擬人化して崇めたものか?
それにしては、
たとえば地上の同族や近縁種の
法国の六大神はそうではない。なにしろ、
実在する神、という概念にはエレリスも馴染みがある。ブラックエッジ氏族とその連枝、さらには
だからこそ、飛躍した連想を働かせてみることもできる。
「六大神が、実は生き残っていたか……? いや、違うな。法国の変容が劇的すぎる」
仮定する――法国の神は、実在した。
仮定する――闇神スルシャーナを世界の外側へ追放したとされる、八欲王。霊樹すなわち〝
さらに、仮定する――六大神の来臨と、八欲王の襲来。そして話に聞く、法国の〝改革〟が始まった時期。これらがおおよそ百年の間隔で起きていることを、ある種の
「……
そこまで考えたとき、エレリスは視界の端に銀糸のきらめきを捉えた。
「エルゴーン、隊列を任せた。私は……少し、行くところがある」
「姫様!? 何を――どこに――姫様ァーッ!」
荷台を飛び出し、兵や蟲たちを飛び越え、走った。
洞窟の壁面上方、目立たず口を開けていた横穴を目指す。そこに立つ人影を、一瞬だが確かに見た。
濃紺のローブを羽織り、フードを被った
間違えようもなかった。年甲斐なく胸が高鳴る。
未だ姫などと呼ばれていても、初心な乙女ではないのだ。エレリスはすでに、己の感情の名を知っていた。
[memo]
■琥珀の魔剣『
・〝王姉将軍〟エレリス・ブラックエッジが持つ魔剣。巨大な琥珀から削り出され、磨き抜かれたかのような刀身を持つ。
・〝
金属武器や鎧に触れても雷撃が伝播するため、武装した敵との打ち合いにめっぽう強い。
・神たる霊樹に与えられた、アムディオルの国宝の一つ。
◆蛇◆
キャラクター名鑑 #1302
【エレリス・ブラックエッジ】
役職:
住居:
職業レベル:(※2)
など
[種族レベル:取得総計0レベル]+[職業レベル:取得総計36レベル]=計36レベル
※1:現地住民のカルマ値はあくまで「ユグドラシル式の評価で計測・数値化するとしたら」の値であり、NPCのように固定値が設定されているわけではない。
自由意志を持つ者のカルマ値は、経験や行動により常に変動する。
※2:このデータはあくまで『
◆足◆