OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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[notice]
幕間の話ですが、長くなったため前後編とします。








▼幕間:深淵なる軀、八人目の内陣(1)

 〝深淵なる軀〟という組織がある。

 アンデッドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)からなる集団で、知識やマジックアイテムなどを巡った不毛な抗争を避けるため、利害調整の場として発足した秘密結社だ。

 

 結成から数十年が経ち、この組織は二つのグループに分かれていた。

 最初期からのメンバー七名が坐する〝内陣〟と、後から参加したメンバーで構成される〝外陣〟である。

 

 外陣メンバーは現時点で二十一名。もとより緩い結びつきの組織であるため、内陣と外陣との間に、厳格な上下の序列などは定められていない。

 メンバー間で依頼や取引を行うのは自由だが、内陣が外陣への命令権を持つわけではなく、外陣もまた内陣に服従する義務はなかった。

 

 しかし事実として、内陣の七名は実力において外陣の面々を大きく引き離しており、それゆえ不定期の会合においても内陣の発言力は大きかった。

 組織が集積した情報や資源へのアクセス権も、内陣と外陣では明確な線引き――格差がある。

 

 外陣メンバーたちは、内陣の七人を畏敬しつつも嫉妬し、やがては自らも力を付けて、〝内陣入り〟することを一つの目標としていた。既存メンバーが認めるほどの顕著な実績や研究成果を示せば、内陣への参入もあり得るというのが組織の運営方針だったからだ。

 

 露骨にぶら下げられた餌。実際のところ、それは高い壁であり、外陣メンバーの誰もが簡単なこととは思っていなかった。

 事実〝正史〟においては、結成から二百年を経た時点でも内陣の人数は増えていないのである。本来ならこの先も百年以上、内陣七名の体制は崩れないはずだった。

 

 が、()()()()においては違う。

 

 八人目の内陣メンバーは外陣の中からではなく、〝深淵なる軀〟そのものにそれまで属していなかった、外部からの新規参入者という形で現れた。

 

 

 

「あ、バネジエリ先輩。お早いご到着ですね」

 

 組織が多数持つ集会所の一つで、魔導書を読み解いていたバネジエリ・アンシャスは、二つある頭の片方を上げた。

 暗い会議室に入ってくるのは、一見すると人間の年若い魔女。

 

 もちろん、アンデッドの秘密結社に属する以上、その少女は見た目通りの存在ではない。

 彼女がアンデッドであることは、参入時に魔法的手段で確かめられている。具体的な種族は不明とのことだが、力量を考えればバネジエリと同じ――事実上の最上位種(ナイトリッチ)でもおかしくはない。

 

「来たか、〝図書委員〟ミハネ」

 

 元の種族が異なるバネジエリには、人間種の顔の細かい造作や美醜は解らない。

 ただ、いつもお下げの黒髪と、赤縁の眼鏡――視覚を強化する何らかのマジックアイテムらしい――を特徴として、その娘を個体識別している。

 

 組織の名簿たるグラニエッゾ碑文に刻まれた、八人目の内陣。名を、〝図書委員〟ミハネという。

 勧誘(スカウト)によって加入したメンバーではない。およそ十年ほど前、彼女は自力で〝深淵なる軀〟の存在にたどり着いた。そして数多の革新的な魔法理論と、高品質なマジックアイテム群を手土産に、組織への参入を申し出てきたのである。

 

 第六位階魔法を使いこなし、魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての実力も充分。閉鎖的な秘密結社に吹き込んだ新たな風にして、期待の新星。

 それまで内陣を成してきた〝最初の七人〟は、ミハネの能力と功績を認め、異例の措置として一足飛びの内陣入りを認めた。

 彼女が持ち込む情報や物品は、組織への参入を拒むことなど考えられない程度に魅力的だったが、一方で外陣にまで共有させるには危険すぎるものが多くあったからだ。

 

 また、誰も口に出しては言わぬことだが――深い知識と力を窺わせながらも驕ることなく、既存のメンバーを〝先輩〟と呼んで立てるミハネの低姿勢に、七人みなが自尊心を擽られた面は否めない。

 

 これは外陣メンバーも同様で、掟破りの〝飛び級〟による内陣入りを果たした新人に、当初は反感を抱く者たちもいた。が、彼らは当のミハネから内陣相手と変わらぬ敬意を持って接されるうち、魔性とも呼ぶべきその〝後輩力〟に次々と陥落していった。

 今ではむしろ彼女を接点として、内陣と外陣の交流が活発化している向きさえある。魔法研究の効率化、という組織の設立目的を考えれば、好ましい変化と言えよう。

 

 仮にも世を忍ぶ闇の秘密結社が、あまり()()()()()()()()されてしまうのも如何なものか――などと、最古参のバネジエリは思うこともあるのだが。

 とはいえ実利のあることで、自らもその恩恵を享受しているとなれば、()()()()()を邪魔する理由はない。後ろで腕組みでもして見守ってやるのが〝先輩〟の役目であろう、とも思う。

 

 石造りの滑らかな会議卓に資料を積み上げ、自ら招集した会議の準備をするミハネ。

 その様子を眺めつつ、片方の頭で何にともなく頷くバネジエリ。

 静かな時間がしばし流れ――やがて、新たな入場者が姿を現す。

 

「おや、〝深淵〟どのが一番乗りか。君がボクよりミハネちゃんの〝勉強会〟を楽しみにしているとは、意外だな」

 

 入ってきたのは〝白の聖女〟グラズン・ロッカー。白ずくめの格好に、白蠟の肌を持つ女性のアンデッド。

 内陣メンバーであり、組織でも唯一の第七位階に到達した、研究者肌のナイトリッチである。

 

 同じ女性として妹分ができたようで嬉しいのか、彼女は特にミハネを可愛がっている節がある。

 高次のアンデッドとなった身で、生き物だった頃の性別に縛られるのも、バネジエリからすれば妙な話ではあるのだが。さすがにそれを口に出しては言わないだけの分別が、彼にもあった。

 

「〝図書委員〟の開く〝勉強会〟は、学びが多い。だからこそ、各地に隠れ潜む同志が毎度よく集まるのだろう……見ての通り」

「ああ。以前の会合の出席率を知る身としては、信じられない盛況ぶりだね」

 

 頷き、着席するグラズンに続いて、さらに続々と入室する〝深淵なる軀〟のメンバーたち。

 〝腐敗の王〟、〝万軍の枯老〟、〝黄色の幽鬼〟、〝欺きの君主〟、〝虚ろなる悪夢〟、〝災骸〟、〝喪われし者〟、〝呪詛翁〟……種族も系統も様々なれど、いずれも力あるアンデッドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

 

 組織外で使える暗号名(コードネーム)も兼ねて、〝軀〟の構成員はそれぞれが固有の二つ名を持つ。

 表の世界で呼ばれた異名をそのまま持ち込んでいる者、肥大化した自尊心から大仰な二つ名を自称する者、稚気じみた遊びとしてそれらしい称号を名乗ってみせているだけの者……様々である。ちなみに、妙に可愛らしい〝図書委員〟なるミハネの二つ名は自称であり、他のメンバーからは彼女の謙虚さの表れと捉えられている。

 

 生者の世界にこのような顔ぶれが姿を現せば、誰も個々の称号の仰々しさなどを笑ってはいられまいが……そんな不死者(アンデッド)の中の支配階級たちが、内陣も外陣もなく、前から順に席を埋めてゆく。

 席取りは早い者勝ちであり、満席になってから入場した者たちは壁際に立ったり、天井際に浮いたりしている。疲労という概念のない不死者(アンデッド)ならではの会議風景といえた。

 

 嘘か真か、異界のマジックアイテムであるという時計が、定刻を指す。

 この日もミハネ主催による、不死者(アンデッド)の秘密結社での〝勉強会〟が始まった。

 最初は定例の挨拶からだ。

 

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。〝図書委員〟こと、内陣のミハネです。

 今回初参加の方もいらっしゃるようなので、流れを説明しておきますね。本題の魔法学議論に入りたくてうずうずされている方も多いかとは思いますが、本会は普段から二部構成で開催しております。

 

 前半は、大陸各地の社会情勢や、自然環境・生態系の変動、非魔法的技術の発展などについての情報交換の場です。

 表の世界では生者の敵とされている私たち不死者(アンデッド)が、無益な抗争や殺戮を避けて魔法研究を続けていくためには、魔法以外のことについても広く知る必要があります。ひいてはそれが身を守ることにつながり、また思いがけない魔法学のブレイクスルーをもたらす切っ掛けとなるかもしれません」

 

 バネジエリは片方の顔でミハネの話しぶりを観察しつつ、もう一方の顔で会の参加者たちの様子に目を走らせている。

 既にこの会の()()()を知る面子はともかく、会合で話題になっているから参加してみたといった風情の新規数名は、この時点では退屈そうにしている。

 

 バネジエリにとって興味深いのは、世間話の延長に過ぎないはずのこの前半部が、〝図書委員〟にとっては()()()()()()()()重要なのではないかと思えるところだ。

 確かに、参加者たちの興味は後半に集中しており、時間もそちらの方が長いのだが……毎度の会が終わった後でミハネが取ったメモなどを見ると、前半の記録は後半と同等以上に多い。

 

 グラズンもこの点においては意見を同じくしていたが、それが意味するところまでは予測できないとのことだった。

 一度、冗談交じりに「ひょっとすると、彼女はどこかの国の諜報要員で、この組織には情報収集のために潜り込んでいるのかな?」などと言われたこともあるが……不死者(アンデッド)を、それも推定ナイトリッチ級の逸脱者を、ろくな支援もなく単身使い走りにできる国とはいったい何であろうか? あまりに馬鹿げている。ミハネなら、表の世界のどんな国でも()()()()()()()()()()()だろう。

 

 そんな評価を受けているとは知らぬげに、ミハネの挨拶は続く。

 

「後半は、お待ちかねの魔法談義です。かの魔法大国・ブロジンラーグの学会で講義された最新の学説から、西のスレイン法国で行われた五十年にわたる実験の結果と分析、さらには南西にある神秘の浮遊都市・エリュエンティウから流出したという〝八欲王の遺産〟など……皆様にも興味をお持ちいただけるよう、話題をいくつか用意しています。

 

 どうか、情報の出し惜しみなどなさらず……日頃抱え込んでいる秘密も、形になっていないアイデアも、ここだけの話として思う存分ぶっちゃけてしまいましょう。多くを与える者は、より多くを得る。ここがそういう場であってくれたらいいと、私は思います。

 

 私たちは、財産や名声ばかりを追い求める俗世の学問から離れ、真に魔法の高みを目指す同志であれるはずです。

 さあ――疲れず、飢えず、眠ることもない不屈の学徒として。存分に、知的好奇心を満たし合いましょう」

 

 この()()()がまた上手いのだ――と、バネジエリは分析する。

 

 彼女が来る前の〝深淵なる軀〟は、資料や物品の取引こそあれど、誰もがそれを最低限に留めようとしていた。

 情報を与え過ぎれば自分が損をする。受け取りすぎれば借りを作る。利害調整と言いつつ、常に互いを出し抜こうとするような、どこか殺伐とした空気。いざとなれば相手を滅ぼしてでも知識を奪うという、剣呑な選択肢が常に頭の片隅にあった。

 

 ミハネの〝勉強会〟は違う。やろうとしていることは、知識の共有と共用。

 生者たちの研究機関がやっているような、〝知のプール〟を作ろうとしているのだ。

 

 彼女は巧妙に言辞を弄し、ここに新たな価値観を持ち込んだ。()()()()()()()()()()()()()()()。言い換えれば、知の集積に大きく貢献した者ほど、より大きくその恩恵を受ける権利があると。

 

 たとえば――僻地に隠れて幾十年と追求し続けた理論が、先進国の学府ではとうに解き明かされて、その発展形まで生まれていた。

 あるいは、自分が何万回も繰り返してデータを集めた実験が、遠く離れた国では既に数十万回の試行を経て、ずっと信頼性の高い結論を導き出していた。

 

 そのような徒労は、魔法という神秘そのものの分野を探求していれば、当然ある。だが寿命の制約がない不死者(アンデッド)とて、自分が時間を浪費したと気付かされる虚無感など、進んで味わいたいものではない。

 

 他人の力をもっと借りられたら。誰憚ることなく先行研究を参照できたなら。

 避けられたはずの〝車輪の再発明〟が、きっと無数にあった。長い時間を研究一筋に捧げてきたアンデッドの魔法学者なればこそ、その非効率と虚しさを知っている。

 

 だから、だろう。ミハネは発想の転換を促した。

 知識を独占する者は、共有の恩恵にも与れない。知のプールを富ませた者は、より深い真理に触れる権利を与えられる。集合知への貢献こそが価値であり、功績となる。

 

 動機となる利益(インセンティブ)は逆転した。己の研究を秘匿したまま、人知れず滅んでゆくことも多かった〝軀〟の者たちは、いまや進んで成果を持参するようになりつつある。

 そのための内陣。そのための機密参照権(クリアランス)。そして、そのための〝勉強会〟。彼女はいわば、〝深淵なる軀〟を中核とした()()()()()を創始しようとしているのではないか。

 

 むろん、これはバネジエリの推測に過ぎなかったが……同時に()()()()()()だと、思ってしまっている。

 










[memo]

■〝欺きの君主〟
・〝深淵なる軀〟外陣メンバー。原作未登場。
・種族は吸血鬼(ヴァンパイア)。幻術の扱いに長け、人間種の社会に紛れて暮らしている。
 血を吸うためではなく、生者を騙すこと自体が目的。そういう性癖らしい。

■〝虚ろなる悪夢〟
・〝深淵なる軀〟外陣メンバー。原作未登場。
・種族は不浄なる闇(ヴォイド)。知性を持ち、術者系の職業(クラス)レベルを得るまでに至った特異個体。
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての練度は高くないが、生者から見た脅威度だけなら内陣に迫る。

■〝災骸〟
・〝深淵なる軀〟外陣メンバー。原作未登場。
・種族不明。外見は黒ずんだ木乃伊(ミイラ)。南方の砂漠地帯にある、封印された墓所より出現した。
 能力的には戦士タイプだが、なぜか魔法に強い関心を持ち、〝軀〟で学ぶ身となった。

■〝喪われし者〟
・〝深淵なる軀〟外陣メンバー。原作未登場。
・種族は死霊(レイス)変異種。生前の人格と断片的な記憶を残しているが、自分が誰だったかは思い出せない。
 のみならず、その人物に関する情報が他者の記憶に残っていないという不可解な現象により、己の生前が実在したかどうかすら証明できないのが密かな悩み。

■〝呪詛翁〟
・〝深淵なる軀〟外陣メンバー。原作未登場。
・種族は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)。もとは亜人種の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったが、自ら暗黒の儀式を執り行い、不死者(アンデッド)への転生を果たした。
 呪詛のエキスパートであり、呪術と呼ばれる特殊な魔法的能力も扱う。これはシステム上は位階魔法ではなく特殊技術(スキル)扱い。
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