OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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※長くなったので前後編に分割。





▼始まる〝戦後〟と、百年の恋(1)

 地底より湧き出る魔群との戦いは、ひとまず終わった。

 

 闇小人(ダークドワーフ)の帝都、『深淵の石舞台、ビロモール』の奪還は成し遂げられ、都市周辺に散った魔物たちの残党も、〝琥珀の竜王(エレクトラム・ドラゴンロード)〟の協力を得て大方の掃討が完了。

 三種族の連合軍はしばし勝利の喜びを分かち合い、犠牲者たちのために祈りを捧げ……闇小人(ダークドワーフ)らはさっそく都市と国土の復興に取り掛かり、他の二種族は各々が自国への帰路に就いた。

 

 甚大な被害を受けた闇小人(ダークドワーフ)らにとっては、いましばらく苦難の時が続くという意味で、まだ終わりではない。

 しかし希望はあった。神たる霊樹の全き復活。信仰を同じくする闇妖精(ダークエルフ)の国・アムディオルとの同盟が健在だと確認できたこと。そして、新たに国交を結ぶこととなった地上の大国、スレイン法国の支援を今後も得られるという約束。

 

 法国からは支援の条件として、『人類憲章』なる抽象的な条約めいたものを批准するよう求められた。

 これは『人類』なる概念を、社会契約に基づく一種の()()と捉え、そこに参加するための基本原則をまとめた文書であるという。

 

 物資や情報、あるいは長期的な利権などを見返りに求められると想定していた闇小人(ダークドワーフ)国の首脳陣は、まず困惑した。

 それから当然、目を皿のごとくして条文を点検する。

 

 惑乱の中にあった神を癒し、悪魔の支配を終わらせてくれた恩義ある相手といえど――国家にとっての法とも呼ぶべき条約を、具体的な交換条件として提示してくるからには、何らかの搾取を企図した詐欺的な条項が忍ばされていないとも限らない。

 国家間の関係に永遠の友情などという綺麗事はなく、たとえ友好国でも無条件で信用するような輩は外交に携われない。その点、歴史ある地下帝国の官僚たちは疑い深く有能であった。

 

 結局、闇小人(ダークドワーフ)の氏族議会が懸念したような不平等条約や、悪辣な修辞上のトリックなどは発見されず。

 自由と平等、平和と安全。およそ意思ある者が求める共通の諸権利を相互承認し、各々の知性にかけてそれらを尊重する――文句自体は美しく、この残酷な世界での実現性はさておき、夢見がちな宗教国家が掲げる理想としてはおかしなものとも思われなかった。

 

 それでいて法国は六大神教への改宗を求めるでもなく、闇小人(ダークドワーフ)側は既存の文化や制度を大きく曲げずに済む。多少の制約は加えられるにせよ、これを受け入れる程度で頭上の大国と友好関係を結べるなら、安いものではないか――

 拍子抜けした氏族議会は、警戒の反動で一気に楽観論へ傾いた。もとより悪魔に蹂躙された首都と国土の疲弊が、差し迫った必要として外部の支援を断れない状況を作り出していた、という面も大きい。

 

 後日――首府たる『黒耀城』でオブジェにされていた先帝に代わり、新たに即位した『工帝』イヴァン六世の署名のもと、『人類憲章』は闇小人(ダークドワーフ)の帝国全土に発効する。

 

 この〝『人類』への加盟〟が、種族と国家の歴史上にいかなる意味を有していたか。

 それを闇小人(ダークドワーフ)たちが正しく認識するようになるのは、未だ遠い先の話であった。

 

 

 

 一方、自らの王都たる『黒き刃の故郷、アムディオル』への帰還の途上にある、闇妖精(ダークエルフ)軍の隊列では。

 

「姫様。……姫様? 気もそぞろ、といったご様子ですな」

「ん、エルゴーンか。……いやなに、少し考え事をな」

 

 エレリス・ブラックエッジは物憂げなため息をつき、周囲の地形を確認した。

 

 広く、緩やかな上り坂の洞窟だった。天井からは氷柱石が伸び、床面からは石筍が林立する、地下生活民には馴染みの光景。

 闇小人(ダークドワーフ)らが交通の主線として整備している〝大回廊〟の一つだ。中央部には、千人規模の軍が隊列を組んで行進できるほどの幅と、滑らかに舗装された平坦な路面を持つ。

 いつ見ても闇小人(ダークドワーフ)の石の扱いの巧さに感心する景色だったが、つまりはまだ闇小人国の領域を出ていないということでもある。……先は長い。

 

 此度の戦においても獅子奮迅の働きを見せた〝王姉将軍〟エレリスは、物資を運ぶ巨大百足(ジャイアント・センチピード)の背中の荷台に乗り込み、腹心の部下二人とともに身体を休めながら移動していた。

 これは彼女が女王の実姉であるという身分への配慮もさることながら、有事の最大戦力たる英雄の体力は温存すべし、という諸将合意の戦術的判断でもある。

 

 側近二名、副官エルゴーンと死霊術師フェイノールは、エレリスのおこぼれで同乗を許可された――というよりむしろ、彼女が勝手に荷台を降りて歩兵の隊列へ混ざっていかないか監視するのが役目だった。

 

「ふむ、まあ、色々とあったことは確かですからな。しかし我ら闇妖精(ダークエルフ)にとっては、悪い展開でもございますまい。

 敵の規模と挙げた戦果を思えば、兵の損害は軽微なもの。霊樹様の御恢復により、先行きも明るい。

 法国がいかにして、あれほどの国力を備えたかはいざ知らず……かの国が今後百年、あるいはそれ以上の時代を牽引していくに足る影響力を持つことは、もはや疑いありませぬ。

 我らは幸運にも、最も早い段階で彼らの懐に入ることができたと言えましょう」

 

「よもや……恩義ある同盟国に、不義理を働こうとは考えていまいな?」

 エルゴーンの人となりを解するエレリスは、真実そのような心配をしてはいない。そもそも相手を疑うなら直截に問うたりせず、暗黙の裡に探るのが闇妖精(ダークエルフ)の流儀である。

 ただ興味があった。己の副官が、〝戦後〟にいかなる展望を見ているのか。

 

「それこそ、まさかですな。見たところ彼らは宗教的情熱に浮かされ、非合理なまでの善なる理想によって動く、危うくも得難い隣人です。

 当面は、背中を刺すより支えてやる方が利になりましょう――共倒れにならぬ限りは」

 

 フェイノールが物資輸送用のアンデッドを操作しながら、口を挟んだ。

「支える必要、ありますかねえ。自力で何でもやってしまいそうな力強さを感じましたけど。ああいう短命種特有の、生き急いだ活力みたいなもの、僕には理解できないな……。

 ああそうだ、神殿への影響は注意しておいた方がいいですよ。霊樹様が快癒なさったとはいえ、法国には信仰系魔法の研究で、二歩も三歩も先を行かれている事実がありますからね」

 

 軍事、政治、学問、文化、魔法――あらゆる分野で周辺国とは隔絶した高みにあるという、神秘の国。その大いなる力を無軌道な侵略に用いず、強固な信仰によって律する宗教大国。

 エルゴーンも、フェイノールも、やはり法国の認識が()()で止まっている。

 

 そうした表面的なスレイン法国観の奥に、短命な人間の発想とは思えぬ、遠大なタイムスケールの計画が動いているのではないか。……そんなことを考えているのは、どうやらエレリス一人であるようだった。

 

 あの『人類憲章』も、その根底にある『人類』の概念も、どこか不可解なのだ。()()()()()()()とでもいうのか――まるで天から世界を俯瞰しているかのような。

 それは謂わば、百年の目盛で歴史をまなざす闇妖精(ダークエルフ)の姫なればこそ捉えられた、千年を刻む大計(グランドデザイン)の片鱗であった。

 

 霊樹が蘇った、あの儀式の日。法国の〝小聖女〟サヤが告げた言葉を思い出す。

 

 ――種を超えて共栄し、存続するための大同盟。

   いわば自然の荒海に漕ぎ出す、文明の方舟よ。

   その、大いなる無形の船を守ってゆくことが、法国の新たな指針となった。

 

「人間の……人間種の発想ではない。だが、だとしたら誰が、この壮大な絵を描いた?

 いずこかの竜王(ドラゴンロード)か? それとも、彼らの奉ずる()か?」

 

 法国の民が信仰する六柱の神は――エレリスが、かの国の神官たちから聴取した伝承によれば――いっとき地上に降臨し衆生を導くも、やがては受肉せる人としての生を全うし、いずれも天に還ったとされる。

 厳密には、死の神たるスルシャーナだけは寿命を持たぬ永遠の存在だったが……これは八欲王なる悪神に陥れられ、虚無の帳の彼方へ放逐されたのだという。

 

 救いの神を讃える物語にしては、奇妙にちぐはぐな印象を受ける逸話だった。

 六大神が救おうとしたはずの人間種は、未だ大陸の片隅に逼塞したまま。最も力ある神が外来の悪神に敗れてそれきり、というのも腑に落ちない。

 

 地震や水害などの天災を、擬人化して崇めたものか?

 それにしては、()()()でありすぎ……より踏み込んだことを言えば、六大神は()()()()()()

 

 たとえば地上の同族や近縁種の森妖精(エルフ)らが精霊として畏れ祀る自然の諸力は、むしろ人を脅かす荒ぶる神としての側面を強く持つ。自然神とはそうなるものだ。制御できぬ神秘であることに、人は祈るべき理由を見出してきた。

 

 法国の六大神はそうではない。なにしろ、()()()()()()()さえ実在するという。どちらかといえばその在り方は、祖霊や仁君、英雄などを人格神として祭り上げたものに近かった。

 

 実在する神、という概念にはエレリスも馴染みがある。ブラックエッジ氏族とその連枝、さらには闇小人(ダークドワーフ)までもが種を超えて信仰する、かの霊樹こそ生ける実例ではないか。

 だからこそ、飛躍した連想を働かせてみることもできる。

 

「六大神が、実は生き残っていたか……? いや、違うな。法国の変容が劇的すぎる」

 

 仮定する――法国の神は、実在した。竜王(ドラゴンロード)のごとき、力ある来訪者たちだった。

 

 仮定する――闇神スルシャーナを世界の外側へ追放したとされる、八欲王。霊樹すなわち〝琥珀の竜王(エレクトラム・ドラゴンロード)〟をも滅ぼしかけたという彼らは、やはり実在し、突如としてこの世に現れた来訪者だった。

 

 さらに、仮定する――六大神の来臨と、八欲王の襲来。そして話に聞く、法国の〝改革〟が始まった時期。これらがおおよそ百年の間隔で起きていることを、ある種の()()と捉えるなら。

 

「……()()のか?」

 

 そこまで考えたとき、エレリスは視界の端に銀糸のきらめきを捉えた。

 

「エルゴーン、隊列を任せた。私は……少し、行くところがある」

「姫様!? 何を――どこに――姫様ァーッ!」

 

 荷台を飛び出し、兵や蟲たちを飛び越え、走った。

 洞窟の壁面上方、目立たず口を開けていた横穴を目指す。そこに立つ人影を、一瞬だが確かに見た。

 

 濃紺のローブを羽織り、フードを被った闇妖精(ダークエルフ)の少年。

 

 間違えようもなかった。年甲斐なく胸が高鳴る。

 未だ姫などと呼ばれていても、初心な乙女ではないのだ。エレリスはすでに、己の感情の名を知っていた。

 

 ()が自分にだけ姿を見せに来たと思うのは、自惚れだろうか。

 










[memo]

■琥珀の魔剣『雷の欠片(ネアシル)
・〝王姉将軍〟エレリス・ブラックエッジが持つ魔剣。巨大な琥珀から削り出され、磨き抜かれたかのような刀身を持つ。
・〝琥珀の竜王(エレクトラム・ドラゴンロード)〟の樹脂状結晶体を素材としており、かの竜の橙雷を内包する。敵に接触させるだけで[雷]属性のダメージを与え、完全耐性でも防ぎ切れない。
 金属武器や鎧に触れても雷撃が伝播するため、武装した敵との打ち合いにめっぽう強い。
・神たる霊樹に与えられた、アムディオルの国宝の一つ。


◆蛇◆

キャラクター名鑑 #1302

【エレリス・ブラックエッジ】

役職:闇妖精(ダークエルフ)国アムディオル・王姉将軍
住居:闇妖精(ダークエルフ)国首都『黒き刃の故郷、アムディオル』
属性(アライメント):善 [カルマ値:150(※1)]

職業レベル:(※2)
 姫騎士(プリンセスフェンサー) 3lv
 竜気使い(ドラコニック・アデプト) 6lv
 魔剣術師(スペルブレード・マイスター) 10lv
 秘術騎士(エルドリッチ・ナイト) 7lv
 など

[種族レベル:取得総計0レベル]+[職業レベル:取得総計36レベル]=計36レベル

※1:現地住民のカルマ値はあくまで「ユグドラシル式の評価で計測・数値化するとしたら」の値であり、NPCのように固定値が設定されているわけではない。
 自由意志を持つ者のカルマ値は、経験や行動により常に変動する。
※2:このデータはあくまで『下方大地(アンダーアース)戦役』時点のもの。

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