噓企画2024(フォーゼ反転物)   作:大島海峡

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第一話:素足青春/失意転校×友愛同一
1.


 慈白(いつくしら)展葉(ひろば)

 そう書かれた学生手帳を開いて見る。ブラックホールのように黒い装丁も、そこに浮かぶ『織機(おりはた)』と刻まれた金色の校章も、慣れはしない。

 けどそれが、今日からの僕の肩書き。

 新しい僕だ。

 

 だけど、そこに何の感動も無い。

 当たり前だ。

 僕は、逃げてきた。太陽と月から背を向けて。

 

 もっとも、学生鞄に指定はなかったから、前の学校のままだった。

 まず目についたのは、宇宙服をデフォルメした、白いシンボルのステッカー。いつかは剥がさないといけないが、今ではないだろうとスルーする。

 

 問題が中身だ。一枚の色紙だ。

 所属していた『部活』からの、寄せ書き。

 そこに寄せられたメッセージは、クラスメイトからのよそよそしい別辞とは違い、真心からのものなのだろう。筆圧から、丁寧な筆跡からそれが分かる。

 

 だけど、だからこそ……重い。気分が悪くなる。

 そしてそんな風に感じてしまう僕は、きっとあそこに居ていい場所じゃない。

 

 だから、これはもう捨ててしまおう。

 その思いで、通学路の橋、その下を流れる水路に向けて、摘み上げたその指を緩めた。

 風に舞って流れる色紙。だがそれを、さらなる風の圧が追った。

 

 舞い上がる風、スカート。反射的に顧みた目の前を横切る猫のように伸び上がった腿。

 そしてそれらが飛沫に濡れることも躊躇わず着水した彼女の手には、捨てたはずの色紙が握り取られている。

 

「これ、捨てちゃダメなヤツなんじゃないの?」

 僕の方を見上げながらそう文句をつけるのは、同じ学校のブレザーを羽織った女子。波打つ髪。特に意図を感じさせないまま、吊り上がっている口端。星の煌めきが、どこか挑発的な双眸の中で瞬いている。

 一瞬それに惹かれたのは確かだ。でも、すぐに醒めた。

「おーい、どしたー?」

 そう声を再度かけられても無視して、ため息一つを残してその場を去る。

 

「ま、コレも青春だねぃ」

 という、鼻にかかった勝手な納得を背越しに聴きつつ。

 

 〜〜〜

 

 この織機は、郊外の山のふもとにある私立学校だ。

 歴史はそれなりにある学校ではあるものの、数年前に突如として校舎を改装していて、未だ新築の匂いが残っている。

 中高エスカレーター式で高校からの新規入学、編入が少なくて全寮制という閉鎖的なスタイルも、今の僕にとっては都合が良かった。

 

弓束(ゆづか)葉月(はづき)

 という名前が、教室のホワイトボードに大々的に、力強く板書されている。

 

「これがオレの名だ。学年主任で、学園全員と、ダチになるヤツの名だ」

 だが、名前自体よりも、僕はそのグレーのスーツを着た、若い男性教諭の存在感に圧倒される。

 やや前のめりの髪型。その暑苦しさとは反対に、こざっぱりとした爽やかな顔立ち、表情の作り。本来のクラス担当である、江鳴(えなる)輝明(てるあき)先生を隅へと押しやる強引さ。

 これは、まるで……

 頭に浮かんだ過去の残影を、振り払う。

 

「ハヅセンー、それ去年もやったー」

 と野次が飛ぶ。どっと笑いが沸くが、葉月先生は照れる様子も見せずに、

「まーまーまー! 今年からこの学園に来たヤツもクラスにいるし、こういうのはしっかりやんねーとな!」

 

 そして、彼は僕の前に回り込んできた。そして、大きな手を差し出した。

 

「歓迎するぜ、展葉。これでお前も、今日からオレのダチだ」

 ……そのセリフも、所作も、本当に似ている。

 憧れていたあの人と。なりたかったその人と。

 どれほど拒もうとも、受け入れてくれるおおらかさも。

 

 だから、何かに取り憑かれたかのように、僕も机の下で握っていた拳を解いて、そろそろと彼の手に伸びる。溺れる者が板切れに縋るように、掴もうとする。

 

 だけど触れる間際に、

 

「やっと着いたー! いやもうホント全然乾かなくてさー!」

 などと大声が教室にこだました。戸がスライドしてけたたましく音が鳴る。

 教壇側の外口の方を見れば、両手に濡れたままの靴下を提げたあの女子生徒が、素足で扉を開けていた。

 

「ん? なんかお取り込み中?」

 教室の空気が凍ったのは他ならぬ自分のせいだろうに。そんな自覚もなく、少女はキョトンと目を見開いていた。

 

「……遅刻だ。席につきなさい。零星(れいぜい)天火(てんか)くん」

「マジすか、まぁそれも青春ってことで、許してちょーだいよ」

 なんて、江鳴先生から叱責を受けてもどこ吹く風。

 猫のようなしなやかさで、僕の隣の空席に我が身を滑らせた。

 

「おう、そーいやお前も編入生だったな。これからよろしくな、天火」

 そう言って僕の前に浮いていた手が、彼女の前へと移動する。

 それをじっと見つめた彼女は「んー」と伸びをするように喉奥から声を絞り上げた後、

「いいや」

 と机の上に靴下を干しつつ拒絶した。

 

「誰の手を取るかは、私が決めるし……つかアンタ、あからさまにヤバそうだし」

 ぴしり、と今度こそ、空気に亀裂が入った音を、静寂の中で確かに聞いた気がした。

 

 けれど、葉月先生の大笑が、その雰囲気の重さを豪放に消し飛ばした。

「いいぜ、でもいつかオレと、ダチになってもらうからな」

 と決意を宣ったあたりで、江鳴先生が急かすように移動を命じた。

 彼女……零星天火の目線は、椅子の引かれる騒がしさの中で、僕へと流されていた。

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