1.
十年前。エクソダス格納庫。
主人を失ったその施設へと続く扉が、重々しく開いた。
「気をつけろ、カンナギ派の残党が潜伏しているかもしれん」
先陣を切る白服が、武器を構えて後続の部隊にそう促した。
そして薄暗い中、銃に取り付けたライトの明かりを頼りに念入りなクリアリングと打ち捨てられた資料やサンプルの回収を行っていく。
そして最後、建造途中だったエクソダス内部に一同は潜入。
厳重なロックを物理的に焼き切って、開いたその先に、うごめく物陰を認め、そちらにライトを一斉に浴びせる。
「これは……」
普段は事務的に事を処理する彼らだったが、その内の一人が思わず声をあげた。
そこにあったのは、貴重な研究資料ではない。そこにいたのは人外の合成生物などではない。
年端も行かない一人の幼女だった。
顔に恐怖の色はなく、ただキョトンと虚心で咄嗟に銃器を構えた財団の構成員たちを見上げるだけ。
やや丈の余った緑の手術着をまとい、顔面に痛々しく手術痕を、紅の血が滲む包帯で覆っている。
その様はまるで、茨の上に咲いた薔薇のようだ、と最初の目撃者はふと思ったのだと言う。
〜〜〜
未だ少年の域を出ないその若者は頭を下げ、慎んで事の始終を報告した。
対する上役たちの表情は、浮かない。
理由は明白。離反者たちの掃討も兼ねたその研究成果の鹵獲作戦が、芳しい成果ではなかったからだ。
その席の一つが空いている。察するに、先に射殺されたキイマ統制官のものだろう。
「……まさかミュータミットの幼体のみとはな」
「おそらくカンナギ先生は、その拠点を本格的に宇宙空間へ移す予定だったのでしょう。よって地上の関連施設はほとんど放棄されており、残されたのは処分寸前だった『彼女』だけだったと」
『そんなことは聞いていない! この為体をどうするのだ!?』
リモートで会議に参加している誰かがスピーカーとモニター越しに甲高く喚いた。
『ミッテル・イカルガ! 君はレム・カンナギの助手だったが、直前で袂を分かったことで罪を免れたのだ! 今回の作戦の協力を条件にな! それが、こんな……っ』
「しかし確保できた彼女は劣悪な環境下で、一ヶ月も生存しました。他のサンプルが死亡していたにも関わらずです。その生命力には着目すべきで……」
『それがどうした!? サドンダスには遠く及ばん! そもそも君の提出した検査結果では、この個体は……』
「まぁ良いではないか」
ミッテルに助け舟を出した、というよりも神経質な喚声に辟易した、といった調子で、最年長の幹部が制止した。
「それよりも、今後の内外の研究部門を問わず、投資対象をあらためて精査せねばなるまい。エニグマの進捗状況はどうなっているか」
「いや、それよりも
と、もはや自分のことなど預かり知らない、といった調子で、議論は『彼女』から外れていった。もはやアンノウンエネルギー部門は、過去の遺物でしかない。敵や裏切り者でさえない。もはや無かったことも同然なのだ。
その悔しさも、あったのだろう。
見返したい。鼻をあかしてやりたい。何かを残したいと。自分たちには、まだ出来ることがあるはずだと。
それこそがミュータミット・ジュバ……零星天火を育てたきっかけだった。