OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
※本作における八欲王のコンセプトの一つは「全員がラスボス級」です。
人間の軍が進撃している。
異常事態であった。この大陸の大部分において、人間とは数ばかりよく増える劣等種の代名詞であるのだから。彼らは常に狩り立てられ、蹂躙され、支配される側の存在であるはずだった。
だが現実に、その人間たちは亜人種の国を次々と打ち破りながら、進軍していた。
「そうだ。進め。進め! お前たちにはその権利がある」
地平を埋め尽くす幾万の軍勢。彼らの大半は、兵士として鍛え上げられた肉体など持たない。
老いさらばえた乞食がいる。水桶より重い物など持ったこともないような村娘がいる。片目と片腕のない少年。鞭打たれた傷跡だらけの男。性病に侵された娼婦。そのような、弱者の中の弱者たち。
それがみな武装し、ぎらついた眼で、積年の怨讐に報いるべく荒野を駆けている。
「耐えてきたんだろう。ずっと辛かったな? 不当な苦しみだ。贖われるべき過ちだ。
俺が導いてやる。力を与えてやる。
お前たちに、
虐げられた人間たちには、亜人を憎む理由などいくらでもある。
殴られ蹴られ、鞭打たれた者。手足を喰われ、皮を剥がれ、家畜の烙印を押された者。
傷物、
復讐の動機は、己のことばかりではない。
親を喰われた。子を殺された。
恋人を戯れに弄ばれ、壊された。妻を、夫を、使い捨ての道具にされた。
村を焼かれた。町を滅ぼされた。国を奪われた。
民族を支配され、隷従を強いられ、屈辱と刻苦の歳月を送ってきた。
「憎め! 殺せ! 復讐の権はその手にある。そして思い知らせてやれッ。
人間は劣等種族なんかじゃァねえ。
彼らは怒りの軍勢だった。
弱さゆえに抱え込んできた憎悪を、与えられた力と共に解放する、悪鬼の群れ。
悪魔が囁く必要はない。異形の精神も生まれ持たなくてよい。
ただ、人の悪意さえあれば、復讐は地獄の濁流となって具現する。
「亜人なんぞヒトのまがい物だ。出来損ないだ。狩り立てろ。絶滅させちまえ!
異形どもはヒトに倒されるための悪役だ。叩き潰せ、駆逐しろ、慈悲は無用!」
誰もが英雄すら超越する、無双の力を与えられていた。
術理も技法もなく武器を振り回すだけで、屈強な亜人を木っ端のごとく圧し折り、砕き、撒き散らすことができた。
人間など一撃で挽肉にできるはずの、獣人の爪も牙も。人外の膂力と、精兵の技倆で振るわれる、巨人の武器も。剛毛も甲鱗も持たぬ、脆弱なはずの人間の皮膚に、わずかな傷を与えるのが関の山。
「そうだ! 圧倒し、蹂躙し、征服し、殲滅しろッ!
略奪せよ! 凌辱せよ! 虐殺せよ! 支配せよ! 二度と人間様に逆らおうなどと思わねェようになァ!」
必死の抵抗むなしく、いくつもの亜人の軍勢が無残に蹴散らされ、野に屍の山を晒した。
彼らが守ろうとした郷里は破壊され、住民は老人から赤子まで、死の数を競うように殺戮された。
楽に死ねた者ばかりではない。捕らえられ、磔にされ、わざわざ時間をかけて嬲り殺しの遊戯に供された者も、百や千では足りぬほど。
生き残った者も、畜奴なる奴隷未満の身分に落とされ、積年の恨みをぶつける非人の玩具として飼われた。多くが気まぐれに殺され、あるいは自死を選んだ。――人間を恨んで、死んでいった。
「畜生どもには選ばせてやろう。家畜の生か、さもなくば族滅を!
さあ――人間の、人間による、人間のための世界を、取り戻そうぜ!」
戦禍の中で、歴史が逆流してゆく。
人族悲史の長さと重さは、新たに勃興する『人間の帝国』の苛烈さへと裏返る。
大陸に無数の悲劇と混乱を生み出しながら、聖なる侵略は拡大し続ける。
そのすべてを率いたのは、一人の人間だった。
その男は、砂漠に忽然と現れた浮遊都市から降り立ち、この世界で人間がいかなる苦境にあるかを知った。
浮遊都市を奪おうと攻め寄せた亜人の大軍勢を、いとも容易く打ち滅ぼした。
彼は決意する。
かつて地球において、人間が自然を征服していき、万物の霊長たる地位を手に入れたように……この蛮性と神秘の世界でもう一度、
それこそが、大いなる力とともに異界へ投げ込まれた己の使命だと、彼は信じた。
大陸南方の広大な砂漠地帯を支配した、
砂と火の都と呼ばれたその帝都が今、目に見える速度で物理的に、破壊されている。
家屋を打ち壊し、住民を縊り殺し、都市を死屍累々たる廃墟に変えながら進撃する軍勢。
粗末な装備。貧弱な体格。異様な力と、持て余した戦意に狂う、人間の群れであった。
彼らは本来、襲った相手が
しかし今は、彼らを
圧倒的な、力と悪意の津波が。
砂と火の都を呑み込み、滅ぼしてゆく。
その光景を――都の中心にある王宮の、ひときわ高い尖塔から見下ろす者がいる。
「クックックッ……良いねェ。やはりこの世界じゃあ、指揮できるユニット数に制限がないらしい。
ここなら俺の〈
三メートル近い体躯を、武骨な漆黒の
この世界に降り立った八人のプレイヤー。その一人、セントエルモ。
現地の人間種を先導し、煽動し、果てなき異種征服の闘争を始めた張本人である。
滅びゆく都市を見て笑うセントエルモに、声をかける者がいる。
「あ……貴方様が人間の身で、神のごとき力をお持ちだということは、理解しました。
しかし何故、何故わが国に、このような無体を働かれるのか!?」
バルコニーで戦塵混じりの風を受けていたセントエルモが、振り返る。
豪奢な調度が揃えられた室内には、護衛として付けられた天使系NPCが一体と、耐火繊維の
男は人間に近い体形だが、肌は赤く、額には小さな角を生やしている。
「わが帝国はッ! 周辺国よりも遥かに高い地位を、人間に与えております!
われら
己が寝所の床を無様に這わされ、喚く男の名はアズィーズ。
この大帝国を今日まで統治してきた
竜をも灼くと謳われたアズィーズの炎は、しかし突然乗り込んできたセントエルモと、彼を守る天使には通じなかった。毛の一筋さえ焦がせず叩き伏せられ、今に至る。
「ああ、まあ、人を食わねえのはいいよな。共存可能性を測るうえで大事なポイントだぜ、そこは」
軽い調子で応じるセントエルモ。アズィーズの耳には、その言葉は自国で広く用いられる言語で聞こえている。
こちらの言い分に理解を示している。わざわざこちらの言葉を学んで、会話を合わせてきてもいる。
ならば交渉の余地あり――と判じたか、敗戦の
「そうでございましょう! むしろ水を必要としない我らが、水がなければ死んでしまう人間どものために、この砂漠地帯で多大な労力を払って、水利の便を整えてやっているのです! あり得ぬほどの厚遇と言えましょうや!」
それでも目の前に実在するのだから、王たる者、国を存続させるためには跪いてもみせねばならない。
アズィーズは武と胆力を兼ね備える大戦士であり、亜人としては人間種に寛容な思想の持ち主でもあり、さらには理不尽な現実と正対する知性も備えている。稀有な君主の器と言えた。
ただ一つ、誤算があったとすれば。
「――でもよォ。それ、結局は〝奴隷を長く働かせるための工夫〟だろう?」
相手が常識の基盤からして異なる、
「気に入らねェんだよな……〝奴隷として生かしてやってるだけマシだろ〟みたいな、ナチュラルに人間を蔑視して気づきもしねェ、その価値観がよぉ。
ドラゴンだの巨人だの、魔獣だの獣人だの精霊だのと……そんなもんは全部、そもそも
気色悪ィんだよ、
セントエルモが、円柱状の巨槍を頭上に掲げる。
槍身を形成する五つの円筒が、それぞれ異なる速度で回転を始めた。
莫大なエネルギーが解き放たれ、収束し、ねじれるように空間が歪んでいく。
事ここに至り、アズィーズはようやく悟る。
目の前の
交渉などできない。相互理解も、共存もあり得ない。
終わりだ。初手から間違っていた。何もかも、無意味だった。
「き……貴様…………狂っているのか!?」
「狂ってんのは、
俺が! ぶっ壊してやるって、言ってんだよッ!
〈
槍が振り下ろされる。
渦巻く光の中で、世界が引き裂かれた。
セントエルモが放った〈
この一撃を以て
幾つもの国が滅んだ。
幾つもの種族が絶えた。
その暴威と過激な思想は戦線を超えて伝わり、やがて旧き支配者たる
――その王は、戦神の如き武勇と統率力で知られた。
同じ人間種が、食料や奴隷としてしか顧みられぬこの世界の現実に憤り、〝ヒトの解放〟を掲げて戦った。
弱者を率い、幾十万の軍勢へと束ね、劣等種の運命に反逆する英雄として崇められた。
彼に付き従うすべての者が、自らも半神に比すべき力を与えられ、自由と正義のための聖戦に身命を捧げた。
しかしまた、定かならぬ語り手が残した、後世の伝承は語る。
その王は、人間だけが〝本物のヒト〟であり、最も尊い種族なのだという妄想に囚われていた。
人間以外の種族のことは、亜人も魔獣も
この世の誰にも真の意味では理解できぬ、〝正常なる世界〟を実現せんとする欲のために、かえって後世に人間への遺恨を残した。妄執と暴虐の王であるという。
その名の響きは、いつしか歪んだ形で伝えられるようになった。
史に刻まれた名は、『征服王』サンテルミ。
八人のうち、最も苛烈な侵略者として恐れられた王である。
[memo]
■
・亜人の一種。一説には、人型種族と交わった
・亜人種の中では、肉体的に屈強というわけではない。しかし生存に水を必要としない(元素力の相性が悪く、水に触れると却って弱体化する)ことや、種族特性として発火・操炎の能力を生得することから、古くより砂漠地帯の支配種族として君臨していた。
・なおイフリートの操る炎は魔法ではなく、ユグドラシル的分類でいえば変則能力と呼ばれるスキルの一種に属する。そのため位階魔法の出現以前から彼らはこの力を持っていたし、
■〈
・指揮官系ワールド
・効果発動中、自身の指揮下にあるクリーチャー(プレイヤー、モンスター等)に仮想レベルを与え、能力値や各種レベル依存判定値を強化する。
強化幅は「自分と相手のレベル差の中間値まで」、つまりレベルの低い相手ほど恩恵が大きい。たとえば一レベルのクリーチャーが一〇〇レベルのセントエルモによって強化されれば、仮想レベル四十九を上乗せされて五十レベル相当の基礎能力値を得る。
逆にもともと高いレベルを持つクリーチャーはそれほど大きく強化されず、同じ一〇〇レベル同士であればこのスキルの恩恵はまったく無い。
・発動中は精神集中を維持する必要があり、これはゲーム的には「同時にできる行動が歩き移動程度に制限され、跳んだり走ったり戦ったりすると判定難度が急上昇して解除されてしまう」という形で実装されていた。
指揮に集中しなければ効果を発揮できないという設定の反映と思われるが、実際は精神集中判定を肩代わりしてくれる効果のマジックアイテム等と組み合わせることで、自身も戦闘に参加しながら持続無制限の常時発動型スキルとして運用できてしまう。
・ユグドラシルでは、低レベルモンスターを大量召喚する能力やアイテムと組み合わせて使うのが定石。しかしゲームであるがゆえ、エリアごとに存在できるクリーチャー数にも制限があり、万単位の配下を一人で率いて〈世界戦略〉で自動全体強化、などという使い方は不可能だった。
・転移後の世界では、エリア内クリーチャー数などのシステム的な制限が存在しない。そのためスキルの性能自体が実質的な上方修正を受けたに等しく、最凶クラスの現地限定グリッチとして猛威を振るう。
■セントエルモ→サンテルミ
・現地の語彙に存在しない固有名詞は、口伝と文字による記録が繰り返されるうち変質しやすい。
・のちに〝自動翻訳〟が働くようになってからは、この傾向がむしろ加速している。口頭言語では違和感なく伝わるのに、文書化すると種族や国家の固有言語で記されるため、伝言ゲーム形式で地域や時代を移るごとに字面がどんどん変わっていってしまう。
・他のプレイヤー名やユグドラシルおよびリアルの用語についても、正確に伝わっていない文言が多いのはこのため。
◆蛇◆
キャラクター名鑑 #0202
【セントエルモ】
役職:ギルド『セラフィム』ギルドメンバー(臨時)
八欲王の一人、『征服王』
住居:征服地のどこか、あるいは常在戦場
種族レベル:
人間種のため、種族レベルなし。
職業レベル:
など
[職業レベル:取得総計100レベル]=計100レベル
※1:プレイヤーのカルマ値は(スキル等で固定されていない限り)行動によって変化する。また、実績によって数値が変動するのであって、数値が精神に影響するわけではない。この点はNPCよりも現地人に近いシステムが適用されている。
◆足◆