雪は自身が純白である理由を忘れてしまった   作:らびっとちゃんす

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いつも見てくれているみなさま、ありがとうございます。
おかげさまで色が付きました。
読者のみなさまにはもちろんのこと、高評価と感想くださるみなさまには格別の感謝を。
あと誤字報告ありがとうございます。一年ぶりくらいにもらった。


episode3「煙を吐く」

 便利屋68の事務所があるビルの屋上でタバコをふかす。

 軍人をしていた最初のころに諜報関係の友人からタバコは携行性と汎用性を兼ね備えた交渉材料だと教え込まれた記憶がある。

 軍事行動に必要な食料品や携行品は軍から支給されるためにどうにでもなる。

 

 情報は金だけでは買えない。

 情報屋から買う情報は洗練され、不必要な情報こそそぎ落とされているが必要性を判断しているのは仕入先やタレコミをした人間であるために正しさを判別するために地元の住民にも話を聞く必要が出てくる。

 

 当然、よそものは信用されない。

 しかし、協力をお願いすれば協力したくなる人間も居るそうだ。

 

 屋上に登ってひとりタバコを吸っているのは情報交換とは正反対と後ろ指を指されるのかもしれないという思いつきは紫煙と一緒に吐き出す。

 どんな高い屋上からでも、空の高さは変わらない。

 当たり前といえば当たり前、不可思議といえば不可思議。

 

 そうしてしばらくの間、紫煙が空に吸い込まれずに小さな風にかき消されて眼前に消えていく様を眺めているとこつこつと静かな足音を鳴らしながら近づいてくる。

 

 振り返らなくても足音から誰かはなんとなく分かるのは鍛え上げた聴覚のおかげなのか、それともなんども聞いたせいなのか。

 おそらくはその両方なことにため息を吐く。まったく特定個人に入れ込んでるとは先生よりも酷い。

 

「ここに居た……風邪ひくよ?」

「そのセリフ、男と女逆だろ。お前より頑丈だわ」

「スカウトさんってどうでもいいこと気にするよね。……隣いくよ」

 

 言うが早いか飛び降り阻止用の鉄柵に身体を預けて空を見る──わけでもなく、私の横顔を見ている。

 私はそれを止めようと手を伸ばそうとして、逆に懐に入り込まれる。

 この小さな身体にビルの屋上から飛び降りて受け身した程度で怪我もない大きな力があるのだから理不尽なことだ。

 

 ここまで入り込まれると反撃することも出来ない。

 仕方なしと諦めて非難の視線を送る。

 

「おい」

「なに。いいでしょ」

「良くはない」

 

 受動喫煙がどうのこうの、という世間的な理由よりも。

 

「その綺麗な髪が灰で汚れるのは心苦しい」

 

 綺麗なものは保護するべきだ。

 その人にとって価値のあるものは額縁にでもなんでも入れて飾るし、長い間美しく保つために手入れも欠かさない。

 ただ、人の美というのは外的要因で簡単に穢される。

 

 せっかく綺麗なのだから、燃え残ったものなんかで汚れてほしくはない。

 

「っ……そんなことより、断るつもりならどうして来たの。社長の手紙に書いてあったんでしょう?」

「照れるなら懐に入るな」

「うるさい」

 

 ぱしぱし、照れ混じりに横腹に軽く優しい拳を飛ばしながら別に暇なわけじゃないでしょ、と視線で訴えられる。

 なんで目が潤んでいるのかは気になるし、少し声も上擦っているように感じるが、本題には関係がないと横に置いておく。

 私は苦虫を数十匹は噛み潰したような顔をしてどこまで話すか考え──この少女に隠し事をしても勘繰られるだけだとため息を吐く。

 

「さぁ……お前たちを利用したい、とも考えられるな」

「随分と露悪的な言い方をするんだね」

「そうか」

「楽しんでるでしょ」

「そうかねぇ?」

 

 楽しんでいるかどうかと言われればそうでもない。

 人と話すのは好きだし、自分よりも小さな力の人間が自分が想定している通りの返しをされると嬉しくなる。

 年老いた人間が若者に対して探るようなことをするのも理解出来るところだ。

 

「でも、本当に利用したい人間はわざわざ自分で利用したいとは言わない……そうでしょ?」

「……」

「目的はあるけど、それはそれとして申し訳なさは感じてるとか、そんな感じかな」

 

 私はその発言を聞きながらふっと息を吐いて、煙草を携帯灰皿に入れて揉み潰す。

 煙に巻く、露悪的な言葉にはそうしたい一面も存在する。

 それを手繰られたのであれば、そこに関してはわざわざ煙を吐くこともない。

 

「大人に揉まれてきただけある」

「あれ、スカウトさんに言ったことあったかな」

「いいや? 年寄りをナメちゃいけないな」

 

 年齢にそぐわない色のある表情こそ見せるがそのあたりは歳相応。

 

 私はかまをかけた。

 それはもちろん、推測で話を進めるのを避けるためでもあるし相手が簡単に答えるわけがないと思っていたから。

 

 しかしそのアテは外れる。彼女はおそらく、ある程度の人やものを見てきているが、それが自分の世界だと思い込んでいるのだろう。

 子供なんてそんなモンだが、だからこそ心配だ。

 

 先生といい、この子といい。

 必要であれば悪になれます、なんて顔をしている人間が多すぎてため息が出る。

 

「かわいげ、ないかな」

「そうじゃないが……心配になる」

「心配に……?」

 

 一部では十八になれば大人だと思われているらしいが、大人の世界なんてじっくりゆっくり覚えていけばいい。

 幼いうちから知っていたところで、神経を擦り減らしてやせ細っていくだけ。

 

 なににも抗わず、一定の圧力がかかっただけの人生は伸びきったゴムのようにだらしがなく張力がない。

 ゆるやかな圧に甘んじていたらいつの間にか心に力が入らなくなっていた、なんて人生も女子高生には違うが、伸びて伸びてもう取り返しのつかないような心になってしまっては、もう誰も掬い出せない。

 

 先生が人を助けようとするのはそういうことなのだろうか。

 自分が、あるいは身近な誰かが心を壊して、もうどうしようもなくなって。

 

 だから、そういう人間を引っ張ろうと思うのかもしれない。

 そう考えていると、脇腹を胸元に入った女に小突かれる。

 

「……なんだよ」

「なんか、ほかの女性(ヒト)のこと考えてる気がした」

「こっわ……」

 女性というのは時折エスパー能力を持っているのではないかと思えるほど的確にこちらの考えを推察してくる。

 今回の場合は確信を持っている様子でいつも見ないような鋭い視線を向けられて肩身が狭い。

 邪推だった、と頭の片隅に置きつつ、さきほどのカヨコの言葉を思い出す。

 

「さっきの話だが、半分正解だ」

「は?」

「目的があって、申し訳なさは感じているって話」

「ああ、そっち……」

 

 それ以外のなにがあるのか分からないが、どうやら彼女にとっては聞いたことがどうでもよくなるくらい気になることがあったらしい。

 こういうときに掘り下げると女の機嫌がすこぶる悪くなっていくと経験則で分かっているから掘り下げないが、察することも出来ないから関係ない。

 

「仕事を与えても、それはシャーレの仕事であって便利屋68の評価には繋がらない」

「うん」

「評価に繋がらなけりゃ今後の仕事にも繋がらねぇしなぁ……」

 

 分かっていないわけでもないだろうに、指摘もしないのは彼女の性質が関係しているのだろう。

 子供だが、彼女は幼いわけではない。冷静な判断が出来て洞察力があるとくれば思いつかないのは嘘だろう。

 

「ホイットマン・フィーバーもほどほどにしとけって伝えろよ……」

「ほいっと……?」

「誰彼構わず撃つのやめろって言ってんだよ」

 

 言ってため息を吐く。

 

「チャカぶん回すだけで商いが回るんだったら今頃黄金時代だろうよ」

「……そうだね」

「言い返せってのまったく……」 

 

 ガキの行きたい場所を見届けるのも大人の務めか。

 先生に苦言を呈される気もするが、だいたいは事後承諾が通ってしまっているのは信頼されているのか諦められてんのか。

 

 どっちもだろうがあの人も大概だ。

 

「近頃は鉄火場を離れすぎててな……控えてもらわねぇと私が死ぬ」

「……まさかと思うけど、私たちに付き合うつもり?」

「たまには学生気分に浸かるのも悪くねぇさ」

 

 そうタバコを取り出しながら横を見ると、カヨコは呆れたようにため息を吐いていた。

 まぁ、分かるよ。俺も自分でなに言ってんだって感覚だ。 

 鉄柵に体重を預けて空を見る。今日もお天道様は俺らを見てる。

 

 この制服を着ている限り、生徒のためになることをしてやろう。

 肺いっぱいに息を吸って煙を全身に行き渡せる。

 ため息幸せが逃げていくんだったありったけを持っていてもらわねぇとな。

 

「……スカウトさん、先生が世話焼きだって言うけど」

「やめろやめろ。タバコがマズくなるだろうが」

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