噓企画2024(フォーゼ反転物)   作:大島海峡

4 / 21
3.

 いじめられていた女子生徒がどうにか泣き止んだのは、彼女を校庭の水飲み場に連れてきた時のことだった。

「あ、ありがとう……」

 口を濯いでいる僕に背中から礼を述べたのは、やはり同学年生だった、飛口(とびくち)結奈(ゆいな)。二年生。名前だけは最低限聞かされたが、それ以上は何も言わない。

 

 泣き腫らした目をやや長めの前髪の裏に隠し、あまり血色の良くない唇を震わせている。だが、骨格肉付きはしっかりしている。特に、下半身が。なにか運動をやっていたようだと本人が口を開く前に分かった。

 そんな彼女を突き放すわけにもいかず、かといって自分から慰めるような術を持たず、痛々しい沈黙の時間が続いた。

 

「あなた、転校生?」

 結奈がおもむろに尋ねた。僕は言葉もなく頷いた。

「何となく、空気で分かった」

 と彼女は続けて言った。

「私も、転校してきたの」

 と。

 そのうえで、身の上話を聞かされ続けた。

 

 昴星(すばるぼし)高校。知らない名前じゃない。

 かつては陸上部に所属し、走り高跳びの選手としてそれなりに記録も残していた彼女は、スポーツ特待で同校に入学したという。

 けれども、肉体の資質はともかくとして、心がアスリート向きじゃなかったらしい。

 

 コーチ陣からの期待と重圧。いわれのないやっかみ。善意も悪意問わず、周りの目線や態度は繊細な彼女の心を脅かし、そしてそれに引きずられる形で身体も壊した。

 そして逃げるようにこの『織学』に入学したという。

 

「もちろんこの学校でも居場所は作れなかったけど、葉月先生がいた」

 最初に担任してくれたのが、当時一教師に過ぎなかった弓束葉月だった。

 彼は情熱を持ち、親身になって彼女の身体を労わり、リハビリに根気強く付き合い、そして励まして心の支えとなった。

 

「少し変な形だけど、高く飛べるためのお守りもくれた……そういう付き合い方が、あの人たちに誤解されちゃったのかも」

 そういう彼女は、あながち誤解曲解でも無さそうな、恍惚と優越を俯く顔に浮かべていた。

 

 また、吐き気がこみあげる。

 脳裏に、葉月学年主任と似た所作が蘇る。

 結果として、それを拒んだ僕自身も。

 

「あなたにも、似たような経験がある?」

 まるでそれを見透かしたように、結奈が問いかけてくる。

 

 僕は、答えなかった。

 憧憬、期待、転落、逃避。

 まさに、どこかで聞いたような話だ。だけど同情はしない。

 どこにでもありふれた話だし、ただの傷の舐めあいに過ぎないと、分かっているはずなのに、察していたとしてどうして聞いてくる必要がある? 答える必要がある?

 

 だから、一礼とともにその場を去る。その沈黙をこそ、返答代わりにして。

 通り過ぎる間際、ふとなんとなしに、彼女の閉じられた掌の硬さが気になった。

 例のお守り、とやらでも握られていたのだろうか。

 果たして、その内に秘められていたのは、なんだったのか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。