噓企画2024(フォーゼ反転物)   作:大島海峡

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5.

 にわかに、後ろが騒がしくなった。

 ただの生徒同士の喧騒、というのとは違う。本物の、悲鳴。絶叫。阿鼻叫喚。

 次いで、算を乱して逃げてくる生徒や教員が僕を追い抜いた。

 

 そして最後尾……いわゆる殿(しんがり)を軽いステップで、素足で、少女が逃げていた。いや……逃げていると言えるのか。この余裕ぶりは。

 そして、僕と目が合った。と言うより合わせてきた。近寄ってきた。

 

「あ、つくしちゃんじゃーん」

 まるで十年来の親友のように馴れ馴れしく、今まで呼ばれたこともないようなあだ名で呼ばわるのは、たしか零星天火。

 今朝から何かと因縁のある、奇妙な女子だ。

 

 だがそのフレンドリーさの裏で、何者かが地響きを立てている。

 視界の片隅にでも入れば、異様なその存在感は嫌でも焼きつく。

 

「なんだ、アレ……っ」

 黄色い鋼鉄の巨魁。肩をいからせて歩いてくる。

『忌々しい野鼠……少し身体に風穴開けるだけで勘弁してあげるから、観念なさい!』

 と、明確に殺意を彼女にのみ絞って。

 両手のドリルを回転させながらそれを打ち合わせ、金属音と火花を散らす。

 

 でも……あれは。

 あれは、まるで……

 

 詮索も思索も後だ。今はこの場から逃げることが先決だった。

 もうフツーの生徒がとか、彼らならどうするだとかでまごついてはいられない。

 

「とにかく、こっちへ!」

 そして僕は彼女の手を引いて、逃げる人々から外れて駆け去った。

 

 〜〜〜

 

 最近の不摂生が祟ったか。それともこの異常時に精神がすり減ったせいか。

 自分たちの教室に戻って身を隠す僕は息をつき、その傍の天火は

「つくしちゃん、やっさしいんだー」

 と、息も心も乱さず、机にまたがり他人事のように感心してみせる。

 その呑気さに呆れつつ、

「君、なんであんなのに追われてた? て言うかあれはなんだ!?」

 と鋭く問い質す。

「さぁ? それを私も知っときたいところだけど」

 なんて、余裕の笑みをたたえて小首を傾げる。

 

「表面的に起こったことは、なんかドリルのお嬢様に突っかかられて、で、そのお嬢様がマジでドリルになって襲ってきた」

「まったく意味が分からない!」

 

 と言っても、彼女としてもそれ以外に説明がつかないだろうから、それ以上の追及は諦める。とりあえず、今のところは。

 

 出入り口を見張り、追いつかれていないことを確かめつつ、僕は自身のカバンをまさぐった。その中にある手応えの中で、一番重く、大きな感触。それを避ければ、手の甲に『37』と刻まれたスイッチが当たる。

 だが……()()()()()を今更持ち出したところで、何になるというのだろう。こんなものに縋って、無意識のうちに退路もない場所へと逃げ込んでしまった。

 

 そしてその一瞬の意識の逸れが、自身の足下で次第に大きくなっていた異音と、わずかに盛り上がったタイルに気づくのを遅らせた。

 

「危ない!」

 天火が僕を突き飛ばす。僕らの間に派手な破砕音と共に粉塵が巻き起こり、その勢いに、互いが端まで吹き飛ばされる。

 

「いっつー……」

 ロッカーにぶち当たって転がる彼女の袖口は裂けて、赤く血が滲んでいる。

 助けたつもりが逆に助けられていたら、世話ない。

 

『見つけましたわよ、ドブネズミども』

 その煙幕の中から現れたドリルの鉄人が、床を穿ち抜いて来たであろうその両腕を、凶暴な音と共に回転させている。

 複数形になった、ということは知らず知らずのうちに僕もターゲットに入れられたらしい。

 

「こっちがネズミなら、君はモグラかな」

 危機に陥っても、天火は飄々とした調子は崩さず、相手の神経を逆撫でするコメントを返した。

 

「んー、初日は様子見ってキツく言われてんだけどなぁ……ま、仕方ないか」

 なんて、今更なことをぼやきつつ彼女の手には、ある小物が握られていた。

 

 円錐形の姿に、その禍々しい朱色に、憶えがあった。経験ではなく、周囲に教えられた予備知識として。

 

 躊躇いなく天火はそれ……スイッチを押した。

 瞬間、彼女の体は星屑を含んだ霧状の幕に覆われて、蠍座の星を浮かび上がらせながらその姿形(シルエット)を変異させる。

 

 すなわち、霧が晴れれば灰褐色の外殻と、その正中線に星座のラインを宿した怪物が、天火と入れ替わるかたちでその場に立っている。

 蠍をそのまま載せたような異形の頭部が、わずかにこちらに傾けられた。

 

 そのおぞましさ、その怪異さに気押されて身を竦めた僕の口からは、知らず言葉が漏れた。

 

「ゾディ、アーツ……」

 かつての母校を侵食していた、怪物たちの総称を。

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