にわかに、後ろが騒がしくなった。
ただの生徒同士の喧騒、というのとは違う。本物の、悲鳴。絶叫。阿鼻叫喚。
次いで、算を乱して逃げてくる生徒や教員が僕を追い抜いた。
そして最後尾……いわゆる
そして、僕と目が合った。と言うより合わせてきた。近寄ってきた。
「あ、つくしちゃんじゃーん」
まるで十年来の親友のように馴れ馴れしく、今まで呼ばれたこともないようなあだ名で呼ばわるのは、たしか零星天火。
今朝から何かと因縁のある、奇妙な女子だ。
だがそのフレンドリーさの裏で、何者かが地響きを立てている。
視界の片隅にでも入れば、異様なその存在感は嫌でも焼きつく。
「なんだ、アレ……っ」
黄色い鋼鉄の巨魁。肩をいからせて歩いてくる。
『忌々しい野鼠……少し身体に風穴開けるだけで勘弁してあげるから、観念なさい!』
と、明確に殺意を彼女にのみ絞って。
両手のドリルを回転させながらそれを打ち合わせ、金属音と火花を散らす。
でも……あれは。
あれは、まるで……
詮索も思索も後だ。今はこの場から逃げることが先決だった。
もうフツーの生徒がとか、彼らならどうするだとかでまごついてはいられない。
「とにかく、こっちへ!」
そして僕は彼女の手を引いて、逃げる人々から外れて駆け去った。
〜〜〜
最近の不摂生が祟ったか。それともこの異常時に精神がすり減ったせいか。
自分たちの教室に戻って身を隠す僕は息をつき、その傍の天火は
「つくしちゃん、やっさしいんだー」
と、息も心も乱さず、机にまたがり他人事のように感心してみせる。
その呑気さに呆れつつ、
「君、なんであんなのに追われてた? て言うかあれはなんだ!?」
と鋭く問い質す。
「さぁ? それを私も知っときたいところだけど」
なんて、余裕の笑みをたたえて小首を傾げる。
「表面的に起こったことは、なんかドリルのお嬢様に突っかかられて、で、そのお嬢様がマジでドリルになって襲ってきた」
「まったく意味が分からない!」
と言っても、彼女としてもそれ以外に説明がつかないだろうから、それ以上の追及は諦める。とりあえず、今のところは。
出入り口を見張り、追いつかれていないことを確かめつつ、僕は自身のカバンをまさぐった。その中にある手応えの中で、一番重く、大きな感触。それを避ければ、手の甲に『37』と刻まれたスイッチが当たる。
だが……
そしてその一瞬の意識の逸れが、自身の足下で次第に大きくなっていた異音と、わずかに盛り上がったタイルに気づくのを遅らせた。
「危ない!」
天火が僕を突き飛ばす。僕らの間に派手な破砕音と共に粉塵が巻き起こり、その勢いに、互いが端まで吹き飛ばされる。
「いっつー……」
ロッカーにぶち当たって転がる彼女の袖口は裂けて、赤く血が滲んでいる。
助けたつもりが逆に助けられていたら、世話ない。
『見つけましたわよ、ドブネズミども』
その煙幕の中から現れたドリルの鉄人が、床を穿ち抜いて来たであろうその両腕を、凶暴な音と共に回転させている。
複数形になった、ということは知らず知らずのうちに僕もターゲットに入れられたらしい。
「こっちがネズミなら、君はモグラかな」
危機に陥っても、天火は飄々とした調子は崩さず、相手の神経を逆撫でするコメントを返した。
「んー、初日は様子見ってキツく言われてんだけどなぁ……ま、仕方ないか」
なんて、今更なことをぼやきつつ彼女の手には、ある小物が握られていた。
円錐形の姿に、その禍々しい朱色に、憶えがあった。経験ではなく、周囲に教えられた予備知識として。
躊躇いなく天火はそれ……スイッチを押した。
瞬間、彼女の体は星屑を含んだ霧状の幕に覆われて、蠍座の星を浮かび上がらせながらその
すなわち、霧が晴れれば灰褐色の外殻と、その正中線に星座のラインを宿した怪物が、天火と入れ替わるかたちでその場に立っている。
蠍をそのまま載せたような異形の頭部が、わずかにこちらに傾けられた。
そのおぞましさ、その怪異さに気押されて身を竦めた僕の口からは、知らず言葉が漏れた。
「ゾディ、アーツ……」
かつての母校を侵食していた、怪物たちの総称を。