OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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[notice]
閑話や過去編をいくつか挟んでから次章へ向かいます。








第一紀の終わり
▼幕間:新たなる盟約/竜王鼎談


 『下方大地(アンダーアース)』での戦いから数年後、某日。

 その日はスレイン法国にとって、歴史的な区切りの一つとなった。

 

 世界盟約。かつて〝世界の敵〟に対抗するため、法国が五柱の竜王(ドラゴンロード)と結んだ同盟。

 その()()が決議され、盟約を承認した竜王(ドラゴンロード)のうち過半数にあたる三柱の合意を得て、全面的に刷新された()世界盟約が正式に発効したのである。

 

 なぜ改正が必要だったのか?

 締結当時は諸国諸族の緊張が高まる情勢下、枷を受け入れてみせねばならない事情があった。のちに効果を発揮しなかったわけでもない。

 しかしこの世界盟約は、有事の戦力供出を求めながら平時の保有可能戦力を制限するなど、一方的かつ抑圧的な意図が明らかな非対称の契約でもあった。

 

 法国にとっては戦力差を盾に押し付けられた不平等条約といった意識が強く、「いざというときは竜王(ドラゴンロード)が率先して〝敵〟と戦ってくれる」という恩恵も、果たして履行されるものかどうか疑わしい口約束でしかない。

 

 竜王(ドラゴンロード)にとってもこれは、法国がユグドラシルプレイヤーの遺産や血統を利用して力を増大させ、第二の八欲王となる危険性を抑止するための方便という面が大きく。

 それでいて有事には己が矢面に立って、ろくな戦力として期待できない法国を守ってやらねばならない義務まで――少なくとも形式上は――負うのだから、積極的な利益などは無いに等しい。

 

 そのような相互不信が生んだ盟約を、より互恵的な安全保障のパラダイムへ再編しようと旗を振ったのは、例によってプレイヤーであった。

 

「言っちゃ悪いけどこの盟約、今のままだとたぶん役に立たねーぞ。基礎にあるべき信頼関係が薄すぎるし、何なら今後も悪化していく未来しか見えんもの。

 互いに破った方が得になっちまうような、損を押し付けあうだけの約束挟んで睨み合っていくぐらいなら、普通に対等の軍事同盟結んで日頃から仲良くしていく方がよくねえ? たとえばだけど、保有戦力の制限を撤廃する代わり、有事の支援義務を()()()にしてさ……」

 

 などと直近の転移プレイヤー・カレルレンが(例によって実現性は考えず)ぶち上げた構想を、彼のギルド『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』に仕える従属神(NPC)らが甲斐甲斐しく修正・補完し、実用的な契約文書に仕上げていった。

 

 力を持つこと自体は制限されない。代わりにその使い方が、盟約で縛られる。

 力持つ竜が、人を守ってやるばかりではない。竜もまた『人類』の盟友である限り、力を付けた人に()()()()()()を持つ。

 

 それらは世界盟約が生まれた当初の情勢では、絵空事でしかなかっただろう。

 しかし数奇なことに、今ならば採り得る選択肢となっていた。

 

 まず、対プレイヤー強硬派および竜族至上主義の竜王(ドラゴンロード)がほとんど敗滅し、法国への軛を緩めることに強く反発する者が残っていなかった点が大きい。

 

 厳密にいえば、〝白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)〟ツァインドルクス=ヴァイシオンは当初、消極的反対の意向を示していた。

 が、ほか二柱の竜王(ドラゴンロード)とカレルレンの説得もあり、のちに容認へ転じている。

 

 また、現代に生き残る強硬派の竜王(ドラゴンロード)は基本的に身を隠しており、かつて世界盟約の締結・承認にも関与しなかった者たちである。仮に盟約改定の動きを察知したとて、居場所が露見するリスクを冒してまで、公に反対を表明できようはずもなかった。

 

 加えて――かつての大戦を生き残った、あるいは蘇った竜王(ドラゴンロード)である三柱も、八欲王の脅威を身に染みて知っている。竜族とて無敵ではないと理解している。

 長きにわたり絶対者として君臨してきた竜王(ドラゴンロード)たちは、無意識のものも含め、既に一度その慢心をへし折られているのだ。同族以外との対等な同盟、という過去には考えられなかった関係性も、一考に値するものと捉えられる程度には意識が変わっていた。

 

 もっとも、盟約の改新を承認した三柱の竜王(ドラゴンロード)が実際当てにしていたのは、法国ではなくその背後にいる影の監督者――『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』だったことも事実である。

 

 スレイン法国はすでに同ギルドの実質的な支配下にある。もしも国の首脳部が増長し、プレイヤーの遺産を他種・他国への侵略に用いんとするようなら、竜王(ドラゴンロード)がそうするよりも早く『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』が粛清することになっている。いわばこれは、新世界盟約の()()()とも呼ぶべきものであった。

 

 何かあればプレイヤーが責任を取る、という約束あればこそ、彼らを知る竜王(ドラゴンロード)たちは首を縦に振ったのだ。ある意味でそれは、『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』が実績を以て三竜との間に築きつつある信頼の、確かな証ともいえた。

 

 カレルレンらにとっても、隠れ蓑の一つとなる法国を〝健全な〟宗教国家として維持することには、意義と利益がある。

 通常の国家が経済的合理性の観点から採り得ない選択肢も、教義という非合理の要素によって正当化できるからだ。その都合の良さは、『人類』に手広く影響力を保ちたい秘密結社にとって、表の世界における代行者として最適であるといえた。

 

 たとえば有事の際、表向きは存在しないギルドの戦力や資材を、「法国からの支援」という形式的偽装に包んで投射することが可能になる。プレイヤーの遺産と子孫が多く実在する神秘の国なればこそ、理外の人材・物品を保有していることに一定の説得力が生まれもする。

 

 ()()()()法国がこれまで盟約違反の神人を秘匿していたことも有耶無耶にできる、という一石二鳥の策であったが、これに関しては竜王(ドラゴンロード)側も程度の差こそあれ察していたことである。掘り返しても今後の利にならぬから、今回はあえて見ぬふりをするという暗黙の合意があった。

 

 かくして『人類憲章』に紐づく形で改定され、あらゆる種族がそこに書かれた文字を読める魔法の石碑に刻まれる形で、新たな世界盟約の調印は成った。

 人界の行事に通じた〝氷結の竜王(アイスエンズ・ドラゴンロード)〟トリシルリーゼ=シースエリオンが、竜族側の代表者として〝白金(プラチナム)〟に代わり、法国で開かれた式典に出席。人の姿と竜の姿をともに神官たちの前で披露し、最高神官長リーマイヤ・ハルヴィ・アスハルドと親しげに握手を交わした。

 

 従来の世界盟約と違い、新世界盟約は法国上層部のみが知る密約ではない。

 一般国民にも広く公布される、国として締結した正式な同盟である。

 

 かつて人間至上主義による過激化の道へ進みかけていたスレイン法国と、異形種の頂点とも呼べる竜王(ドラゴンロード)が手を取り合う。

 それは法国の民ばかりでなく、周辺国の人々にも新時代の始まりを予感させるような、時代の転機であったと言える。

 

 人間の国ひとつに、形式上とはいえ竜王(ドラゴンロード)三柱が対等の同盟関係を結んだという大事件。

 その報は時間をかけて、ゆっくりとではあるが――やがて大陸全土へ伝わってゆく。

 数多の種族と国家を震撼せしめ、さらには身を潜める幾柱かの竜王(ドラゴンロード)にさえ、小さからぬ動揺を与えることとなる。

 

 そんな式典の後、渦中の竜王(ドラゴンロード)たち――〝白金(プラチナム)〟、〝氷結(アイスエンズ)〟、〝璧晶(クリスタライン)〟――が遥か天空で交わした会話を、知る者はいない。

 

 

 

「そんでツアー、どないしたん? こんな高度(トコ)まで昇ってきて、話やなんて」

 

「だいたい読めているよ。盟約の件だろう? ……不服そうな顔だね、皇子(みこ)どの」

 

「……本音を言えば、今でも反対ではあります。人の命は短く、心は容易く移ろうもの。圧制と言われようとも、法国が〝世界の敵〟となる未来を抑止するには、恐怖で縛っておくのが最善手でした」

 

「かもしれないね。だが、そこは寿命を持たないという()()の采配を見守ろうじゃないか……そして彼らが道を踏み外しそうなとき、諫言を聞いてもらえる程度には、こちらも懐に入っておく必要がある。

 今回の盟約改定は、いわば〝わかりやすい譲歩〟として都合がよかった。『下方大地(アンダーアース)』での尽力に対する返礼、という名目もある。これで、彼らもいくらかわたしたちを近しく感じてくれると思うよ」

 

「そないなこと考えとったんやな先生……」

 

「先生も……やはり、それしか道はないと思われますか?

 敵対は選べない、()()()()()制御を試みるほかはないと……」

 

「あの巨大動像(ゴーレム)や異形の竜、それにシズクちゃんの群れでさえ、カレルレンにとっては〝()()()()()()()()()〟なんだよ? ケイトという娘の正体も気にかかるし、他にどんな隠し玉を持っていることか。

 

 彼らが統制の取れた、おおむね善性の、しかもそれなりに話の分かる集団であるのは……()()()()()()と思わなければならないよ、ツアー。個の力はともかく、推定できる群としての戦力規模は既に、いわゆる〝八欲王〟を超えているのだから。

 敵の立場で排除を試みるのは、もはや非現実的だ。早いところ〝身内〟の立場に納まって、助言の形で軌道修正をかけていくのが最も手堅いだろうね」

 

「なるほどなー。ちゃんと話せば聞いてくれそうな子たちやから、うちもその方がええと思うで」

 

「マハナは異種族の友達を作るのが上手いからね。わたしも頼りにしているよ」

 

「……先生。【転姿】で人間ふうの姿に変身してみせたのも、印象工作の一環ですか?」

 

「心理的距離を縮めるための()()と言ってくれたまえ。人間は見かけの印象に判断を左右されがちな生き物だからね。

 ()はもう別の種族になっていそうだけど、〝ぷれいやー〟が本当に()()人間であるなら、見た目で歩み寄りを表現してみるのは有効だと思うよ」

 

「私は……彼らにそれほど気を許していいとは、未だに思えません。

 『下方大地(アンダーアース)』の戦いで彼らが見せた力は、一端ですら、あまりにも危険すぎる。いったい()と戦うつもりで、あれほどの武力を準備しているのか……」

 

「何と……って、まさに今回の〝残穢〟みたいなのと違うん?」

 

「それに関しては、カレルレン自身から興味深い話を聞いていてね――

 彼らはこの世界で自分たちが直面し得る他者との接触を、その相手の種類に応じて、いくつかの〝段階(フェーズ)〟に分類しているらしい」

 

「〝段階(フェーズ)〟……ですか」

 

「うん。といっても、そんなに細かい分類じゃない。

 我々のような、彼らにとっての〝現地人〟……この大陸だけでなく、海や地下、別大陸の住人さえも含めて……を相手にするのが、第一段階(フェーズ1)

 彼らと同じ、ユグドラシルから訪れた〝ぷれいやー〟や〝えぬぴーしー〟との遭遇が、第二段階(フェーズ2)だ」

 

「……それは実質、相手がユグドラシル由来の者か、それ以外かで分けているようなものではありませんか? わざわざ〝段階(フェーズ)〟などと言い直す意味が解らないのですが」

 

「彼らが面白いのはここからだよ。

 ……『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』は、どうやら〝第三段階(フェーズ3)〟以降を想定している」

 

()()()()()やて?」

 

「先生、もう一度訊きます。あの者たちは……()()戦おうとしているのです?」

 

「戦いになるかどうかは分からないよ。カレルレンも、まだ確実性を欠く予測だから、と言って明言を避けたしね。

 だが、彼がわたしに投げてきた問いから、想像してみることは可能だ――」

 

「カレルレンはん、なんて訊いてきたん?」

 

「一字一句覚えているから、繰り返そうか。

 〝なあ先生。八欲王がやったらしい世界法則の改変、()()()()届いたと思う?〟

 ――彼は、わたしにそう尋ねたんだよ」

 

「……()()()()、とは」

 

「つまり……始原の魔法(ワイルド・マジック)の使い手が産まれなくなり、位階魔法が新たな魔法の体系として世界に定着したこと。知性を有するあらゆる種族が、超常の力で言語を疎通するようになったこと。

 ()()()()()()()もあったのではないかと、わたしは思っているけれど……こうした大変動が文字通り、この世界の〝どこまで〟適用されたのかを、彼は気にしていた。

 影響範囲は、この大陸の中だけなのか。海底や、海の向こうの別大陸にも及んだのか。

 それとも…………空の彼方、星の海の果てまで、()()()が変わったのか?」

 

「仮にそうだったとして、何が……いや。まさか。だが……そうか。

 ――その仮定の()()()()()()が、〝第三段階(フェーズ3)〟ということですか?」

 

「んん?? どういうこっちゃ」

 

「カレルレンの考察では……位階魔法の真価は、彼に言わせれば()()()()の攻撃呪文などにはない、ということでね。

 むしろ情報処理や移動、生産、加工といった非戦闘用途の呪文こそが、会話言語の相互翻訳と合わせて、文明の発展を加速させる重要な因子になるだろうと予測していた」

 

「竜でも殺せるあの魔法が玩具て。〝ぷれいやー〟が生きとった元の世界、どうなっとんねん?」

 

「文明の、発展を、加速……やはり、()()()()()()なのですか?」

 

「大気圏外を含む、極限環境への適応が第四位階。恒星間移動さえ、()()()()第七位階で可能になる。()()()()()()になってしまったという前提で、未来のことを考えなきゃならない――とも、彼は言っていたね。じつに、示唆的だろう?」

 

「……あんなー、先生、うちが勘違いしとるだけやったら言うてほしいねんけど……。

 カレルレンはんたち、その……()()()何か来よる、って言うとる?」

 

「星々の間にも生命があり、文明を育むなど、やはり飛躍した考えに聞こえますが……。

 カレルレンはときおり、正気とも思えぬ夢想を平気で論じます。この話も、単に彼が空想を膨らませてみたというだけなのでは?」

 

「かもしれない。また、彼らの言う〝第三段階(フェーズ3)〟がわたしの想像通りの事態だとしても、それは遠い未来の話だと思う。

 だが、実際に〝その日〟が来てから慌てるのではなく、備えておこうという姿勢は賢いものだ。『人類』という枠組みも、あるいはそのためのものか……。

 とかく、わたしは彼らの、こういう新鮮な発想が気に入っているんだよ」

 

「……なるほど。先生が彼らに肩入れする理由の一端は、理解しました」

 

「せやけど先生――それやとカレルレンはんたち、そのうち〝聖天(ヘブンリー)〟の爺さんとぶつかるんちゃう?」

 

「そうだねえ。かの大老(グレートワーム)が死ぬところなんて想像もできないけれど、もし彼が高高度から墜落するようなことがあれば、地上の被害は破滅的なものになる。

 そうならないよう、〝聖天(ヘブンリー)〟には先んじて、わたしから話を通しておこうか……」

 










[memo]

大老(グレートワーム)
古老(エインシャント)年齢段階(エイジカテゴリー)に至った竜の中でも、特に長く生きた個体が(主に同族から)呼ばれる名誉称号。
・竜の種族レベルとして『大老(グレートワーム)』の段階があるわけではないが、基本的に竜種というものは年経るほどに強く大きく成長し続ける。そのため、この称号を得るまでに悠久の時を生き続けた竜族は、同時にきわめて強大な竜王(ドラゴンロード)であることが多い。
・この名で呼ばれるに値する竜の大半はかつての大戦で死亡しており、現存する個体は〝聖天(ヘブンリー)〟を入れて二柱のみ。
 そしてもう一方の〝秘刻の竜王(フォーゴトングリフ・ドラゴンロード)〟は生存を知られていない――そもそも彼に()()という表現が妥当かは疑問だが――ため、表向きは〝聖天(ヘブンリー)〟が唯一生き残った『大老(グレートワーム)』と看做されている。

■〝段階(フェーズ)
・『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』の計画では、〝第四段階(フェーズ4)〟までの接触が想定されている。
・劇中でも言及されている通り、〝第三段階(フェーズ3)〟以降の接触は、起きるとしても遠い未来の話になると思われる。
 そのため次章からいきなりマジカル☆スター・ウォーズ編に突入したり、宇宙メタルスライムとの〝来るべき対話〟が始まったりはしない。ごあんしんください。
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