OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
迷宮都市ゴッズメイズは
古代竜人文明の遺構を基盤としており、地下に広がる謎めいた大迷宮の内部を、そのまま家屋や施設で埋め尽くした都市構造を持つ。
他の種族であれば構造が複雑すぎて不便きわまりない、名に恥じぬ『迷宮都市』。しかし〝迷路で決して道に迷わない〟という種族特性を生来持つ
種族の強みを最大限に活かす首都の存在は、古くから
周辺地域にひしめく敵対種族との抗争に敗れ、追い詰められた時代にも、この都市だけは一度として落とされていない。そのような絶対的策源地がある限り、
そこは聖地であり、
王が代わり、王朝が代わり、国号さえ変わってゆく中で、迷宮都市に権力の中枢を置く文化だけは固く守られ続けた。
いつしか無敵の迷宮は、無尽蔵の富を呑み下し蓄える宝物殿を兼ねた。
嘘か真か、強大な異界のマジックアイテムさえこの地に流れ着き、神の迷宮を飾る美品・呪物・神具の列に並べられたという。
そんな迷宮都市が、史上初めて外敵によって攻略されたのは、ほんの二十年ほど前のこと。
敵は亜人でも、人間種でもなかった。
この世の最強種たる
煤けたような黒色の竜鱗を纏う、細身ながら禍々しい輪郭の竜であったと伝えられる。
その
名だたる
異種族には攻略不可能と言われた迷宮の構造が、難解な仕掛けが、危険きわまる罠や防衛兵器の数々が、侵入者に牙をむいた。
すべて無意味だった。
戦士たちは竜の鱗に傷一つ付けられず、その爪や尾が振るわれるたびに弾けて撒き散らされた。
迷宮の入り組んだ壁も、仕掛け扉も、罠も兵器も。竜がただ突進するだけで砕け散り、轢き潰され、
陥落。
迷宮に巣食う新たな主は、日々
服従せねば死。命令を果たせずとも死。
どうにか貢物を調達してきた〝有能な〟駒には、褒美として迷宮に所蔵された財宝の、ほんの僅かな一握りが下賜される。
強欲で知られた
彼の所有物となった財宝は、
そうして奪い集めた富を、呪われし者たちは恍惚の中で〝
かつての繁栄は見る影もなく、
略奪の被害を受けた周辺国には憎まれ、搾取される民は恐怖と絶望の底に暮らし、諦観と狂気が支配していた。
誰もが願った。おお、英雄よ。勇者よ。この世ならぬ地より来りて、かの邪竜を討ち果たしたまえ、と。
――そして二十年後。
南方の砂漠地帯に、白亜の浮遊都市が現れてから数年を経た頃。
大陸の歴史上、二人目の
民が望んだ救い主ではなく、
迷宮都市地上部、拡張街区に住むモスカーリは
同族の中では虚弱な身体を持って生まれ、肉よりも野菜を好んで食うことから、「おまえは
モスカーリは、
人間種も、亜人種も、ただ生まれが違うだけの対等な他者だと思っている。
個としての力が強い種族は、武力闘争においては有利だろう。それはそうだ。
しかし暴力ばかりを尊んでいては、いつまでも野蛮な獣のままである。そこには
戦士に大工や商人の真似事はできないし、力が弱くとも社会の成員として果たせる役割は無数にある。むしろ国家や文明というものは、高度に複雑化すればするほど、多様な才能を必要とするようになっていくのではないか。
ならばいつかは、あらゆる種族が手を取り合うまでに成熟した文明というものが現れて、この世の覇権を手にするのかもしれない。
そのとき
未だ輪郭の定まらぬ夢想ではあれど、モスカーリは確かに、種の未来というものを考えていた。
だから
どこから流れてきたとも知れぬ余所者が――それも人型種族の中で最弱を争うとされる人間などが――いまの
言葉が通じるかどうかさえ分からなかったが、いざとなれば身振り手振りを駆使してでも、引き返させるつもりだった。
しかしその人間の男は、少年の忠告を聞くと、豪奢な金髪を揺らして笑った。
明らかに言葉を――
そして驚くことに、男は流暢な巨人語で会話に応じてきた。
「ほう? 何故ワタシが破滅すると仰るので?」
「話せるのか!? いや、なぜって……あんた人間だろう? 地下街の住人たちは異種族と関わる機会なんか少ないから、人間のことは家畜ぐらいにしか思ってない大人が多いよ。
それに今は、〝
「そう。それです。〝
実は、ワタシの目当てもそれでしてね。かつて属したギルドはもうありませんが、一人でも
風の噂に聞くところ、その竜には誰もが迷惑しているようですし……別に、ワタシが倒してしまっても構いませんよねェ?」
モスカーリはなるほどと得心し、呆れた。
要するにこの男は……世にありふれた、竜殺しを夢見る英雄志望者の一人というわけだ。
それが実際に〝
この男が真に英雄の力を持っていたとしても――
「やめときなよ。勝てやしない。でっかい魔法の武器を持った
あんたは魔法の武器どころか……見たとこ、寸鉄ひとつ帯びちゃいないじゃないか」
「ワタシは剣だの斧だのを持って戦う
ですが、武器ならありますよ。ワタシの武器は
「ふ、ね?」
それでも記憶にある船の形を――貧相な漁民用のボートだったが――モスカーリは思い浮かべてみる。
「あんた……
「いえいえ。船乗りでもありません。ワタシはただの……
言うや風が渦巻き、男が宙に浮かび上がった。
「な……あんた、飛んで……」
「マジックアイテムです。『
まァ、そもそもワタシの装備スロットには、
始めましょうか。――『
そこからは、モスカーリの理解を超えた光景が現出し続けた。
迷宮都市の真上に忽然と浮かび現れた、天を覆わんばかりに巨大な白銀の球体。
球体下部に開いた孔から次々と投下される、金属質の巨人たち。
金属の巨人は、すわ敵襲かと集まってくる
「戦略級攻城ゴーレム『ピウス』――こいつは同種の兵器の中でも変わり種でしてねェ。
自分自身で拠点内部に侵攻するのではなく、戦術級以下の攻城ゴーレムを生産し、突入させる機能を持っています。
なんといっても、端末を送り込むだけなら本体は損耗しないのが素晴らしい。防衛側がこれを叩こうと思えば、わざわざホームの優位を捨てて拠点の外へ出てくる必要があるわけですがァ、当然こちらはそれを待ち構えて迎撃の準備を整えておけるわけで――」
頭上の球体を恍惚と見上げながら、何やら自慢らしきものをべらべらとまくし立てる金髪の男。その周囲に、いつの間にか多数の盾や武器、
すべてが超自然の光を発し、尋常ならざる力を帯びていた。
マジックアイテムなのだ。一つでも国の宝として語り継がれるような代物を、いったいあの男は、幾つ――。
ずむ、と地響きがモスカーリの腹を揺らす。
ずん、ずむん、と地の底から断続的に、激震の残響が轟いてくる。
ああ――この揺れは。巨大な力が迷宮の構造体を打ち叩き、破砕するこの音は。
父や兄から繰り返し聞かされた、〝あの日〟の地響きと同じものではないのか。
「終わりだ。
「の、ようですねェ。一本釣りされてくれる馬鹿で、たいへん助かります」
「何言ってんだ、
「
迷宮都市の
二度三度と轟音が響き、吐き出される小型攻城ゴーレムたちの残骸。
そして破砕音が止み、悠然と地上へ躍り出るのは、すべての
蛇のように細い体躯。煤けた黒の、刺々しい竜鱗。
全身を鎧のごとく飾り立てる、金銀宝石の戦利品。
二十年の時を経て、〝
黒い
嗤笑の思念が、本来なら竜語を解さぬ
「SHHHH……どこの愚か者が、人形細工など送って寄越したかと思えば……
打ち砕いてやってもよいが、この際だ。調伏し、我がものとしてくれよう……!」
「あげませんがァ?」
竜の獰猛な笑みが、ふつりと凪いだ。
球体の前に滞空する、一人の人間が目に入ったからだ。
人間など、普通ならどうでもいい。しかし
加えてその男は、全身に異様な力を秘めたマジックアイテムを纏い、いかなる手管か周囲の空中に並べさえしている。強欲の竜たるケラーラデイスにとって、最も無視できぬ異常であると言えた。
「……人間?
劣等種の中の劣等種が何を抜かす。たまさかこのような玩具ひとつ手にした程度で、世界の支配種たる
何たる痴愚。何たる蒙昧よ! その無知で我を不快にさせた罪、貴様の財産すべてを命とともに献上することで、赦して――オ゙ッッ」
突如、己の左右を挟み込むように出現した
「〝玩具ひとつ手にした程度で〟ねェ……ワタシの戦略級攻城ゴーレムが、
加えて言えば『
蒸気を噴き上げ、無限軌道の脚部を持つ、どこか古めかしい巨大人型多砲塔戦車。
戦略級攻城ゴーレム、『メルカバー』。
天を衝く縦長の長躯に、光の剣を携えた緑青の鉄巨人。
戦略級攻城ゴーレム、『グレート・オールド・マン』。
機兵を生み出す怪球『ピウス』と合わせ、三体の超巨大ゴーレムが並び立つ。
一機でも攻城戦の趨勢を傾けるとされた超級の兵器たちが、いま黒き邪竜を拠点攻略の障害と認め、排除せんと動き出した。
「な――待て、待っ」
竜は逃れようとした。だが叶わない。
転移で逃れることもできない。何らかの力場が、空間への干渉を阻害している。周到に構築された狩場。
「馬鹿なッ、我がこのような、人間などに――」
竜は反撃を試みた。物体に呪詛を込める
だが叶わない。蒸気を噴き出す
飛ばすことに成功した一部の武器も、金髪の男の周囲に浮かぶマジックアイテムと、不可解な風の障壁が弾いてしまう。
「こ、言葉が通じるのなら話を聞け! 解った! 我の負けだ!
ここから出てゆく、財宝も貴様にくれてやる! だから待て、取引を――」
「いや、
竜の首が飛んだ。
大陸の歴史に強欲の伝説を馳せてきた〝
「……財宝というものは、価値を解する所有者によって管理されなければなりません。野蛮な食人種族やら、光り物を本能で集めるだけのトカゲやらに、貴重な美術品やマジックアイテムを委ねておくのは世界の損失です。
やはり、ワタシが回収し、保全しなければ……そして理性ある人間の手で、文化を守ってゆく仕組みを作らなくては。
そのためなら、相応しからざる所有者を、実力行使で排除するのも……致し方なしとは思いませんかねェ?」
邪竜が死んでも、蹂躙は終わらなかった。
球体から生み出され続け、迷宮への侵攻をやめない機械の巨人たち。止めようとする戦士たちも、逃げ惑う市民も、みな区別なく鏖殺された。
蒸気の巨人が無数の大筒から火を噴くたび、都市の一角が輝き爆ぜて、土と瓦礫と肉片を撒き散らした。
緑青の巨人が光の剣を薙ぐたび、地上にあるすべての構造物は刈り取られ、灰燼と血煙だけが残った。
圧倒的な破壊と殺戮。一つの都市が、国が、終わってゆく光景とはまさにこのようなものか。
モスカーリはその阿鼻叫喚を生み出している男を見上げながら、何の感情に由来するのかも定かでない涙を流していた。
初めは身の程知らずの英雄志望者だと思った。
ほんの一瞬だけ、竜殺しを成し遂げる、真の英雄かもしれないと期待した。
どちらでもなかった。この男は、自分たちを邪竜から救うために来たのではない。
ただ、奪うために来たのだ。
かの竜がそうしたように。より強い力を携えて。
「あ……悪魔……!」
「人間ですよォ? 名は
少年モスカーリは、人間種への隔意も蔑視も持たない、稀有な
知能も同族の中では高く、長じれば知識人として大成し、異種族との関係を見直す運動の旗手になり得たかもしれない存在だった。
しかしそんな未来は一顧だにされず、彼はこの日、ゴーレムに踏み潰されて死んだ。
――その王は、無尽蔵の財力で知られた。
見えざる虚空の宝物庫を有し、強大なるマジックアイテムを無数に取り出すことができた。
天を衝く巨人の如き体躯の持ち主であるとも、そのような巨人を一体ならず従えているのだとも伝えられた。
一つが世界そのものに比肩する力と価値を持つ、究極の至宝をいくつも所有していた。
しかしまた、定かならぬ語り手が残した、後世の伝承は語る。
その王は、誰よりも絶大な富を手中に収めながら、「もっと欲しい」という欲を抑えられなかった。
この世のあらゆる財宝が、美と高貴の理解者たる己の所有物であるべきだと、信じて疑わなかった。
財貨のきらめきに眼と理性を焼かれ、いつしか所有しているはずのモノに支配されていた。物欲と執着の王であるという。
その名の響きは、歪んだ形で後世に伝えられている。
史に刻まれた名は、『奢侈王』エクゥム。
八人のうち、最も強欲な略奪者として蔑まれた王である。
[memo]
■迷宮都市ゴッズメイズ
・本文中にある通り、
・古代竜人文明の遺構をそのまま都市の基礎構造としており、数百年ここに住み続ける
・名の由来には諸説あり、「神の手になる迷宮」を意味する異界の言語だという説もあれば、
■
・強欲さで知られた竜王。人間や亜人を見境なく支配し、黄金や宝石、マジックアイテムなどの宝物を献上させていた。貢物が遅れると無造作に村を滅ぼし、周囲への見せしめとするなど、性質は邪悪。
・始原の魔法も自身の蒐集物を守ることに特化しており、所有する物品を媒介とした呪詛によって多種多様な効果を引き起こすことができる。たとえば宝物を盗み出した者は自動的に呪われ、自身も竜の強欲と力を得るが、最終的には集めた財宝を持ってケラーラデイスの巣穴に戻ってくるよう運命を捻じ曲げられる。呪物を釣り餌として、効率よく蒐集を進めるための呪いである。
・本当に大事な品にはもっと強力な呪いをかけており、自分以外が触れただけで死ぬようなものもある。そうした一級品は盗人が持ち出せるような場所には置いておらず、真の宝物庫で厳重に保管している。
・自分自身のものも含め、アイテムの呪詛には完全耐性を持つ。そのため通常であれば実用できない強力な効果とデメリットを併せ持つ呪物で自身を強化可能。
総じて本体性能はそこまででもないが、装備・財産の運用によっていくらでも危険な立ち回りができる竜王だった。
■『
・空間型ワールドアイテム。世界一つ分の内部空間を持つとされる。容量が桁違いであること以外は『
アイテムボックス等との最大の違いは、所有者自身を含むクリーチャーが中に入れること。内部に建物も収納できるため、事実上、自由に移動可能かつアリアドネのような制約もない拠点として使用できる。拠点NPCは作成できないしPOPモンスターも湧かないが、自作ゴーレムや傭兵モンスターなどの戦力は貯蔵可能。
・「裏返す」ことで通常空間に船型の外殻を露出させ、乗り物として利用可能。破壊・奪取されるリスクや情報秘匿の観点からあまり使われない形態だが、陸海空あらゆる領域を移動できる。
・これ単体ならば大容量の倉庫がついた乗り物に過ぎないが、悪用可能性が広すぎるため、非公式の格付け議論では最凶WI候補の一つだった。
◆蛇◆
キャラクター名鑑 #0203
【
役職:ギルド『セラフィム』ギルドメンバー(臨時)
八欲王の一人、『奢侈王』
住居:
種族レベル:
人間種のため、種族レベルなし。
職業レベル:(※2)
など
[職業レベル:取得総計100レベル]=計100レベル
※1:プレイヤーのカルマ値は(スキル等で固定されていない限り)行動によって変化する。また、実績によって数値が変動するのであって、数値が精神に影響するわけではない。この点はNPCよりも現地人に近いシステムが適用されている。
※2:
◆足◆