ほぼ本能的に、僕は駆け出していた。興の乗ったような調子で天火が後に続いた。
屋上へ。おそらく騒動の発端となった地点へ。彼女にもっとも近づける場所へ。
そして現場にたどり着くと、すでにそこは散々な有様だった。
素行不良の生徒たちが倒れ伏す。皆、絶命こそしていないものの、尋常ではない体勢や形相で、喪心していた。
その加害者と被害者が逆転した構図の頂点に、彼女は浮いていた。
「……やめろッ、結奈!」
僕はたまらず、ファーストネームを呼んで制止をかけた。
彼女はまるで僕の声だけに反応するように、女の首根っこを掴んだまま緩慢に見下ろしてきた。
『慈白さん……? あぁ、慈白さんも高く飛びたいのね!』
陶酔の直中、空中で轟く少女の声音は、鉄錆びていた。
おぞましいが、不思議と蠱惑も感じてしまえる。
高く飛びたい。ほんの少し前なら、その願いにほんのわずかにでも共感を覚えずにはいられなかっただろう。
「――違うだろ」
けれども僕は、靡かない。少なくとも、今は。
「最初はそうじゃなかったはずだ。ただ周りがそう圧力をかけてくるうちに、いつしかそれが自分の本望だと思い込まされてきたんだ。僕も、君も」
『……』
僕は偽りのフォーゼドライバーを腹の前にセットする。
ベルトが手早く展開こそすれ、起動には至らない。まるでかつて拒んだ僕を、『何を今さら』と拒むように。
「僕らは、自由に飛びたかったんだ」
そして僕は、彼がそうであったように、目の前の人々を助けたいから一度はヒーローを志したはずだった。
そんな僕の手には今、鉛色のアタッチメントが在る。
――これを使えば、君はもうお仲間のところへは帰れない
背後の天火はついさっき、そう言った。
脅しじゃない。システムの話じゃない。
これは、冒涜だ。
フォーゼ復活の悲願。卒業していった。諸先輩方の青春、宇宙仮面ライダー部が未来に託した希望。それを、死の商人の作り出したアイテムで塗り替える。
決して許されることじゃない。
そもそも僕に、フォーゼに変身する資格なんてない。
だからこそ。
〈Gyro〉
〈Aero〉
僕は、二つのアストロスイッチをアタッチメントの中央にセットする。
三十六番、エアロ。三十七番、ジャイロ。
〈Fall Down……3・2・1……0〉
戦闘機を想わせるその装置をかぶせるようにフォーゼドライバーにセットする。
四基の装填口、すべてを制圧してがっちりとそれを固定した。
まるで、咎人を封じる鉄仮面のように。
遥か高みの理想が、目の前で苦しむ人々を助ける妨げとなるなら。
周りの正義や友情が、僕自身の枷となるのなら。
それら一切を、捨てて僕は堕ちる。
ごめんなさい。ただ一言、心の中で恩師たちに詫びた。
「でもここからは――好きなように飛ばせてもらう。せめてド派手に、落ちてやる!」
僕は右手を腰に固定したまま、左腕を空へと向けて突き出す。掌の花を咲かせる。
そして大きくその腕を旋回させてから、右手でレバーを前後させる。
「変身!」
訓練では何度も言ったそのキーワードを、せめてもの別辞と、消えない罪の証として告げる。
コズミックエナジーをマテリアライズするためのゲートが周りに展開する。
そこから生じた輝きが、わずかに装備のパージされたフォーゼのスーツを展開する。だが、そのゲートの中を、同じく物質化したくすんだ緑の影が飛んでいく。
それは、飛行機型のユニットだった。
さながら十字架を立てるように急上昇したそれは、僕の頭上で一気に失速して落下して、ゲートを叩き割った。そして自身も割れた。
散った破片のうち、一際大きく残った四枚羽のジャイロが僕の背で浮かび上がって、中空で回転を始めた。
爆風と黒煙とを巻き込み、吸い込んでいく。
その破片が嵐の目に在る僕を、フォーゼの素体を鎧う。
システムが書き換えられていく中で、多角的に映し出されるモニターから、今の自分の姿を客観視できた。
本来丸い目つきの上半ばを覆い隠す、迷彩にも似たパターンを織り成すダークグリーンの装甲が頭と肩に被さる。
両脚のエアロのモジュールも同じ色と模様に塗り替えられる。背に取り付けられたジャイロの羽根は縮小下されて背に畳まれる。無骨で惨めな、堕天使の翼だ。
「もう、フォーゼにならなくて良い。ライダー部でさえない」
掲げた腕を振り下ろし、宣う僕の脳裏に、その名が浮かぶ。そうと決めた時から、すでにあった。
「僕は、仮面ライダーフォールだ」