雪は自身が純白である理由を忘れてしまった 作:らびっとちゃんす
シャーレ所属の人間にはある程度の裁量で意思決定権が存在するが、最高決定権は先生に帰属する。
キヴォトスの外から来た、という点では先生とそう変わらないが、連邦生徒会長の許諾の有無という一点において、彼女と私の立場は違う。
たった一人の了承によって白にも黒にもなる中央集権化された文化にも感じる。
まぁ、つまりは先生から許可が降りない限りは私も動けないというわけである。
「う~ん……いや、便利屋のみんなと行動するのはいいんだけどね?」
「はい」
「流石に泊まり込みはダメかなぁ……」
「一緒に寝るわけでもないのですから、心配するようなことはありませんよ?」
「う~ん……」
先生本人がだいたい許可をするおかげでほとんどないようなルールだが、報連相は大事だから言っておくに越したことはない。
上官に許可を取らずに行動した結果ゲンコツを落とされた記憶が蘇るからということはないと思いたい。あのゲンコツは痛かったな。
そんな考えから一旦シャーレに戻ってきた。
正直なところ、彼女のことは苦手だ。
確かに、強力な権限を持っているシャーレだが、それゆえに取り扱う広範囲の業務が先生が過労死寸前で仕事を回し続けているのが実情だと言われているものの、裏を返せば過労死寸前で踏み止まれている実力が彼女には確かにあるのだ。
その上で人情家ともなれば理解出来ない人間だ。
利益換算をせずに首を縦に振る人間はあまり信用したくないのはきっと引き受ける理由が見えないからで、彼女の生徒のためなら動くという信条を知ったあとでも拭いきれない歪さを感じている。
形通りにあるだけが正しいとも思わないが歪さを肯定する理由にもならずに彼女に対してなにかを言うことも、彼女からなにかを言われることもない関係がずっと続いている。
「そりゃ、スカウトさんのことは信用してるよ?」
「却下されかけているのにそれは無理では」
「でも戻ってこないのは納得できないかなぁ」
「聞いてくださいよ人の話を……」
信用されているなら許可をくれてもいいと思うのだが、どうやら先生としては気掛かりがあるようで端整な顔を難しそうに歪めていた。
三十路の人間が色気のない女子高生に手を出すと思われているのだろうか。
正直なところ、好みなのは陰のある美人で活気のある若い女ではないのだが……そもそも倫理的に女子高生と会ってその後自宅に帰ってないとなれば問題しかないのは納得できるから黙っておく。
「……俺が約束破ったことありましたか?」
「必要だったら破る人だと思ってるけど?」
「まぁ……はい……」
自分で言っていて白々しいと思いながら肩を竦めて否定も出来ずに押し黙る。
ただでさえ今朝も銃を引き抜いたばかりで、やむを得ずとはいえ否定も出来ない始末なんだ。
「はぁ……嘘でも吐いてくれたら騙されてあげるのに正直なんだから……」
「私が嘘を吐いたらあなたは私を信じられなくなるでしょう」
組織にとって上と下の信頼関係は大事だ。
そういう意味では私に対する先生からの評価は下の下もいいところだが、どういうわけか一定の信頼は得ているらしいことが視線から感じられる。
人の心はよく分からないが、経験からの逆算くらいは出来る。
「なら、正直に言ってよスカウトさん。なんでそうしようと思ったの?」
責めるようで、その実気遣いの感じられる言葉に自然と口を開かされる。
人を導ける人間というのはこういう人間なんだろうと信じさせられるのは軍という限りなく狭められ、自由のない場所に身を置いていたからだろうか。
人を脅かすような鬼のような目でも、すべてを見通す鷹の目でもない自然と喋りたくなる雰囲気。
情報部の連中にこういう人間が居た気がするが、それらとは違って悪意を感じないのは教育者たる所以だろう。
ただし、その行動はある種の疑念を生み出す。
「……たいした理由ではないですが、心配になるのですよ」
「心配な生徒なんていっぱいいるよ?」
通常、生徒の人生に教師が大きく介入することはないために生徒の生まれ育ってきた家を知ることはないし、相手に深く踏み入らない限りは生きていくなかでも珍しいこと。
いや、本来そうしてはならない同調圧力という名の決まりがあって、その中からはみ出したものは仲間外れにされ、隅に追いやられ、最後には淘汰される。
「苦労が見えても理由が見えなければ大人としては心配になるでしょう?」
「う~ん……まぁねぇ……」
「仕方がないことだとしても、出来ることなら苦労してほしくないと大人ならば考えることです」
「そうだね」
「私はあなたほど手広くない。好きな人間にだけ手を差し伸べることにしますよ」
私が軍で学んだ数少ないことは、相対的な敵はなく誰かの意思によって大義が決定されること。
必要であれば身内すらも切り捨てて行動するのはどんな世界も変わらないかもしれないが、知っていることと実際に体験することは違うんだ。
──忘れよう。
捨てた世界の捨てた記憶をわざわざ拾い上げてもいいことはないことは分かっているんだから。
かぶりをふって思考を振り払う。
きっとこのまま考え続ければ嫌なことに気が付くだろうという予感だけがあるのは気のせいということにして。
「……スカウトさん?」
「どうかしましたか」
「あの……ううん。なんでもない、なんでもないよ!」
深入りするわけにはいかないと判断したのか無理のある誤魔化しで話を切った。
生徒のように手を差し伸べることも出来ず、自分の話をしたがらない私を相手にしている以上、仕方がないことともいえる。
ただ、もう少し交渉術を身に付けた方がいいのではないだろうかという老婆心ながら言いたくなる。
誰かを守るならば守るだけの力が必要になってくる、というところまで考えて本筋から逸れていることに気が付いて脳内で軌道を修正する。
「ただひとつ、言えるとするならですけど」
「うん」
「昔の自分を重ねてるのかもしれませんねぇ……」
何処にでも行けて、何にだってなれるのに自分を何者かに定義付けようとしている。
その気になれば、枠を広げることだってできるだろうに。
あの手の人間は自分はなににも頓着していないような顔をして、本当に大切なモノにはねっとりと粘性のある執着を見せる。
もし彼女が本当は離れてほしいわけではないけれど、離れていくのも仕方がないかなという気持ちを持っているとするのであれば、理解できる。
私と彼女で明確に違うのは、喪ったモノを振り返れるかどうかだろう。
「話を戻しますが……私個人としてあの子の味方をしてやりたいというだけの話です。構いませんね?」
「上司に伺いを立てる態度じゃなくなーい? ねぇねぇ」
「関係性の賜物だと思ってください」
つんつんと頬を触る手を跳ねのけようとしてやめる。
なにが楽しくて三十路のおっさんに対してちょっかいをかけているか分からんが、どうやら気に入っているらしい。
正直子供が構ってほしくてやっているようにしか見えないからやめてほしい。
「でもな~んか嫌だなぁ。私の補佐でしょ?」
「元々居ないようなものですから変わらないと思うんですが……」
「違うよー! スカウトさんが居たから助かったことだっていっぱいあるんだから」
頼られるような理由があっただろうかと首をかしげる。
「それにだよ……私のご飯どうするの!」
「……エンジェル24に金を落としてやってくださいよ」
エンジェル24はシャーレのある建物の一階にて営業されているコンビニエンスストアで、中学生の子がアルバイトをしている。
長期間に渡って栄養の偏った食事を摂るのは健康上良くないことかもしれないが、普段も栄養のある料理を作っているわけでもないから問題ないようにも思う。
こんなことを言えばそういうことじゃない、と怒られそうなので言わないが妙に懐かれたものだ。