最弱の国の隠れた名将に   作:韓人

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オリジナル設定が、主人公の治める城や都市の開拓、改革や軍の鍛え方などで多いため、ちょこちょこ挟む事になると思います。
ですので原作に無い内容がそれなりにあります。

またかなり強い主人公とその配下達となるので、原作キャラが負ける展開もあります。

それでも良ければどうぞ。


第1話 最弱の国に生まれども

「全軍そのまま傾注!」

 

 男が張り上げた声に、気を抜いて地面に腰をおろしていた兵士たちが顔をあげる。

 そのまま、と指示を受けたことで立ち上がらないですむのが、戦で疲れた体にはありがたい。

 

「今度の戦は、皆の奮闘によって我らが勝利となった! 心ばかりだが、酒と食事を用意した! 今宵は存分に宴を楽しんでくれ!」

「「「うおおおおお!!!」」」

「明日には我らが家に向けて発つ故、飲み過ぎぬようにな! 特に万定(まんじょう)三千人将! お前だぞ! 飲んで暴れるなよ!」

「「「「わはははは!!」」」」

 

 名指しで一人が注意されたことに、兵たちから大きな笑い声が上がる。

 これは彼らの中では、ある種の様式美であった。

 

「わかっておりますとも!!」

「ならばよし! では、宴だ!!」

「「「「おおっ!!」」」」

 

 男の言葉に、一斉に疲れて座り込んでいた兵士たちが元気になって立ち上がる。

 そこに食料や酒を満載にした荷車がいくつも入ってきて、一気に辺りは宴の雰囲気となった。

 

 一方兵達に語りかけた男は、静かに自分のために用意された椅子に座り込むと、酒ではなく水をひょうたん水筒からガブガブと飲む。

 喉が乾いていたのだ。

 当然この後酒も飲む予定である。

 

 そんな彼の元に、一騎の騎馬が駆け込んできた。

 騎馬に乗っていた男は、騎馬から飛び降りて男の前で頭を垂れる。

 

「将軍、敵が完全に国境から撤退したと報告がありました」

「分離した軍は無いな?」

「は、全軍撤退した、と。複数の斥候が確認しております。というかあれだけやられれば誰でも撤退するかと……」

「わかった。孩子(がいし)もご苦労だった」

 

 部下の孩子を労った男は、座っていた椅子から立ち上がる。

 ちょうど敵の完全撤退の報告も受けたし、後は男も宴に参加するだけである。 

 

「宴に行くか。俺は静かに飲む派だが、お前はどうだ?」

「はっ、お供します」

「固いなー。もうちょっとフランクに行こうぜ」

「ふら、なんですか?」

「もっと気楽で良いって話だよ。今のお前は俺の部下だ」

「は、はあ……」

「ふははっ」

 

 悩む部下に笑いながらも足を進める。

 宴をしている者たちの間を通り抜けて行く間、周囲から「将軍!」「城主様!」と声をかけられるたびに、男は手をあげて答えた。

 

 そしてすぐに、男が目指していた場所にやってくる。

 そこでは、騒がしい周囲の兵士たちの輪に囲まれつつ、他の兵士たちの集団とはわずかに距離が開いて、数名が静かに卓を囲んでいた。

 

「お、藍章(あいしょう)様。遅かったな」

「ちょうど孩子から報告が来てな。ついでだから連れてきた」

「藍章様、どうぞ」

「おう、ありがとう。お前らも座ってくれ。宴で堅苦しいのは無しだ」

 

 そこで酒を酌み交わし食事をとっていた者達が、半分ほどが立ち上がって男を出迎える。

 それを受け取って座り、他の者達にも座るように指示をした男こそが、“藍章”。

 今この場にいる軍の総大将だ。

 

 そしてこの席に座っている者たちは、軍内で高い地位にある者か、今度の戦で藍章が側においた側近たちである。

 

「がはは、それにしても楚の奴ら、尻尾巻いて逃げていきましたな!」

「あれだけやられたらそうもなろう。あれで退かないのはお前ぐらいだ」

「なにおう! 俺だって戦況ぐらい読めるわ!」

「取り敢えず一当てなどと言って突っ込んだ奴の言葉とは思えないな」

「敵五千人将を討ち取ったぞ! たいして強く無かったがな!」

 

 こうやって言い合いをしている彼らも、そしてそれを笑いながら眺めたり、あるいは無視して静かに酒を飲む者たちも、皆確かな実力を持つ藍章の側近達である。

 

 この軍は、今日ここ数日戦い続けていた、隣接する楚からの侵攻軍を撃破した。

 

 大国楚の軍勢を、弱小国韓の軍勢が打ち破った。

 どころか一方的に粉砕した。

 六国が知れば騒ぎそうな結果だが、それを引き出した彼らに事さらにそれを喜ぶ者たちはいない。

 彼らにとって今回の戦は、当たり前の範疇のものだったのだ。

 

「藍章様、一杯注ぎましょう」

「おう、岳陵(がくりょう)。敵大将を討ったらしいな。見事だった」

「ありがとうございます。藍章様こそ、素晴らしい策でした」

 

 配下たちが騒いでいるのを横目に静かに酒を飲んでいた藍章に話しかけてきたのは、整った顔つきをした細身の男だった。

 あるいは文官かとも思えるような風体だが、顔の大きな傷跡が戦の道に生きるものであることを示している。

 岳陵に酒を盃に注いでもらいながら、藍章は彼の戦果をたたえた。

 

「お前たちが優秀なせいで俺は出番が無かったけどな」

「藍章様に戦わせないのが我らの役目ですから」

「もう少し骨のある敵が来て欲しいもんだ」

 

 藍章の言葉に、岳陵はくすりと笑う。

 この血気盛んなところが、彼らの主の困ったところで、そして好ましいところだ。

 

「おい、藍章様!」

「なんだ」

 

 二人が会話しているところに少し離れた位置から大柄な男が声をかけてくる。

 彼だけが、この軍において藍章にタメ口を使う人間だ。

 

「次はしばらく休めるんだよな! また帰ってすぐに戦だっつったら困るぞ! うちのがキレる!」

「普段から妻に優しくしていないからだ。お前暇が出来たら遊郭に遊びに行ってるだろ」

「あいや、そいつぁあ男ならしょうが無いだろ!?」

「俺は妻一筋だ」

「あんた三人いるだろ!」

 

 漫才のような二人の言い合いに、周囲の者達も笑い声を上げる。

 この分け隔てない空気が、この軍の良さだった。

 

 が、しかし、妻を怒らせたくないという男以外の者達も、そのことについては気になっていたようだ。

 藍章が国の中央から睨まれているために、彼の軍はかなりの頻度で、他国との戦争に駆り出されるのである。

 

 特にここ最近はそれが酷く、ここ二月以上ずっと楚との前線に張り付きっぱなしなのだ。

 将軍であるだけでなく城主である藍章が一帯の農業改革をしたために、軍が抜けてもある程度余裕はあるが、いつまでも戦場に出ていられるわけでもない。

 

「まあ、次はしばらく間が空くだろうさ。あっても俺と俺の軍ぐらいで、全部出せということにはなるまい。なったときには俺の方から本営には断っておくさ」

「よろしいのですか……?」

「何、ものを考えられぬアホどもがちょっかいをかけてくるが、大王や宰相は俺達の有用性はわかっている。簡単に使い潰したり下手な使い方をして離反されるような危険はおかさんよ」

「なら安心ですな」

 

 藍章の言葉に安堵の空気が広がる。

 

「というかお前、これぐらい自分で考えられるように学問も叩き込んだだろうが。足りなかったか? 帰ったら俺の私塾開くか?」

「は!? いやそいつは御免だ!」

 

 藍章の言葉を受けて、男が悲鳴のような声を上げる。

 藍章の私塾が場合によっては軍の調練よりも厳しいことは、彼の配下の中では有名な話だった。

 

「まあ、しばらくは英気を養え。どの国もそう何度も攻めてくる程暇でもない」

「先日秦と魏の戦が終わったそうですが、双方被害が多かったようですね」

「ああ、諜報の奴らから聞いたな。確か秦が麃公で魏が呉慶だったか? 呉慶が死んだとか……」

「わかってるではないか。続けざまに次の戦をする余力は無いだろう。早くても半年程度は後のはずだ」 

 

 藍章の持つ、一将軍の諜報網には収まらないほどの大きな諜報組織。

 その集めた情報は、藍章の信じる配下、側近たちにも閲覧を許可している。

 視野を広げ、より広くものを考えられるようにするためだ。

 

「呉慶が死んだのですか。ならば魏はしばらく静かになりそうですな」

「ふん、他にも将軍はいるだろうが。奴らはこちらを舐めているからな。生半可な将軍でも攻めて来るぞ」

「その程度ものの数ではないわ!」

「だと良いがな」

「なにおう!?」

 

 またいつも揉める二人が言い合いを始めてしまった。

 だが実際、呉慶という大将軍の死で魏は弱体化するのは間違いない。

 大将軍の損失というのはそれだけ大きい。

 

 これでしばらく余裕が出てほしいものだと藍章は思う。

 戦は嫌いではないが、そればかりやってるほど暇ではないのだ。

 

「今度の論功行賞も、良き評価がいただけると良いですね」

「改革には金がかかるからなあ。俺も商売で増やしてはいるが、金はあれば在るだけ良いもんだ」

「……それほど急がねばなりませんか?」

 

 黄昏れる藍章に岳陵が声をかける。

 その言葉に、笑顔を消して岳陵の顔を見つつ、藍章は答える。

 

「そうだ。急がねばならぬ」

 

 その力強い視線としばし見つめ合った岳陵は、しばらくして視線をそらした。

 

「……荒れるのですね」

 

 藍章に長年従って彼のことを見続けてきた岳陵は、彼がこういう反応をするときは大抵何か大きなことがあると知っていた。

 

 その岳陵の言葉に、藍章は何も答えることはなく、ゴクリと大きく酒を飲み干した。

 そんな藍章を背景に、配下の将たちのくだらない言い合いは続く。

 宴はまだ始まったばかりだ。

 

 ときに始皇二年八月、秦が二十万の大軍をもって韓に侵攻するちょうど半年前のことである。 

 

 

 

 

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