ゾディアーツ。
それが、十年ほど前に天ノ川学園高校を恐怖に陥れた者たちの名。
もっとも、僕が所属していた頃は、とうにその時代は過ぎて、学園は多少の衝突や不祥事こそあれ、少なくとも怪物騒ぎなんて無く、平和そのものだった。
だから僕も、それをある先輩方からの情報、あるいは資料としてしか知らない。
その怪物が、今現実に、目の前にいる。
だけどドリルの怪物にとっては、それでたじろぐ理由にも退く理由にもならないようだった。
すかさず武器化させた両腕を振って襲いかかる。
そして見るも不毛な、化け物同士の闘争が始まった。
天火の言葉を信じるのなら、敵はどこかしらのご令嬢なのだろう。だがそうとはとても思えない、パワフルな腕の振りで、
対する零星天火、だったモノは手数とスピードで勝負に出ていた。
どちらにしても、人の域の及ばない次元での戦闘が繰り広げられている。
唸る空気の中、恐怖に耐えて目を凝らしてようやく追いつくほどのものだ。
そこに、蠍の星座のラインから吐き出された黒子たちが参加する。
星屑忍者ダスダード。幹部たちが使役する正体のない戦闘員たちだ。
それが所狭しと教室中を跳ね回る。
だが、相性が悪すぎる。
もちろん、分はドリルの方にある。
どれほどに工夫を重ねてどれほどの数で押し包んで叩こうとも、スコーピオンゾディアーツの攻めは致命打とはなり得ない。全身を分厚い装甲で、関節部さえ強化ゴムのような素材で保護された『お嬢様』に、脆弱な部分など見受けられない。あったとしても、動き動かれる中、逆にその一撃が致命的になりかねない相手から見出すのは至難の技だろう。
そして、スコーピオンは反撃を気にしない正面からの一撃を食らった。
いや、防いでいる。腕を交差させてむしろその勢いを借りて、背後に飛んだ彼女は天井に超人的な腕力握力をもって、へばりつく。
それで良いのだろう。ひとまず戦略が練れるまで、近距離主体の相手からは距離を稼ぐしかない。
『小賢しい!』
だが、怒号一喝。
大振りにその上半身を回転させたドリルの怪人は、一閃とともに包囲していたダスダード達を一層。彼らを塵へと返した後、両手をまっすぐ、上のスコーピオンへと突き出した。そこから分離した両手のドリルが、蝿でも潰すように彼女を射落とした。
天火がくぐもった声と共に地に臥す。変身は解かれ、その力の源であるスイッチが彼女の手から離れ、ドリルの足下へ。そのまま、体重を加えられたそれは容易く踏み砕かれた。
「あーあ……ま、所詮は一昔前のレプリカか」
そう嘆いてみせるも、深刻さはない。
しかし状況は、今まさに死地だ。自主的に両腕に戻った掘削機が、彼女に向けて振り下ろされた。
だがその二の腕を、天火は掴み取って捻り上げた。笑みを絞り出しながらも力む彼女の顔には……赤黒い、手術痕のようなものが浮かび上がっていた。
「君は……いったい」
呆然と呟く僕をその顔で顧みつつ、予期せぬ反抗に不意を突かれた怪人を蹴り飛ばした天火は、
「つくしちゃん、私のカバンとって」
なんて、おもむろに言ってきた。
「ちょーど、へたりこんだ君の後ろにあるんだよねー」
と嫌味ったらしく促されて見てみれば、確かに散乱する座席の中、やたらと派手にデコった学生鞄があった。
それが何を意味するのか。何が入っているのか。それを確かめることもしないまま、反射で投げてしまった。
わずかに見当の外れた方向に飛んでいくそれを、天火がジャンプしてキャッチして降り立つ。
そこにすかさず、ドリルの怪物が、再度襲いかかった。
鞄が裂かれる。中の文房具や教科書が散乱する。
突撃を回避した天火はその中から的確に、
すなわち、ゾディアーツスイッチにも似た、幾何学的な意匠のバックル。手帳や筆箱を思わせる、方形の中央にパネル。
それを、腰の前に据えてベルトを展開させる。
〈Orion〉
すなわち、それは円柱のモジュール。
ペンタブレットのような、口紅のような、弾丸のようなそれに流し目で口付け、後部のスイッチを押して後、ベルトの右側にセットする。
〈Step1:Lighting Orion〉
砂時計を思わせる直線の集合、オリオン座がベルトのバックルに、順を追って描かれる。
まるで英語の教材のような、平坦な女性の、合成音声が流れる。
〈Step2:Projecting Scorpion〉
すなわち、消しゴムのような形状とサイズ感の半月型のスイッチモジュール。それを左側にセットすると表面のライトが点灯し、『m』の端を鏃のように尖らせたシンボルマークが浮かび上がる。そしてさらにオリオン座の上から蠍座が浮かび上がる。
怪物殺しの偉大な英雄と、それを殺した小さな毒蟲。
同じ空に上ることがないというその両者が、小さな画面上で重なり、明滅を繰り返す。新たな神話を紡ぎ出す。
「確か、こう言うんだったかな」
中指を人差し指を交差させた右手を、星座をなぞり上げるように直線的に舞わしめた天火は、最後に身体の前で一線を引き終えて
〈Step3〉
と鳴るのに合わせて、蠍のスイッチをさらに押しこんで、
「変身」
……かつて僕が親しんだ、そのキーワードを発した。
〈Orion&Scorpion.Projection X……〉
最後だけ抑揚と余韻をつけた音声とともに、彼女の右に紅き星雲が生じる。肢体を挟んでその逆に、ピンクのワームホールが渦を巻く。
それが彼女を挟み込むと、エネルギーの衝突によってビッグバンを想わせる衝撃が巻き起こる……彼女のシルエットを、またも常人ならざるモノへと変える。
星と爆風が消えた時、その中心点から現れたのは、紅の甲冑。中世の騎士というよりは、日本の大鎧を想起させるデザイン、出張った右肩のパーツと手甲。そしてその四肢をつなぐ、星の宝珠とライン。
だが反面、下半身はスカートのような直垂が流れてどこか女性的だ。
顔で鋭く黄色く閃くのは、鬼の牙……にも似た尖るLEDの両目パーツ。その上に戴くのは、蠍の毒尾を、もしくは弁髪、ポニーテールを模した飾り。
「……うん、注文通り、キレイなバラ色。さっすがミチルちゃん」
自身のまとったスーツを身振り手振りで確かめて、零星天火はそう満悦の声をあげる。
「というわけで」
そう、姿形は、少なくとも……
「ローゼ。今日から私は、仮面ライダーローゼだ」