雪は自身が純白である理由を忘れてしまった 作:らびっとちゃんす
──気が付けば知らない世界だったなんていったい誰が信じるのだろうか。
それは、現代に絶望し救いを求めた民衆の世迷い事。
戦場に赴く前に見た最後の漫画ではそうだったんだ。
まぁ、映画とか漫画ならいい導入だろう。
現実では起こりえない不思議な出来事から始まる冒険。
そうして正義のミカタとして祀り上げられていく。
ただ、そうした物語に登場する女の子が目の前に出てきてみろ。
あれはフィクションだからいいのであって実際に関わるとロクな目に遭わない。
だからそういった出来事が起こってほしい、なんて願っちゃいけないんだ。
現実で起こったところで面倒事が降ってこないとは限らない。
ただ好きだった。その一端を大元まで辿っていけば自我を殺して従事するのみになる。
私が銃好きで職業軍人になってしまったように。
だから私はそんな出来事はごめんだと、そう思っていたんだ。
そう思いながらもこの世界に放り出されてからもう3か月が経とうとしていた。
──ピピピピッ、ピピピピッ。
規則性のある不快音が耳朶を叩く不快な朝の目覚めはいつになっても慣れない。
ここに来るまでは宿舎で寝泊まりすることも少なくなかったというのに人間というのは恐ろしい。
今でも早朝に鳴っていた不快音を流せば起きられるのだろうか。
この世界にも存在するとある楽器の音で嫌でも緊張感が高まるのだから身体に染みついた感覚というのは嫌になる。国の立派な武器として調教されたこの肉体は惰眠をむさぼることを許してはくれない。
仕方がないと溜息を吐きながら朝の準備をして出社する。出勤時間徒歩10秒。アットホームで素敵な職場はこちらに来てからしばらく経った今でも慣れない。
「失礼する」
スライド式のドアにノックはいらない。
室内に入って敬礼をして、上司兼身元保証人である人間を一瞥する。
白のロングコートに青のネクタイ、この世界の公的機関である証のピンバッジを胸に付けた女性が目の下に隈を作りながらもキーボードを叩いている。
また寝てないのだろうか。
「コールサイン、スカウト。現時刻より復帰する」
「あ、おはようスカウトさん。よく眠れた?」
「おかげさまで。あとさん付けは止してくださいよ」
優しそうな雰囲気を持ったこの女性はこの世界の特権階級である先生その人。ウェーブかかった髪は手入れが行き届いており、社交性の高さを伺わせる。まつ毛はしっかりとけぶるように長く、瞳からは気遣いが見て取れる。
ここまでは完璧。ただ問題が一つ。
「先生……肝心の服が台無しですよ。髪が整えられているのは素晴らしいとは思いますが」
「あっ、本当? これでも頑張ったんだ!」
「ええ、とても綺麗だと思います。ただ、シャツがヨレヨレなのはせっかく頑張ったのにもったいない」
「ほら、シャツって着ているとどうしてもシワが出来ちゃうでしょ?」
あはは、と誤魔化すように笑って目線を逸らす彼女の隈は昨日と比べて少しだけ濃くなっているように見えた。まさかこの人、昨日私が自室に戻ってから寝てないのだろうか。
「その様子だとまた寝てないのですか?」
「うーん……生徒に頼まれていることがあるからさぁ……」
「仮眠くらいは取られた方がよろしいかと」
困ったように笑う先生を見ていると、人好きが過ぎると文句も言えなくなる。
この世界における公的機関であり、ある種の便利屋シャーレ。
その長である先生と呼ばれる女性は厄介なことに私直属の上司でもある。
成人済み、どころか三十路である私を生徒として扱うのは流石に無理があると判断したのか、公にはシャーレの所属ということになっている。
上司、とは言っても指示を受けることはほとんどない。有事の際は助力を乞われるが、それ以外は原則として自由行動を許されており、こうして好きな時間に寝起きしているわけである。
「シャーレご指名ということであれば、こちらでお引き受けしよう」
「実際は私に宛ててくれたんだろうからさぁ。やっぱり対応しないとじゃない?」
「……徹夜している人間に任せたくて送ってきたわけではないだろう」
「うっ……それを言われると弱い……あー、そうだね。ごめん、お願い出来るかな」
「最初からそう言え」
溜息を吐いていつも大切に持ち歩いているタブレットも忘れずに持たせる。寝ている間に襲撃がないとも限らない。原理は分からないが、あのタブレットを持っている間は長生きできると、これまでの三か月間で実証されてしまった。
「ついでに朝食も用意してある」
「パパかな……?」
「残念ながら結婚はしてない」
軽口を無視して強制的に部屋から追い出す。
どうしてこう、彼女は流されてしまうのだろうか。
「あ、これ依頼書だからよろしくね。あと、絶対に銃は持って行ってね」
「抵抗できるとも思えないけどな」
「それでもだよ。死んじゃうのは嫌だからね?」
「……了解しました。上官どの」
ああ、本当にこの世界は普通ではない。
現代で銃なんて携行しようものなら地域によっては可能だろうが、明確な規制が存在する。
ただ、多くの地域では所持すらも禁止されている。それを申請なしで持ち歩けるのだから不思議な世界だとつくづく実感する。
常在戦場の心持ちで居るにも限度があるのに、武力だけは手放せない。
銃を持てば嫌でも緊張するというのに、職業病というのも恐ろしい。
「君と同じで撃たれれば死ぬ。言われなくてもそうするよ」
「だから注意してるのになぁ」
「伝わってるから早く飯食って寝てくれ……」
これでは本当に子供をあやしているのと変わらない。
一つ忠言をして満足したのか、すんなりと自室へ戻ってくれた後ろ姿を見送る。
彼女の仕事を引き受けたのは私が彼女のようなお人好しという話ではない。
自由行動と言ってもシャーレとして信頼を獲得しないことには有事の際も現場と干渉してしまう。
そう思いながら渡された依頼書を確認してまた溜息を吐いた。
「便利屋68……。受けなきゃよかったかもしれんな」
便利屋68。問題児だらけの学園に存在する中でも扱いに困る子たちの集団だが、そこに居る個人と私の折り合いが極めて悪い。出来ることなら引き受けたくはない仕事ではあるが……。
「任務だと思ってやるしかないか」
任務に拒否権はない。成功すればこれまで通りクソッタレな軍人生活、失敗すれば死が待っている。
中でも特務と呼ばれる秘密裏に実行しなければならない任務については承諾後に作戦説明がなされることが多く、実質的には拒否権がないこともある。
実際に命がかかっているような状況なことも相まって、気が進まない。
密かに溜息を吐いてお外用の
異世界からキヴォトスに来たからといって、やることは変わらない。
強いて言うならば、相手は撃っても死なない装甲車を越える耐久力の女の子たちという話。
武器を召喚出来るようにはならず、持ち歩いているものだけ。
弾薬は虚無から出てくるわけではなく、マガジンに一発ずつ丹精込めて装填し。
強靭な肉体は手に入らずに脆弱な肉体を保護するためのボディーアーマーが必要になる。
先生は攻撃を受ける度に薄い膜のようなものが展開され、弾丸を防いでいるがあれを私にも都合してくれないだろうか。本人曰くタブレットが主動力でタブレット自体も一点ものらしいので難しいだろう。
シャーレ支給品のジャケットは一部防弾仕様のものも存在するが、色が白なのが好かない。
まるで薄暗いことはするな、生徒の模範たれと周囲から期待されているようで居心地が悪い。
装甲の割に軽量な装備の前では自身のこだわりなど邪魔なものでしかなく、色を変えずに着用しているが今度先生に別の色を申請してみてもいいかもしれない。
いつもの嫌な色のジャケットに、相棒の拳銃をショルダーホルスターに突っ込んで支度は完了。相手は人を容易く死に至らしめる銃弾で怪我をする程度に並外れた耐久力を持つ子たちだが、あまり大きなエモノを持つと抵抗できる相手だと判断されてしまうため、先生の指示のもと、あまりに大きな火力を持ち込めないようになっている。
「戦車が道路を横断しているような世界でオモチャ持ち歩いても仕方ないとは思うんだがなぁ」
溜息を吐いて、現状を変えることは出来ないと頭を切り替える。
シャーレの敷地内に置いてあるバイクで向かうはゲヘナ──ではなくその学外。面倒事が足音を立ててやってきてくれるのなら目的地もこっちに来てくれないだろうか。
Q.カヨコ出てなくない?
A.次出てくる