「……っ! 飛口!」
僕は駆け出していた。
なんの力も無いままに。何ができるのかも弁えないままに。
それでも、僕がやるしか無い。
これも何かしらのとからが作用してか。周りの生徒の反応はあり得ないほどに鈍い。茫洋と天を見上げる彼女たちの中を突っ切って、僕は校舎の壁に足をつけて三角蹴り。少しでも地上との落差を緩和するべく彼女を抱き止めた。
だけどそこまでやって、着地の算段がついていないことを悟る。
すでに落下予定地点は、上の状況など顧みない人混みで埋まっていた。このままでは、何人かを巻き込んでしまう。
……と、その時に。
僕らの身体が宙吊りになった。
飛口を抱えたままの僕に胴回りを、赤い蛇のようなものが絡め取っている。
それが上から長く伸びた舌であると気がついたのは、見上げた時、二階の手すりにいた小さな影だった。
宇宙人のような、忍者の形をした、小型の人形。ちょうどダスダードを二頭身化させたようなその頭にスイッチが刺さって丁髷のようだった。
その短い右腕の先に、カメレオンの頭部を模したグローブとそこから垂れる赤い舌。
〈カメレオンザー〉
そうと聴こえるか聴こえないか微妙な線引きの機械音声とともに、左手も合わせて使って僕たちを巻き上げていく。そしてクレーンゲームの要領で、皆の頭上を移動。安全なところでゆっくりと降ろされて解放された。
その様を、誰が咎めるわけでもない。
「ムチャするねぇ。このダスダドロイド君がいなかったら、どうなっていたことやら」
花壇の上にへたり込んだ僕を見下す天火の、その腕の中にその人形が滑り込む。
「けどま、コレも青春ってヤツ?」
と、独り勝手な解釈をする彼女を無視して、僕は改めて結奈を抱えあげた。
~~~
保健室のベッドにてしばらく身を休ませていると、飛口結奈はうすぼんやりと意識を取り戻した。
「良かった。気が付いた」
と、素直に安堵する僕に対しても反応は薄く、
「……あなた、は……慈白、さん?」
と問い返し、今の自分がどういう経緯でどういう状態にあるのか、把握する気も、関心さえも無さそうだった。
「どうしてあんな場所に落ちて来たの」
ひょっとして、イジメを苦にして飛び降りたのか――そう続こうとする言葉を、飲み込んだ。
「高く、飛びたかった」
と、彼女はおもむろに言った。思ったよりの悲壮感は、感じられない。むしろ上向きの意識を感じさせる。
「私、もう一度高跳びをやりたい。でもそれは、自分のためだけじゃなくて、葉月先生のためでもある。あの人の熱意と応援に、報いたいの……あの人は、憧れだから」
――如月先生は、僕の憧れなんですっ
「彼は、私のことを自分の夢だって言ってくれた。自分も、高く飛んでいきたい場所がある。その夢を、一緒にかなえようって」
――だから、皆さんの夢、僕にも手伝わせてください!
「だから私は、その期待に応えなくちゃいけないの」
――こんなんじゃだめだ。期待に応えなくちゃ……!
「もっと、もっともっと高く……!」
――もっと、もっともっと高く……!
かつての僕の言葉と、今の彼女の言葉が重なる。
「――だめだよ……それは、呪いだ」
自分でも留めることができず、つい言葉が漏れた。
そして口にしてから失言を悟り、軽く慌てて
「えぇっと、だからってダメだよ。屋上で飛ぶ練習なんて」
なんて、自覚あるぐらい無理やりに取り繕う。
そもそも、彼女の話は不明瞭で、実際は何を想って飛んだのか理解できていない。
けどそれを気にする様子は、結奈からは見受けられない。いやそもそも、耳に入っているかさえも怪しい。
痛ましい沈黙が続いた後、チャイムが鳴った。
結奈は、フラフラと立ち上がった。
「授業、出ないと……」
「え!? その、大丈夫なの」
「葉月先生の授業だから、出ないと」
覚束ない声と足取りで、彼女は部屋から出ていった。
出て行った扉が閉まるまで、僕はパイプ椅子から、何かに縛られるように立つことができなかった。
きっと、僕以外のライダー部なら、彼女を追った。
「ありゃ、大丈夫じゃないね」
打ち捨てられた僕の問いかけに、カーテンに仕切られた隣のベッドから、答えが返ってきた。
衣が擦れる音とともに仕切りは開かれ、気づけば姿が見えなくなっていた零星天が寝そべっていた。
「……どういうことだ」
「鈍いねぇ、つくしちゃん。どう見てもマトモじゃなかったでしょ、あのコ」
と、ミュータミットは口端を不敵に釣り上げた。
「潜入する前から調査はしてたんだけど、この学園の職員生徒は、大なり小なりコズミックエナジーを注入されてトランス状態にある。多分、全員にヤツからの『接触』があったはずだよ……例えば、こんな感じ?」
そう言って彼女は、拳を突き出した。
無意識に伸びた僕の拳に自分のそれを叩きつける。さらに上下に打ち合わせる……あの人も好きだった、友好のサインだ。
「そしてその精神の侵食度には段階がある。人格や生活習慣はそのままに、この学園に巣食うヤツにとって都合の悪いことは認識、記憶できない。それが第一ステージ。さらに踏み込んで来ようとする余所者を能動的に排除するため、倫理観や道徳観念が減退し、代わりに攻撃性が増し、本体から送られてくる指示を無自覚かつ盲目的に実行する。これが第二ステージ。ここに至ると見込み有りとしてあのスイッチを渡されている可能性が高い。スイッチを使いユーナイトに変化するごとに、加速度的に侵食は進行していく。そして……行動原理や思考が破綻し始め、廃人同然の操り人形となる。これが最終ステージ。彼女はその一歩手前……かなりのヘビースイッチャーってとこかな」
大方は、あのサポート役からの受け売りだろう。彼女の口から告げられる、淡々とした、だが残酷な説明。立ち上がった僕は、
「どうすれば、それを止められる?」
そう、尋ねる。
「ゾディアーツと同じだよ。彼女たちを侵食しているコズミックエネジーと対となるエネルギーを叩きつける。供給源であるスイッチを破壊する。その二つだね」
そうか。呟いた僕は、そのまま足早に彼女を追おうとする。
だけど、持ち上げたカバンに違和感を覚えた。
軽すぎる。あるべき中身が、そこにはない。口も空いている。
「お探しのモノは、これかにゃ?」
おどけた調子で天火が言った。
振り返れば、寝そべったままの彼女は、その目当てのものを持っていた。
つまり、大振りのコンソール。四つのスイッチ用のソケットを持つ……僕のドライバー。
「返せ!」
と手を伸ばせば、容易く奪い返せた。というよりも、あっさりと天火は手放した。
「それ、要る?」
と彼女はなお問う。
「だってそれ、オモチャでしょ」
あまりの暴言に、言葉を失う。いや、暴言でありつつも、ある種当たっていたし、僕には反論することができなかった。その資格が無かった。
「……そうだよ」
少なくとも、僕のような脱落者にとっては、無用の長物というのは正しいのだから。
「これは、量産型モデルのフォーゼドライバー。僕はそのテストパイロットだった」
すでにメインシステムはクローズされているし、そもそも起動するためのスイッチモジュールも足りていない。別れの品として押し付けられた、記念トロフィーのようなものだ。
あらためて自分の弱さを嫌悪し、噛み締めるように続けた。
「でも僕は、フォーゼになれなかった」