雪は自身が純白である理由を忘れてしまった 作:らびっとちゃんす
皆様いつもありがとうございます。おかげさまでこうして続編を出すことが出来ています。
ちょっと欲を出していいのであれば、ここすき機能の活用もお願いいたします。
お出しするものの参考に出来ますので何卒。
一通り言いたいことは言い終えたのか外泊の許可とシャーレの業務免除を夕飯準備を条件に了承され、仕方なしに料理を作っている。
承諾条件が夜ご飯というのも、なんだか通い妻のようで気が引ける。
立場逆じゃないか?
「あ~……なんで自分が食わねぇ料理を作ることになってんだ……?」
口では文句を言いながら調理を静かに進めていく。
飯は数日分用意するとして、おおよそ三日分。
シャーレの給湯室……兼、調理室は生徒の置いていた調理器具やタッパーの山が形成されていて、勝手に使っていいように許可も得ている。
元々シャーレのために買ってきたものは経費申請を絶対にするように言っているので、シャーレ内にあるものは勝手に使っていいのだが、例外としてシャワー室前に置いてあるシャンプーだけは使ってはいけないことになっている──先生の手によって。
許可を得ない限り勝手に使うこともないので生徒が嫌がれば使わないのだが、先生曰くなぜか他の人間のシャンプーはダメらしい。
青少年の発育に非常に良くないと言われてしまえば黙って納得するしかない。
軍に居たころは人のシャンプーを勝手に使うことなんてじゃれ合いのような一種のコミュニケーションだったので残念だ。
「そういえば、先生以外に料理作った記憶ほとんどないな……」
芋煮会や徹夜で頑張っている先生と生徒たちに差し入れとして夜食を作った記憶はあるが、それ以外となると作らないかもしれない……一人分も六人分も消費量以外に変わりないな。
聞けば、あの四人は仕事の失敗が原因とはいえ、まともに飯も食べていないらしい。
「う~ん……まぁ、差し入れなら先生もしてるし別にいいか……」
原因を排除せずに安易な解決策ばかり取るのは無責任だとかそんな言い訳が脳裏を過る。
戦場で見てきた景色ばかりが思い出されるのは強烈すぎるからだろうか、それともなにか後悔を置いてきて、いまだに消化出来ていないからだろうか。
消化出来ないままでもいいからどこかに流れてくれればいいのに消えてくれない。
「……心当たりがありすぎて嫌になるな」
どちらにせよ、ここは戦場じゃないんだと思考を切り上げて米を研ぐ手を止め、さらに追加で数合入れ込む。
土鍋でも使えば炊飯器使わなくてもどうにかなるだろう。
時刻は既に深夜。許可を取って飯まで作ればこの程度の時間にはなってしまうなとため息を吐く。
時間にルーズで居られるのはこの仕事のいいところだが、急な忙しさの反動が来ているだけでおおよそ健全ではない状況に改善案を出すべきだと思い始めながら事務所の裏路地にバイクを止める。
エンジンを切って持ってきた弁当を手に持つと見慣れた顔が事務所から顔を出す。
闇に覆われる深夜に美しく輝くルビーのような赤い瞳は、たとえ深夜だろうとシンボルのように識別できる。
「よぅ」
「まさかと思ってきたけどやっぱりスカウトさんか。思ったより時間かかったね」
「先生に時間取られてな……あの人は過保護すぎていけない」
「そこに関しては人のこと言えないと思うけど……多分、スカウトさんが猫みたいだからだよ」
「猫……? 首輪付きって意味なら犬だろ」
「う~ん……なんていうんだろ。すぐどっかに行っちゃいそう」
言い返す言葉も特に見つからず口をへの字に変えて無言を貫く。
こういうときに下手な言い訳をしてしまうと墓穴を掘ることにもなりかねない。
なによりも、過去に言われた記憶のある言葉で嫌な表情が出そうになる。
無言は肯定しているようなものではあるが、明確に言葉を発するよりも意味はある。
もっとも、この意地の張り方がこの場において
「お前も人のこと言えないだろう」
「私? そうかも。でも、今の場所を自分から離れる気にはなれないかな」
そう言いながら微笑む様子に陰はなく、ただ今この時を純粋に楽しむ眩いほどに輝く少女に見える。
自分は月です、なんて顔をしながらも輝きを持つ彼女に素直に美しいという言葉が出そうになって口を噤む。
そんなこと言った暁にはもれなく両手に金属の冷たさを感じながら護送されるハメになる。
未成年と大人が夜半に一緒に居るというだけで後ろ指刺されるような世の中でまだ更迭されていない幸運に感謝して彼女を眺めると、ほんの少しの湿り気に風でたなびく髪からうっすらとシャンプーの香りがすることに気が付く。
「それよりカヨコ……風呂上りにわざわざ迎えに来るな」
「……そういうの、分かるんだ」
「女性のシャンプーの香りって分かりやすいんだよな……」
男でほとんど感じることのない、香水でもない甘い香り。
香水は人によっては強い香りでなくとも不快感が勝ることが多いものだが、不思議とそういった感覚になったことはキヴォトスに来てからはない。
高校生で香水していることもないのだろうし、シャンプーでもこんな匂いがすることはないのだろうが、いったいなんの匂いだろうか。
「う~ん……トリートメントの匂いかな? 匂いが残りやすいってよく言うし」
「ああ、なるほど。そりゃ男は使わないわけだな……」
男で髪のメンテナンスをしっかりとしている人間が居るのも稀だろう。
一分お湯で流してシャンプーはちゃんと泡立てて、なんて一回だけならまだしも何度もやるとなると地味に手間になるから試してみたはいいものの、継続しなかった人間も多いかもしれない。
ヘアオイルまで似た系統の匂いでやればワックスと違って落とすのにそう苦労はないらしいのだが、これも先生に教えられた知識なだけで実践したことはそんなにない。
女性ってすごいのだな、と他人ごとのように考えていると、カヨコからどこか冷たい視線を浴びせられる。
「……ところで、スカウトさんって匂いが好きなの?」
「まぁ、いい香りは好きだが。なぜ?」
「いや、わざわざ指摘してくる人なんてあんまり居ないし」
「いや、それは前職のせいだろう。鼻がつまってなければある程度は嗅ぎ分けられる」
「犬……?」
「犬だったり猫だったり私の種族入れ替わりは激しいな」
指摘されてよく考えてみると、女子高生にわざわざシャワーを浴びてきたのか聞くのはセクハラに当たるのではないだろうかと思い至る。
あまり意識していなかったが、ヴァルキューレに突き出されようものなら問答無用で拘留されそうだ。
副局長にお願いすれば勢いでいけそうなところはあるが、出来ることなら御厄介になりたくないと密かに震える。
「とりあえず事務所に入ろう。このままだと風邪を……」
「くしゅっ……」
「タイミングいいな……」