「……なーんか、ヘンなの入ってきたなぁ」
『弓束葉月を名乗る何者か』は、職員室で天井を仰ぎながらぼんやりと呟いた。
そこには、物憂げな表情が浮かんでいる。
他の教員たちはそんないつもの彼らしからぬ表情を気にする様子もなかった。皆、深夜の非常灯のみがついた部屋の中、虚な表情で無言で俯いている。
「オレはただ、みんなとダチになって、宇宙に行きたいだけなのに」
と、感傷深く呟く葉月だったが、その傍らにあった、人工衛星をデフォルメ化したマスコット人形をおもむろに、頭から掴み上げて、
『挫けちゃダメだよ、今は無理でも、頑張ってればみんな分かってくれるって!』
と、口を開閉させた。
声を甲高くした、彼自身による誰かのモノマネである。
「ユウキ……だなっ! よーっし! あいつらとも絶対ぇダチになって、認めさせてやるっ!」
『うんうん、それでこそだよ!』
そして人形をぞんざいに投げ捨てて、座っている椅子のキャスターを滑らせて隣の席のノートPCを開く。
『まったく……君たちの能天気さは相変わらずだな。苦労させられてるこっちの身にもなってくれ』
適当なタイピングでガチャガチャとキーを鳴らしながら、それとは対照的の、落ち着いた青年の声を出す。
「そう言うなってケンゴォ! お前のスイッチの力、アテにしてんだからよ!」
それに、自分自身で応答する。
『だったら、こいつをついでに試して来い』
「これは?」
『10番のスイッチだ』
上向きにした彼の右手の上に、水銀のごときものが吹きこぼれる。
やがてそれはアストロスイッチの形となった。小型のレバーに、黄色いボディ。そして、誰しも見ればそうと分かる稲妻のマークと、10番。
「サンキュー! さっそく使わせてもらうぜっ!」
それを放り投げて自身の左手でキャッチしてから、さらにそれをあらぬ方向へと投げつけた。
「協力してくれてるうちは、あんたをコズミックエネジー漬けにするつもりはねーよ。心配せずガンガン使ってくれ!」
その言葉を向けた先、部屋の片隅、浮いたスイッチをキャッチするため、男の腕が闇より伸びた。
〜〜〜
衝撃の始業式から明くる朝。
僕はまた、愕然とすることになった。
別に、何かが起こったわけじゃない。
ごく自然に登校し、朝練のランニングをする女子生徒たち。
なんの説明もない朝礼。
傷一つついていない校舎。
……本当に、昨日起こったことは現実だったのか?
「おはよー、つくしちゃん。昨日はお疲れお疲れ。いや、つかヤバいねこのスルーっぷり」
絡むような零星天火の言葉だけが、それを証明してくれる。
制服も損失している彼女は、やや短めに詰めたスカートはそのままに、上着だけが財団の白服だった。
無言で目を見開いて顧みる僕に、少女の
「て言うかもっとヤバいのがさぁ、昨日のヤツ、土御門璃瑠香って言うんだけど、最初っからそんなヤツいなかったことになってるんだよね」
口を開けて声をあげそうになる。それを指で唇を制して止める。
「当然、学生名簿からも削除されていた」
不自然に空いた中央の一席があったのに、誰もそこに言及しなかった。
「この学園は、相当に浸食されてる。というか、マトモなのは私たちぐらいなんじゃないの?」
面白げに口端を吊り上げて見せる彼女に、僕は閉口する。
まとも。これがまともと言えるのか。
頭のおかしい犯罪者たちに保証されている、僕の正気が。
……胃の腑がまた、あらゆるものを拒絶してえづく。
僕は、どこまでが正気だ? どこからの、記憶が本物だ?
それでも、見えているものはある。動かなければならないことがある。
――空から、女の子が落ちてくる。
飛口結奈。
見覚えがある、ソバージュの少女の姿に、僕は気が付いたら駆けだしていた。