最弱の国の隠れた名将に 作:韓人
(実際自分の作品が書かれたらわかるものなんですかね?)
《韓侵攻軍 王翦視点》
後方が塞がれたとわかった際の王翦の反応は早かった。
他の二軍に告げることなく、すぐさま軍を完全に反転させたのである。
これは攻城戦の最中にあった兵も同様で、完全に全ての兵を、韓侵攻の最前線から引き上げたのだ。
その報は直ちに、それぞれの陣営のそれぞれの軍へと伝わった。
《秦軍総大将蒙驁》
「蒙驁様! 王翦将軍が独断で軍を引き返したと!」
「フォッフォ、わかっておる。あやつは鋭いからのお」
今度の韓侵攻軍の総大将を務める蒙驁の本陣では、その報に驚く幕僚達と、一方で全く動じない蒙驁という絵面が展開されていた。
蒙驁だけは、王翦がどういう人物かを正確に把握しているのである。
故に、この王翦の行動が只の逃亡ではなく、後方に出現した敵部隊の撃破であるということも理解していた。
「案ずることは無かろうて。後方に出現した敵軍は王翦が粉砕する。儂等はその後を悠々と通過すれば良い」
「は、しかし、趙、魏、韓の連合軍が迫っているとの報ですが」
焦りを隠しきれない幕僚に、蒙驁は更に笑って見せながら答える。
「フォーッフォ、心配するでない。軍が起きたとはいえ一日や二日で届くものではない。この城を攻め落とすぐらいの余裕はあるじゃろうて」
蒙驁の軍が今攻めている城は、安方という今回の韓侵攻軍の目的となる城であった。
更に連日の攻撃によってもはや陥落は目前であり、蒙驁はすぐに軍を退くことが出来る状態には無かったのである。
無論危険があればすぐに退くが、連合軍が起こったとはいえいまだ遠方、後二日ほど城攻めをする余裕は残っているのだ。
それを、周囲を落ち着かせるような言葉で言えるのが、蒙驁の年齢と経験によって培われた強みであった。
加えて、ここで城を攻め落としたところで、もはや確保できるとは蒙驁も思っていない。
それでも、城を前に逃げ出すのと確実に攻め落としてから撤退するのの、どちらがより秦の武威を高めるか、秦の民の士気の高揚になるかは明白であった。
故に蒙驁は、後方に出現した軍の粉砕を王翦に任せて、城攻めを継続したのである。
《秦軍副将 桓騎》
一方もうひとりの秦軍の副将桓騎は落ち着いた様子だった。
「お頭、後ろに敵軍が出現したということですが」
「へー」
部下たちに城攻めをさせつつ、自分は軍師の摩論が作った料理を食べていた桓騎は、摩論からの報告にそう短く返すと、それ以上興味がないというように城攻めに視線を向ける。
視線の先では今まさに新しいはしごがかからんとしているところであった。
「……お頭、このままでは前方の連合軍と後方の敵軍に挟まれてまずいと思うんですが」
「そうならねえようにあいつが走ってんだろ」
「え?」
「なんでもねーよ」
ククク、と焦る部下たちに思わせぶりに笑った桓騎は、だが、本当に一切の心配をしていなかった。
王翦が動いた。
蒙驁のもとで共にやってきた期間、大きな交流があったわけではないが、その特徴はしっかりと捉えている。
王翦が動いたときには心配はいらない。
そして自分たちの大将である白老もまた、そうそう判断を誤る人物ではない。
そもそも部下たちは焦ってギャーギャーワーワーと言っているが、敵が大軍を起こしたから、遠距離から挟撃をかけたからなんだと言うのだ。
結局のところそれは離れた場所で起きていることで、今すぐ目の前で戦端が開かれることもなければ、逃げようとして逃げ切れないようなこともない。
いざというときはケツまくって逃げ出せば大した問題ではない。
桓騎はそう認識していた。
それよりも気になるのは、この戦場の絵図面を描いた者である。
あらかじめ自国の内部深くにまで敵軍をおびき寄せ、その後迂回させた軍で後方を塞ぎ正面から他国の力を借りた強力な軍をぶつける。
秦軍を殲滅しようというつもりはないだろうが、その強力な圧力で戦わずして撤退させてしまおうという魂胆が透けて見える。
二十万もの大軍を戦わずして撤退させる。
そんなだいそれた策を考えた大馬鹿野郎の顔が見てみたい。
「……フン」
一瞬そう思った桓騎だが、すぐに鼻で笑い飛ばす。
いずれにしろ戦えば自分が勝つ。
桓騎はそう知っているからだ。
《韓、趙、魏連合軍 洛亜完》
一方、新鄭から打って出た洛亜完は、趙、魏の軍と合流した直後に、三つに分かれて侵攻していた敵軍のうち一つが反転し秦との国境に向けて動き出したとの報告を受けた。
「ふっ、完全に奴の思い通りではないか」
その報を聞いた洛亜完は笑った。
それがあの日藍章が洛亜完にだけ漏らした望みと全く同じ状況になっていたからである。
あの日、大王と宰相との会談が終わった後。
『洛亜完、一つ頼みがある』
そう切り出してきた藍章に、洛亜完はいつもどおりに特に気にする事無く返事をした。
『なんだ?』
『仮に、秦の侵攻が俺の予想通りに起こって、更に俺の策が採用された場合、俺を後方の蓋をする部隊に当ててほしい。その上で、趙と魏との連合軍が出来るという情報を隠さず流れるようにしてくれ』
『……何が目的だ?』
藍章の思考が読み切れずにそう尋ねた洛亜完に、藍章は笑って答えた。
『何、たまには楚以外の敵とも戦いたいと思ってな』
その理由があのときの洛亜完には読みきれなかったが、今になってわかる。
早い段階で連合軍が結成された報が流れたことで、秦軍がそれに対して対応を練る余裕が生まれた。
結果、三つの軍のうち二つが攻城戦を継続し、一つがおよそ七万の軍勢で引き返し、後方の蓋をした藍章の軍六万と戦いに行った。
そう、藍章はあえて、自分が率いることが出来る軍と同程度の敵だけが向かってくるように、情報を流すタイミングを早めさせたのである。
これによって、その後の展開次第ではわからないが、藍章軍と秦軍が数日間戦闘を行える状態になったのだ。
「あの戦馬鹿が、敵を殲滅してしまわなければいいがな」
流石にそこまでやると秦と手打ちにし辛い。
洛亜完は、藍章がやりすぎないように天を見上げて軽く祈るのだった。
******
《藍章視点》
安朱、南処、高右の三城を落とした後、他の小城も複数奪還した。
奪還したところで、新しく放っていた斥候が報告に戻ってきた。
「三つに分かれた秦軍のうち一つが反転、こちらへと向かってきております!」
「数と旗はわかる?」
城攻めの最中だったので、俺が兜を脱いで天幕で休んでいるところに伝令がかけこんできたため、副官の楽士が対応をしてくれている。
休んでんじゃねえ! と思う人もいるかもしれないが、ことうちの攻城戦において俺の出番は一切ない。
ならばいつか来る秦軍との衝突に備えるのが指揮官のすべきことだろう。
「数は五万以上、旗には『王』の文字がありました!」
「王、ということは王翦軍が反転してきたのか。他の軍は?」
そう楽士が尋ねたところで、俺も天幕を開けて外に出る。
「あ、藍章様。今報告があって──」
「話は聞いていた。それで、王翦軍以外の動きはわかるか?」
俺の言葉に、一層深く居住まいを正しながら伝令の兵が答える。
「は、はっ。他の二軍は城攻めを継続している、との報告です。王翦軍のみが反転しこちらに向かっている、と」
その言葉に、俺は内心ガッツポーズをする。
理想的な状態だ。
例えばここで敵が一切こちらに反応を見せないで正面の連合軍と戦っていたなら、こちらは俺の軍の背後からの挟撃によって楽に勝利を得てしまっていただろう。
あるいは全軍で反転してきていたなら、わずか三分の一程度の我が軍が正面から戦うことなどできようはずもない。
三つに分かれた軍のうち一つだけが反転してくる。
それが、俺の軍が秦軍と戦が出来る唯一の条件だったわけである。
しかも大将軍とはいえ凡庸で知られている蒙驁ではなく、その副将の王翦の軍だ。
いかほどの強さか、まだ対面していないが今から楽しみである。
「楽士」
「はいはい」
「さっさと城を落とさせろ。終わったら軍を動かすぞ」
「はーい。幻徳様に早く進めるように伝えて」
「はっ!」
少しでもいい場所を、というわけではないが、せっかくやるならば山などの障害物の無い、しっかりと開けた地形の方が面白い。
もちろん特殊な地形を使った戦闘は戦闘で面白いのだが、初見の相手を知るには、平原での戦闘をした方が敵のことをよく知ることが出来るのである。
「さあて、王翦、戦をやろうじゃないか」
原作に登場する、おそらくは主要人物であろうキャラクター。
それと戦うことになるのは初めてのことだ。
秦の六大将軍であれば以前一戦わずかに交えたこともあったが、相手は原作では既に死亡している司馬錯であったので、原作でしっかり描写される人物の相手と腰を据えて戦うというのは本当に初めてである。
なお、俺は気づいていなかったが、以前戦ったことのある楚将の汗明、媧燐もまた原作に出てくる主要キャラだったようだ。
それはそうだ、今では二人とも楚の大将軍である。
どこかしらで強敵として出てくるに相応しい相手だ。
さておき、王翦軍との戦である。
結局色々と諜報の手は回したが、王翦と桓騎の戦法に関する情報はほとんど集まらなかった。
唯一わかったのは、取り敢えず桓騎軍が大量に捕虜や一般人を殺すということぐらいだろうか。
わかったところでだからどう、という情報ではなかったが、これを中央に伝えていたおかげで、民間人を早い段階で中央部へと逃がして桓騎軍の犠牲を減らすことが出来たのだろう。
一方の王翦の軍については、戦が強い、以上の情報が手に入らなかった。
王翦が蒙驁の影に隠れている、というのもあるがそれ以上に、王翦の領地や軍の防諜体制がしっかりしているのだ。
おかげで狙い撃ちで送り出したうちの間諜が何人かやられてしまった。
そうこうしているうちに、幻徳の軍が城壁に上がって容易く城を攻め落とした。
まあ安朱や高右に比べて遥かに小さな城だったので、敵兵の数も少なかったのである。
そりゃあすぐに落ちようというものだ。
「軍を動かすぞ。阿南平原で敵を迎え撃つ」
さあ、久しぶりの秦との戦の始まりだ。
******
《藍章視点》
数日後。
俺達の軍は、高右の城壁の上から、眼下を通過していく二十万の秦の大軍を見送っていた。
「藍章様、殺気漏れてますって」
「……はー……。つまらん」
ため息を隠せない俺に、副官の楽士が横から言葉をかける。
が、それでも俺の落胆した心は収まらない。
目の前に極上のご馳走を並べられたのに、食べることを許されずそれを全部片付けられてしまった気分だ。
「せっかく激しい戦いが出来るかと期待していたが、うまくいかぬもんよなあ」
「しかりしかり、よもや敵が戦わぬことを選ぶとは」
俺と同じくそうぼやくのは、共に好戦的な番香と田楽である。
二人もまた俺同様に肩透かしを受けた気分になっているのだろう。
「まさか敵があのような手で来るとは思いませんでした」
「必要の無い戦はしない。現場で判断をする将としては最善の選択だった」
「最善、ですか?」
「敵にとっては最善だろうさ」
岳陵が紫詠に問いかけた言葉に、俺は横から口を挟んだ。
二人で会話していたかもしれないが、俺も何かしら吐き出して整理しないとスッキリしないので付き合ってもらいたい。
「おそらく王翦は、俺達が後方を塞ぎ、ほとんど同時に連合軍二十万が向かってきた時点で、今回の戦いが終わったことを認識したんだろう」
ときは、数日前に遡る。
阿南平原で王翦の軍を迎えうとうと、開けた場所に陣を張った俺達に対して、王翦軍は数刻遅れて到着した。
それでも布陣中に攻撃するような無粋な真似はするまいと、俺達は王翦軍の布陣を待ったのだが、なんと王翦軍はそのまま布陣せずに、近くの丘の影へと入っていってしまったのである。
「……斥候を出せ」
当然その意図が読めなかった俺は、すぐに斥候を放った。
その丘の地形を利用してこちらを有利に迎えうつというのが一番考えられる。
だがこのあたりの地形は俺も調査して、特に有利になるような場所ではないと認識している。
それとも王翦には、俺も気づかない利点に気づけるほどの智慧があるのか。
そう考えた俺は、あえて軍を丘に向けてわずかに近づけてみた。
そして直後に入ってきた報に、驚かされた。
「報告! 敵軍は、後方の丘の上に陣を張り、砦の建築を行っています!」
「砦だと!?」
「馬鹿な、敵は気が狂ったか!?」
「こちらに攻めてくるのではないのか!?」
兵たちが混乱の声を上げる中、考え込む俺に楽士が声をかけてくる。
「藍章様」
「少し待て」
王翦の意図が最初俺にはわからなかった。
王翦が反転してきたのは、後方に俺達という脅威が出現し、兵站と退路を断たれたから、と考えて間違いない。
それを撃破しようと転進してきたはずだ。
にも関わらず、王翦はその俺達を攻撃してこようという意思を見せない、どころか砦を築き始めてすらいる。
これが例えば丘の上に布陣をするだけならば、この後の野戦を有利にするために良い位置を取った、と考える事もできる。
実際俺達は平原に陣を敷いたが、有利に合戦をするならば丘を取ったほうが強いのは事実だ。
だがそれならば、そこからこちらに攻め寄せてくるはずである。
丘からすれば少しばかり遠間に俺達の陣はあったが、王翦からすればそれは打ち破らなければならないものなのだから、少しばかり距離があっても攻めてこなければおかしい。
そこまで考えてようやく俺は気付いた。
「まさか……戦わない……俺達をここに足止めする気か」
それは、全くの逆転の発想。
後方に陣取る俺達を粉砕して後方の扉を開くのではなく、いつでも秦軍を連合軍とともに挟撃できる俺達の存在を、この場に釘付けにするための行動。
蒙驁軍と桓騎軍、合わせて十三万が転進してくれば、それと合わせて俺の六万の軍などいかようにも打ち破ることが出来る。
その前提があるならば、後は王翦軍は、俺達が蒙驁軍と桓騎軍の背後をうち、連合軍と挟撃を行う状況になるのを防いでいれば良い。
新鄭を発ったばかりの連合軍と、途中まで攻め込んでいる秦軍。
どちらが俺と王翦軍の戦場に到達するのが早いかは自明のことであった。
そして王翦は、後方に俺の軍六万という脅威が出現し、前方からは連合軍二十万が迫っていると判明した時点で、この戦が秦の撤退によって終わると判断したのだろう。
少なくとも、今回の秦軍に韓の奥深くで二十万の軍同士でやり合う覚悟は無かった、ということだ。
故に後は、如何に被害を出さずに撤退することが出来るかを求めた。
その結果が、俺達の目の前で築き始めた砦である。
そしてそれによって、俺達もまた下手に動けなくなってしまった。
王翦軍は丘に砦を築いているので攻めづらいし、今から王翦軍を無視して桓騎軍と蒙驁軍の背を討とうと動こうものなら、そのときこそ丘を降りた王翦軍に背中を討たれることになる。
俺達もまた、この場で王翦軍とにらみ合うしか無くなったのだ。
「今のうちに攻めますか?」
「……駄目だ。余計な被害を出すことは、許されん」
ここが他の国で、俺が他の国の将軍ならば、一当てぐらいしても良かったかもしれない。
だが俺の所属している国は、韓だ。
今回の秦軍の迎撃に、他国の力を借りて、その上で秦にも何か譲歩しなければならないほどの弱国の韓だ。
敵が砦を築き、撤退の構えを見せているというのに、俺達がここで戦いたいからと攻めて余計な被害を出すわけにはいかない。
ついでにそれで敵を本気にさせて、二十万対二十六万の決戦にでもなってしまえば、それこそ韓にとっては大きな痛手となってしまう。
故にもはや、俺達が戦う道は無くなった。
「撤収だ。これより高右に入るぞ」
「高右に、ですか? あれはほっておいても良いんですかね?」
「あれが他の軍と合流して連合軍と戦うならそのときは背中を討ってやる。だがやつは絶対にせんよ」
それは断言することが出来る。
王翦は、俺に対して互いに動くことが出来ない状況に持ち込んだのだ。
ここで下手に王翦が色気を出してしまえば、その時こそ俺の軍が食らいつく。
それを王翦はわかっている。
「俺達が高右に入ることで、敵が撤退時に高右、安朱、南処の三城を接収することが困難になる。それぐらいしか、俺達に出来ることはない」
下手にこの場で南下して道を開けてしまっては、ここより西の城を全て再奪還されてしまう可能性がある。
故に俺達が今出来るのは、連合軍に背を追い立てられてくる秦軍が主要な城を再度奪取して韓の領土を奪うことが出来ないように、先回りして奪取する価値のある場所を押さえておかなければいけないのである。
そうでもしなければ、連合軍に背を追われた秦軍が高右、南処、安朱の三城に入ってしまい、結果的に韓の領土が秦に奪われることになってしまいかねない。
まあもともと韓が秦に攻められて一城も取られないというのがその時点で奇跡ではあるのだが。
それでも今それが可能ならば、それを為さなければならないのが、韓の兵士である俺達だ。
結果、俺達は対秦国境の守りの三城の中心に位置する高右に入って守りを固め、秦軍が撤退していくのを見送った、というわけである。
「そこまで、考えていたのですか」
「あの両軍の動きにそんな意味があったのか……」
「王翦もここに来た時点で既にその判断をしていた、ということでしょう? 恐ろしい知略ですね……」
俺と王翦双方の考えについての解説をしたところ、皆が皆、王翦と俺の知略でのやり合いについて驚愕していた。
まあ流石にここまで来ると、戦場での戦術とは全く違うレベルの話になる。
俺の軍でもついてこれるのは、紫詠と宋翁の二人ぐらいだろう。
「藍章様ならともかくあっちの王翦までそんなこと考えてたとは、怖いですねぇ」
「あれは相当に頭がキレるぞ。間違いなく今後台頭してくるはずだ」
原作知識を抜きにしてそう思う。
あの場面で、こちらを攻撃して撃破するでも、他の軍と動きを同じにするでもなく。
先に動いて、
その知略は、下手な武勇や戦術力よりも遥かに価値が高い。
「そうなれば、再戦の機会も出てくるでしょう」
未だに王翦軍とやりあえ無かったことを悔しがっている俺達をなだめるように紫詠がそう口にする。
そう、再戦の機会はまだある。
いつまでもしょげていても仕方ないのだ。
「それもそうだ。それに、俺達は複数城を落とすという戦果を上げている。その分褒章は望めるはずだ」
うん、いつまでも残念がっていても仕方ない。
それに、今この瞬間にも、今度は趙が秦北東部に侵攻をしている。
例え一つの戦が終わっても中華の戦いは終わることなく続いていく。
その全てに目を配り続けなければならないのだから、終わった一つにいつまでも注目していることは出来ないのだ。
もちろん戦術・戦略的検討は軍略研究所で行わせるが。
取り敢えず、原作にあった蒙驁軍の韓での快進撃と、それによって大幅に切り取られるはずだった領土を守ることが出来た。
今はただ、そのことを喜び、中華の更なる動きに目を向けることとしよう。
こちらへと視線を向けてくる王翦に中指を突きたてながら、俺は思考を切り替えた。
******
《王翦視点》
「興味が湧かれましたか?」
韓より撤退途中の秦軍。
足を止め、後方を塞いでいた敵軍が入っている高右を見る王翦に、亜光がそう声をかけた。
返答を求めての問いでは無かった。
部下の言葉に王翦が答えないなんていつものことだ。
だが、今回は違った。
「ああ」
「ほう? 王翦様が興味が湧くような敵だった、と?」
「倉央」
王翦の言葉に割って入ってきたのは、王翦軍の第四将を務める倉央という男だった。
主王翦に対して不躾な言葉をぶつける倉央を亜光が咎める。
「あれが……」
そんな中、高右の上から見下ろす敵将を見上げた王翦が言葉を続ける。
「あれが、ああも見事に高右まで下がっていなければ、今頃我らが三城を手にしていた」
あれ、と名指しで呼ばれた男が壁の上から中指を突き立てている、のは流石に遠くて見えないが、亜光と倉央も高右の壁上へと視線を向けた。
「一戦交える機会が無かったのが惜しい」
そうすれば、正確に敵の価値を量ることが出来た。
王翦は勝てると確信出来る戦しかしない質だが、それはそれとして、韓国境線の主要な三城に他の小城まで僅かな期間で奪還した敵将の実力を、戦の場で見ておきたかった、という思いはある。
王翦の考える国。
それを作るためには、例え他国でも、少しでも優秀な人間が必要なのだ。
加えて、今回後方を塞いだ敵将の名前が依然として知れない。
それもまた、韓に隠れた強者がいることを示唆していると王翦には感じられた。
今回相まみえた敵は、無能ではない。
そう考えた王翦は、戻ってからより諜報の網を増やすことを決めて、高右から視線をそらし、撤退を再開したのだった。
皆さん主人公と秦軍の戦争いきなり見たかったそうですが、まあこうなるよねという話です。