「ちょっと貴方」
素足でぺたぺたと歩いていた零星天火は、廊下で呼び止められた。
何の気なしに首だけ振り返った彼女は、思わず「うわ」と声をあげてしまった。
少女としてはきつめの目付き、生徒にしてはきつめの化粧……そして、現代社会を生きるにしては、きつめのロールの髪。
まるでWEB小説の令嬢物とやらに出てくるような、いわゆる『お嬢様』が、そこには立っていた。
「また、濃いの来たなぁー……」
さしもの彼女でさえ呆れる様を微塵も汲み取ることもせず、彼女はきつい眼をさらに尖らせて、
「編入早々、葉月先生に無礼ではありませんこと? 差し出された握手を、返すこともなく」
と甲高く苦言を申し立てる。
「なるほど」
天火は頭の後ろで手を組んで、身体の向きを変えてあらためて、その女子生徒と対する。
資料で見た顔だった。というか、忘れるはずもない。
「君は、その握手とやらを返したんだろうね」
「レディとして、当然のたしなみですわ」
「……まあ、そりゃそうか。
あの時は気にしていなかったが、同じクラスの生徒だ。
どこぞの財閥の令嬢だったが、経営していた企業が倒産。財産も親類や重役たちにむしり取られて、ここへと流れ着いた。
そのころにはお決まりの取り巻きもいたのかな、と思うと憐れみと同じぐらい面白さもあった。
「さすが単細胞。反応がストレートで助かるね」
「なんですって!?」
「あぁ、別に君に言ってるわけじゃないよ、安物のお人形さん?」
それこそ、本当に天火にしてみれば他意なく言ったことだったのだが。
だが、自覚無き傀儡を激怒せしめるには、十分すぎた。
「訳の分からないことを……っ、こうなっては、その身体に直接刻み込んであげるしか、ありませんわね!」
吼えるようにそう言う土御門の瞳の奥に、妖星が瞬く。
その手に握られているのは、黄色と黒を基調とした、スイッチ型のモジュール。貼られたナンバーは、3。ねじ上がる頭のツマミを、回す。
〈Drill On!〉
電子音声が、短い文脈に節をつけて詠う。
瞬間、その指とモジュールの接点から、名状し難き、銀河の闇が噴出する。
その中を突き出して現れた銀色の半固形物が、色をパステルな黄色に変え、形を分裂したパーツに変える。特に目を惹くのは、鋭く尖った三基のドリル。
それが彼女の身体を、本来の身の丈以上の異形の鉄人へと変貌させる。
黄色い装甲と、それを繋ぐ黒いサスペンション。何処からが顔かさえも分からない、バイザーのついた頭部でオレンジ色のLEDが耀く。
頭頂と両腕に取り付けられたドリルはエグみのある反り返しを持ち、岩盤を掘削するより他者を、最大限の苦痛を与えて絶命せしめることを念頭に置いている。
誰に握手することも出来ないようなその腕を、躊躇わず彼女は、天火へと向けて突き出した。
制服に突き立ったそれは難なくその生地を突き破り、生じた回転はさらにそれを巻き込み裁断する。
……制服の、話である。
その間際に離脱した彼女本体は、天井の電灯を握り締めていた。
そして鉄の怪物と化した土御門璃瑠香を見下ろしながら、
「あーあー、制服もボロボロ。靴もびしょびしょ……なんて入学初日だよぅ」
と嘆きつつ、口元を綻ばせて、
「まぁコレも……青春?」
と、他人事のように彼女へと問いかけたのだった。